第226話 ハニートラップ
オリビアが不思議な会話をしている頃、太郎は子供達全員を集めていた。そこにはスーとマナも居るし、エカテリーナも飲物を運んだだけで仕事を終わらせる事なく椅子に座っている。ポチとチーズに、グリフォンとマリアも太郎に呼ばれていた。
不在のナナハルが来るのを待っていると、定期的にやってくるダンダイルが昼間から集まっている事を不思議に思いながらも、とりあえずの昼食を楽しむ事にした。
「すまんの。」
「うん、集まったね。」
太郎が真剣な目をしているので子供達も無駄口は叩かない。
「今日というか、さっきの事だけど、ククルとルルクが攫われそうになった。」
ダンダイルが口の中のモノを勢いよく吐き出し、盛大にむせている。
「ほほほ、本当かね太郎君?!」
こんな慌て方をするのも珍しい。
「ダンダイルさん、済みませんが少し静かにしてもらえますか。」
抑えて言った言葉だったが、ダンダイルがスッと下がった。ナナハルは背筋にひんやりとした汗を流している。子供を作ったとはいえ、スーやエカテリーナと比べると一緒にいる時間が短い分、太郎について知らない事もあり、今回もその一つだ。
太郎は意識していないが、強い決意と強い想いは強力なマナを放出させていて、それは戦う為の力では無いが、戦いを躊躇わせるような力を秘めていた。
ついでに、隠れてこっそりと聞こうとしていたトヒラが、どこからともなく落下している。素早く移動して、今はダンダイルの隣で太郎を見ないようにこっそり座っているが、恐さと緊張で何も聞こえない。
放たれたマナが弱くなると、ナナハルが大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
「・・・わらわの子ではないが太郎の子ならわらわにとっても子じゃ。して、犯人はどいつじゃ?」
「今頃は絞られてるんじゃないかな・・・。」
「しぼ・・・る?」
スーがそっと伝えると、ナナハルは納得した。
「今までも色々と困るような事件は有ったけど、今回の事は、見逃す事も許す事も出来ないな。」
「どうするつもり~?」
マリアはいつも通りの口調で問う。
そのおかげか少し肩の力が抜けた。
「誘拐と言えば殺さないから少しぐらい罪は軽いと思う者もいるかもしれないけど、自由を奪われるというのはある意味死んでいるのと同じだ。」
ナナハルが同意の頷きをする。
「それで雄殺しか・・・なるほどの。」
「流石に俺の口から死刑なんて言えないし刑罰とか考えるのも面倒だから、頑張れば生きられるくらいの自由は与えたつもり。」
あの男は絞られて気力を失って、その後どうなるのかは分からない。ある意味においては殺した事に近いが、それでも許す気は太郎に無い。
当初、太郎にとって子供は特別なモノではなかった。迷惑と言うほどでは無いにしろ、突然現れたので困惑は有った。子供の教育に関しても殆ど他人任せで、深く考える事も無かった。それが変わったのは12人の子供達全てが太郎の近くで生活するようになってからである。
正直言えば学校の無いこの世界で子供達を育てる方法を知らなかったのもあるが、ナナハルの教育が優秀なのと、子供達がそれ以上に優秀で、何もしなくても勝手に育っていくからだった。
そして、子供達に物事を教える教師達も優秀。
一部、怪しい事を教える者もいるが・・・。
父親としての自覚が生まれるようになれば、娘も息子も大事だ。
一部、父親と子作りしようとしている者もいるが・・・。
孤児院が出来てからは子供同士での交流も増え、父親としてやることは減ってしまったが、今でも夜になれば子供達が勝手に集まってきて一緒に寝る日もある。
ククルとルルクは特殊な面もあり、あまり接する機会は少なかったから、その分一緒にいてあげたいという気持ちは強い。その思いが間違わない様に注意しつつも、これから頑張ろうという時に起きた事件である。
もちろん、この気持ちを誰かに打ち明けた訳では無いから、太郎にしか分からない個人的な事情であり、子供を相手に更にその子供を作ろうという気もない。
「・・・自分が攫われたとしたら怖くて外を歩けないです。」
二人の事を思い、エカテリーナが言うと、太郎は優しい目で見詰めた。
「恐い時はいつでもおいで。」
何故か少し頬を赤くしてコクンと頷くのをみてコーヒーに口を付ける。
区切りとしたかったのだ。
「残念な事に敷地という区分がこの村には無い。今までは必要なかったから作らなかったけど、これからは必要になるというのも残念な事なんだけどね。」
「さっき兵士から聞いたが、商人が勝手に入り込んできて作物を食べたらしいな。」
ダンダイルが咳をする。
「そうなんだよ。困るんだけど、孤児院の子供達には村を自由に歩いてもらいたいから、勝手に入るなとは言い難い。」
法律やルールを村だけで定めたモノを作るのもアリかもしれないが、それをすると独立したような感じになってしまうし、魔王国との明確な差が出来てしまうのは避けたい。
「同じ魔王国のモノならまだ仕方がない部分もあるじゃろうが、本当に魔王国の住人なのか証明する方法が無いのは困るところよの。」
「それもそうなんだ。その問題を含めて改めて計画を作る事にしようと思う。」
「計画?」
「うん、区画割りと俺の家の引っ越しかな。」
「村を出るのか?」
「そんなことしたら面倒な事しかないから、少しだけ移動するって感じかな。」
「川向こうの新しく作った平原にか?」
「まー、他に候補地は無いから、そうなるんだけど。」
「あまり離れても困るのではないか?」
「うん、キラービーの巣とか兎獣人の村とは少し離れる事になっちゃうんだよね。」
「建物を崩すつもりはないんじゃろ?」
「そのつもりだけど、どうしようかなあ・・・と。」
「ココに私が住んでいるのだけど~?」
食堂の二階の客間に今もマリアは住んでいて、自宅と変わらない扱いをしている。
「仮にココをギルドとして使うのもアリかな。」
「えー、ギルドマスターになるの~?」
もうその気になっているのが分かる。
声質が全く違うからだ。
でも、アリかもしれない。
「やりたいんなら任せるけど良いの?」
「・・・任せてくれるなら一流のギルドのするわよ?」
凄い圧力と風格が滲み出てきて、口調はまるで別人だ。
「・・・凄く不安だからやめとく。」
太郎の言葉にダンダイルがホッとした息を吐き出した事に気が付いたのはトヒラだけだ。
「残念ね~。」
「本当はやる気ないでしょ?」
「まぁねぇ~。」
「ギルドにするかどうかは別として、元々の食堂の機能は残しておいた方が良い?」
「我々もたまにはエカテリーナ殿の料理を食べたいので出来ればこのままで。」
エルフの意見は採用され、そのまま残る事となった。
宿としての機能も太郎の知り合いに限るという事にして、建築に関しても話を進める。何故かその話の方が盛り上がったのは、今回の太郎の話が重かったからだろう。現実的に見える目標の方が分かりやすいというのもある。
「子供達も同じ家で一人一部屋でも良いかな。」
子供達が一斉に喜んだ。
一人一部屋と言えば大人として認められたという事に近い。
ナナハルは良い顔をしなかったが、同じ家に居るという事で納得してくれた。
「私達だけ家が二つになっちゃうんだけど・・・。」
「ククルとルルクは仕方が無いよ。二人にしか出来ない仕事を任せてるんだから。それに、たまには羽を伸ばせる家も欲しいでしょ。」
「羽?・・・伸ばせないよ?」
両腕をパタパタとさせるしぐさは可愛いけど意味は伝わらなかった。
「・・・ゆっくりと落ち着ける場所、ね。」
「はーい。」
嬉しそうに二人は微笑み、他の子供達にも異議はなかった。なにしろ、二人は双子で長女なのだから、文句を言うことも無いのである。
そして、ふと気になった事を口にする。
「そう言えばどっちが姉になるの?」
「え?」
「産まれた順番とか・・・。」
「分からないし、姉とか妹って言うのもここに来て使うようになった言葉だから・・・。」
「みんなのおねーちゃんだよ!」
見た目も完全にお姉さんしているというか、成長が早過ぎる。父親の目から見ても魅力的なボディラインが・・・。
「何を見ておるのじゃ?」
「はっ?!」
ナナハルに言われなかったらもう少し凝視していたかもしれない。
恥ずかしくなった太郎は解散とし、逃げるように外へ出た。
大きく深呼吸したのだが、いつの間にかうどんに抱きしめられていたのは言うまでもない。
うどんの存在を知らない者も増えてきたので、うどんには行動を自重するように言ってある。要するに、うどんの行動範囲がある意味においての太郎とその村の範囲になる事に気が付いて、それが基準となった。
柵や塀を作るのは避け、川の対岸に建設予定範囲を決める。
家畜等とも、より家に近くなるように配置し、畑については新たに作って、村の外に向かって伸ばした。
強く規制はしないと決めた太郎の為に、ポチは行動範囲を広げ、特に外から来る者達の監視を強めた。チーズと協力して匂いを嗅ぎ分け、エルフの経営する宿屋の従業員とは特に協力するようになった。
ポチとチーズがエルフ達と協力するようになった頃に、オリビアはカラーと話をしてキラービーの協力を得る事に成功していた。キラービーと会話は出来ないが、特定の合図を交わす事で不審者の発見をするというもので、勝手に畑へ入ろうとする商人や冒険者を何度か捕まえている。
「ハニートラップとはよく言ったものだな。」
と、勘違いがそのまま作戦名と成った事にオリビアは気が付いていないが、カラー達の間では、オリビアのハニートラップと言って広まっている。
そして事の発端となったククルとルルクが冒険者の多く居る宿屋に行くのには理由がある。それは他の兎獣人の存在を確認する事だった。太郎に相談せず、二人だけの秘密として探していて、トヒラは気が付いてダンダイルに相談したが、二人が親に黙っている事に興味を示し、こっそりと手を貸すように指示を受けていた。
兎獣人の生態にも、その存在にも謎は多く、未だに解明されていない事が多い。マリアもそれほど興味を持ったことが無い為に、何も知らないと言っても過言ではないくらい知識がない。
兎獣人は奴隷にされる事も多く、何故か何処からともなく現れて村を形成し、他種族に襲われて全滅する。太郎によって助けられた例も、記録としては無いに等しい。
二人は太郎という父親を持ったことで自分達の存在価値を問題視し、村を守る事でより深く自分達に興味を持つようになり、村に現れるかもしれない兎獣人を探しているのだった。
ハッキリ言うと、この方法で発見できるはずはなく、太郎達の住む村に生粋の兎獣人を連れてくるような者が現れるとも思えず、それでも足しげく通う二人に、ポチは注意深く観察していた。
そして、二人が連れ去られるような事件は未然に防がれるようになったのだが、今度は別の事件が発生していた。
「俺に用って何?」
「こちらで雇っていただけないかと思いまして。」
「募集した覚えも無いし、人は足りてるし、そういう事ならあっちに言ったら?」
太郎が示したのは軍宿舎で、責任者であるカールが居る建物である。
「あ、あのそうではなく・・・。」
「今忙しいから。」
太郎はそう言って立ち去っていく。
「パパー、あの人だーれ?」
「知らない人なんだけど、何の用なんだろう?」
不審者だと困るが、そこまで怪しい感じもしないし、何しろ敵意もない。
そして、とんでもない美女なのは見れば分かる。
どう見ても冒険をしてここまでやってきたとは思えないから、商人の娘か何かが、取引をしたくて直接自分に話しかけたのではないか思っていた。
しかし、毎日毎日、太郎の目の前に見た事のない美女が何人も現れるのは異常でしかない。
「妙な視線を感じましたけどねー。」
スーはその企みに気が付いた訳ではなく、太郎を見る女性の目が違う事に気が付いただけだった。なにしろ、太郎が他の女性に興味を示して、直ぐにやってしまうような男ならスーは太郎に興味を示さなかったかもしれないし、太郎はスーに誘われる事が無かったら手を出さなかっただろう。
何しろマナが居るだけで満足していたのだから、他の女性が美人だったとしても、どうでも良かったのだ。
苦労してやっと村に辿り着き、宿屋に集まった商人達が、どうにかしてこちらに気を向けさせる方法を模索していた。成功さえすれば未来は約束されたようなモノなのだから、努力を惜しむような事をしない。しかし、その努力は一向に報われていなかった。
「あれほどの美女に誘われても断っただと?!」
力なく頷いた男が返答する。
「あの男に近づくのは容易では無いぞ・・・。」
「だが、利用できれば金儲けがやりたい放題だ。」
「怒らせるとキラービーの餌にするという噂は本当なのか?」
「怒らせるような事をしなければいたって温厚だと聞いている。」
「子供が居るのに浮気をするかなあ?」
「美女に懇願されて商売に失敗した男のセリフじゃないな。」
「・・・ぐっ。」
ちゃんとした取引相手は村でも重宝していて、商人達が小さなバザーを開くようになっていた。そこには村で得られた収入や、働いている者達への賃金の使い道として村の者達が利用するようになっていた。
だが、商人達の真の目的は太郎から特別な品を取引する事だったのだ。
「沢山の孤児を連れてこんな辺鄙なところに孤児院を建てて経営するような男だ。金は持っているだろうよ。」
「キラービーの蜂蜜を欲しがる貴族は多いんだ。無理矢理手に入れようとすれば危険は多いが、いとも簡単に手に入れているあの男ならたくさん持っている筈なんだ。」
直接交渉した商人が断られている事を知っているので、弱みでもなんでもいいから、取引させる事が出来れば良いと考え始めていた。
暴力に訴えるという方法は、魔王軍が常駐するこの村で使えない事は重々承知しているので、交渉する前段階として、断らせない理由を作ろうとしているのだ。
「魔石や魔鉄鋼も豊富に採掘していることは分かっているのになあ・・・。」
トロッコ鉄道で運ばれる鉱石は少なくはないはずなのだが、魔王軍が管理している所為で確認ができない。どこかに貯蔵されているのは間違いない。
彼らが部屋で相談しているところに新たに現れた男はノックもせずに入ると、彼らの輪に加わった。
「おう、分かったぞ。」
「どうだった?」
「たまに現れる将軍やダンダイル様とはため口をきけるぐらいの関係がある。」
「なんだと・・・一体どういう男なんだ?」
「軍人ではない。子供は12人いて、妻はこの村で酒を造っている狐獣人だ。」
「あの美味い酒か・・・しかし、狐獣人というのは他種族とは交わらないのではないのか?」
「例外はある。しかし問題はそこじゃない。」
「なんだ?」
「季節に関係なく大量に収穫される穀物の量だ。」
「・・・そう言われれば・・・村の規模に対して畑が小さすぎる。」
「調べようと思ったところで最近警備が厳しくてな・・・。特にケルベロスがウロウロしていて何も出来ん。」
「あのケルベロスはワルジャウ語を話していたな。」
「ああ、伝説のカラー達とも仲が良いようだ。」
「本当にこの村はどうなっているんだ?」
「あのバカデカい木が世界樹なのは間違いない。」
「それなら、またドラゴンによって燃やされるんじゃないのか?」
「燃やされると分かっていて同じ場所に根を張って村まで作るのに違和感は感じないのか?」
「確かにな・・・対策は有るという事か。」
「逆に考えればそのドラゴンとも仲が良いかもしれない。」
「竜麟を手に入れるチャンスがあるという事か?」
「あの男・・・鈴木太郎がドラゴンと仲が良いという情報は何処にもなかった。しかし軍部とも通じているし、あのグル・ボン・ダイエがダリスの町を離れてここに移り住んでいるのも不思議な話じゃないか?」
「伝説の名工が住む村か・・・。」
「ココは素直に真正面から行くのが一番だと思う。」
「・・・どうするつもりだ?」
翌日、太郎は100人程の男達が、地面におでこを擦りながら取引に応じて欲しいと懇願する姿を見る事となった。
そして、太郎はすべて断った。
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