第225話 訪れる面倒な日々
ククルとルルクが村を歩くとナンパされる。
噂では無く周知の事実のようだ。
「確かに可愛いけど子供だよね?」
「何を言っておるんじゃ、兎獣人特有のフェロモンを嗅いだら、普通の男ならメロメロじゃぞ。」
メロメロってなんか久しぶりに聞く言葉だな。
「今の太郎には効果ナイからね。私にもナイけど。」
「兎獣人は種族繁栄の為に親子でも子作りをするのは普通だからの。」
「それは閉鎖された空間で生活してるから異常だとは思わないけど、子供に迫られるのはなんか違うんだよなあ。」
現代社会の感覚ならそうだろう。
「わらわが最初の妻ではなかったのが少し残念ではあるが・・・。」
ウルクが最初に太郎の子供を産んでいるので、順番で言えばナナハルは二番目の妻という事になるが・・・。
「結婚するなら私ですよねー?」
スーとの出会いはあまりいい思い出ではなかったが、その後は順調に誘惑されて今に至っている。もう何回やったか分からない。
「太郎って結婚する気が有ったの?」
マナの発言の所為で太郎に視線が集まる。
実のところマリアもこっそりと狙っているのだが、表に出して誘惑はしてこないし、オリビアもそうなったらそうなったで拒否はしないし、エカテリーナは三番目でも良いからタマに相手して欲しいと公言している。
「・・・実のところ・・・ない。」
「ですよねー。」
「結婚するならまず間違いなくマナとするけども、マナと結婚って出来るの?」
「好き同士が婚姻を結ぶだけじゃぞ、出来るか出来ないかを気にする事は無いぞ?」
「それは太郎の生まれた世界の所為だから仕方ないのよ。」
「・・・そうじゃったか。」
マナは良き理解者で、今でも二人だけになると太郎の昔話を聞く相手になっている。どちらの世界の事も分かってくれるのはマナしかいないのだから。
「マナ様と争う気は毛頭ありませんよー。」
「争ってもなにもならん。」
不毛な会話になってきたので区切りをつけると、ゾロゾロとやってきた子供達で食堂が賑やかになった。
「おとーさん!」
「どした?」
「仔牛が生まれたよ!」
「おー、それはめでたいな。」
「すっごく可愛いの~♪」
「牛の出産をずっと見てたの?」
「みてたー。」
「大丈夫だった?」
牛の出産も結構グロいと思う。
「おかーさん牛が凄く鳴くから難産だって言ってたよね。」
「みんなで応援してた。」
「それは良い経験をしたのう。」
「牛は神の使いと呼ばれる事もありますからねー、大切に育てるといいですよー。」
神の使い・・・?
神様ってこの世界に一人だけだよなあ?
考えている事とは別の事を太郎は呟いた。
「その牛を精肉する気になれないよな。」
そう言ったら子供達に睨まれた。
「絶対にさせないもん!」
「やだー!」
「しない、しない・・・大丈夫だよ。」
「ほんとに~?」
子供の訴えてくる眼には勝てる気がしない。
肉にするつもりもあったから、色々と心がイタイ。
男は決断しなければ!
「・・・しません!」
「約束だよ!」
「ぉ、ぉぅ。」
村で飼育した牛は食べないが、買い取った肉なら食べるので、これからは購入に頼る事になるだろう・・・いや、魔物なら平気なのか。
魔物の肉でも意外と美味しんだよな・・・。
「おとーさん?」
「・・・鶏も肉にしないのか?」
「あいつらは・・・なあ。」
子供達の表情が、なんというか、渋い。
渋柿をかじった様な表情だ。
「餌を食べる時は良いんだけどねー。」
「ねー。」
「暴れるし、小屋に戻ってくれないし、面倒なんだ。」
「ひよこは可愛いけど。」
「じゃあ肉にしてもいいか?」
子供達が一斉に頷いたので、増えすぎた鶏は精肉所に運ばれる事になる訳だが、加工はやりたくないと、全力で拒否された。
まぁ、俺も嫌だからな。
太郎は村長ではない。
もちろん村の責任者でもない。
だが、大きな問題が起きると太郎の所に持ち込まれる。
「ギルドを作るという話を聞いたが、酒場も作るのか?」
「あっても良いですね。」
問題はこの後だ。
「ギルドってみんなは有ったら利用するの?」
「我々は利用した事が無いです。」
と、エルフ代表のオリビア。
エルフの国にもギルドは存在していたようだが、簡単に言えば仕事を斡旋するような場所で、短期で行う依頼とかではなく、長期間定職に就く仕事ばかりだったという。
「銀髪の志士として所属していたんなら確かに利用する必要ないもんなあ。」
「他の者達はギルドの存在を知らないようです。」
「そういえば経営している宿屋はどんな感じ?」
「黒字経営です。帳簿をご覧になりますか?」
「いや、そこまでしなくてもいいよ。」
「井戸を作っていただけましたので、入浴施設も作れたことで利用者が多いのは良い事なのですが・・・。」
「やっぱり、面倒な客が多い?」
「娼婦だと思う者が多くて困ります。」
エルフは美男美女が殆どで、エルフという事を気にしなければ美女ばかりいる宿屋は独身男にとって一夜の相手を見繕うのに丁度良い場所というワケである。
もちろん同意が必要になるのだが・・・。
「宿屋内の食堂でワインを提供しているのですが、どうしても飲み過ぎる客が居まして、もう販売を中止しようかと思っています。」
説明する部下に同意の頷きをするオリビアは、スーと同じく無法者を何人も倒している。最近ではスーと剣術の訓練をするようになっていて、太郎も誘われる事があるが、こちらは断っている。
「酒場は村の人達も欲しがっているって聞いたし、宿屋とは別に作ろっか。」
「ナナハル殿の作る酒も美味ではあるのだが、美味すぎてつい呑み過ぎてしまう。」
「俺は味噌汁が飲める方が嬉しいけどなあ。」
ナナハルは酒や味噌を製造していて、先日ついに太郎の言う日本食が完成したのだ。
焼き魚、漬物、生卵、そしてホカホカのご飯。
味付け海苔なんて無いが、これでも十分だ。
醤油も有るのだから納豆だって食べられる日が来るだろう。
しかし、マンドラゴラの漬物って言われても分からん。ただの漬物だ。
「村の住人達からも要望を受けているので、パンも販売しようと思っていますが、よろしいですかね?」
「・・・いいよ?」
太郎の反応に気が付いて、言い方を変える。
「パンを販売する予定です。」
「・・・俺達の分は残しておいてね。」
「残りの方を販売いたしますのでその点は問題ありません。」
「そう言えばこの村の人達って仕事ないよね?」
「仕事は有るみたいですね、良く分かりませんがギルドの仕事をしているようです。」
「この村にギルドが無いのに?」
「最近、この辺りでは見かけないモノが孤児院や果樹園を見て回っているようです。」
「調査されてる?」
「こちらもそういう者を警戒して監視はしているが、散歩しているだけと言われると何も出来ない。個人所有の土地では無いという事が前提となっていて連行する事も出来ないのだ。」
「そっか・・・魔王国領だもんね。」
オリビアが申し訳なさそうに俯いた。
そんな時に、ドアがノックされる。
元々は誰でも利用できる食堂ではあるが、今は誰でも利用できる食堂ではなく、彼らより以前からから住んでいるエルフと軍人が利用している食堂で、新しい住人には開放していない。
「何か用か?」
ドアを開いて取次いだのはオリビアで、少し機嫌が悪いのが声に出ている。
「こちらに村の責任者が居ると聞いて来たのですが・・・。」
「いませんよ。」
太郎がそう言うと、オリビアを押しのけて入ろうとする。
勿論、入れる訳がない。
「ちょっと邪魔しないでくれ、私は彼と話が有るのだ!」
「いないと言ったが?」
「あんたは何の権限で邪魔をするんだ?彼はスズキタロウだろう?」
「違いますよ。」
と、太郎が言うと、オリビアは少し高圧的になった。
「ココは個人所有の私邸だ。貴方に入る資格はない。お引き取り願おう。」
私邸と言ったが、別のドアからは自由に入る者もいる。それを偶然見てしまった男は引き下がらない。
「悪い話じゃないぞ、商売をしたくてだな・・・。」
「商売なら別でやるんだな。」
オリビアは強引に男を押しのけドアを閉める。
鍵は掛かっていないが、ココで開いて入ろうとすれば商売どころの話ではなくなってしまう為、諦めて引き返していく。その男を窓越しに眺めた太郎は溜息を吐いた。
「確か、昨日も来たって話してたね。」
「はい、あの男だけではなく、他にも数名・・・。」
「孤児院の方にも女性が訊ねてきて経営内容を聞きに来て迷惑しているらしいです。」
「もう少しヒッソリしたいんだけどなあ・・・。」
今度は別のドアから知らない男が押し込まれてきた。
振り向くと、兵士が若い男を抑え込んでいる。
「今度は何?」
「コイツが果樹園の果物を勝手に採って食べていたから連れてきました。」
「泥棒か。」
頭を押さえ付けられているので顔は分からないが太郎よりも若く見える。
「ち、違う、俺は商人だ。この村に美味い食べ物があると聞いてやってきただけなんだ。」
「果物を取って食べた理由にならないんだけど?」
「あれだけ有るんだ、一つぐらいいいだろ!質も良いから高く買うぞ。」
太郎は再び溜息を吐いた。
オリビアとは違い、こんなに低い声を出すのは珍しく、それだけ機嫌が悪いのが窺える。
「あんたにとっては一つかもしれないが、それを許したらどうなると思う?」
「何がどうなるんだ。」
更に機嫌が悪くなる。
「お前と同じことを言って一つぐらいと食べられたら、10人来ても100人来ても、それを許さなければならなくなる。あっという間に売るモノは無くなるだろうな。」
大袈裟に言ったつもりはないが、相手はそれを小さい事だと思っているようだ。
「売物の質を知りたいのは当然じゃないか。」
「だったら一声かけろ、勝手に食うな。ついでにお前はこの村での商売は認めないからな。」
「お前村長なのか?!」
「土地や領土は魔王国かもしれないけど、畑や家畜は個人が作っているんでね、国のモノだから勝手に食っても逃げられると思ってたんなら残念だったね。」
「だったら高く買うから!なっ?」
太郎は腕を組んでソッポを向いた。
それが答えである。
若い商人にはその姿を見る事は出来なかったが、抑えつけていた兵士に引っ張り上げられると、そのまま外に連れ出され、そのまま拘束され、そのまま馬車に乗せられ、そのままアンサンブルに向かう兵士達に連れて行かれる事になった。
「面倒だけど柵を作った方が良いかなあ・・・?」
「そうでしたら手伝います。」
「オリビアさんが?」
「太郎殿達だけでは人手は足りないでしょう?」
手伝わせて欲しいというオーラを強く感じたので、頼む事にしたが、今すぐにでも取り掛かろうとするので日は改めて決める事にして、その場は落ち着かせた。
だが、事態は落ち着いてくれない。
「パパー!」
慌ててやってきたのはナナコとナナミだった。
「どうした?」
「ククルとルルクが知らない人に連れてかれて、お父さん、知ってる事なの?」
「知らないな、どこだ?」
太郎はスッと立ち上がると娘に案内させる。
コッチと言って外に出て行くのを追いかけると、すぐに二人を両脇に抱えて飛び上がった。
「どっち?」
「あ、あれ!」
指で示した方向には馬車がある。
そこでは嫌がる二人を無理やり乗せようとしているのが見えた。
太郎は睨みつけると、馬車は下から水圧で吹き飛んでバラバラになった。
突然の事に驚く男を無視して、ブツブツと何かを呟くと、ふわっと風が流れた。次の瞬間、浮き上がるククルとルルクを慌てて掴もうとするがもう届かない。バラバラになった馬車の荷台が落ちてきて、男に降り掛かる。
「ななななな、なんだ?!」
馬は逃げだし、周囲の建物にも被害はない。
「パパー!」
吸い寄せられるようにして太郎に抱き付くと、ゆっくりと降下する。
4人の娘を大事に地面に降ろした後、気が付いた者達が近づいてくる。
「何の騒ぎですか?」
太郎と娘たちの目の前には、壊れた馬車から抜け出そうとする男の姿がある。
「あ、オリビア様・・・?」
オリビアの後ろからもの凄い勢いで追いかけてきたのはスーとポチだけで、気が付いた兵士が居ても間に合わないほど速い。
「太郎殿、それ以上はダメだ。」
殺してしまうかもしれないと思ったオリビアがそう声をかけると、太郎はそれ以上に冷酷だった。
「キラービーが男を欲しがってたよね?」
追いついてきたスーが息を切らせながら耳を疑った。
「た、太郎さん?」
「死なない程度に絞って良いと伝えておいて。」
「タ、タロウ・・・?」
ポチも信じられない程の事を太郎は言った。
「承知したいところだが、太郎殿でしか伝えられないのでは?」
「カラー達が伝えられますよ。」
スーがオリビアに教える。
「なるほど。」
太郎は娘の無事を確認しつつ、歩いて家へ戻ろうとしているのだが、誰一人声を掛けられない。
「あんなに怖い太郎さんは初めて見ました。」
怒り心頭の太郎は何度か見ているが一番きつい。
「あ、あぁ・・・。」
スーの口ぶりが固くなっている事に気が付いたオリビアがポチを見ると、少し離れていながらも太郎の後ろを追っていて、太郎に呼ばれると、娘4人を背に乗せてゆっくりと付いて行く。
「一瞬の事で気が付きませんでしたが、何が有ったのでしょう?」
「誘拐されそうになったのだ。犯人はこの男という事だ。」
「えっ?!」
男は何故か気を失っていて、死んではいない事だけが確認できた。
「コイツは昨日の宿泊客です。」
「そうか、太郎殿に苦労させるとは我々の失態だな。」
オリビアは悔しそうに歯軋りしている。
スーも同様に、何かを決意している様子で、男を睨んでいる。
「そもそもこいつは誘拐が目的で?」
「そんな事は無いですねー、商人の許可証が馬車にありますんで。」
壊れた馬車の瓦礫から引っ張り出した紙切れが証明書である。
「多分、兎獣人だから連れ去っても問題ないと思ったんでしょう。」
「我々はあまり詳しくないが、そういうモノなのか?」
スーの説明を聞いて、オリビアは気分が悪くなった。
つまり、兎獣人の扱いは奴隷より酷いという事である。
「ハーフでもちょっと薬を嗅がせればすぐに発情しますからねー。」
「く、詳しいな・・・。」
「ちょっと思い出したくない過去がありましてね・・・。」
スーが思いっきり息を吐き出すと、周囲を見渡し、カラーを見付けると幾つかの事を伝えて、素早く去って行った。
数日後にロープで縛りつけられた、気力の無い男が馬車に乗せられて運ばれるのを、オリビアが一人で見送っていた。巣の外に裸で転がっているのを運んだのがオリビアだったからである。
その肩にはカラーとキラービーが居て、オリビアは真面目な表情で2匹と話をする事となった。
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