第224話 本日の太郎
一つの問題が解決すると、一つの問題が現れる。
太郎だけが抱えている問題では無いので、対応が必要となれば各責任者達が食堂に集まって協議をする。内容によっては太郎が不在の事もあるが、殆どの場合で太郎は出席を求められていた。
「太郎殿が不在だと纏まらない事が・・・。」
そう言われると出ないワケにもいかなくなるワケだが、最近は勝手に行動して問題を起こす事も有るので、問題行動に対する処罰の内容を考えるという、気が重くなる事も決めねばならなかった。
「犯罪は移民が増えるほどに増えています。」
「そういうのは兵士に任せたら良いんじゃないの?」
魔物退治の警備にほとんどを割いていたが、これからは村内の治安維持での巡回も必要になってくる。安心して暮らせたあの頃が懐かしい。
「国軍の兵士が常駐している村ですので、移民の者達も安心と安全を求めてやってくるのですが、兵士達の人数も最近は少し足りず・・・。」
「増やしたいという事?」
「はい・・・。」
隊長のカールが控えめに言っているが、それは兵士達が増える事を好んでいないと思っているからだ。
「別に俺に許可を求めなくてもよくなくない?」
「え、そういうものなんですか?」
「何故かスーと仲が悪いそっちの将軍がいるでしょ。」
表だって不仲をアピールしている訳では無いので知らない者もいるが、ダンダイルがいる時は妙な視線を感じる事もある。
「何故かって、ご存じないので?」
「知ってるけど関わりたくないだけ。」
「そうでしたか、では将軍と協議をして増やす人数を決めましたら、またご報告に伺います。」
「あー、うん。」
何故、報告にくるのか、納得できない太郎だった。
陽が昇る直前の朝。光と闇ががせめぎ合う空はうっすらと明るさを増していく。
珍しく寝室に太郎以外誰もいない日は、朝食の支度をする前にエカテリーナがやってきて、子供とは思えないほどの情愛の籠ったキスで目を覚ます。
「ん~・・・。」
太郎の方も慣れてきていて、そのまま暫く抱き合ってから、場合によってはスッキリしてから起床する。
「おはようございまs・・・んっ。」
こんな事をするので太郎はロリコンだと周知されてしまう訳だが、もはや否定もしないし、可愛いのだから仕方がないと思っている。その所為なのだろうか、マナは子供のような姿でいる事が多いというより、低年齢化が進んでいる気がする。
「おはよう。」
「はい、おはようございます。」
エカテリーナは頬を染めてにっこりと微笑んだ。
朝食は村で作られたパンが並ぶ。今では種類も豊富に増え、ふっくらでやわらかなパンが選び放題だ。贅沢に蜂蜜を付けて食べているのは太郎の家族と、特に親しい者達ぐらいで、村外から購入しているジャムを使うか、村で作ったバターを塗って食べている。
サラダは村で採れたモノ以外にも、自然に生えているベビーリーフ系を採取したモノも混ぜてある。
太郎が雑草と思わしき草を食べているのを見た時は、スーが驚きマナが真似をして、ポチに鼻でつつかれた事もあった。
「栽培しても良いんだけど、雑草を育てるのかって、ナナハルに言われるんだよなあ・・・。」
既に一作業を終えたナナハルが傍に居る事に気が付かなかった。
隣ではなく後ろ背に食べていたから姿を確認した訳では無く、声だけだ。
「他のモノを育てればよかろう。」
ナナハルはスッと隣の席に移動してきた。
「育てるのが楽だから子供達の農業の勉強用にしようかと思ったんだけど。」
「それなら小さくて良いではないか。太郎は何かを始めると直ぐに拡大しようとせぬか?」
「そうなんだけど・・・、小さくても済むのはマナやうどんのおかげで、それだと農業の勉強にはならないから。」
「確かにそうじゃな・・・。孤児もそうじゃが、わらわの子達にも教えねばならんしのう。」
「子供達には鶏と牛の面倒見てもらってるけど、まだ肉にしてないよね?」
「精肉所は有るが・・・今はまだ魔物の肉で足りでおる・・・。」
生き物を肉にする作業を直接見た事は無いが、正直言えば見たくない。餌を与えて可愛がって育てた家畜を肉にするなんで俺には出来ない。
「俺には出来ない・・・。」
「何の話じゃ?」
「今までもそうなんだけどさ、血抜きって出来る人凄いなって。」
「そのくらいわらわもするが?」
「あー、うん。そうなんだろうけど。」
「魔物を斬り倒して食った経験あるじゃろ?」
「有ると言えば有るけど、処理は他人任せだし。」
「一度くらい体験しておけばどうじゃ?」
体験という言葉に反応したのか、朝食を食べに気子供達が集まって来た。見事に全員。珍しくククルとルルクもいる。
「パパー、体験って何するのー?」
「精肉所で血抜きを見ておこうかと。」
「あの中って見させてくれなかったんだけど、僕達が行っても良いの?」
「わらわか太郎が良いと言えば良いのじゃ。」
「とりあえず、お腹いっぱい食べるのはやめて・・・。」
食事を運んできたエカテリーナの動きが止まって、太郎を見る。
その視線が辛い。
不味いから食べないとかそういう意味では無いのだけど、説明したり弁明するより、食べた方が早い。
「た、たべるか!」
「「「はーい!」」」
子供達が返事してくれて助かる。
エカテリーナが小走りになって配膳を再開したのでホッとする。
「パパ。」
「ん?」
「私達も付いて行って良い?」
「遠慮する事ないよ。」
二人が笑顔になった。
何故だろう、それでも何かを気にしているようだ。
「おとーさん知らないの?」
「なにが?」
「おねーちゃん二人が外歩いているとナンパされるんたよ。」
「は?!」
ククルとルルクが「おねーちゃん」と呼ばれている事に少し驚いたが、それ以上に驚いた事実。
「まだ子供なんだけど。」
「何を言っておるのじゃ、二人はもう子供を産めるだけに成長しておるぞ。フェロモンは多少弱いがあの容姿じゃぞ。」
子供にしてはスタイルも良いし、童顔ではあるがどこか艶っぽい色気もある。
スーがほぼ毎日のように絡まれているのは知っているが、まさかククルとルルクまでそんな事に成っているのは知らなかった。何しろ結界の外に出る事があまりなかったので、朝食を一緒に食べるのも久しぶりだ。なので他の子供達も遠慮して二人に太郎の傍を譲っている。
マナが居たら遠慮なんてしないが。
「そう言えばマナは?」
「孤児院で食べておる様じゃの。」
「昨日の夜は誰も来なかったしなあ。」
「なんじゃ、それならわらわが寝込みを襲えば良かったのう・・・。」
「子供の前で言わないで欲しいんだけど。」
「性教育も立派な育児じゃ。」
そんな育児知らないし、知りたくもない。
さっさと食事を終わらせて、子供達の食事が終わるのを待っていると、マナがポチに乗ってやってきた。巡回してて暇だから捕まったポチだが、移動手段に使われてもマナが相手では怒れない。
「どっかいくの?」
「精肉所で見学しようかと。」
「あー・・・アレね。見た事あるけどなんか・・・ね。」
マナが珍しく引き攣った表情をする。
精肉所が出来た時は関係者以外の人が入らないようにしていたから、血抜き作業をしているところは見ていない。魔物を勝手に苦にするのは以前もしていたが、今では村の規模も違うし、精肉の量も多い。
そのうち子供達も集まって見学に行く事になり、ゾロゾロと歩いて行くと、結局マナも付いて来た。ナナハルは付いてこず、ポチは残念ながら入室禁止である。
結果だけ言うと、見学は子供達の期待を裏切ったらしく、血生臭い匂いと作業工程に、参加者全員が気分を悪くした。
「みんなが美味しい肉を食べられるのはこの人達のおかげだから、感謝しとけよ。」
「「「はーーーい!」」」
子供達が精肉所で働きたいと思う事はもうないかもしれないと思うほど、良い返事だった。
その返事が良かったのと、外に出て深呼吸した時に思わず眺めた遠くの山と、その下に広がる黒い大地。
まだまだ、開拓していない土地は沢山ある。地道にコツコツ剥がしてはいるが、最近は特に急いでもいない。剥がした黒い土は街道の補強に使っているので沢山あっても困る事は無い。
「どうしたの?」
「黒いまんまってのも寂しいし、もう少し剥がしておこうかなって。」
「この辺りはずっと森だったからね。」
「今は殺風景なんだよね。」
「昼まで時間あるし、気分転換にやるか。」
道具を用意しようとして少し考える。
「魔法で一気に剥がすのもアリだったな。」
「僕やっていい?」
言ったのはミツギで最近は魔法を使う事が楽しいらしいのだが、特に理由が無ければ使えないから、こういう時に発散させるのもアリだろう。
橋を渡って剥がしている途中で終わっている茶色い土と黒い土の境目に移動する。
「ココでなら良いかな。」
「うん。」
他の子供達がヤジを飛ばす中、ミツギが集中して魔法を放つ。
身体よりも大きな火球が飛び出ると、地面に叩きつけた。
「おー・・・意外とやるなぁ。」
「ミツギは火の魔法が凄くうまいんだ。」
「ほー・・・。」
太郎は火の魔法が使えない事は無いが、特に攻撃として使わず、家庭内で必要な程度しか扱っていない。そして火球が衝突した結果は、案の定だった。
「なにもめくれてないぞ。」
「ダメかー・・・。」
「おにーちゃん頑張ってよー!」
と、子供達が不満を漏らす。
「もっと高圧縮しないと上からは破壊できないわ~。」
いつの間にかやってきた魔女が手本を見せるように火球を頭上に作り出すと、地面に叩きつけた。
「近いよ!」
爆風と爆音を警戒して水魔法の魔法障壁を作る。
魔法のコントロールが上手いからなのだろう、思ったほどの範囲には広がらず、地面に当たると真上に炎が伸びる。
「すご!」
消えた炎の下の地面が凹んでいたが、土は剥がれなかった。
「あれえ~?」
直後に追加の火球が落下して来て、全く同じ箇所に爆発が起きた。
驚いて振り返ると少し離れた所で魔女と九尾が宙に浮いている。
「今のはナナハルか。」
「どうじゃ?」
子供達から歓声が上がった。
舞い上がった黒い土が周囲に飛び散り、茶色い土が見えた。
マリアが苦いピーマンを噛み砕いたような表情で悔しがっているのが珍しい。
「太郎ならいっぺんにベリベリーっていけるわよ。」
なんでマナが自信満々で言うんだ・・・。
あ、なるほど、同時に使えば良いのか。
「なにしてんの?」
「なんでしょうね?」
ふわっと現れたのはシルバとウンダンヌだ。
「主ちゃん?」
「いちいち巻き付くのはなんでだ。」
「くっ付いている方が気持ちいいのよ。」
マリアとナナハルが同時に降りて来て、精霊に包まれている太郎を不思議な目で見ていたが、太郎はそれに気が付かずに、子供達の羨望の眼差しに少し恥ずかしながら精霊に説明した。
「マジでやるの?」
「マジ。」
「太郎様は本当に無尽蔵ですね。」
精霊二人に見詰められて、頬の赤みが増した。
「マナ量の事ですよ?」
「普通は美女に抱き付かれて見詰められたら照れるんだよ。」
「私達美女だったんだー?」
「そーみたいですね。」
「いーからやって!!」
太郎に言われて二人はぐるぐると回りだし、太郎から離れると一気に加速した。
「なに・・・これ・・・。」
マリアが目の前の光景に絶望している。
「すごーーい!」
「パパ、すごっ!」
子供達が大喜びしている。
「わらわの夫じゃぞ。」
何故か魔女相手に鼻高く自慢しているナナハル。
精霊が作り出した渦は竜巻となり、村のどこからでも見えるくらい拡大した。
竜巻の根元からゴリゴリと何かを削るような音がすると、綺麗にレンガ状に整えられた黒い土が飛び出てくる。
「回収の事も考えないとね。」
「太郎の考えていることは分かるけど、ココまでのコントロールって・・・。」
「コントロールは俺がしている訳じゃないから。」
暫くすると、太郎の頭の中に何か聞こえてくる。
(これ大変なんだけど)
(つ、つらいです)
「ちょっと、なんで私にも言うのよ!」
「マナにも聞こえるの?」
(もうやだー!)
(半分くらいでいいですか?)
「わたしにも聞こえる・・・。」
「僕も!」
(精霊をコキ使って、レンガ造りなんて)
(細かすぎてメンドウです)
「わらわにも聞こえるが?」
「ねー・・・。」
太郎は脳内に直接訴えてくるメッセージを無視して、腕を組んで眺めている。
「普段からダラダラしてるんだから、タマには良いでしょ。」
(ダラダラしたって良ーじゃなーい!)
(もっとちゃんと働きますから!)
何故か太郎が精霊を奴隷のように扱っていると訴えてくるが、普段は呼ばないと姿を見せないうえに、タマに余計な事をしていたりもする。
「ウンダンヌはトイレ洗浄させても良いんだけど?」
(がんばりまーす!)
渦が強くなった。
(わたしイラナイのでは?)
太郎の眉間にしわが一本増えた。
(がんばります!)
そして一時間後。
綺麗に積み上げられた長方形の黒い土と、茶色が美しく見える大地。
遠くから眺めている野次馬達。
その野次馬の中にはポチやグリフォンの他に、マチルダもいた。
竜巻が消えるのを確認してから寄って来る。
「姉さん・・・真の魔王の誕生ですか?」
「あんな魔王が居たら全力で媚びるわー。」
「・・・。」
マチルダが本気で悩んでいて、精霊を従えた太郎が子供達とレンガを運ぶ作業を終えるまでその場で悩んでいた。
後日、黒い土が剥がれた場所には新たに畑が作られ、農場が一気に拡大した。
資材置き場に積み上げられたモノは兵士達に管理してもらう事となり、午後はのんびりと身体を休めていたら昼寝をしてしまった。子供達は真面目に家畜の世話をしていて、午前に見た精肉所を想像すると、牛にも鶏にもすごく優しくなっていた。
「お前達は絶対に食べないからな!」
「ミルクは大切に飲むからね!」
普段は声を掛ける事も無く黙々と作業していたが、一頭一頭、丁寧に頭や腹を撫で、水魔法を使って綺麗に洗い、鶏糞の臭う鶏小屋も、今までにないほど綺麗に掃除した。
気が付いたらククルとルルクが左右で太郎にしがみ付いて寝ていて、マナに起こされなければ翌朝まで寝ていたかもしれない。
「何でベッドで寝ていたんだ?」
と、記憶もあやふやなのは、マナの使い過ぎだとマナに言われたが、それほど使った記憶も無い。
「あれと同等の魔法を使った魔女でも倒れるけど。」
何故か夕食をがっつりと食べているマチルダが呟いている。
いや、お前帰れよ。
瞬間移動覚えたんでしょ。
と、目で訴えたが、この村の料理、特にエカテリーナの作る料理が美味しい事は皆が知っている事だ。最初は異世界の人にとって珍しい料理だったが、今ではエカテリーナのアレンジした料理が出てくるし、手伝いのエルフ達が作った料理もある。
ちなみに最近の料理で一番驚かれたのは天ぷらだ。
材料が揃ったから出来たことで、太郎の指導でエカテリーナが覚えたので、頼めばいつでも出てくる。
食物油をたっぷり使うので、処理も大変なのだが、ソコはエカテリーナが上手く他の料理に使っている。
出来る娘だ。
「うどんやそばも作りたいのう。」
というナナハルの声で種を集める事になったのだが、うどんというとややこしいのでどうしようか悩むところだ。
「呼びました?」
「呼んでおらんぞ。」
寂しそうに去っていくうどんは、近くを通りかかったカップルを発見して、何故か女性の方に抱き付いていた。なにをやっているのか本当に謎の存在だ。
就寝前。
子供達は既に疲れ果てて自分達の家で寝ている。
昼間に家畜の世話で頑張り過ぎたのが原因だろう。
寝室のベッドではククルとルルクは身体のラインが解るくらい薄い生地の服を着て寝転がっていた。
「太郎は夜のトイレ長くない?」
マナはどんな状況でも関係なく入り込んでくるから、ある意味助かる。娘二人が父親と子作りをしたがるなんて異常な事を止めてくれるのだろう。
「何にもしないで寝るだけだぞ?」
「寝るだけでも良いのよ、この子達はあんまり一緒にいる機会が無いから。」
「いつもあっちの家だもんね。」
「じゃー・・・寝よっか!」
マナは寝る寸前まで元気だが、寝るという行動を真似ているだけで実際には寝ていない・・・という事だったが。
「木に戻った時と同じような感覚で寝る事が出来るようになったのよ。」
「へー・・・ってかそれって起きれるの?」
「自力じゃ起きれないから、孤児院に行ってたのよ。」
「確かにあっちなら必ず誰か起こしてくれそう。」
「子供達に起こされるのよ。」
急に両腕を掴まれると、そのままベッドの真ん中に引っ張られる。両頬に二つの唇がくっつくと、そのままベッドに倒れ込む。
「「パパお休み。」」
マナが太郎の胸に顔を突っ込んでくる。
軽いので気にならないしホンノリ温かい。
左右からの温かい寝息はあるが、マナは寝息が無い。
スースーと眠っているフリもしていないから、まるで人形みたいだ。
(動けない・・・)
太郎は元の世界で生活していたころを思い出す事が度々あるが、今がその時の様で、年齢以上に成長し過ぎている娘二人に抱き付かれて寝るなんて未来を想像するような環境ではなかったし、結婚も諦めていた。
全てはマナが居る事で変わったのだ。
想像の斜め上にも無いような異世界の生活を、身体で感じながら、深い眠りに落ちていっ・・・ちょっとー・・・やめて、そんなところ、触るんじゃない・・・。
しっかり寝れなかった太郎だった。
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