第223話 子供の将来を考える
先日の件を議題として、孤児院で働いている人達に食堂に集まってもらう。流石に毎日問題が起きる訳では無いので、今日の夜の孤児院は静かだ。もちろん、全員に来てもらうと何か有った時に困るので、当直の人には孤児院に残ってもらっている。
この会議で最初に決まったのはオリビアが孤児院の責任者になる事だった。最近はやるべき事も減ってきて暇になるのも自分の為に良くないという事で立候補したのだ。
「我らも安定して来たんでな、必要な事を部下に任せると必然的に・・・な。」
誰からの反対も無く、むしろ大歓迎だ。
そのオリビアに太郎が紙を二枚渡す。一瞥しただけで左右に渡したのは、オリビアは反対するつもりがなかったからである。それにこれから議題に上るのだから、他の者の意見も聞きたい。
自分が控えめになるのは上に立つ者の基本だと思っている故の行動だった。
「こんなに細かく書いたんですか?」
太郎はマリアの作った道具で書きとめようとしたが、これなら紙に鉛筆で書いた方が楽だと思い、実際に書いたのだが、同じ文面を2枚書いたところで疲れてやめている。
太郎の書いた紙には、今後の方針のようなモノが細かく記載されていて、その中の一部に、彼らが望めば剣術や魔法の授業を受けさせたいとも書かれていて、それらの文面は皆が読めるように、ワルジャウ語で書いてある。
「教えられる者はいるので問題は無いですが、悪戯や喧嘩に使われてしまうと。」
懸念の一つを臆せず言う。
「それは承知の上だけど、ココは孤児院という名前の寄宿学校だと思ってくれたらいいよ。」
「キシュクガッコウ?」
「住み込みで勉強する学校のようなもん。」
「ガッコウ?」
「え・・・学校ってないの?」
「学び舎の事ですかね?」
「あー、そうそう、それ。」
向こうの言う学校は理解できたのに何で俺が言うと理解できないんだろう・・・。
肝心な時に役に立たない言語加護である。
「子供ってのは沢山の可能性があって、子供の時に沢山の経験を積ませることで、将来の役に立てる。と言うのが基本方針。もちろん、無理強いはダメ。」
既に決定した事で、あの一件に関わった者達は全員村のトイレを巡回して掃除している。毎日いろいろな人に挨拶されて、褒められて、喜ばれて、子供達の、特に女の子達は、まだまだ数少ない村の子供達と仲良くなれたようだ。
今は良い感じだが、男の子達は喧嘩になりそうになった事が有るのも既に報告を受けていた。その喧嘩を止めたのは太郎の子供で、いくら九尾とはいえ、年下に威圧て負けた事がとても悔しいらしい。その翌日から魔法と剣術の勉強がしたいと詰め寄られて困ったと、愚痴も貰っている。
「子供が喧嘩するのは仕方がないよ、みんなだって少しくらい経験あるでしょ?」
「それはそうですが・・・。」
「子供達に悪影響が有るモノは出来る限り排除したいのです。」
その意見に太郎は賛同しなかった。
悪影響とは何を指して言うのか。
「子供はどんなに小さなことでも、どんなに大きなことでも、影響は必ず受ける。それだけ感受性が強いからね。」
スーとマリアは太郎の口調に気が付いて沈黙する。
オリビアも周囲を一瞥しただけで腕を組んで目を閉じた。
そこへ仕事で遅れてきたダンダイルとトヒラが食堂に入ると、何となく空気を察知して、食堂の入口で立ち止まる。
「悪影響は悪影響だと思います。環境が良ければ子供は素直に育ちますし、悪い事も覚えません。」
同調しない太郎に、意見を言った者が訝しげに太郎を見詰めた。
「太郎殿は子供達をどうするおつもりで?」
「特に決めた未来を想定はしていないかな。」
「それでは将来悪人になってしまっても構わないと?」
「そこまで責任は持てないよ。大人に成ってまで行動を縛る事は出来ないからね。」
「それはそうですが、ココを卒院した者に悪人が多いと悪評が広まるのは避けるべきです。」
太郎は少し不機嫌になったが、ココまで育児や教育に潔癖な人を説得する手段は持ち合わせていない。なにしろ、結果が全てであって、今はまだ未知数なのだ。
「どんな教育をしても、正しく認識して正しく使うとは限らないけど、それでも気にするべきだと思う?」
「はい。」
スーとマリアは半分は呆れていて、半分は太郎が気になる。スーは経験上知っていて、マリアは沢山の子供達がどうなったかを知っている。正しい技術だった魔法がその後にどうなったかも・・・。
「この世界に魔法が生まれて、それは皆が便利だと思う技術だった。でも、その魔法は人殺しにも使うし、より強力な禁忌とされる魔法もある。この村で何も教えずに村を出て魔法に殺されたら、何故教えなかった、という事に成る。魔法で殺したら何故教えたんだって事に成る。道具を作る技術だって使い方次第で料理道具が人殺しの道具にも成る。もしそうなった時の責任まで取るつもりでいるの?」
ダンダイルは耳が痛い。
その魔法で人を殺す技術を高めて戦争をしているからだ。
「責任というより、我々への評判が悪くなると、孤児達も集まりません。」
「特段集める理由もないんだけど?」
その言葉に一同が驚く。
「今後も続けていくのではないのですか?」
「一応、これから来る者を拒むつもりはないけど、流石に無選別で来られると困るかな。ある程度フィルターを通してもらえればいいけど。」
このフィルターとはダンダイルやトヒラの事である。
「それに、今のところ孤児院を経営するメリットは何もないんだよね。特に収入が有る訳ではないし、人身売買もする気は無いし。悪影響という意味ではこの村にも問題があるから、そうなると連れてこない方が良いという事にもなるし。」
兎獣人達の生活は、どう考えても良い影響にはならず、太郎でも、アレだけは悪影響になりかねない事だというのは否定しない。
ここでダンダイルが太郎に近づく事で自分を主張した。
「知識を与えて自主的に生きていく道を考えさせるのが目的、という事ですかな。」
「そうですね。農業も教えておけば将来の国にも良い影響は出るでしょうし、単一作物なら大規模な農場が作れるけど、規模が大きいのなら国で取仕切るべきだし、単一作物の農家は不作になったときに何も出来なくなるから、多種多様な作物を育てられる方が良いと思うんですよ。」
絶句と言うほどでは無いが、ダンダイルが驚いたのは、儲けだけを考える農家からは出ない言葉だったモノを太郎が言ってのけたからだ。
「大都市が近いところの農家はどうしても儲かる作物を大量に生産したがるからね。」
「大量生産は国がやればいいなどとは・・・我々の国では無理だった事だ。」
オリビアが過去を思い出すように呟いた。
「農業を覚えるだけでも選択肢は増えるからね。」
今のところの太郎は子供達に農業を教えて、村の生産力向上と多種多様な物を育てるつもりでいる。植物の育成の知識は村で一番なのがナナハルで、いずれは孤児院で教鞭をとってもらう予定だ。
沢山の作物が有れば、家庭科という授業は無いが、調理を覚えるのも必要になってくるだろう。
「太郎君がやりたいようにこの村を経営したら国になってしまいそうですなぁ。」
「そんな・・・大袈裟過ぎます。」
「鶏と牛の家畜も今後増えれば・・・。」
子供達には覚える事が多過ぎるかもしれず、教えすぎると逆に興味を失いかねない。教育の難しいところである。
「悪影響について細かく議論しても意味は無いから、今の村で出来る事と出来ない事を考えた方が建設的では?」
オリビアがそういうと、周囲の数名が肯く。
太郎もその一人だ。
「魔法や剣術を教えるとなると新しい施設も必要でしょう。」
「鉱山の方でも人は欲しがっているし、内部が安全という事は既に分かっているので子供達に見学させるのもいいかもしれませんね。」
「畜産業は、場合によっては寝る事も出来ないくらい過酷な事もありますし、今の子供達には少し厳しいのでは?」
「農業も天候に恵まれないと・・・。」
次々と意見が出て、トヒラがいつの間にか書記の仕事をする。
とにかく耳で聞いた事を書き込んでいて、書くスピードが異様に早いだけでなく、太郎よりも何倍も字が綺麗で読みやすい。
深夜でもまだ活気の消えない食堂では、軽食が出され、夜明け前になる迄、誰一人眠いという者はいなかった。
子供達の将来を考えるという作業は、経験者が少なく、考えれば考えるほど新たな問題も浮上する。
「おぬしらまだやっておったのか。」
と、夜明け前に起床したナナハルが食堂を見て呆れたくらいである。意見の多くがまとまりかけた頃に、力尽きる物が一人、また一人とその場で寝ると、食堂は朝食を食べに来た者達が人を片付ける作業をする羽目になっていた。
村には少しずつ移民が増えていて、以前とは違って真面目な者達が多い。そうなると連絡や相談などがスムーズに進まなくなり、手紙を配達する者が欲しいという事に成った。大きい町ならギルドが受け付けて子供達に仕事を回していたが、この村にはまだ子供が少ない。
孤児院の子供達に仕事をさせても良いのだが、仕事が忙しくて教育に回らなくなるのも困る。ただ、手紙の必要性もそこまで大きい訳でもなかったので、兵士達が代わりに行う事で解決していた。
今はトヒラが代行の受付をしていて、数日後には業務を部下に任せる予定だ。
「そろそろギルドが有っても良いのかな?」
「国営のギルドでしたら明日にでも設置しますよ。」
さすがに今すぐには無理なのは解るが明日というのは早過ぎる。
「この村だけの専用ギルドなら今からでも設置してかまわないですよ。」
「そうなの?」
「許可申請済みです。」
トヒラがサラッと紙を出していて、そこには魔王の署名もある。
「必要になるのは分かっていましたから、魔王様が先に作っておいたそうです。」
「冒険者ギルドとして?」
「ギルドカードを使用するのは非公認でも可能ですが、国営なら仕事の内容もギルド間で共有しますので。」
「あー、なんか魔女が作った道具を利用してるんだっけ?」
「一応機密事項なんですけど、魔女のいるこの村で隠す意味は無いですね。」
「あんな道具作れるのに紙の一枚しか転送できないってのも不思議なんだよね。」
「瞬間移動が出来る人には用のない道具ですから。」
「まぁ・・・確かにね。」
「仕組みを詳しく知りたいのなら直接聞いてみてはいかがです?」
「遠慮しとくよ。」
マリアが太郎の後ろにスーっと現れて、スーっと消えていくのをトヒラが黙って見送る。少し寂しそうなのは言うまでもない。
「移民の選別も厳しめにしてあるんでご安心ください。」
「え、あ、うん。宜しく。」
ギルドが出来れば冒険者も増える。
冒険者が増えればここに住もうと考える者も増える。
今やこの村は賑わいと活気が急上昇する注目の村となっていた。
太郎は全てを管理したい訳では無いし、ここまで大きく成ったのなら無理して止める必要もない。執政も魔王国の兵士が常駐するのならある程度は通用するので、魔王国の常識が一般的に成りつつある。人が増えて一番困るのはキラービーと兎獣人達の存在なのだが、新しく住む者達の住居は太郎の家から離れた場所に新たに作っていて、土地と畑も拡張中である。
「位置的には村の中心から外れるのが俺達になれば良いよね。」
「その方が静かで済みますー。」
そういうスーは、村に訪れる冒険者達に一日一回は絡まれて、ボコボコに返り討ちにしている。エルフ達は外部の者達用に宿屋を経営し始め、エルフ嫌いの者達は野宿をするが、他の冒険者の多くが利用する為に、今はエルフに対する偏見も少ない。
ただし、アルコールが入ると喧嘩も増える。
治安維持の為に暴れた者は宿屋から追い出す事が日常化していて、他の宿屋を探そうとする者もいるが、それについては太郎が許可しなかった。
「エルフが嫌いなら帰れば?」
その一言で決定したのである。
太郎に偏見が無いというより、エルフを嫌う理由があいまいなモノなので、この村で無用な問題を減らすのなら宿の経営権をエルフ達だけが持っていればいいのである。
ちなみに、冒険者がこの村に来る理由は殆ど無い。
珍しいという理由は物見遊山でやって来るだけで、冒険者に仕事も無ければ、辿り着くのも少々過酷なのである。その上で宿の経営がエルフだけともなれば、来る理由も減るのだから、護衛役の用心棒と商人が来るくらいで、冒険者は減少傾向にあった。
商人がやってくる最大の理由は、村で作られたモノが売られている店の商品だ。あの品数と技術力の高さを知って、自分達も商品として扱わせてほしいという依頼が殆どだ。
その事について太郎は無許可で許可を出している。
ややこしい言い方だが、太郎も魔王国も関わる事無く、自分達の裁量で自由に売買をすれば良いと言っただけなのだが、事細かく許可を求めてくるようになったので、面倒になったという理由もある。
無許可というのは魔王国側に対しての事なのだが、そんな事で許可を求めてこないので、結局は太郎に許可を求めてくる。
いつかは自由に売買できないと困る訳だから、作物に関係すること以外は、太郎もダンダイルも黙認する事に成ったのだ。
「作物はもっと安定してからで。」
実際にはマナが居れば無制限に増やせるのだから問題は無いが、値崩れすると困る者も現れるので自粛している状態だ。ダンダイルやトヒラからも大量に売買する前に必ず連絡が欲しいと言われていた。
こうして、村は太郎の器から飛び出して、急激に発展しようとしていた・・・。
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