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第222話 孤児達の常識

 同日の深夜。

 子供達は孤児院に戻される前に、村の食堂に集められていた。

 どうして逃げ出したのか問い詰めるのではなく、落ち着かせる為に。

 太郎の子供達は不満を漏らしながら寝室へ行ったが、その理由は孤児院の子供達だけに、エカテリーナが用意したホット蜂蜜ミルクが出されたからだ。泣いていた子供も泣き止む甘さと美味しさで、夜の所為も有って周囲は静かになった。

 太郎とマナ、スーとマリアの4人が残り、最初に太郎が質問した。


「村から出たかったの?」


 子供達が顔を見合わせた。


「発見されて良かったですねー。深夜は魔物がどこから来るか分からないですしー。」


 大人に見える冒険者風の女性から教えられた現実に、女の子達が身体を震わせる。

 孤児院の年長者の一人が絞り出すように言った。


「それより、ココ、どこだよ。」


 言葉使いの悪さは気にしない。

 本当は気にするべきなのだが、それを教える教師が今は不在だ。孤児院から迎えに来るのを待っている訳では無いので、彼らと話をするつもりだ。

 眠くなったら終わる予定だが。


「あなた達さー、連れてこられた場所の事をなにも教わってないのー?」


 色気ムンムンの女性から話しかけられると、男の子達は少し頬を赤くする。


「む、村って教わったけど、他は何にも。」

「えっ、えっと・・・町から離れてるって言うのは・・・。」

「村の外は危険だけど、兵士達が守ってくれてるって・・・。」

「ふ~ん。」


 貰った飲物を飲み切ってしまった子が、底に残っている僅かな蜂蜜を指先で掬って舐めている。


「蜂蜜って珍しいよね?」

「ココに連れてこられてから始めて食べたー!」

「お前ら、なんでそんなに嬉しそうに言ってんだ・・・。」

「えー、だっておにーちゃんも喜んでたじゃん・・・。」

「二人は兄妹なの?」

「そうだけど・・・なに。」


 兄の方の視線が少しきつくなった。


「大切な妹を危険な晒すのはよろしくないと思うよ。」


 太郎は優しく言うと、兄は黙った。

 しかし、視線を太郎に向けたまま何かを言いたそうにしている。


「言いたい事が有るのなら言ったらどうですー?」


 スーがそう言うと、全身に力を溜めているような感じで身体を震わせ、その直後に大き過ぎる声で叫んだ。


「俺達をどうするつもりだ?!」


 この質問の意味を正しく理解できる大人が4人いる。

 マナとマリアの場合は大人過ぎるが。


「あんた達、村で働かせる奴隷にでもされると思ってるの?」


 言ったのがマナだった事が、子供達の態度を少し軟化させた。

 それはマナの事を知っている女の子が居たからだ。


「あれ、そーいえば、マナちゃんって、なんでここに居るの?」

「あら、あんたサラじゃないの。」

「知ってる子?」

「うん、泣いてたから慰めてた事が有るのよ。」

「へ~。」

「それはいいじゃない、忘れてよ。」

「あー、ゴメンゴメン。」

「で、なんで居るの?」

「マナはこんな姿だけど、世界樹だよ。」

「コンナ姿は余計でしょ。」


 子供達は理解できない。


「世界樹って・・・あの木?」

「そうよ。言う必要が無いから言わなかっただけ。」

「ウソだろ?」

「なんでウソだと思うのよ。」

「あんなでっかい木から出てくるんならジーさんかバーさんだろ。」


 マリアと太郎がくすくすと笑っていて、スーだけは表情を変えず、黙って見ている。


「信じないのは勝手だけど、アンタそっくりにもなれるわよ。」


 そういうとマナは姿をサラそっくりに変化させた。

 着ている服が違うだけで、見た目は双子の様に瓜二つだ。


「うっそ・・・サラちゃんが二人になっちゃった・・・。」


 女の子達が吃驚して二人を見比べている。

 そんな事には興味がない太郎は、先ほどの質問に答える。


「奴隷にさせる事は無いよ。行きたい場所が有れば連れて行くし、ココに残りたいのなら自由にしたらいいよ。」

「自由なんて有る訳ないだろ・・・。」


 男の子の主張は半分正解だと太郎は思う。

 ココまで良くしてもらえば他の環境に慣れるのは大変だろう。だが、それは独り立ちするようになれば誰もが味わう感覚であり、当然の事だ。

 だからこそ確認する必要があった。


「そう思う理由は?」

「理由?」

「そう、理由。」


 男の子は返答に詰まった。

 理由なんて言われても何も思い付かない。

 孤児院を出た奴がその後どうなったかという話は何度も聞いて来たが、孤児院に戻って来た奴はいない。


「俺の居た孤児院はよくわからない宗教をずっと教えられていて、聖女とか救世主とか、いつか現れるって言うのを。」

「それで~?」

「・・・それで、濁った豆のスープを毎日飲まされて、不味いし、変な勉強させられるし、夜になると変な声が聞こえて気味が悪くなって、逃げだしたんだ。」

「ですよねー。じゃなかったらこの村の孤児院に来れるハズないですよねー。」


 男の子は少し怖くなって肯いた。


「夜の町の方がずっと怖くなかったから、橋の下で寝てたら、朝に誰かに起こされてお城に連れてこられたんだ。」

「その時に説明は有ったでしょ?」

「孤児でどこにも行くところが無いなら新しい孤児院が有るから来ないかって言われたから、行くって答えた。」

「逃げたのにまた孤児院に行くって、疑わなかったの~?」

「だって・・・。」

「だって?」

「お、お腹空いてたし・・・。」


 他の子供達がくすくすと笑った。

 理由としては納得するが、子供達には情けないと感じたのだろう。


「あんたバカねぇ。」


 マナに言われると顔を真っ赤にしたが、怒るどころか俯いてしまった。

 姿はまだ変化したままだったので、元に戻ってから頭を撫でる。


「よしよし、お腹空いてたもんね。」

「なあ、俺達・・・どうなるんだ・・・。」


 言い終えると涙がテーブルに落ちる。

 この子達にとって孤児院を逃げ出した後に捕まったら、何をされるか分からないという恐怖がある。

 太郎を見詰める視線が色々な感情を持ち込んでくる。不安感、恐怖感、それらを太郎は理解して受け止めた。


「肉を盗んだのは良くないから、トイレ掃除ぐらいやって貰おうかな。」


 子供達は理解できず、スーもマリアも理解できない。


「お腹が空いたから、肉を焼くために外に出たんでしょ。」

「何の話をしてるの?」


 マナも分かっていないようだ。だが、太郎は詳しい説明をしない。


「11人全員で、村のトイレ掃除を一ヶ月。これを卒院する予定の者達全員にやってもらうようにしようか。」


 今回は罰だから全部。

 と、付け加えた。


「あ~、なかなか面白いこと言うわね~。」

「一般社会から離れた所に居るからね、外を見たら考え方もかたまるかなって。」

「そう言う事ですかー、でもこの子達はそれで良いんですかー?」

「いいよ。これを慣例として課外授業の一つにしよう。」

「トイレ掃除が・・・?」


 太郎は頷く。


「仕事として一ヶ月やってもらうから労働の対価として給料もちゃんと支払う。」


 外に出てからの当面の資金が必要になるという理由から給料と言ったが、子供達には理解するのが難しかったようで、半分ほど判らないまま終わった。子供達が相談するようにコソコソと話し始めたのを太郎は黙って見ていて、それを見終えたマリアは眠くなったと言って自分の部屋にさっさと帰った。


「太郎さんって甘いですねー。」

「そう?」

「他の孤児院なら全員殴られたうえに独房に入れられても文句言えませんよー。」

「そんなの俺が許さないけどね。」

「ですよねー。」


 スーがにっこりとしたのは、太郎らしくて良いってことを再認識したからで、その甘い対応を笑ったワケではない。

 暫くすると、孤児院から迎えが来たので、その場で解散とした。マナが手を振って見送ると子供達も女の子だけが返し、男の子は振り返りもしなかった。

 そして、何のお咎めも無し。

 むしろ、太郎はもう少し考えておけばよかったと後悔するぐらいだ。

 残ったスーが太郎に僅かに微笑みながら言う。


「まぁ、太郎さんですからねー。」

「何の話?」

「少しでも太郎さんみたいな考えの人がいたら、他の孤児達でも、もう少しは幸せになれると思うんですよねー。」

「そんなに酷いの?」

「まあー、一言で言うと、酷い、ですねー。」

「そっかー・・・。」


 マナが戻って来て太郎に飛び付く。片付けられていないテーブルをそのままにはせず、片付けているとエカテリーナがやってきた。


「まだ起きてたの?」

「太郎様がココに居るのに寝られません。」


 太郎が集めたコップを受け取ってトレイに載せる。

 片付けが終わった後の追加なので太郎が心配する。


「水たりる?」

「・・・頂けますか?」


 太郎とエカテリーナは厨房に向かって行くのを、太郎の座っていた椅子にそのまま残ったマナが溜息をついて見ている。珍しくついて行かないのだ。


「どうかしましたかー?」

「太郎って無駄に背負い過ぎな感じしない?」

「確かに、しますねー。」

「どうにかして抱えてるものを減らせないかな?」

「どうしてですー?」

「減らさないと太郎が潰れない?」

「どーですかねー・・・以前は私も心配しましたけどー・・・。」

「今は?」

「それが太郎さんかなー、ってですねー。」

「まー、そうかぁ・・・。」

「あんまり困ってると、うどんさんが来ますよー?」


 キョロキョロと周囲を見ると、灯りが減らされて薄暗くなった食堂には、二人以外いない。うどんは太郎の傍で残飯を食べていて、今日の生ゴミを片付けていた所為で気が付かなかった。

 そのあとはいつもの場所に帰るので、木の姿に戻ったら何処へも行かない。


「このままだともっと大きい事も抱えるんじゃないかと思うんですけどー・・・。」

「何か有るの?」

「いえいえー、考えてみたらマナ様が一番大きいのではー?」

「あー、なるほどね。確かに私が一番お荷物だったわね。」

「マナ様がそう言うんでしたらそれでイイですけど、太郎さんの考えまでは分かりませんよねー?」

「分かる訳ないじゃない。」

「フーリン様もかなり自由人でしたが、太郎さんの自由度は更にその上を行くと思いますー。」

「瞬間移動の事?」

「それは行動範囲の事ですがー、行ける範囲の事じゃなくてですねー、出来る範囲の事なんですよー。」

「ややこしいわね。」

「えー・・・、手で水を掬ったのに、その手が大き過ぎて関係ないものまで掬っちゃうみたいなー・・・。」

「余計分かりにくいわね。まあ、何となく分かったわ。でも太郎が何故か毎日同じことを繰り返そうとする理由が良く分からないけど。」

「それって毎日木を伐ったり畑を見て回って歩いたりしている事ですよねー?」

「そうそう。」

「習慣的に何かしていないと落ち着かないとは言ってましたねー。」

「あれじゃあ、通勤してるのと同じじゃない。」

「ツーキン?」

「あっちの世界で、会社に行く事をそういうのよ。」

「毎日お城に行くみたいな感じですかねー?」

「そぅそぅ。」

「太郎さんもマナ様も、たまに不思議な事を言いますねー。」

「500年くらい太郎の世界に居ていろんなものを見てたからね。記憶が新しい方を優先されるのよ。」


 8500年生きているマナにしか分からない事ではあるが、フーリンやマリアなら理解してくれることかもしれない。スーはまだ200歳に届かないのでその感覚は分からないだろう。


「・・・戻ってきませんねー。」

「もしかしたら、残飯処理してるかも。」

「うっ・・・流石にちょっとアレは見たくないですー。」

「うどんは味があまり分からないとは言ってたわね。」

「そのうち魔物の死体も丸飲みしそうですねー。」

「流石に口に入らないんじゃない?」

「・・・。」


 スーは想像して少し気分が悪くなった。

 実は口はもの凄く伸びて広がるので、頭より大きいモノでも丸飲みできる。

 ちなみに、口に入らないと言っているマナも丸飲みは可能である。


「・・・今日は大人しく一人で寝ますー。」

「あら、じゃあ太郎と・・・いや、今日はあの子に譲ろっかな。」

「そう言って、私の服の中に入ろうとするのはなんでですー?」

「あんたの身体って柔らかくて気持ちいいのよ。」

「うぐっ・・・太郎さんに言われるのなら嬉しいですけど、マナ様に言われてもですねー・・・。」

「ほら、さっさと寝室へ歩け歩け!」

「ちょっ?!やめてください~、無理矢理谷間に頭突っ込まれたら服が~・・・。」


 厨房で作業を終えた太郎が戻ろうとする前にマナとスーの声が聞こえていて、足を止めていた。エカテリーナはこの好機を逃す事無く、太郎の腕を引っ張るようにして寝室へと向かった。残念な事に、子供達の半分が既にそこで寝ているとは知らずに・・・。







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