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第221話 不安と悪戯

 孤児院から控えめな苦情が提出された。

それは―――


「うどんさんが居ると子供達がなかなかこちらの言う事を聞いてくれなくて・・・。」


 うどんはマナと同じように男女の差別は全くなく、分け隔てなく誰にでも同じことをする。困っている子供を見付けると、授業中でも関係なく抱きしめていて、それは瞬く間に子供達にも伝染した。


「それと、子供同士で抱き合っている時間が長くて・・・。」


 うどんは子供達の遊びには興味を示さなかったが、遊んでいる子供達を座って眺めていた。いつも通りの仕事はちゃんとしているので、誰も文句は言わない。ただし、夜に来ることは禁止している。それはマナも同様だった。


「朝になると子供達が捜すようになってしまって、たまに来ない事が有った日はみんな少し元気がないんですよ・・・。」


 確かにこれでは困る。

 マナとうどんは、誰でも好きになってしまうというより、好奇心で溢れていると言った方が正しいかもしれない。そして、子供たちはそれを受け入れやすい。

 勉強や生活に影響が出てしまうと、規律も教育も意味が無くなってしまう。


「それでなくてもココの食事は美味しすぎて、子供達は舌が肥えてしまうんではないかという心配も・・・。」

「そう言われても、わざわざ不味い飯を食わせる必要も無いからなあ。」

「あ、あと・・・。」

「うん?」

「蜂にこっちに来ないようにお願いできませんかね・・・?」

「こんな所まで来るの?」

「はい・・・何故か一部の子供が妖精と勘違いしまして・・・。」

「まー確かに小さくてかわいい感じもするからなあ。」

「それもそうなんですけど、蜂なのに人の様な姿している上にはだかなので・・・。」

「あー・・・。」

「あれって、雄殺し(キラービー)なんですよね?」

「うん。むやみやたらに人を襲わないように言って有るけど。」


 蜂相手に襲うなって命令できるこの人が凄い。

 と、率直な感想である。

 勿論、口に出してはいない。


「念のためにもう一度、こっちに来ないように言っておくよ。」

「お願いします・・・。」


 こうして、孤児院は暫く静かな日々を送っていた。

 従順な子供達ばかりでは無いから、時には授業を抜け出して遊び、時にはケンカし、子供同士なのに恋愛もしていた。恋人報告会が、夜な夜な女子達の部屋で行われているらしい。

 そうすると、男子達は自分をカッコ良く見せるための努力も必要になる訳で、反抗期真っ盛りの年長者ともなると、悪ぶるのも魅力の一つと考えるようになり、従業員からすれば頭痛の種にしかならない。

 

 ちなみに、孤児院では15歳で卒院となる。

 必然的に最年長は14歳で、男女合わせて20名ほどしかおらず、最短では半年後にはここを出なければならない事が、微妙なストレスを生んでいた。

 生活環境が良すぎるからである。




 村には何でも揃っていて、足りないモノはすぐに貰える。

 服が破れてしまうと、次の日には破れの無い服が来る。

 ツギハギなんてない。

 食事で不味かった事など無く、勉強に必要な道具も全て新品が来る。

 たまに意味の分からないモノも渡されるが・・・。


「にーちゃん、来年からどうするか決めた?」


 年が明けて春が来ると、兄はこの孤児院からいなくなる。


「それなんだよな・・・、お前はまだ3年有るから良いけどさぁ・・・。」


 二人兄弟のアルムとイルムで、孤児では特に珍しくもない異母兄弟だ。もしかしたら何処かに姉妹か兄弟が居るかもしれない。

 二人の母親は元売春婦だったので、産まれてから1年と経たずに捨てられ、二人とも父親が同じという事を知っているのは、一度引き取られているからだ。その時の母親は二人の母親ではなく、また別の女性で、父親が戦死したと同時に家からいなくなった。

 葬式は中止され、父親の遺体は共同墓地に埋められた。


「いつでも風呂に入れるし、トイレは綺麗だし、服は貰えて飯も美味いなんて、俺はいまだに信じられないんだ。これほど良くしてもらってどこへ行けと?」


 年長者らしい考え方で、自分と同じ問題を抱えて困っている者と良く話をするようになった。


「一時金を貰ったからってナンにも出来ねぇよ。」


 太郎は15歳で卒院する事は知っているが、その後については知らない。話題にあがった事もあったが、15歳に成ったら自立するのが当たり前だと多くの者に笑われたのだ。太郎は元服という事が有ったのを思い出し、確かに15歳なら子供と言われる事に抵抗を覚える時期でもある。

 あの頃の太郎もそうだったのだから。


「・・・あの、バカみたいにデカい木が世界樹って・・・お前は信じるか?」


 世界樹について、孤児達は教えられていて、今も成長を続ける巨大な樹木はこの村のシンボルとも言われている。何故かマナと太郎がそう言われている事を知らないのだが。


「この村で働けないかな?」

「先生に相談したらいいんじゃないの?」

「あー、んー・・・そうなんだけどなあ。」


 ここで彼ら孤児に勉強を教えているのはエルフで、エルフが嫌われ者だという事は孤児達も知っている。しかし、若ければ若いほど抵抗はなく、子供達の殆どが既に打ち解けていた。


「エルフって信用できるのかな?」


 親にエルフは信用するなと教わってきた子供達で、年長者はエルフに物を教わるのを嫌がっていた。それでも、無意味に抵抗をする理由が無いと気が付いた者達は良かったが、いつまでも抵抗する子供達もいて、小さくもないグループを作っている。

 孤児院の従業員はエルフ達だけではない。移住してきた人達もいて、この村でそんな差別や区別が無意味である事は身体で理解している。しかし、そう簡単に消えるモノではない。


「てか、にーちゃんホントにやるの?」


 突然の質問は、隠されているだけの意味がある。

 このままだと、俺達は村で飼われるか奴隷として売られる。

 そういう考えも捨てきれないのだ。

 兄は答えず、弟の肩を二回叩いて立ち去った。





 陽が落ちてしばらく経った夜に事件は起きた。

 孤児院に保管してある食糧を袋に詰め込み、男7人女4人の年長者組が孤児院を脱走したのだ。

 本当は保管してあると思っていた金庫のお金を持って行こうとしていたのだが、お金が全く無かったので持てるだけの食糧を袋に詰め込んだのだ。

 お金が保管されていなかった理由は、子供達へ送る為に用意すれば良いだけで、村内ではいまだに流通しておらず、お金というモノにほとんど価値が無かったからだ。

 全てが自給自足で、必要なモノは村長から配布されていると教わっていたのだが、いくらなんでもお金くらいあると思うのは変では無いだろう。

 子供達はそのまま夜の村を走り、アンサンブルを目指す予定だったのだが・・・。


「ここどこだ?」

「川沿いを歩けば城下に行けるんじゃないの?」

「魔物はいないわよね?」

「兵士が駆除してるって教わっただろ、だいじょうぶっ?!」


 鶏小屋の前に来た子供達は、沢山の鶏に吃驚して叫びそうになったが、ぐっと我慢した。


「なんだこれ・・・?」

「カラーとは違うよね?」

「同じ鳥がいっぱいいる・・・。」

「あっちに橋が有って倉庫みたいのが見えるわ。」

「倉庫?」


 子供達が橋を渡り、建物へ近づくと、そこには荷物が載せられたままのトロッコが幾つもあった。

 一人の子供が思い出すように言う。


「俺、子供の頃こんなのいっぱいある街に住んでたぜ。」


 子供の言う子供というのは、自分の年齢以下の事である。


「あ、ダリスの町?」

「そうそう、それ。」

「親父が商人だったから住んでたんだけど、いつの間にか引っ越したんだよなあ。」


 子供の言う子供の頃の記憶力はその程度で、肝心な事は殆ど覚えていない。


「ダリスの町なら、トロッコがココにあるならあっちに行けばギルドが・・・。」


 指した方向は何もない。

 満天の星空があるだけで、大きな建物が無い。


「てかさ、あんな川とか橋とかあったっけ?」

「えー・・・ない。」

「戻ってみようよ!」


 不安な声を吐き出すと、怒声で返ってきた。


「バカだろ、そんなことしたらまたあの孤児院に戻るだけだろ。」

「あの建物なに?」


 暗くてよく分からないが、少し高い建物がある。

 そこには灯り用の松明も有って、少し明るく一部を照らしているが、建物全体は分からない。


「人が出てくる。」


 慌てて隠れようとして、橋を戻る。周囲に隠れられそうなものはさっきの鶏小屋しかない。


「なんで戻るんだよっ!」

「エルフだったら連れ戻されちゃうでしょ!」


 何も言い返せず、一緒に戻る。

 鶏小屋には小さいが作業小屋が有り、扉に鍵など無く、子供達は中に入って身を隠した。


「臭いね。」


 鶏の糞は肥料に使うという理由で集めてあり、マナやうどんがいるから不要なのだが、集めれば売れるというエルフ達の意見を採用した結果である。

 ちなみに牛糞も集められていた。


「どうしよう、道がわかんないよぅ。」

「あの魔法で運んだ人って、ちょっとしか移動してないよな?」

「そうだと思うけど・・・。」

「いっぺんに運ぶ魔法なんて知らなかったけどな。」

「そうそう、そんなに遠くに移動できるんなら、みんなその魔法を使うんじゃない?」

「そうだよなー・・・。」

「じゃあここはアンサンブル?」

「お城見えないし、あんな大木は知らないし。」


 扉が開いた。

 ビックリして視線を向けるが姿が分からない。


「お前たち何してるんだ。」


 同じ子供の声で安心する。


「隠れてんだよ、お前も隠れろ。」


 意味も分からず一緒に隠れてしまう。


「隠れてドーするんだ?」

「ん?」

「え?」

「アナタ誰?」

「誰って言われてもな・・・お前達は孤児院の奴らか。」


 判明した事実に吃驚するのは孤児院の子供達だ。

 しかし、目の前に居るのは、少し背が高いくらいの子供で、尻尾と耳が見えたことから狐獣人と見間違えた。


「なんだ、お前も逃げて来たのか?」

「逃げる?なんで?」


 その子供はとても冷静だった。

 返事を聞く前に理解したのだ。


「そっか、孤児院から逃げようとしてんのか。」

「お前、まさか俺達を捕まえに来たのか?」

「事情を知ったから捕まえなきゃならなくなったじゃん・・・。」


 凄くめんどくさそうに息を吐き出した。

 これを見逃したら父親に怒られはしないだろうが凄く困るだろうという事が想像できるからだ。

 ただ、なぜか怒られるという事は想像しにくかった。


「邪魔をするんなら殴るぞ。」

「邪魔するよ。」


 服の袖を引っ張ると、扉を開いて外に放り出す。

 もの凄いチカラで子供が一人地面に転がった。


「何すんだおめー!」


 立ち上がって殴りかかろうとする子供の攻撃を軽々と躱し、先ほどと同じように外へ放り出す。


「うわっ、なんか転がってきた。」


 外には同じようにやってきた子供が二人。

 小屋の扉が開いているので話しかける。


「タイチ、どうした?」

「あ、ジロウか、ミツギもいる?」

「いるよー。」


 また一人転がって来た。


「こいつら孤児院の奴らで逃げようとしてるみたいなんだ。」

「それはめんどくさいなあ・・・。」

「だろー?」


 転がっていた子供が起き上がり、二人の子供から走って逃げようとしたが、すぐに捕まって、また地面を転がった。


「ぐはっ・・・。」

「止めて、おにーちゃんをいじめないで!」

「いじめてないよ。なんで俺達がいじめた事になるんだ?」

「ひがいもーそーって言うらしいってスーさんから聞いたけど、ホントにいたんだ。」

「なにそれ?」

「負けると文句言う奴の事。」

「あー・・・。」

「なんだよ、女の子もいるじゃん。」

「お前達だって子供だろ!」

「そうだね。」


 小屋の中に居た子供達は、男だけが丁寧に外に放り出され、女の子は無視した。捕まりそうになっているのを見て泣き叫んでいるのだから、逆に小屋に閉じ込めた方が静かで済む。


「あれ、その袋持ってるやつ。」


 袋を奪って中身を見ると、未調理の肉がぎっしり入っている。


「こんな重い物を持ってどこに行くつもりだ?」

「どこでもいいだろ、おめーたちにはカンけーねー!」


 袋を奪われて怒りがそのまま行動に出た。

 素手で殴りかかって来たのだ。

 もちろん、当たる訳も無い。


「俺は喧嘩じゃ負けたことがn・・・。」


 最後まで言えず、鼻血を出して倒れた。


「やば、やり過ぎた!」


 それを見た孤児の子達が怯えて逃げ出そうとするが、逃がす訳も無い。


「鶏の様子を見て寝るつもりだったのに、みんなに良い場所とられちゃうよ。」

「でも・・・あ、おばさん!」


 ふわふわと降りてきたのは魔女のマリアだ。

 マリアは子供が逃げ出した事に気が付いて、屋根の上で見ていたが、明後日の方向に移動しているのでそのまま様子を見ていたのだが、太郎の子達と鉢合わせたのを確認して、ふわふわと飛んで来たのだ。


「おばさんじゃなくてー・・・、いや、いいわそれで~。」

「な、なんだバケもn・・・。」


 子供がもう一人、頭にタンコブを作って倒れた。


「こんな綺麗なおねぇさんをバケモノですってー?」


 怒ってはいない。しっかりと手加減して殴っている。


「パパくる?」

「すぐ来るわ~。」


 数分後にマナを頭に乗せた太郎とポチがやってくる。

 ケガをした子供はマリアが魔法で治療していて、逃げだそうとする気力は子供3人で奪っていた。


「おにーちゃんを怒らないでー、殺さないでー・・・奴隷もいやー!」


 と、泣き叫ぶ女の子。

 騒ぎはじわじわと大きく成り、巡回する兵士達数人と、エルフ達、いつまでも戻ってこない父親を迎えに来た太郎の子供達とスー。

 周囲が大人に囲まれると、孤児達は無力感で全員が泣いた。







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