第21話 カジノ
中はさっきの店とは全く違う。どこも明るく、床も壁も、天井さえも綺麗に飾られている。統一され整えられた服を着る男性と、本物のバニーガールがいる。兎獣人は女性だけではないようだが、殆どが女性だ。それも胸が特盛、男の夢とロマンが詰まっている・・・訳ではないだろう。
こちらは特盛ではないが、重過ぎない程度の山盛りの猫獣人が俺の腕にしがみついている。軽く引っ張られるようにゲートへ近づくとバニーガールの案内を受ける。そこの近くにある掲示板の張り紙を見て呆れた。
"本日はカップル無料入場日"
"ドリンクもプレゼント"
「カップルの方ですね。今日はサービスデーですのでご自由にどうぞ。」
そう言う事ね。諦めた俺は紙で作られた感じのするコップを受け取り、スーにも渡す。中身は・・・カクテルっぽいけど、それなりに美味しかった。アルコールは思ったほどきつくない。それを一気に飲み干したスーがゲートを通り過ぎた所のゴミ箱に投げつけた。お見事。
「フーリンさんも知ってるよな。」
「たまには羽根を伸ばせって事ですよ。有り難く受け取らないと損しますよ。それに、今は私の彼氏なんですから、こちらも有り難く受け取るべきです。」
そう言いつつも目がギラリと光る。俺は二つ目で一体何を受け取ったんだろう。
「専用のメダルとかないの?」
「カジノ専用通貨なら今から行くカウンターで交換します。200金ありますので半分ずつとしましょうか。」
「いいのかそんなに。」
「前回儲けた分もあるんですよ。」
専用メダルと交換したものを素直に受け取る。両手でも持ちきれないので専用の箱の中だ。100枚あるって事はこれ1枚が1万円ぐらいかな?こんなの初めてだから緊張してきたぞ。片手にメダルの箱、片手に飲み物。動き辛いと思っていたらスーが腕から離れた。
「じゃあここからは別行動にしますか。案内の看板はそこにあるのでゆっくり確認してください。」
そう言ってスーはいずこかへと姿を消した。初心者の俺を一人にするって・・・酷くない?ともかく、案内板の前に立つ。すでにあちこちでゲームが開始されているようで、どよめきや悲鳴が聞こえる。それにしても案内板もすごく大きい。スロット、ルーレット、ポーカー、ブラックジャック、ブリッジ、クイックバトル、モンスターレース、他にもいろいろあるが良く分からないのも多い。トランプでやるブリッジって知らないぞ。ともかく見ている時間が少しでも長いやつにしようと、モンスターレースをやる事にして移動する。少し遠かったのもあってか、すでにレースは開催されていた。
レース場は建物の外にあり、一周が大きなトラックコースと、小さなトラックコースが内側に、そして、それを囲むように観覧席が有る。モンスターレースはその名の通り、魔物にスピードを競わせて一位を当てる競技なのだが、全てが同じ種類の魔物で競わせると思ったらそうでもないらしい。何レースか見学して、電光掲示板の様に表示されている数字が変動するオッズを眺める。どんな技術がこの世界にあるのか謎も多い。ほほう、予想屋もいるようだ。
いま行われているレースは一周が200メートルくらいで、乗り手はいない。ちゃんと走らないモンスターもいて、レース中にモンスター同士が戦ったりすると凄く荒れる。戦った魔物はレースの一着、二着、三着が確定するまで放置され、成立するとその場で終了・・・いわゆる場外からの魔法や弓矢で倒されて片付けられ、この後スタッフたちが美味しく調理する。これ、見ている分には面白いけどモンスターにレースであることを教え込む方が大変じゃないのかな。むしろギャンブルとして成立するのか謎なんだけど。このレースは酷いな豚の大乱闘だ。
突然ファンファーレが鳴り響く。周りから人が集まってきて、更に凄い人混みになった。注目レースでもあるのかと見ていると、全部で12匹の犬3匹、猫2匹、馬2匹、狼3匹、猪2匹・・・頭って数えると違和感あるな。ってか、みんな身体が大きい。しかも今度はちゃんと人・・・いや小人らしき生物が乗っている。やっとレースっぽくなってきた。出てきた魔物達は小さいコースを一周しただけでまたどこかへ戻っていく。その途中で魔物の一部が何やら喋っている?あいつら喋れるのか?流石に声は聞こえない。
「ここにいたんですね。」
「ああ、スーはどうだったんだ?」
「ぼちぼちですねー。」
スーは何か紙を持っている。
「注目レースの時間表と、出場登録されている魔物が書いてあるんですよ。」
「さっきまでのレースは何なの?」
「予選みたいなもんですよ。優秀な魔物だけが調教されて、本レースに参加できる仕組みなんです。」
紙を見せてもらうと、競馬新聞のように感じた。登録名、種族、性別、年齢、過去の参加レースの成績。前日投票のオッズ。2.400の距離。レースの名前まで書いてあり"ゴリアス杯記念OPR"が今から開催されるレースだ。優勝賞金は1000金。すごい金額だな。
「これ1日で3回やるのか。」
「ちなみに賭ける側ではなくて、レースに参加させることも出来るんです。ポチさんが出場したら優勝間違いなしなんですけどねー。」
「なんかずるくないか?」
「そんな事ないですよ。ケンタウロスだけのレースとかもありますし。ポチさんが出るのならそう言うレースもありますし。」
「まあ、見てるだけでもなかなか楽しいな。」
「賭けてないんですか?」
「時間が短くてね。」
「注目レースは待ち時間も長く設定されてますし、行きましょうか。」
窓口近くまで連行されると、行列に並ぶ。この辺りは元の世界の競馬場とそんなに変わらないな。スーは紙を睨みつけてまだ悩んでいるようだが、俺には気になる事が有った。あの馬と狼が何やら口論している。そんな風に見えたのだ。出場する魔物達を近くで見れる場所が有れば解りそうなんだが。
「近くで見れますけど、見たからって・・・。」
「どこ?」
「え、見たいんですか?」
行列から外れると、まだ窓口での投票を終えていないスーが渋々ながらついてきた。出場する魔物達の控室とでもいうのだろうか。さっきはレースを見るために少し高い場所に設置されていた椅子に座っていたが、ここはかなり近くで見る事が出来る。
犬と狼は目が合うと殺気を飛ばしている。そしてさっきの馬は、狼達と険悪なムードを醸し出している。
「やっぱりさ、仲間って大事にするよな?」
「なんです、当り前じゃないですか。あっちにいる馬のタイターニックは今日の一番人気で、二番人気が狼のグランドタイルです。」
「その馬狙われてるぞ。」
「は?」
「あの犬と狼は喧嘩しているけど、演技だ。」
「なんでわかるんです?」
「やくそく・・・まもれ・・・わかっている・・・いつもにっくにまける・・・くやしい・・・。」
「確かに賢い魔物は会話することもあるみたいですけど・・・そういえば太郎さん、ポチさんとも何やらわけわからない声出してましたね。ひょっとして加護持ちですか?」
「言語なら何でも理解できる程度のはずなんだけど、俺もなんで分かるのかは分からない。少なくとも特定の言語を喋っているんだろうね。」
スーが興味深げに俺に顔を近づける。
「もっと詳しく分かりませんか?」
「ん?あ、あぁ・・・えーっと、まっすぐしかはしれないばかはほっとけ・・・あのめすねこはてをうった・・・。」
スーが紙に何かを書き加えている。そのペン凄いな。
「ほら、私の事は良いですから、通訳してください。」
「・・・さいごはほんきでいく・・・ああそれまでは・・・。」
「なるほどー、太郎さん凄いですね。」
「役に立ったか。」
「太郎さんの言う通りなら犬と狼に絞ればいいわけですから。」
「それでも6匹いるぞ?」
「グランドタイルは馬さえいなければ一番人気なんです。それに続くのが猫なんですけど除外しますよね。猪もアウトですし。犬の方はちょっと情報少ないですねー。絞り切れないので。」
「犬ならあいつが勝つと思うぞ。」
俺が指を差したのは狼と睨み合う演技をしている2匹の影に隠れている奴だ。控えめで大人しく見えるけど、それは馬に対してする演技で注目されないようにしている。
「イダテンマイヤーですか・・・過去が4位3回、優勝経験なし。確かに、犬の中ではそろそろ勝ち星が欲しいところですねー。成績が悪いと飼い主から捨てられてしまう事もありますから。」
「厳しい世界なんだな。」
「野生種は殆どいないですから、飼い主に捨てられたら死ぬだけです。」
スーが舌なめずりをする。すごく悪い表情だ。
「・・・太郎さんの言う通りなら凄いことに成りますよ・・・オッズ見てください。私が買って下がるにしても90倍近いです。太郎さん一枚も使ってないですよね?」
「うん。」
「全部突っ込みましょう。」
「え、マジで?」
「えぇ・・・これが当たったら世界樹様では出来なかったあんなことまでしてあげましょう。」
スーが頬をいきなり舐めたので、持っていたメダルの入った箱を落としそうになったが、落ちる前にスーが掴むと、するするっと人混みを抜けて消えていった。
結果だけ言うと、一点買いは当たった。レース後半のハラハラ感と、順位が確定した時のはしゃぎっぷりは凄かった。スーは人目も憚らず俺に飛び付いて、キャーキャー騒いだ。最終オッズは80.8倍で、メダルが20280枚になった。端数は切り捨てるのではなく食事交換券になり、午後は美味しい料理を二人で食べている。
「こんなに勝ったの初めてです。もう嬉しすぎて太郎さんなら何でも許せそうです。というか、私の神様ですよ、もう、ほんとに。」
2万枚ほどのメダルを持って歩けるはずもなく、換金したとしても重い。冒険者カードに記録してもらって本人証明をすると、カジノに一時的に預かってもらえるが、持ち帰るのは自力だ。
「冒険者カードってこんな使い方もあったんだ。」
「私は依頼の方をメインに使ってましたけどねー。」
スーの冒険者カードはグリーンで、カジノの記録をするついでに達成した記録を見せてもらった時に驚いた。退治依頼ばかりが山盛り記録されている。
「鼻紙より価値がなくなったこともありましたけど、今じゃ大切な身分証明ですし、太郎さんもそろそろ依頼をやってみてもいいころだとは思います。」
「これってさ、偽造されたりしないの?」
「偽造は今でもたまにありますけど、結局嘘を付いているわけですし、直ぐにボロが出てばれますよ・・・それにあのカード作るのってすごくお金がかかるんです。気になるならちょっと冒険者ギルドいってみますか?」
カードに記録さえしてあればいつでも引き取れるとの事なので、冒険者ギルドに行くことにした。マナに見られたら嫉妬するんじゃないかと思うくらいべったりとくっ付いて歩くから、大当たりをして注目されているだけではなく、さらに余計な視線を浴びながらもカジノを出た。
こんなん当たったら人生変わるよね。
いい意味でも悪い意味でも。




