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第216話 埋めていく溝

 魔王国の貧民街について俺は何かしようとは思わない。何かする権限も無いし、何かをしてあげれは不平不満の呼び水になる事は必然だ。

マナには理解できない事で、ナナハルにしてみれば努力が足りないだけとなる。


「国などというモノに頼るからそうなるのじゃ。」


 それはその通りだと思うが、国というシステムがあるから効率よく物流が回るというのもある。回らないと何も始まらないから・・・。


「あ、おかえりなさいませ・・・?」

「た、ただいま?」


 店に戻った太郎を出迎えたのはメリッサの母親で、ココは太郎の自宅ではない。


「どうでしたか?」

「あー、コクシハダって病気を治してきたよ。」


 知っているのだろう。もの凄く驚いていた。


「あの病気はすぐに治らないと聞いていたのですが・・・そんな高級な薬を・・・。」


 自分の時もそうだったのでそれ以上は言い難い。


「マナが治したから何も使ってないけどね。」

「ねー。」

「そ、それは・・・良かったです・・・、と思います。」


 ナナハルが笑った。


「太郎よ、これが普通の反応というモノじゃぞ。」


 このセリフは何度も聞いている気がする。


「そうなのか・・・。確かに医者にかかると金がアッという間に無くなるもんなあ。」

「差し出がましいようですが・・・もし、そのような事をお続けになるのでしたら、孤児院や医療施設などを建てた方が余計なトラブルに巻き込まれないと思います。」


 意外な提案だった。

 太郎はそんな事をするつもりなど全く無かったからだ。


「トラブル・・・事実そうだから否定はしないんだけど、そこまでしようとも思ってなかったし、覚悟もやる気も中途半端なんだよね。」

「太郎は正直じゃの。」

「まーね。」

「太郎様は人助けが趣味なんですか?」


 片付けを終えたメリッサが、太郎達に会釈してからそう言った。


「太郎の場合は少し違う。目の前で困っている者を見ると放置できないタイプじゃ。」

「そのおかげで助けて頂いていますので、私達にとっては有り難い限りですが。」

「全てを助けるとか言うほど、自分に自信も無いよ。」

「太郎は素直よね。」

「ま、まーね。」

「何故世界樹が言うと照れるのじゃ?」

「・・・なんとなく。」


 気が付くとメリッサが食事も用意していたので、ありがたく頂く。

 もうそんな時間だった。

 うん。

 パンが美味しい。

 サラダも美味しい。

 何のスープか分からないけど、ちょっと苦い。

 これ、何の肉だろう?

 よく煮込まれてて美味い。


「ご近所付き合いも有って料理を買う事にしたんですけど、このスープはちょっと・・・。」

「わらわはこの苦み嫌いではない。」

「気にならないわね。」

「良いと思います。」


 俺とメリッサ以外は良かったという事だった。

 やっぱり、エカテリーナの作るモノの方が美味しい。


「お口に合わなかったですか?」


 表情に出てしまったのはよろしくないな。

 でも、ちょっとあの場所が恋しくなったのは間違いない。

 食事一つで変わる筈ないのだが。


「食事が変わるという事は地域も変わってるってことだよね。」

「なんじゃ、急に。」

「肉一つでも違うからさ。」

「煮込まれれてて美味しいと思いますけど。」

「スパイスも違うから、意外と美味しく感じたり、全然ダメだったり・・・。」


 メリッサの視線が下を向いた。


「済みません・・・。勝手に用意したもので。」

「あー、いや、悪いって意味じゃなくてさ、今日の子供達だって食事は毎日するでしょ。」

「え?」

「太郎は毎日食べるのが普通じゃと。」

「え?」

「朝だけしか食べないとか普通ですけど・・・。」

「あー・・・そう言われればそうだった。」


 最近は毎日三食食べるのが普通だったので忘れていた。

 自分が最初にこの世界に来た時も食事には気を使っていたような気もする。

 いや、普通に食べてたか・・・?


「じゃあ、これって今日は最初の食事?」

「そうですよ。」

「もっと食べないとちゃんと成長しないんじゃ・・・。」

「そんなにしっかり食べるのは軍人さんくらいですよ。」

「軍人かあ・・・。」

「子供でもたくさん食べるのはもっと小さい子ですし、収入があって生活に余裕があっても一日一食が普通です。でも、夜に人が集まってパーティをするとかなら別です。」

「そう言うと毎日パーティみたいね。」

「マナは用意されればいつでも食べるだろ。」

「残すとエカテリーナが微妙な顔するじゃない。」

「マナの場合は皿まで食べるからだろ。」

「トレントのお皿は良い感じだったわ。」

「あのなぁ・・・。」


 二人の会話についていけない母娘。太郎の横で、食事を済ましたナナハルは、こんな食事では満足しないのだが、太郎の手前なのでかなり遠慮している。今日の失敗も尾を引いているだろう。


「庶民の食事も悪くはない、今日は特にな。」

「なんか引っかかる言い方だね。」

「・・・我が子があんな貧困で路頭に迷うようであれば、我の責任じゃ。子供に責任を取らせようとは思わない。」

「だろうね。」


 そして、その言葉は母親であるミューには耳が痛い。


「じゃが、他人のモノを奪うほどの心を貧困には育てとうない。」

「と、いうと?」

「街では貧困者に対して何も出来ない事が良く分かった。村ならそんな事は起こらない。特に太郎の村で腹を空かせている者など一人もいない。他の村なら多少はあるが、そういう場合はみんな腹を空かせておるからの。」

「まぁ、一蓮托生みたいなのが村だろうけどね。」

「イチレンタクショウとは知らぬ言葉じゃの。」

「一枚岩みたいにみんなで何でもするって・・・なんか違うな。」


 うまく説明できなかった。


「これだけ大きい街なら貧困者に対して何らかの保証みたいなのってないの?」

「ホショウって何ですか?」

「税金納めてるでしょ?」

「最近は滞納してましたから・・・。」

「今は?」

「おかげさまで、滞納分全部支払いました。」

「それで、税金って国民の為に使われないの?」

「さぁ・・・そんなこと考えたこともありません。むしろ不敬だと思われてしまいます。」

「不敬かあ・・・あの人達がそんな事をするとは思えないけど。」

「そんな事を言えるのは太郎ぐらいじゃぞ。もし、本気で言いたい事が有るのなら直接言ってみれば良いのじゃ。変わるぞ?」


 太郎は権力者相手に戦う気もない一般人なので、流石にこれ以上は言えない。ただ、今日も飢えて死ぬ子供がこの街にもいると思うと、食事の味が薄くなる。


「村を大きくして連れ帰れば済む話じゃ。」

「えー・・・。」


 ナナハルが苦みを込めて笑った。


「本当に何でも手を出すわりには責任を感じる事柄を嫌がるの。」

「自分の子供だけで十分だよ。」


 太郎の子はナナハルの子でもある。


「それはわらわにとっては嬉しいが・・・子を持つと少し考え方が変わってのう。」

「何となく分かる。」

「そう、他人の子でも困っているとどうしたのか気になるのじゃ。」

「だよね。」


 裏戸の扉がノックされた。

 そして、そのまま入って来たのは見知った人だった。


「あれ、オリビアさん?」

「太郎殿、なぜここに?」

「ちょっと色々あってさ、オリビアさんは?」

「交代でここに商品を運んでいる。4人1チームで今回は私の番なのだ。」


 定期的に行っている事で、オリビアだからとか、立場が上だからとかなく、全員が順番でやっているが、子供や体調が悪い場合は敬遠している。


「パンはマリアが運んでるんだよね?」

「パンはその日のうちに運ばないと固くなってしまうからな。だが、他の物は自分達で運んでいる。」


 メリッサと他のエルフ達が荷物を運んでいて、中身は当然のようにこの店で売る商品だ。そして、あまりにも売れ残っている商品を下げ、別の商品で何を置くかを皆で考える。


「太郎殿のおかげでガラス製品も作れるようになったので、次はガラスの食器などを、と考えている。」

「魔法で運んじゃえばいいんじゃないの?」

「なんでも魔法を頼るのは良くない。それが普通だと思ってしまうと、全ての者が空を飛び、全ての者が魔法に頼り切った生活になるだろう。そうして滅んだ国も有るしな。」

「あるんだ?」

「それなら私も知っています、御伽噺ですよね?」


 よっ!

 と声を出してから荷物を運んでいるメリッサが受け取るオリビアにそう言った。


「・・・御伽噺ではなく事実だ。」


 女性ばかりが働いていて、男が太郎のみのこの場所は何となく座っているのが申し訳なくなるのだが、ナナハルが腰を掴んで離さない。

 立つな。という意味だ。


「それぞれに与えられた役目が有るのじゃ、邪魔してはイカン。」

「そうなんだろうけど、あんまり好きじゃないんだよなあ・・・。」

「上に立つ者としての自覚はもう少し持った方が良いぞ。そういう意味ではオリビアは見習うべき相手じゃぞ。」

「めんどくさい。」

「あははー、太郎だもんねー。」

「ナナハルも分かってると思うけど、俺は上の立場に成りたい訳じゃないからね?」

「うむ、知っておる。」


 オリビアが馬車の荷台に荷物を載せて戻って来ると、ドア越しに外を眺める。


「・・・今日は来てないようだな。」

「誰か来るの?」

「子供達がな・・・、ああいうのを見ると我々は運が良かったと思わされる。」

「・・・。」


 ナナハルがオリビアに先ほどの事を説明する。

 オリビアは思った以上に真面目に話を聞き、強く頷いていた。


「病気だったのか。孤児院のような施設を作るのであれば町に作らない方が良い。」

「なんで?」

「孤児院にも入れなかった者が嫉妬する。」

「あ~、なるほど。」

「太郎殿は理解が早くて助かる・・・と言いたいところなのだが、それだけ関わるのでしたら村に作ればよいのではないですか。」

「勝手に作って勝手に集めても良いモノなの?」

「ダメですよ~。」


 運び終えたメリッサが疲れた声でそう言った。


「孤児院に来ないかって誘われた事がありまして、その時に色々聞きました。」

「態々訊いたの?」

「いえ、正規の孤児院であるって言う証明で散々聞かされました。」


 疲れた表情と声で応じた。


「孤児院って言うとさ、教会なイメージが有るんだけど・・・。」

「アンサンブルでは、キンダース商会とコルドー教会の二つが主流ですね。」

「コルドーってあの宗教はココにあるんだ?!」

「ありますけど、コルドー教の人達は優しい人ばかりですよ。回復魔法も使ってもらえるらしくて、なかなかの人気だというのを自慢されてました。」


 勧誘に来たのはコルドー教という事だ。


「許可の取り方は・・・。」

「太郎殿でしたら直接ダンダイル殿にお聞きになればよろしいのでは?」

「あー、うん。でも、なんか期待されそうな気がする。」

「数百人くらい来るぞ?」


 ナナハルがそう言うと太郎が働いてもいないのに疲れた表情をする。


「でも、村の将来を考えれば子供って大事だしなあ。」

「我らエルフも順調に子作りができる環境で、妊娠する者も増えています。」

「それは良い事だね。」

「太郎はどうしたいの?」

「俺の目的はマナが・・・世界樹が大きく育つ環境を作る事だからなあ。」

「いつか私達も太郎様の村に住んでみたいです。」

「別にいつ来ても構わないけど、店はどうするの?」

「店ごと移転するんです。」

「それはちょっと困るかな。」

「確かに、今は困る。」

「オリビア様までどうしてですか?」

「売る相手がいないところで店を出されてもな。」

「相手がいない?」

「殆どが身内みたいなもんで、完全に村の外の人はまだ殆ど来てないから。」

「どうやって買い物をされてるんですか?」

「ある程度は自給自足でどうにでもなる。」

「それって、凄い村ですね。」

「凄いの?」

「普通の村はもっと細々と暮らすか、村の生産物を他の村と物々交換したり、町へ売りに行くとかするのじゃぞ。」

「村の人数が、勝手に増えた気がするから、あんまり実感ないんだよなあ。半分以上が兵士だし。」

「村の防衛力に自信があれば軍人など追い出しても構わんぞ。」

「折角仲良くなったし、今度は出て行けって言うのもなあ・・・。あっ・・・。」


 突然大きな声を上げたので、オリビアとナナハルも驚く。


「どうしたのじゃ?」

「折角だから市場を見てから帰ろうかと。」

「変な声を出すな。それにどうして今までの会話でそうなる?」

「いや、なんか、市場調査って必要かな?って。」

「まぁ、知ろうとするのは悪い事ではない。どうせ帰りも魔法なんじゃろ。」

「我々はこのまま宿で一泊して、明日にも帰路に立ちます。」

「魔法で一緒にって・・・よくないんだよね?」

「正直言いますと、誰もが瞬間移動をしてしまうと世界の均衡が崩壊すると思われます。」

「誰でも使える訳じゃないけど・・・普通は一日に数回も使えないくらい大変みたいだし。」

「でしたら、今までのままが良いと思います。」

「そっかあ・・・もう世界のバランスを崩壊させるレベルなんだ・・・。」

「何をおっしゃいます。太郎殿お一人で可能ではないですか。」

「目が覚めたら目の前に敵がズラッと並んでるとか想像したくないな。」

「その魔法から守る為に結界魔法が在るという事じゃ・・・な。」

「なるほど、確かに防ぐ方法もあるってことか。」

「太郎が決める事だけど、大事は嫌でしょ?」

「マナを守る為なら何かしらすると思うけど、無駄に敵を増やす必要も無いからね、今は特に計画はないよ。いや、世界樹の苗木をあちこちに植える計画はやる予定だけど。」

「太郎殿の話は壮大過ぎて我々にはついていけませんね。」

「じゃのぅ・・・。」


 会話が止まると、作業もタイミングよく終わったようで、オリビアたちは馬車も預けられる大きな宿屋へ行き、メリッサたち母娘と別れ、太郎達は先ほどの発言を実行する為、久しぶりにアンサンブルの大市場へと向かった。

 ただ、お金の大半をスーの魔法袋の中で保管していた事を忘れていたので、買い物をするのはやめたのだが、何故か商人から声を良く掛けられて、太郎は予想以上に疲れる事となった。


「家族に見えるらしいよ。」

「家族で良いじゃない。」

「うむ。」


 何となく実感がなかった太郎だった。





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