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第212話 無駄な時間

「失敗して帰って来ただと?!」


 報告を受けたコルドー5世が驚いて声を荒げた。報告した部下の方は事実を述べただけで、叱りを受けるような事はしていない。


「報告書にまとめてあります。が、グリフォンとはもう戦いたくないと多くの者がそう言っております。」

「何故、グリフォンが・・・元々棲んでいた森を離れた所為で今は魔物の巣窟となってしまったというのに。」

「グリフォンが居たお陰で森の平和が守られていたと。」


 結果から言えば事実なのだが、納得する筈もない。


「負傷者多数・・・行方不明者は数名?」

「そのようです。」


 行方不明になったのは自主的に雲隠れした者で、実際は生きて他の国へ逃げている。行方不明扱いにしたのは確認が取れなかったからで、死亡とは別に扱っていた。


「しかし、これはまるで最初から逃げるつもりではないのか?」


 結果だけ見るとそう思うのに無理はない。グリフォンの様な凶悪で知られる魔物と対峙して生きている方が不思議なのだ。前線で戦った・・・逃げる為に奮闘した者達の苦労など考慮に入れない。


「火の海と化した森から、逃げ惑う者を誘導した者がいると?」

「そのようです。」


 先ほどと同じ調子で返答した。


「やはり頼りにならんな、魔王国相手にいつまでも小競り合いを続けているような国では話にならん。」

「我々の兵で編成いたしますか?」

「そうしよう。だが、グリフォンが居るとなると、我々の兵だけでは無理だな。」

「では、ハンハルトに協力を求めますか?」

「・・・無駄だな。あの国は将軍をドラゴンの襲撃で減らしている。兵力も回復していないだろう。そういう意味ではあの国を我々の下に堕として旨く使うチャンスではあるが・・・。」


 ボルドルト帝国と長きに亘って戦争状態にあるという不思議な国で、交易も同時に行っている。仲が良いのか悪いのか関係性が良く分からないのだが、ボルドルト帝国側に言わせれば、右手で握手して左手で殴る関係という事らしい。ハンハルトとしてはもっと仲良くしたいらしいのだが。


「どこで情報が間違っているか分からんものだな。」

「どういう意味で?」

「グリフォンもそうだが、ガーデンブルクの兵もだ。これでは強さが分からん。」

「当初の目的の半分どころか・・・。」

「何もわからん。これで遠征の資金はこちら持ちなのだから、意味が全くない。」

「帰還した兵たちも労わねばなりませんし。」


 不満を固めたような表情で椅子から立ち上がり、部屋を出ていく。


「事後処理は任せた。」


 との言葉を残して。





「あれ、3人一緒なんて珍しいね?」


 と、出迎えた太郎が開口一番に言った。


「ちょっと、面倒な事が起きたのでね。」

「あー、兵士が攻めて来るって話の事?」

「ほら、知ってたでしょう?」

「そのようじゃな。」


 グリフォンはまだ無言で、少し恥ずかしそうだった。何故と言われると困るが、とにかく恥ずかしそうに、太郎には見えた。


「今回はね、色々と頑張ってもらったのよ。」


 太郎がグリフォンに近づくと、何故か震えている。


「別に何も恥じる事ないのに。」


 頭を撫でると、表情が柔らかくなる。そして、ゆっくりとその身体を太郎に預けるようにもたれかかった。

 半分は甘えたかったのと、残りは本当に疲労だ。


「ちゃんと人は殺さないようにしたぞ、我は出来る事はしたと思う。」


 あの凶悪とも云われていた筈のグリフォンは、太郎よりも子供の姿で、太郎よりも子供のような態度で、何故か言い訳をしている。


「事情は分かってるから。」


 食堂に入るとすでに料理が並べられていて、三人の分は別のテーブルで用意されていた。二人は遠慮せずに座ったが、もう一人は戸惑っているので、太郎が持ちあげて椅子に座らせる。


「タロー?」

「功労者は労わないとね。」

「遠慮しないで下さいね。」


 とは、料理を運び終えたエカテリーナの言葉だ。振り返っても既に厨房に戻っていて、姿は確認できない。


「じゃあ、食べながら武勇譚といきましょうか。」


 最初から遠慮しないマチルダが既に食べながら言った。


「一番遠慮して欲しい奴なんじゃが?」

「この後にコルドーに行ってもう一度釘を刺してこないとならないのよ。」

「そういえば・・・マリアも不思議に思ってたみたいだけど、なんで俺達を助ける行動を?」


 そんな事を訊かれると思っていなかったマチルダが、グリフォンより顔を赤くして、食べ物を咽喉に詰まらせそうになっていた。




 食事を終えて、珍しくグリフォンは太郎に甘えまくっていた。周囲の目も気にせずに膝に座って抱き付いたまま寝ている。マナはそれを見ても怒る事は無く、本当に寝ているのか頬を引っ張って確認している。


「今回の事で誰に利益が有るのかって言うと、この村の存在価値が上がらなかったという事では村に利益が有るのは確かだと思うけど、なんでマチルダが?」

「村の事というより私の事じゃない?」

「世界樹の存在についてはまだそれほど広がってないわ。ただ、村には何人かスパイが居る事に間違いは無いわね。」


 それを聞いて一番驚いたのは、定時連絡でやって来ていたトヒラで、スパイが居るとなれば気が付かなかった事の方が問題にもなる。


「この村の事を調べようとしている人が沢山いるって事?」

「そうよ。」

「それが事実ならとんでもない・・・。」


 トヒラは傍に居た部下に素早く指示を与えて食堂を出ていく。本気でスパイを炙り出すつもりらしいが、スパイなんてどこに居ても不思議じゃない。


「太郎は驚かんのか?」

「だって・・・意図的なスパイは別として、村に行った者から情報を聞き出したのなら、結果的にスパイ行為になるかもしれないけど、茶飲み話程度でも話してしまう事は有るから。特に箝口令が敷かれている訳じゃないでしょ?」

「・・・余計な事は言わないようにとは言ってあるが、今は罰則規定は無いですな。」


 それはトヒラと入れ替わるようにやってきたカールの返答である。今回の件については魔王国側でも知りたい事があるらしく、3人の証言は貴重なのだ。


「人払いしますか?」

「いいよ、別に。」

「無駄な気苦労とは無縁でありたいものですな。」


 何かを知っているかのような隊長の言葉だ。


「で、話が逸れちゃったけど、理由はちょっと知りたいかな。」

「・・・この村が気に入ったのよ。」ボソッ


 声が小さくてナナハルにしか聞こえなかった。そして、そのナナハルはくすくすと笑っている。


「つまりじゃな、仲間が居る事で安心したから保守的になっただけなのじゃろ。」

「そ、そんな事は・・・。」

「何を言っておる。この村がどうなろうと、おヌシには関係の無い事じゃ。」

「関係があるって言ってくれないとおねーちゃん悲しいわー。」


 いつの間にか同じテーブルに座っているマリアだ。何故か知らないがマナと料理を取り合って食べている。仲良くしてくれないかな。


「・・・正直に言うと、この村は素晴らしいわ。」


 ナナハルが吃驚している。俺も驚いている。


「どうやったらここまでの大物が平然とやってこれるのかしらね?」


 小はケルベロスから、大は魔女まで、この村では皆が大人しい。大人しいと言うと語弊はあるが、問題行動を起こさないという意味ではとても不思議なのだ。力の有る者が集まれば、そこで力を誇示し、自分が一番である事を証明する手段にしようとする。分裂が始まり、グループが出来、それが戦となり、村は崩壊する。


「そんな予兆が無いとは言わないわ。これまでも問題は起きているでしょう?」


 ピュールのようなドラゴンや、天使族などは問題を持ち込んでくる。とにかくこの村を監視しようと、天使達は今でも空の彼方からこの村を見ているのだ・・・とは、マリアから教えてもらった。


「でも、全てアナタの一存で決まっているのよ。」

「俺の一存?」

「そうよ。」

「そんなつもりは毛頭無いと言いたいところだけど、確かに決めている部分は有るんだよね。一番は喧嘩をしない事だけど。」

「この村に来てアナタを見たら、自分の力を誇示しようなんて甘い考えは綺麗さっぱり無くすから。」

「そうよねー。」


 魔女二人に言われるとなんか複雑な気分だ。


「俺は自分が強くなったつもりは無いというか、強くなろうとしている想定と予想が、自分の中よりも早過ぎて頭が追いついていかないからなあ。」


 強くなっている自覚はある太郎だが、どのくらいの強さなのかと言われると感覚が分からないのだ。


「子供達もそう。アナタの力なのか分からないけど、兎獣人の二人ですら魔力に優れ過ぎているわ。」

「でも、それがどうしてマチルダがこの村を助ける理由に繋がるんだ?」

「多分、私だからって理由じゃないわ。私と同じ立場で同程度の能力が有れば似た事を考えるでしょうね。」

「そうねー。」

「確かにそうじゃのう。」


 なんで納得してるの・・・?


「それだけ魅力のある村になったのよ。」


 マナはそう言ったのだが、食べ終えて口の周りが汚れているのをエカテリーナに布で拭きとってもらいながらなので、威厳も迫力も、説得力すらない。


「今日はいないけど、ドラゴンが二人もこの村にやってくるのよ。普通なら滅ぼされる覚悟ぐらい持つモノだけど・・・。」

「わらわはドラゴンと戦う覚悟ぐらい持って住んでおるよ。」

「そんな覚悟いらないと思うけど。」

「そう、それじゃな。」

「?」

「太郎がそう思わなくて済むようにしてくれておるおかげじゃよ。」

「俺が?」

「過去の魔王と現魔王が二人揃って遊びに来るし、銀髪の志士だって居るのよ。」


 わらわは?って顔しないで。

 分かってるから。

 うん。


「魔女が二人も居る方が他の者達には恐ろしいと思うが?」

「ケルベロスとキラービーの大群だけでも普通に恐ろしい村だけどねー。」

「普通に考えたらそんな村が存続できるはずないのよ。」

「気が付いたら増えただけだし、魔女の二人は勝手に来ただけだからなあ・・・。」

「そんな冷たいこと言わないでー。」


 マリアはそう言って笑っているが、魔女以外の者達は、今の太郎の言葉に吃驚して口も出せずにいる。


「普通の意味が分からなくなってない?」

「普通って何なのかしらね?」

「俺はこの世界での常識はほとんど知らなかったけど、少しは覚えたつもりでいたのは間違いってことかな。」

「それは太郎の認識次第じゃない?」

「俺の?」

「そうそう。」

「俺の・・・ねぇ・・・?」


 太郎が考え込むように無言になってしまったので、マチルダがその隙に逃げるように食堂を出て行った。誰も引き留めはしない。

 いつしか自然解散するまで、太郎は膝で寝ているグリフォンの後頭部を撫でながら、無言で考え込んでいた。






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