第206話 させない
太郎とハンハルトの国王との密談から数日後。
帝国の軍港では慌ただしく兵士達が活動している。通常の港では寄港してきた船でごった返しており、軍艦が出港するのに手間取っていた。
「食糧の積み込みはどうしましょう?」
「保存食を優先しろ、水は最後だ。」
兵士だけでは無く、国民の殆どが狼獣人の国で、綺麗な銀髪の者もいれば、土色に汚れたような髪色の者もいて、遠くから眺めていると意外にも彩り豊かだ。
「商船の寄港の手続きに手間取っているようです。急がせますか?」
「商人連中の戦いに邪魔するな。俺達も気にせずに戦えるんだからな。」
という具合に、商人と兵士の関係は悪くない。
むしろ高官になるほど、お互いを尊敬し合うくらいだ。
これが無ければ国として存続も危うかっただろう。
「予定より少し遅れていますが陛下にはどうご報告いたしましょう?」
「俺が行く。陛下ならご理解いただけるはずだ。」
出港準備が終わりを迎える頃の、荷物が殆ど無くなった港湾施設の一室で、皇帝は海を眺めていた。出撃前の高揚感を海風を浴びるように感じていて、報告が来るのを待っている。
「報告します!」
皇帝は振り向かない。
「商船の入港に手間取っており、出港に遅れが・・・。」
「よい。」
その一言で部下を引き下がらせた。
ここから眺めていれば分かる事で、後は出撃準備が整った報告を待つのみである。
皇帝は陣頭指揮に立つ予定であった。
なぜ、ここまで戦いを欲するのか?
100年平和が続いた当時、国内では子供が増えた。子宝は国を豊かにする基本であり、増えた子供は大人になってさらに子供を産む。
良い事しかない様に見えるのだが、そこに何が問題が有ったのかいというと、消費が生産を上回り、追い打ちを掛けるように大飢饉が発生。そして少ない食糧を奪い合う内乱が発生した。
内乱は数年続き、他国からも攻められ、国としての存続も危ぶまれた。
救世主は現れなかった。
疲弊しきって国が国として認められなくなるぐらい小さくなると、他国は攻めてこなくなった。理由はどちらに占有権があるか?という領土争いである。
いつまでも争い続ける他国は、いつしか攻める力を失い、戦いは自然消滅した。
「くだらない話だね。」
とは、この話を聞いた太郎の感想だった。
今の太郎達は海上を飛行して移動し、一緒に来たのは太郎とマナとスーと魔女二人である。
ちなみに、他は戦力外通告というよりも、来る意味がないので待っているように言った結果で、スーも戦力外の方である。
「太郎さん一人にやらせるんでしたら、みんな戦力外ですよー。」
「それもそうなのよねぇ。」
「二人はなんできたの?」
「面白そうだから。」
「楽しそうだから~。」
ダメだこの魔女。
「でも、どうするのよ?」
「はー、太郎が魔女に心配されるとはね。」
マナがそういうと、スーがスッと太郎に寄る。
「敵の大船団相手に4人しかいないってとんでもない話ですよねー?」
「え、あ、うん。そうだね。」
「4人じゃないからね。」
するっとちゃぽん♪
「主ちゃん、やっと呼んでくたれわねぇ。」
「まだ呼んでないんだけど・・・。」
魔女二人が驚いている。
そして視線は釘付けだ。
何しろ四大精霊のうち二人を従えている男が目の前に居るのだ。
契約の儀式も観察していたが、とにかくずっと気になっていた。
「なんで女性の姿をしているの・・・?」
肩にマナが乗っているので、左にシルヴァニード、右にウンダンヌと、まるで鎧を身に着けているようにも見える。
「見えてきましたよー。」
視力だけならスーもかなり良い。
「あー、ホンノリ海岸が見えて来たな。」
「どうするつもり?」
「シルバには出来ないからさ。」
凄くしょんぼりしている。
そしてもう片方がニコニコしている。
「お高くつくけどイーノ―?」
「どうせ俺の魔力使うんでしょ。」
「たっぷり頂くわね。」
ゆっくりと海面近くまで降下し、遠くにボルドルト帝国を眺めた。
海面が激しく震えると、巨大な渦が発生し、巨大な水の柱が空へ延びる。その水が姿を変え、見た目だけならそっくりなモノを作り出した。
「シードラゴン?」
「そのまま飛沫をまき散らしながら相手の方が騒ぎ出すくらいまで近づいて。」
「おっけー♪」
皇帝は今、ただ待っていた無為の時間を終わらせようとしていた。
それは眼前に広がる青空と海が大時化と成り、周辺がぼやけて遠くが見渡せなくなった。眼下では兵士達が揺れる船から落ちないようにしがみ付いていたり、広げようとしていた帆を慌てて畳んだり、監視員が望遠鏡を使って前方を睨んだり、右往左往しているだけで混乱を増長させる者が居たりと、とにかく慌ただしい。
「陛下!」
「こんな天気は初めてだ。あれほどの晴天がなぜこうも急に変わるのだ?」
心配して駆け付けた将軍には答えは無く、ともかくこの場から離れるようにお願いするだけである。
「分かりません、分かりませんが何かもの凄い魔力を感じます。ここは危険かもしれません。」
「うぐぐ・・・。」
歯軋りして前方を睨んでいる皇帝の目に、とんでもないモノが映し出された。
それを知らない船乗りは存在しない、悪夢と恐怖の塊の様な存在である。
「シードラゴンだ!」
兵士が叫んだ言葉に、次々と反応していく。それは恐怖で動けなくなる者が殆どで、ただ茫然と眺めるしかない。巨大すぎて武器を持って戦おうなどとは、流石の戦闘好きでも無理というモノだろう。
「海を汚す事は許さぬ・・・!」
それは太郎がいつもより少し低い声で喋っているのを、シルバが魔法で拡声し、より低く響かせていた。
「太郎、あっちの奴ならダイジョブよ。」
頷くともう一度声をひねり出す。
「我を怒らせるとこうなるぞ・・・!」
港湾の一番隅に停泊させてある、予備の軍艦三隻は、突然の水柱に襲われ、僅か30秒という時間のうちにバラバラになって沈んだ。
その光景だけで多くの者に恐怖を与えたのは間違いないだろう。泡を吹いて倒れる者が続出し、戦闘意欲などほとんど残っていない。
「何故だ、何故シードラゴンが我が国を襲う?!」
「別の海に移動したという報告があって、ずっと不在だったのは間違いありません。短い期間で戻って来るなど在り得ない事です。」
「そんなことは分かっているが・・・。」
流石の皇帝も、もはや戦意を失っている。
シードラゴンを怒らせてしまえば海では何も出来ない。
貿易にも影響するし、船乗りが無駄に殺されてはたまったモノではない。
ここはシードラゴンの望み通り引き下がるしかないのだ。
「上手く行ったわね。」
マチルダはそう評した。
あれだけの巨大な姿を作るだけでもとんでもない魔力を消費するのに、そのうえ天候まで変化させ、一瞬で軍艦三隻を沈めた力に恐怖を通り越して清々しくなっていた。
「太郎ちゃんとの子供作りたいわねー。」
「遠慮します。」
「残念ねー。」
こののんびりとした会話をしている者が、発生する筈だった戦争をたった小一時間で止めた。それでいてまだ余裕があるようにも見える。
「主ちゃん、こんなことして何が目的だったの?」
「戦争を止めたのよ。」
何故かシルバが答えた。
ウンダンヌとは契約してすぐに連れて来たので説明は一切していなかったのだ。
たが、太郎のやる事に疑問も抱かずに応じたのは、それが主だからだ。
「さすがに疲れたなー、さっさと帰って報告しよっか。」
「ですねー・・・。」
大それた事をやってのけた者には到底見えない太郎の顔は、確かに疲れていた。
城に戻ると、子供達が出迎えてくれた。もちろん、ジェームスもフレアリスもいる。いないのは国王で、報告に行くのにわざわざ城に入らなければならないのが面倒だった。
「まー、顔パスでいけるから少し我慢してくれ。」
「そうね。」
太郎達はジェームスを戦闘に城門の前に立つと、大きな門が音を立てて開く。ここからは更に歩かなければならない。飛んで行けばすぐだが、有事以外は飛行禁止区域なのである。
先頭を歩くジェームスが居なければ、観光に来た一家が間違えて入ってきてしまったように見えなくもない。何しろ子供達がお城の大きさに感動して、ワイワイキャッキャと騒がしいのだから。
あの、なんでマナも一緒に騒いでるの。
「この部屋で少し待ってくれ、何か飲物を持ってくるように言ってくる。」
部屋は広く、ふかふかのソファーが何個も有るので、太郎が腰を沈めると、その周りにみんなが集まった。
一番つまらなさそうな顔をしているのはポチで、今回も何も出来なかった事が悔しくてたまらないが我慢しているというのを目で太郎に訴えている。
それが理解出来るだけにポチには申し訳ないが、もう少しフレアリスの玩具になってもらう事にし、エカテリーナが子供達をとにかく落ち着かせる為に座らせようとしているのをぼーっと眺めている。
魔女の二人は来ていない。
興味が無いというのと、キンダース商会にまだ用事があるようで、そちらに行ってしまったのだ。
「形式ってめんどくさいなー。」
太郎はそう呟いて大きな欠伸をした。




