第202話 意外ではない意外な情報
「それ、本当なの?」
「城から直接依頼されて調べているモノで、まだ3割程ですが、準備段階に入っているのは間違いないです。」
「帝国がねぇ・・・。」
横で無邪気お菓子を頬張る姉を横目に、マチルダは報告の内容を吟味していた。ここで太郎の事もピュールの事も、そして世界樹の事も知らされたが、驚きよりも、納得した感じだった。失敗した事については言及しない。
「以前の敵は今日の味方。そして過去の味方は明日からの敵・・・となりそうです。」
「元々あの帝国は勇者崇拝もしていたから、強国である事にこだわりが有るのは間違いないわ。」
「戦争なんてバカな事を続けるなんてねー。」
世界の戦争の原因を作った根源らしからぬ発言である。
「シードラゴンが居た間は貿易が出来なかった事も有って情報が得られなかったそうですが、あのドラゴン事件が起きた所為でその気になったようです。」
「都合の良い事を考えるつもりね。」
その気にさせた原因を作った根源らしからぬ発言である。
「ただ、今になって再び侵略戦争を開始する理由が理解しかねます。」
「あの国は昔から侵略に限らず戦争好きで、他種族とも戦争を繰り返していて、決着が付かずに休戦状態な筈よ。」
「鬼人族とも交戦していたようですから、なかなかの無謀かとも思います。」
「鬼人族は元々それ程数の多い種族では無いし、オークなどと混同されていた時期もあったから。」
「魔物は国を持ちませんが鬼人族は国が有りますし、その辺りで区別されたのでしょうか?」
「今の皇帝って誰なのー?」
「今の皇帝はアーサー・ルー・ド・ボルドルトで6代目になります。」
「へー・・・だれなの、それー?」
「皇帝の事を知りたかったのではないのですか?」
「だってねー、6代目って言うからー。」
「もう100年くらい前に戴冠しています。」
「あれ・・・ボルドルト?ボドルトルじゃなくてー?」
記憶を探る動作を見せたが、全く思い当たらない。
「姉さん、それは既に滅んでます。」
「えー、あっ、そーなのー。」
「でも3割程度の情報で大丈夫なの?」
「確認の済んでいないモノが7割という意味で、情報は既に押さえてあります。」
指を鳴らすと書類を抱えた部下が入ってくる。テーブルに置くのではなく、キンダースに直接手渡した。
「結構な量ね。」
「海では漁師達に協力してもらって情報を得ていますので、同じ内容の物も沢山有るのです。上陸した者達からは第二陣がもうすぐ帰ってきます。」
「なるほどね。それで戦力も解ってるの?」
「小型の帆船が100隻、中型船が36隻、大型の蒸気船が4隻です。」
「蒸気船とは、なかなかなモノを造ったわね。」
「蒸気機関自体はかなり以前からありますが、船に流用するのはかなり大変だと思います。」
「重過ぎてちゃんと動くのかしらね?」
「稼働するのに半日以上必要のようですが、動き始めればかなりの速力が出るようです。」
「という事は近海での決戦用になるわね。」
「・・・どういう事ですか?」
「燃料がそんなに積める訳ないじゃない。」
「海戦では使われずに上陸時の援護に使われるという事ですかね?」
「それは分からないわ、運用目的を知っている訳じゃないから。」
「そう言われると・・・砲門は積んでましたが。」
返答しつつメモを取る。
蒸気機関について詳しく知る者は少なく、国家機密にもされていた時期もある。今としては知ろうとする者が少ない為に、図書館の奥で眠いっているだけの過去の遺物と変わらない。それでも利用価値は有るので、技術が有れば利用したいのは当然の事だろう。
「輸送用に使えば楽なのにねー。」
輸送力が有るというのは商人にとっての強さで、有れば有る程良い。
そう思えば所有していないモノは欲しいと思ってしまうのは仕方の無い事かもしれない。
「建造にいかほど掛かるモノですかね?」
「真面目に答えるなら維持費が大変だしやめた方が良いわ。」
「そうなんですか?」
「維持費を減らす方法は有るのでしょうけど、今のところ安全性にも問題が出るからオススメはしないわ。」
「蒸気機関じゃなくて魔導機関なら良いのにねー。」
「まど・・・う?」
「それって完成しているんですか?」
「してないわー・・・太郎ちゃんくらいの魔力が有れば造れそうなんだけどねー。」
「それって、完成したらどうなるのですか?」
期待の含まれる声だ。
「どうなる・・・んだっけー?」
「資料はどこかに在る筈ですけど、どこに有るのか・・・。」
期待外れの返答で、メモした紙を見詰める。
「それってこの世界のどこかに魔導機関の資料が有るってことなんですよね?」
「有るのは間違いないけど、どこに有るのか・・・。」
「調査しても宜しいですよね?」
「もちろん。こっちはこっちで調べて欲しい事が有って来たんだけど。」
「なんでしょう?」
「世界樹についての資料を世界から集めて。ギルド使っても良いから。」
「世界樹について・・・ですか?」
「直接本人に訊いても解らない事の方が多いから出来るだけ世界から資料を集めて欲しいのよ。」
「直接・・・それでも解らないのに資料が有るのですかね?」
「少なくともこの国の図書館には少し有ったと思うけど。」
「特にどんなことを調べればよいですかね?」
「そうね・・・正負の魔素と影響力について、ってところね。」
「承知いたしました。」
世界のどこでも瞬間移動出来るのなら、この二人が直接移動して調べた方が早いはずなのだが、この二人が調べようとすると町を破壊しかねず、隠密行動が得意な者の方が適任である。それを理解している二人だからこそ、キンダースに来たのだ。
遊んでいる子供達が、飽きて集まって来た。疲れたのはマギとエカテリーナで、マナと子供達はまだへっちゃらだ。
へっちゃらと言えど腹は減る。
「お魚がいっぱいだー!」
「いっぱいねー。」
疲れてヘロヘロのマギは太郎の用意したイスに座っていて、エカテリーナは疲れているがマギほどでは無い。テーブルは汚れておらず、する事も無いのでマギの横で立っている。何もする事が無くてそわそわしているのに気が付いた。
「エカテリーナは何かしたいの?」
「え、あ、うん。」
「せっかくこっちに来たんだから、お父さんとお母さんに会わなくていいの?」
「会いたくない。」
急に声が冷たくなる。ハッキリと温度差が有るのが、マギでも分かるぐらいだ。子供達が魚をもってこちらにやってくるので、椅子から立ち上がると、子供達がテーブルに魚を載せた。
「捌いてもらえって言われたんだけど、さばくってなーにー?」
「魚を切った事ってないけど。」
「私も。」
「包丁は有る?」
服の内側のポケットにいつでも持っている小型のナイフを取り出す。この果物ナイフより少し小さいナイフがダマスカス製とは誰も思わないだろう。
「いつも持っているので良ければ。」
「鱗は取るのは知ってるんだけど・・・。」
刃の背を使って鱗を取る。
子供達に見詰められると、少し緊張する。
魚は一人一匹ずつ持っていて、種類も大きさもほぼ一緒だ。
「鱗取るだけなら手でやった方が早くない?」
ハルオがそう言って自前の爪でバリバリと剥ぎ取る。
他の兄弟も真似してバリバリと剥ぐ。
確かに早い。
マギがやっと剥ぎ取った時にはほかの子供達は終わっていて、エカテリーナがもう一つ持っていたナイフで頭と尻尾を切り捨てる。そして、そこからどうするのか悩んでいた。マナがふわっと降って来てマギの頭の上に座る。
「そのまま食べちゃえば?」
「それが出来るのはマナ様だけでは?」
「生で食べても良いけど、今回は焼こう。」
そう言いながら現れた太郎は、袋の中から木材を取り出し、細かく切って焚き木にした。
「このキャンプセットを使う日が来るとはなあ。」
焚火台を取り出して焚き木を並べて火をつける。一度に焼けるのは2匹で、同じ台はない。元々マナと二人でどうやって生き抜くかというのが目的だったし、焚火なんて地面でも良かったから使うとは思っていなかったのだ。
「便利と言えば便利なモノじゃが、これは鉄か?」
ナナハルが不思議そうに眺めている。
「スチール製らしいけど、こんなに軽かったかなあ?」
「スチル・・・?」
「これなら串に刺して地面で焼いた方が早いかな。」
「それはそうですねー。」
結果、残りは細長い鉄の棒を使って魚を串刺しにして焼く事にした。子供達が焼いてる魚の火を囲むように座るので、火が消えないように焚き木を追加するくらいしか出来ない。ナナハルも焼けていく魚を眺めるのは嫌いではないようで、子供達と一緒に座っていた。
「あ、違う違う、貝を獲りに来たんじゃ。」
「貝?」
「ボスクラムを捕まえて中身のパールをな。」
「結構深くまで潜らないとダメじゃないの?」
「何をいっとる、太郎は魔法で水泡を作れるじゃろ。」
「あ、ああ、そっか周囲を魔法で、なるほど。」
焼け具合を見るのはエカテリーナに任せて、他にも釣った魚を串に刺して焼いていく。見た事のない魚でも、ナナハルが見たら食べられるというので、次々と焼いていく。味付けは塩のみで、焼けた魚は子供達へ優先的に配られる。
「私のは?」
「それ焼けてるんじゃないかな?」
「はい、どうぞ。」
「わーい。」
嬉しそうに頬張るマナだが、串まで食べないでくれるかな。
「ホクホクしてて美味しいわね。」
「おいしー!」
嬉しそうに食べるのを見るのは楽しい。
楽しいのだが俺も腹が減って来た。
「どうぞ。」
「エカテリーナは?」
「後で良いですよ。」
「悪いな。」
「いえいえ。」
マギが目を細めて二人を見る。
仲が良いのは良い事で、親子のようにも見えるし、夫婦のようにも見える。
そして全員にいきわたると、食べ終えてからナナハルがスッと立ち上がる。
「さて、獲りに行くが・・・みんなで行くか?」
「いくー!」
子供達は大喜びだ。
しかし、ナナハルの表情が少し険しい。
「ボスクラムを獲りに行くにはかなりの海底に行く事になる。海の底は暗いし魔法で身を守り続ければならない。よいか、常に身の危険を感じながら進むのじゃ。獲るまで戻る事は許さぬ。」
千尋の谷ならぬ、千尋の海底とは、厳しくなる理由も解るが、それならみんなで行くなどと言わなければ良かったのでは?
「捜すのも大変だし、発見したら戦う事にもなる。貝は水から出してしまえばあれほどに弱いが、水の中ならかなり強い。魔法も効かぬであろうしな。」
「それなら子供はやっぱり置いてく?」
「水中での戦いは経験しても損はないはずじゃ。」
不思議に思ったが黙っていたのは、水の中で、しかも海底で戦う事なんて想定した事は無いが、これからは有るという事だろうか?九尾には戦う必要があるという事なのだろうか?
沈むというだけでも凄く大変な魔法操作が必要なのに、太郎は一人で子供達全員を包んで進んでいる。そこにはマナもエカテリーナもいる。
海底に着いた時、真っ暗闇の中で、子供達が自力で水泡を作り出し、周囲を捜し始めた。なかなか見つからなかったのだが、それだけでも良い訓練にはなるのだろう。
ナナハルの、九尾の考えは太郎にも分からなかった。




