番外 ポチの憂鬱
番外編です
俺は犬じゃない。でも、ここでは犬同然だ。助けてもらったから恩を返したいと思っているが、俺より強いやつがゴロゴロいる。太郎はいったい何者なんだ・・・。
スズキタ一族の子孫らしいが、あの娘が世界樹だと。あの猫はたいして怖くないのだが、その主人に当たるフーリンという人はドラゴンだ。もう、なんて言うか、この人がいたら俺不要じゃないか?旅に付いてくることは無いと言っているが、本気を出せば俺が何日もかけて移動した距離を一瞬で飛べる。
ケルベロスだという事に甘えてはいけないという事か。種族差というか基礎的な能力なんて鍛え方次第でいくらでもひっくり返る。だからこそ鍛えるのだ。
ちょっと待って、魔王と知り合いなのか・・・。
俺ただの犬になってしまう。
今日も今日とて、訓練だ。太郎はスーと剣術の練習をしつつも魔法も鍛えているようだ。模造品の剣で訓練していたから何十本も折れている。盾なんか凸凹だ。それが魔法により強化されて普通の鉄の剣よりも強くなっている。太郎はまだ俺より弱いが、この三ヶ月でメキメキと上達しているから俺も頑張らねば。
「気になるのかしら?」
ちょっとよそ見すると凄い殺気が飛んでくる。流石に慣れたが身体が硬直するのはどうしようもない。気絶しないだけマシか。しかし風魔法だけで俺の身体を吹き飛ばすとか、魔法障壁を使わずに俺の全力の体当たりを片手で受け止める上に、そのまま頭を掴んで俺を投げ飛ばす。
『うぉっ!』
体をよじって空中で姿勢を変える。よしっ、このまま着地・・・する前に壁にぶつかった。この壁なんで崩れないのだ。
「惜しかったわね。」
すぐに立ち上がれないでいるとマナ・・・おっと、世界樹様が近寄ってきて俺の頭を撫でる。うむ。なんか最近は撫でられるのが妙にうれしい。別に葉っぱ食べないから俺に渡されても。
視線を感じる。あっちは太郎が相手だから余裕でこちらを見ている。視線が痛い。睨み返したらそっぽ向きやがった。しかし、あんまり虐めるわけにもいかない。何しろ今の俺の飯を作ってくれるのがドラゴンで、その弟子のような位置にいるやつが相手だからな。それにしても、何でもできる人・・・ではない、ドラゴンだ。
世界樹様は遠くに出かけられないわけではないが、今は本体の方が心配のようだ。自分で自分に水をやる姿は今でも不思議でならない。普段なら太郎がやっていたのだが、最近は訓練の疲れの所為か、それを気にしている所為か、遠慮と優しさの結果だ。
「いいのよ。たまにはゆっくり遊んで来たら。」
太郎は身体を休める日には、寝ているか、魔法の練習をするか、本を読んでいる。家にいるときは世界樹様がべったりしているが、外に出ることが無いので家に太郎がいない時は俺の背中を枕にして昼寝をしている。道具屋なので客が来ることもあり、俺の訓練はそんなに進んでいない。それでも風の魔法が少しは使えるようになった。飛べはしないが、今までよりもより高くジャンプできる。空中で進行方向を変える事が出来る。急降下して体当たりも可能になった。・・・まあ、可能になっただけであの人は驚きもしない。しかし、食べる肉の質が良くなった気がする。これは褒められているのかな?
太郎達のしゃべる言葉は殆ど分かるようになった。たまに変な言葉を聞くが、知らないフリをしておこう。特に夜のベッドでイチャイチャしているのは聞かないようにする。
部屋を出ればいいと思った事が有って、こっそり部屋を出ようとすると止められた。居なくなると寂しいって、そう言われたら出られない。見ない様にしよう。おい太郎、変な声出すなキモチワルイカラ・・・。
中庭には屋根が無い。だから、雨が降ればお休みだ。太郎が風呂場で水魔法の練習をしている横で、マナも魔法の練習している。・・・もうマナでいいや、言い直すのが面倒になってきた。
「凄い大きい水玉が出来たわね。」
「これを温めるんだ。」
風呂の用意か。俺の頭の上では熱湯の水玉が出来ている。太郎の魔法は神気魔法というモノらしく、物体を生み出せるとか。あの甘くておいしい水は何度飲んでも良いものだ。水を浴槽に移動させると、空の浴槽が一気に満水になった。ついでに風呂か。マナが俺の身体を楽しそうに洗う。お湯は太郎が直にかけてくれる。ちょっと熱いかな・・・。しかし体を洗うのがこんなに気持ちいいのは知らなかった。浴槽も広いし風呂場はもっと広い。のんびりしすぎて太郎がのぼせてしまったようだ。俺が風を送ってやろう。
暇な日でも俺だけでの外出は許されていない。太郎かスーが必ず付き添うことが条件だ。太郎がスーの仕事の手伝いに行くらしく、俺もついて行く。久しぶりに外に出た気がする。太郎の横にピッタリ張り付いてガードだ。
太郎の傍に居ると、なぜか安心する。マナの傍に居てもそうだったのだが、なんか、こう、不思議と元気が出る。普段は仲間として扱ってくれるが、たまにペットのように扱う事もある。別に嫌ではないので構わないが、太郎にとってもマナにとっても、俺は対等な相手なのだと言ってくれる。
スーの仕入れた道具を太郎と俺が運ぶ。今日は普通のモノばかりだ。量が多いから連れてきたのか。そうか、荷物持ちか。俺が、お前の。
「なんかポチさんが私を睨んでるんですけど。」
「ははは、気にすることはないよ。いつも世話してもらっているしね。このくらいは手伝うよ。」
「うむ。気にするな。」
「そ、そうデスカ・・・ははは。」
太郎は俺が普通に喋るといつも褒める。
「凄いよな。旅に出ても話し相手が多いと嬉しい。マナだと言いにくいこともあるからなあ。」
「世界樹様だと言いにくい事って何ですか?」
「男の話ってあるじゃないですか。なっポチ。」
えっ?そうなのか・・・わかった勉強しておく。太郎が困っているのなら助けよう。しかし俺の存在はこのパーティだとお荷物状態。いわゆる足手まといとは違うが迷惑をかけてしまう存在。今の俺に出来ることは、太郎があの時の母親と同じにならぬように、己を鍛え、太郎に恩を返すことだ。
分かっている。死ぬかも知れないところを助けてもらった恩を返すことなどできない。太郎が満足してくれるならそれでいい。だから旅を再開するまではしっかりと鍛えるとしよう。太郎がそうしているように。
憂鬱というか、何をすれば良いのか分からなくなる日が有る。何しろここは町の中。しかも王都アンサンブル。喧騒は聞こえても、ここは平和だ。平和過ぎる。言葉は理解できても文字は読めないから本が読めない。勉強をしようと、マナが読んでいた本を拝借してきた。・・・太郎は魔法の訓練中だ。暇そうに店番をしているあいつに頼んでみよう。
「おい、これを読んでくれないか。」
「へっ?!」
「暇だろう?」
「ま、まぁ、暇ですけど・・・。この本を本当に読むんですか?」
「世界樹様が読んでいたのを拝借してきたんだ。」
「こ、これは世界樹様の大切な本なので元の場所に戻してください。・・・というか、お願いします。それをポチさんの前で音読する勇気はありませんから。」
すごく嫌そうな表情をしている。困ったな。
「・・・フーリン様に頼むっぐぐぐ。」
すごい形相で俺に抱き付いている。身体は震えて、涙を流して。
「ごめんなさい、ごめんなさい。それだけは勘弁してください。」
「なんで読めないのか理由を聞かせてくれ。」
「そっそれは・・・私が世界樹様に渡した本なんです。」
どういう事だ。無言で圧をかける。
「いっ・・・イチャイチャどエロ本なんですから読まない方がいいです。お願いですからフーリン様には内緒にしてください。・・・あ、でも、世界樹様に頼まれて用意した本ですからね。それは嘘じゃないですよっ。」
必死さから嘘は言っていないようだ。それにしても・・・なんでそんな本を読みたがるんだ。もう少し威圧するか。
「た、太郎さんともっと深く仲良くしたいらしいです・・・だから、もう勘弁してください。その無言の圧力やめてぇ~。」
諦めよう。しかしこの家には本の貯蔵庫みたいな部屋は無いのか?あっても売り物の本ばかりで、俺が触ってよさそうなものが見当たらない。家の中をウロウロしてても意味はないし・・・。
こっそり本を元の位置に戻す。汚れないように咥えたから大丈夫だ。あのドラゴン、今日は用事が有って出掛けるから中止とか言ってたしな。
「ポチおいでっ。」
マナに呼ばれればすぐに近づく。世界樹様と呼んだ時、マナが少し悲しそうな表情をしていたから、マナと呼んだ方がいいのか。それとも悲しいのではなく、俺の発音が悪かったから怒っていたのか。まだ良く分からない。
近づいた俺の頭を撫でる。頬擦りする。そして背中に乗る。そのまま中庭まで移動すると、まだ太郎が魔法の訓練をしていた。かなりのマナを消耗しているはずなのだが、太郎は平然と訓練を続けている。枯渇しないのか。
「はー、流石にちょっと疲れたな。お昼まで休憩しようか。」
「さんせー。」
太郎が俺を枕にする。
「中庭は風もほとんど来ないし、日当たりが良くなると眠くなるんだよな。」
「強くなるのは必要でも無理はよくない。太郎は魔法を使い過ぎではないか?」
「土魔法のイメージが難しくてね。でも、心配してくれてありがとな。」
頭をポンポンされた。嬉しい。太郎は俺に身体を預けるとすぐに寝てしまった。マナの方は仰向けに寝ている太郎のお腹に、顔を押し当てるように寝ている。寝る必要はないし、疲れるという事もほとんど感じないと言っているが、太郎の前ではすごく甘える。他に誰が居ようとも遠慮はしない。甘えたい時は甘えるのだ。
こんな平和な時間なら、ずっと続けばいい。誰も悲しまない。俺はこの時、幸せという人間の言葉の意味を理解した気がする。
温かそうなスープの匂いが嗅覚を刺激するころ、スーに起こされる。
俺達は夕方まで寝ていたらしい。