第199話 再びハンハルト
村の活気はマシマシに成っていて、みんなが毎日忙しそうだが、強制されている事ではなく、自主的に行っている者達にとっては充実した日々を送っている。
兵士達にはある意味強制なので、これは仕方が無い事なのだが、他所に飛ばされた者達と比べれば、はるかに高待遇だった。
一部の兵士がダンダイル様の直轄地と根拠も無く勝手に噂しているが、伝説に等しい元魔王の姿を頻繁に見かけるので、新兵の中では信じてしまう者もいる。一度は太郎の耳にも入ったが、笑っただけで終わっている。
「鈴木太郎殿って何者なんだ?」
兵士達の噂話の中で一番重要な話題で、正しく理解している者は少ない。妖狐を嫁に持ち、料理長と戦闘狂と、不思議な少女と巨乳美女と巨乳幼女までもハーレムにし、近付いてはいけないと言われている魔女にも平然と挨拶し、巨木をあっという間に資材に変え、堅く黒ずんだ土を一人で剥がし、畑では季節を無視して毎日が収穫祭だ。
「どうなってるんだ・・・この村???」
ダンダイルと対等に話をしているところは誰でも目撃するので、凄い人なんだろうという事は理解できるのだが、子供達と泥遊びをして怒られている姿を見ると、そうではない気もする。
「ケルベロスが首輪も無く歩き回って・・・え?あ、俺達と同じ言葉を喋ってる・・・。」
ポチとチーズ達は、今日も元気に村を巡回している。特別に兎獣人の警護を任せてもらったのは、人型であれば亜人でも性の対象として襲われてしまうが、ポチ達は襲われないからだ。警護する方が襲われるというのも変な話だが、そういう特殊な存在だという事で、若い男の兵士には絶対に任せられない任務だった。
兎獣人の近くに巣が有るキラービーは、ほぼ毎日村のどこかにいるので雄殺しなどという恐怖の存在であったことを知らない者も増えてきている。仲良くなった兵士がちょっとだけ蜂蜜を分けてもらった事も有り、小さいながらも良く見れば可愛い容姿をしている事も有って、キラービーはカラーとどっちが可愛いか論争にも成っていた。
ただ、キラービーは見た目からして大きな蜂という方が圧倒的に多いので、今はカラー達の方が人気は高い。
カラーは人と交流が出来る。ワルジャウ語が喋れて話が出来るというのはかなりの強みで、女性にモテるのが難しい容姿でも、カラーと仲良くなって、そこから色々と話を聞けるのも癒しの一つだ。
最前線の駐屯地と言われて来た筈なのに、自由恋愛を許可されているのも珍しい。珍しいというだけで必ず恋愛が出来る訳では無いのが悲しいトコロでもある。
「あのカラフルな鳥と話をしていると時間を忘れるんだよなあ。」
いろいろある村なのだが、店はない。どうしても必要な物が有れば申請すれば無料で貰えるとはいえ、娯楽は極端に少ない。しかも、独身男性を満足させてくれるような店は一つもない。
これだけは上司にも言えない兵士達の悩みの一つだった。
「しかし、エルフがこんなに近くで見られるなんてなア。」
「そのエルフと結婚した奴もいるぞ。」
「ホントか・・・それ?」
「ああ、本当だ。太郎殿が恋愛は自由にして良いって言った後から少しずつ表面化してな。」
「太郎殿って、とんでもない人だな。それでいて気さくな人だ。ダンダイル様とも仲が良いというか、どちらかというとダンダイル様の方が気を使っているようにしか見えないしな。」
「それは隊長からも同じような事を言われたぞ。」
「言われたといえば、あの巨乳美女は何だ?」
「んー・・・うどんって人の方の事か?」
「そう、そのうどんさんだ。」
「あの人は他人の悩みを見ると抱きしめるという不思議な性癖があってな、それも男女問わず場所も構わず、あの胸を押し付けてくるんだ。」
「された事が有るのか?」
「俺は無いな。」
「そーか・・・。」
「太郎殿の女であることは間違いないんだが、あの人は人の姿をしているが人では無いぞ。」
「・・・は?」
「トレントという樹木で8万年生きているらしい。」
「あの世界樹よりも長生きって事か・・・。」
「ああ。」
「しかし、なんていうか・・・こんなにのんびりしていて良いのか、俺達は。」
「平和だよなあ。」
「最前線と聞いて緊張して来たのに、来てから魔物と少し戦ったぐらいで殆ど訓練か建築しているだけだぞ。」
「お前より3ヶ月ぐらい早く来ただけだが、それほど変わらないぞ。」
「で、あの隊長の頭の上に座っている子供は?」
「アレが世界樹様だ。」
「そ、そうか・・・色んな意味でこの村は大変だな。」
「最近は来ていないが、ピュールとかいうドラゴンも来るからな。」
「ド・・・ドラゴン?!」
「来ると必ず太郎殿に喧嘩を売ってフーリン様にボコボコにされている。」
「フーリン様?って・・・誰なんだ?」
「・・・考えるだけ無駄だから感じるんだ。」
「え・・・そ、そうなのか・・・。」
二人の一般兵士は、今日も噂話をしながら村を巡回するのだった。
魔王国ではフーリンの家の近くに、先日開いたばかりの店が、今日も長蛇の列が出来ている。朝一番でパンを買いに来る客が列をなしているのだが、そのパンも毎日売られている訳では無く、不定期になってしまう事も有ったので、パンを売る日は開店前に店の外に旗を立てるという事で対応した。
道行く人達がその旗を確認して並び始めるので、列が有ればパンが売られる日だと解るようにもなる。
パンが無くなってしまえば客は一気に減るが、質の良い料理道具が売られているという話も広がり、料理人達も訪れるようになっていた。
良心的な価格で、安すぎる事は無いが人気が出始めた事で、同業者から冷たい眼で見られ始めていたのだが、店の小ささと、売っている人の姿を見ると少し気が引ける。子供が店番をしている事で、ガラの悪い男達が店を訪れる事も有ったのだが、翌日に橋の下で逆さ吊りにされているのが知れ渡ると、誰も手を出さなくなった。
ちなみに、フーリンの仕業である。
安心して良いと思ったのはその事件の報告を聞いた後で、太郎がハンハルトに行く前日の事だ。
支度を終えると、今日は珍しくエカテリーナも外出用の服に着替えている。毎日働き過ぎなので一緒に行くべきだとみんなに勧められた結果だが、本人はまだ少し戸惑っているようだった。
「必要ならすぐ帰れるし、気にする事ないよ。」
「どうせ私達だけですし、戦うわけでもないですしねー。」
太郎とマナとスーとエカテリーナ。ポチもついて来るがチーズ達は来ない。そして10人の子供達が今回のメインかもしれない。いくつかの用事も有るし、珍しい食材にも期待している。
「最初は何処に?」
シルバに訊ねられて少し悩んだ後、子供達の要望で勇者の居る所に移動する事で合意した。
見送りはエルフ達とチーズ親子。たまたま蜂蜜を届けに来たキラービーで、本当は兵士達も見送るつもりだったが、見送られるために待つ時間がもったいないので、さっさと移動したのだ。
「・・・手を振る事も出来ないのだな。」
「しかし・・・あの魔法が有れば、我々が国に戻る事も逃げる事も簡単になってしまいますね。」
「苦労の甲斐が無いか?」
「そんな事は無いですが・・・。」
「気にするな、私もあの魔法は欲しい。しかし、失敗した跡を見ただろう?」
「はい。」
瞬間移動魔法は、転移とは違う。空間と空間を繋げるのではなく、直接自分の身体を超高速移動させているので、失敗した場合、クレーターの様に窪んだ跡と、バラバラに散った肉片が残るだけだ。
「ダンダイル殿が習得に苦労している様子を見たが・・・、私には魔力が足りない。」
「誰か使えそうな者はいませんかね?」
「エルフ国内で最高の魔導士でも無理だな。」
遅れたカールが歩いて近付いてくる。
「行っちまったか。」
と、悪気の無い声で言いつつ、ハンハルト方面の空を見上げ、何故か深呼吸をしてまた戻って行った。仕事が溜まっていて少し疲れていたのである。
ハンハルトに到着した一行は、どこかの屋根の上だった。
「なんでこんなところに・・・。」
周囲には街並みが広がっていて、崩れた城はまだ修復が完了していない。
商店街は見えないが、海はすぐ傍である。
「ここって、フレアリスの?」
「そーみたいですねー。」
下の方で声がする。
覗き込もうとする前に子供達が降りて行った。
「きゃっ?!」
もう驚かせている。
ちょっと待てくれ。
「あれ・・・この子達・・・?」
「こんにちわー!」
「あ、はい。こんにちは。」
驚いた後、キョトンとしている。
そりゃそうだろう、あの村に居たはずの子供達が空から降ってきて、目の前にズラッと並んでいるからだ。
見上げた屋根の上にはまだ人影が有り、その一人が飛び降りてきた。
「あ、太郎さんにスーさん・・・エカテリーナ!」
「やあ。」
片手を上げて応じた太郎の後ろで、一人で屋根から降りれないエカテリーナをスーが手助けしている。
「よっこいしょっ・・・と。」
そう言いながら降りて来たので、太郎は不思議に思った。エカテリーナはワルジャウ語では何と言っているのだろう?
「・・・あれ、ポチとマナは?」
「あれー?」
スーが周囲を見渡した後、ジャンプして屋根の上に戻る。
「いませんねー・・・。」
「シルバー?」
すぐ横から声がする。
「世界樹様は何故か引っ張られて行ってしまいました。戻そうとしているのですが、私達が世界樹様の方に向かった方が早いかもしれません。」
「ポチはなんで?」
「巻き込まれたようです。」
「巻き込まれた?」
「別方向に飛んで行った時に尻尾を掴んで。」
「じゃあ、そっちに移動しよっか。」
「え、今来たのにもう行っちゃうんですか?!」
「いや、マギも連れて行くから。」
「行くって、どこへ?」
「マナの居る場所にね、説明するのは着いてからにしよっか。」
「では移動しますね。」
言葉を聞き終えたと同時に、マギの視界が急変する。
あまりにも一瞬の出来事で理解が追い付かない。
「あれ・・・これって、綿花?」
「ああ、あそこに小さい世界樹が有るね。」
太郎の視線の先には白くふわふわとしたものが有るのだが・・・。
「てか、デカすぎない?」
綿花が太郎の頭よりデカい。
デカいし、デカすぎた。
「お前らっ・・・て、あれ?」
突然現れた団体に驚いたが、それが誰だか気が付くと駆け寄ってきた。
「おいおい、どうやって入って来たんだ?!」
「気が付いたらここに居ました。」
「はぁ?!」
「あー、瞬間移動してきました。」
「はぁぁぁぁああ?!?!」
混乱している男を囲むように集まる子供達。
「こんにちはー!」
「あ、ああ、こんにちは・・・ってそうじゃない!」
「ジェームスさん、ちょっとブリです。」
お久しぶりと言うほど昔じゃないので変な言い方になったが、そう言いながら周囲を再び見渡す。
「たろー!」
「いたいた、良かった。急にいなくなるからビックリしたよ。」
「なんか、吸い込まれたから自然に身を任せたんだけど。」
「だからって尻尾を掴むな!」
ポチが怒っている。
とても珍しいが、怒られているマナがポチの頭を撫でて宥めているぐらいだから、悪い事をしたと思ってはいるんだろう。
「一体どういう事?」
「それは俺が聞きたいわ!」
何故か興奮している。
「ここって城内じゃないですよね?」
「違うが、公用地だぞ。一般人は立ち入り禁止だ。」
「あー・・・じゃあ別の所に行こうか。」
「移動しますか?」
「うん、さっきと同じ場所に頼むよ。」
「お、おい。説明を・・・?!」
マナとポチが寄って来たので、シルバの魔法が発動し、周囲の景色が瞬間的に変わる。なんと表現して良いのか分からない体験に、ジェームスは暫く無言になった。
「で、なんでまた屋根の上なの?」
「先ほどの場所と言いましたので。」
「屋根降りるの面倒なんだけど。」
全員が降りると、ジェームスが直ぐに説明を求めてきた。
太郎がその説明をしようとする前に、フレアリスがやってきて面倒な事に成ったので、とりあえず落ち着いてからにしようと、家の中に入った。
流石に子供達10人が居るので狭く感じたが、それは諦める事にした。




