第198話 拡大
トロッコ駅に隣接した兵士達の休憩所で、太郎達が集まった。子供達もゾロゾロと付いてきているので、周りの兵士達が凄く気を使っている。申し訳ない。
「それで、こんなに資料を集めてどうするのだね?」
先程まで地面に頭を擦り付けていた所為で少し威厳が無い。
「村の特産品として何か目玉になるモノは無いかと。」
目玉になるモノしかないのだが。
と、ダンダイルは思っている。
「私は何か作るのは嫌よー。もう、昔みたいにいちいち文句言ってくる連中は相手にしたくないからねー。」
魔女の作った道具は各地に散らばっていて、ギルドでは特に重宝されている。そして故障も多かった当時は、苦情に訪れる者達の対応に苦労していたらしい。
「そんな複雑なモノは求めてないよ。」
「まぁ・・・太郎君がそう言うのなら、魔王国側としては大歓迎だが。」
「大歓迎?」
「この村には珍しい物が多いんでな。」
蜂蜜もそうだが、魔石も採れるし、作物に関してはマナとうどんのおかげで無尽蔵に増やせる。増やせるが、増やし過ぎても生ごみの山が大量に出来るだけなので、二人には強く言っているが、マナは調子に乗るとすぐやり過ぎるので、うどん頼りに成るのは仕方がない。
「季節に関係なく果物が手に入る。綿花も作っているだろう?穀類も種さえ手に入れば明日にでも食べられるまで成長するのだから、この村で生活に困る事は無い。」
確かにその通りで、この集落以外の事を考えないのならそれでもいい。以前ならそう考えていたのだが、エルフ達が住み、商人達が訪れ、詐欺事件が起きたり、兎獣人の棲家を作ったり、どうしても外と関わらない事は無理のようだ。
それに、エルフの人達の中でもお金を欲しがる人が居るのだから、稼げるようにしてあげるのも必要な事だ。
お金さえ有れば幸せな生活がある程度保証されるのは異世界だって変わらないという事実は否定しようもない。
「しかし、太郎君が稼がなければならないほど何か困っているのかね?」
「俺はお金に困ってませんよ。」
「蜂蜜のおかげてお金は増えてますよー。」
太郎は自分の財産がどれだけあるのか知らない。村の財政から個人的に使用するお金迄の管理はスーに任せているのだが、最近は魔女のマリアも知っているようだ。知ってどうするんだろう?
「俺が稼ぐ為じゃなくて、他の人達が自由に稼げる環境を作りたいんですよ。」
「それならココと魔王国迄のルートの自由通行を許可するのかね?」
元々自由じゃないの?
と、言う疑問は置いておく。
「もう安全に往来できるんですよね?」
「戦闘経験のない女子供だと多少の護衛は必要だが、基本的には常に兵士が往来しているから問題はない。中間地点には休憩施設も建設してある。」
街道の開発が進んでいるのは太郎の知らない事だ。何しろ歩いてここまで来たのは最初だけなのだから。今は魔法でヒトっ飛びである。
「魔王国との流通ルートは問題ないが、売物は?」
「当然ですけど、加工品ですよ。」
「俺は無節操に作らんぞ。」
「グルさんじゃなくてもお弟子さんは色々と造って技術を高めたいでしょ?」
その弟子二人は今こちらに向かっている途中との事で、食事・・・ではなく、軽い食事で暇を潰す事にした。魔王国の兵士達の手料理で、味は悪くはないのだが、悪くないというその評価が定着しているのは仕方がないのかもしれない。
「これは・・・何の集まりですか?」
夫婦で弟子の二人がやって来たのだが、異常過ぎる面々に緊張を隠せない。
「おめーらが作るモノを売りもんにしてーみたいだ。」
「ホントですか?!」
「うん、鍋釜とか余ってるでしょ?」
「じ、実は作り過ぎて倉庫がパンパンなんです。」
「武具を作らなきゃそーなるわな。」
「相談してくれればよかったのに。」
「以前の商人の件でどうしようか悩んでいたところなんです。」
やはりあの商人は色んな所に影響を与えているようだ。
そしてその商人の妻と子供の為に商品を考えていると知ったらどうなる事か。
ま、黙っておこう。
「料理道具とかも有ります?」
「100年経っても切れ味の落ちない自慢の包丁なら有ります。」
それは武器って言わないか?
「中華鍋ってある?」
「ちゅー・・・か?なべってどんなものですか・・・?」
太郎は紙とペンをスーから受け取って簡単に描いて見せた。
「フライパンより大きいですね。」
「油の多い料理を作るのに便利でさ、炒め物とかもやりやすいんだ。」
「我が家にも有ったような・・・。」
「あるんだ?」
「ある事は有るがちゅーかなべとは言わんのぅ。」
「なんていうの?」
「炒め鍋と呼んでおったが、ちゅーかとはなんじゃ?」
「世界の中心って意味だったとおもうけど・・・この世界じゃ意味はないか。」
中国という国も存在しない世界である。
「とりあえずこんなカタチのヤツも作って欲しいかな。」
「ほほぅ。」
なんで感心されてるのかな・・・。
「この丸く凹んだものをが幾つも有るのは?」
「これはタコ焼きだね。」
子供達が目を輝かせた。
いや、お前達にタコを見せた事は無いぞ。
海だって知らないじゃないか。
「そう言えばアルミってあるよね?」
「有るが・・・あんなもの何に使うんだ?」
「軽いから、鉄の代わりに鍋作れるでしょ。」
「直ぐに壊れるのでは?」
「ステンレスでもいいよ。」
「すてんれす・・・?」
また余計な事を言ったかもしれない。
しかし、説明するのは難しい、何しろ詳しく知らないのだから、合金であるというくらいだ。
合金という技術はこの世界にはまだ確立されていないだろう。ただ、魔石と鉄鋼を混ぜる事で魔鉄鋼が作れるのだから、他にもいろいろあるんだろうとは思うが。
ともかく、調理道具類関係は充実させてもらうという事で、それにはエルフの人達も積極的に参加する事に成り、工房が新たにトロッコ駅の近くに建設され、連日多くの人が働く事に成るのだが、それはまだ先の話である。
「ミスリルを使っても良いと思うんだけどどうなんだろう?」
「武具以外に使おうと考える奴が居なかった訳じゃないが、かなりの高級品になるんじゃないか?」
「そっか・・・じゃあやめとこう。」
「意外とアッサリねー?」
「高級品を扱う店じゃなくても良いんだ。店も大きい訳じゃないし、そんなに買いに来る客がいるとも思わないし。」
「店としての立地条件は悪くないんですけどねー。売場を広げませんと、商品も並べられないんじゃないですかー?」
「それもそうか。増築するスペースが横には無いから二階建てにする方が楽かな?」
「場所はフーリン様の家の近くなら問題ない。」
ダンダイルがあえて横から口を挟んだのは、建築法による建物の高さ制限だ。特定の建物以外は高く作れない。それは、見通しが悪くなるだけではなく、建物の高さによって身分の違いを示すという意味も含まれている。城下でなければ関係ないのは当然だが、住宅街では3階建てや2階建てでも禁じている区域が有るのだ。
「隣の家を買っちゃえばいいんですよー。」
「いや、いきなり拡大し過ぎるとあの二人が大変だと思うから、いましばらくはこのままで良いんじゃないかな。売物だって明日から全部あの店に並べられるわけじゃないんだし。」
「しかし、太郎も村の事を考えておったんじゃの。」
真面目な表情で感心するナナハルを見て、太郎は少し不満顔で返した。
「商売について言うと、主導権を取られないように考える訳だけど、やろうと思えば数ヶ月で魔王国に何個も店を構えられるくらいの財力は有るんじゃないかな。」
「ありますねー。」
「もう十分すぎるほどお金を稼ぐ条件は有るし、俺はそんなに商売に興味はないけど、少なくとも皆が活動する選択肢を増やすのもアリかなって。」
「そんな以前から村の将来について考えていたのかね?」
「いや、昨日ぐらいに。」
「そのわりには計画性が有るわねー。」
「別に俺が考えた計画じゃなくて、そういうやり方が有るくらい子供のころから知ってるから。」
「太郎君はどういう教育を受けて育ったのか気になるな。」
「え、いや・・・まぁ。」
ゲームで鍛えたなんてとてもじゃないが言い難い。
言ったところで伝わらないが。
「それよりパンはどうするのじゃ?」
「毎日は流石に大変でしょ。」
「材料が有りませんので物理的に無理です。」
「増やす?」
「それはヤメテね。うどんがやってくれるだろうし、畑の拡張もするから、その時にマナに頼むよ。」
「うん、わかったわ。」
ダンダイルが腕を組んで天井を見上げて喋る。何かを想像しながら喋っているのだろう。
「何度考えても、いつでも麦が手に入るとはとんでもない事ですなぁ・・・。」
「村で働く人数が不足しませんかねー?」
「そこまで無理して作らないよ。今はオリビアさんにパンの方をお願いするけど。」
「瞬間魔法で運ばれるパンとは、無駄に豪気過ぎだ。」
「豪気でも今はそれしかないからね、マリアが毎日運んでくれても良いけど。」
「パンが街中に散らばっても良いならー。二人を同時に運ぶほどの魔力量もないのから無理だけどー。」
「太郎殿は同時に人も荷物も運んでしまう。これが魔女に可能であったら世界の軍事バランスも崩壊するのでは?」
オリビアが危惧するのは当然なのだが、内容が過激すぎてダンダイルが考え込んだ。
「世界樹の魔力を超えるほどになって、やっと二人を運べるかどうかなのにー。」
そんなに難しいのか、あの魔法は。
俺が使ってるわけじゃないから難易度が分からないんだよな。
「そう言う物騒な話はやめてもらって、必要な建物は俺に言わなくても建てて良いから、建築資材に不足が有ったらまた木を切るよ。」
太郎が伐採して加工した木材はどれも均一で、寸法も恐ろしいほど正確に同じモノを作る。こうなると資材は太郎が作るという事が日常化していて、誰も違和感を持たなくなっていた。
「では輸送計画はカールに任せておくとするか。」
ダンダイルは部下に責任を押し付けた。正直言えばこの程度の事ならダンダイルが口を出す程ではない。
「最初は俺が運ぶつもりだったんだけど・・・。」
「食物でないなら我々で輸送する。その為の街道なのだからな。」
「まー、そうか。」
「トロッコ鉄道を伸ばしても良いんだが。」
「そりゃー鉄が膨大に必要になるんだが。」
「色々採れるんでしょ?」
「まー、そうだが・・・。」
「足りないんなら売ったお金で鉄を買えば良いし。」
「買う。そーか、買うか。掘ってると買うという発想は無かったな。確かに有りだ。」
「今は魔王国で欲しいものは無いけど、必要なら買っても良いから。」
「ふむ。・・・考えておくか。」
「何か欲しい物が有ったんです?」
「まーな。それより話はこれだけか?」
「あとで採掘量のリストくださいね?」
「ん、あ、あぁ。」
なぜ言い淀むのが不思議だったが、ダンダイルが居るからだろうと理解するのに少し時間が掛かったのは太郎が鈍感なだけだろう。まだこの世界の常識に慣れていない所が有るのだった。
解散した後、太郎と子供達は世界樹の前に居た。もちろんマナとスーもいる。見上げるほどに大きく、子供達はその木をよじ登っていく。
「あんまり上まで行くなよー!」
返事だけは良い子供達は、するすると登っていく。
「器用な子達ねー。」
「飛べば楽なんですけどねー。」
木にしがみ付いて登るという事に意味が有ると思うが、確かに飛んだ方が楽だ。
「健康的に育ってるよね?」
「健康すぎるぐらいの勢いなのよね。」
「私には分かりませんけどー。」
「成長速度で言えば異常ってこと。」
「そんなに?」
「そうよ、とんでもないスピードなのよ。」
「他に変化は?」
「苗木の所為かな、心が分裂するというか、見えない景色が見えたりするのよね。」
「そういや、フーリンさんの家にもあるもんね。」
「そう。でも何か変ったかというと、そんなに変わった気もしないのよね。」
「あちこちに植えると、マナにも影響が出るってことかな。」
「うーん、でも悪い感じじゃないのよ。なんか、大きく包んでるって感じかな。」
「もっと植えてみた方が良い?」
「そーねー、それで変化が解るかも。」
「じゃあ、今の用事が落ち着いたらハンハルトに行ってみよっか?」
「そうね、楽しみにしておくわ。」
太郎とマナとスーは子供達が登って行くのを見上げていたが、マナ以外の首が疲れたので、その場に寝転んだ。心地よい風が吹き抜けると、睡魔に襲われ、子供達が戻って来るまでぐっすり寝ていた。




