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第195話 落ちていく者と這い上がる者

「それにしてもこれだけの資料が手に入るとは、他の部署でも喜ぶのではないか?」

「キンダース商会の方は証拠として扱うには少し厳しいですが・・・取引の内容に偽りが有った事を立証できれば不正書類になりますね。我々の管轄ではないのでこれ以上は致しませんが。」


 省内の部局間でも仕事の内容は違う。お互いがお互いの領域に足を踏み入れないようにしているのは、相手の仕事を横取りしてしまうというのも確かに有るが、一番は効率化であり、他の部局の仕事までしてしまうと、部局が必要なくなったり、予算が削られたり、立場が弱くなったり、色々と内部でも面倒な事が起こる。

 今回のトヒラの仕事としては、直接関わったから行った事で、以降は部下に任せておけばトヒラは結果の書類に判を押すだけで終わるのだ。

 ただ、残念な事に今回は説明を求めてくる相手がいて、その為に必要な情報を整理している。

 本来は自分のデスクで行う仕事を応接間でしているのはダンダイルがいるからだ。


「太郎殿の方は納得していただけそうですかね?」

「太郎君は問題ないがあの母娘は・・・後日面会させてほしいという話だった。」

「目が治った事はまだ知らせていないので?」

「あぁ。」

「それにしても大事(おおごと)になりましたね。」

「元々あの土地を売りつけようとしたきっかけは何だったんだね?」

「あの男、以前あの村に行って取引をしようとした商人の一人でした。」

「ん?あの村を知っている男だったのか。」

「はい。どうやら多くの人に知られていない事で土地の権利書を偽造してもバレないと思ったそうです。」

「秘匿としていた部分は確かに有ったが・・・一部兵士達にはあの村への転勤希望者が多かったと聞いている。」

「いつの間にか人気になっていましたね。」


 訓練が有るのは当たり前だが、戦争に駆り出される危険は少なく、宿舎も綺麗で個室が望める。自由時間も多いし、何よりエルフの美女たちが拝められる。

 付き合い始めた者もいると言う噂も有り、恋愛自由というのも兵士達には秘かな人気が有る。何しろ戦地では兵士以外と会話する事すら禁止される厳しい所も有るのだから。


「このままだと、キンダース商会はお咎め無しで終わりそうなんですよ。」

「無理に罪に問うと魔王国の利益が減ってしまうからな。」

「何しろドラゴンの件で流通は混乱しましたからね。他にもハンハルトの貴族達が流入した所為でダリスの町でも問題は起こりましたから。」

「貴族達の扱いが大変だったからな・・・。こっちの貴族だって面倒事が多いのに。」

「キンダース商会がその時の混乱を見事に利用していたようですけど、それが不正とは言い難いようです。」

「口の巧い連中と付き合うくらいなら口の悪い連中の方がマシという事だな。」

「そう・・・なるんですよね。」


 山のように積まれた書類に目を通し、暫く無言で作業をする。ダンダイルは必要な情報の書類を見付けたようで、その書類を拝借する事を告げた。


「構いませんが、その書類は一体?」

「ガリバー将軍が有能なのは間違いないが、一番不正をしてもらっては困る部署だからな。ドーゴr・・・魔王様に説明せんとならん。」

「魔王様もあの村がお気に入りのようですし、事件の発端になったのなら将軍を許す事は無いでしょう。」

「代わりがおらんのが問題だ。」

「代わりですか・・・確かに適任者はいなさそうですが、極端に有能な人材を配置する必要の無い所だと思いますけど。」


 ダンダイルが相手だから言っているのであって、人事について口を出す権限はトヒラにはない。


「それはそうなんだが、ガリバーの配下は智者で固めてある。武力が不要な数少ない職場だから、どうしても頭脳に偏る事に成る。しかし、そうだな・・・特筆的な才能は不要だな。」


 納得した表情でダンダイルは応接室を後にして、残されたトヒラは自室のデスクに仕事を移した。




 取り調べが終わった二人の男。

 一人はそのまま城外へ。

 もう一人はそのまま牢屋へ。

 城外に出ても、暫くは監視される。

 まだ隠している情報が有ればいつでも絞れるようにするのだ。

 そして、牢屋に入った男は絶望していた。

 家族の事が気になって、食事が喉を通らず、たった三日でやつれていた。

 面会希望の前にまだ取り調べる必要が有る為、牢屋ではなく医務室へと運ばれる。体調がすぐれないのは本人の所為であって、拷問等は一切していない。していないのだが、このままでは取り調べることも出来ない。


「先に面会させてやれば少しは体調が戻るのでは?」


 部下の進言をトヒラは採用し、翌日の午後に面会可能となった。

 母娘の他に太郎達も同行したのは、太郎が会いたかった訳ではなく、ダンダイルに会いに行くついでだっただけである。

 面会室で顔を見合わせた時の母娘の反応は驚く以上に心配が上回っていた。何しろすっかりやつれていて、椅子に座るのも補助が必要なくらいだからだ。しかし、妻を見た夫の表情はみるみる変わっていく。


「お・・・お前・・・目が見えるのか?!」

「見えます。もう心配も無いくらいに。」

「なんでだ・・・俺は・・・一体・・・何の為に・・・。」


 太郎はあえて目を合わせていなかったがスーはチラチラと見ていて気が付いた。


「あれ、この男は・・・見覚えが有りますねー?」


 その声に反応したのは夫の方だ。


「・・・な、なんでお前達がこんなところに居るんだ?!」

「あー、思い出しました。あの時の商人でしたかー。」

「そう言えば特級商とか言ってたな。」


 ポチとマナは興味も無く欠伸をしている。


「何が目的だ・・・?」


 妻と娘が困った表情をしていて、男の表情には奪われたような錯覚が生まれる。事実として娘の方は少し心奪われているが。


「こちらのお方に・・・太郎様に助けて頂いたんです。お金が無くて困っていたところを見られてしまって・・・。」


 お金が無いと言われると何も言い返せない。何しろ店の金を無断で持ち出したのはこの男なのだ。その時は事情を知らなかったが、今は知っている。


「なぜ、見ず知らずにそこまで施せるのだ?助けるという事は裏が有るんだぞ、お前達はその男に良い様に使われるんだ。そしてお前達は断れない。それがどういう事か・・・くそっ。」


 この男の言っている事の半分は正しいと、太郎も思う。

 確かに助けられた母娘は太郎の要望を断りはしない。

 特に無茶をさせるつもりは全くないが、善意を完全無視して状況だけ見ればそうなるだろう。

 しかし、これだけは言っておきたい。


「妻も娘も助けずに放置していたような男に言われたくは無いな。」

「何も知らない癖に良く言えたもんだな!俺は妻を助ける為に走り回っていたんだぞ、金だって稼ぐのに苦労をしたんだ、お前みたいな苦労知らずに何が解る?!」


 太郎は明らかに気分を害したが、今度は何も言い返さない。


「若造が知った風な口きくんじゃない!」

「若造って・・・この人いくつなの?」

「俺は40超えてるんだ、お前はまだ20代だろ?!」


 太郎の見た目は若く、普人にしては見た目と年齢に差が有るのは珍しい。

 スーは180歳を越えているので、見た目で判別できる事も珍しいのだ。


「俺何歳くらいなんだろうな・・・40歳くらいだと思うけど。」

「お前は普人の癖にそんなに年くっているわけないだろ。」

「死んでいた年数も換算したら90歳くらいだけどね。」

「あー・・・換算して良いのかな?」

「お前ら、何言ってんだ・・・?」

「あなた程度では分からない世界が有るんですよー。私の半分にも届かない年齢でそれを言うなんてまだまだ子供ですねー。」


 スーの年齢は見た目では分からない。

 年功序列が通用しない世界でも、年齢が上である事が偉いと思っている奴は存在するらしい。舌打ちをしてもなお罵声は飛ぶ。


「貧乏を知らないボンクラになんか負けんぞ。」


 睨み付ける眼の力は弱く、それでも曲げない意志だけは強く感じた。


「コイツには何を言っても無駄の様なんでほっときませんかー?」

「・・・そうだね。」

「ダンダイルのトコいこっ。」


 マナがポチの背中に乗ると面会室を出て行った。勝手に動き回られると困るが、とても良く目立つので、ダンダイルの方でも探すのに苦労はしないだろう。

 中庭をうろついていればすぐに兵士達が寄ってくるのだから。


「この二人の事を気にしたのはマナだけど、どうしても言いたい事が有るんなら伝言でも頼んどいて。俺はもうここには来ないし、来る理由も無いから。」


 そう言ってスーと太郎も出て行く。残される母娘は二人に頭を下げて見送り、そこから出る事の出来ない夫は、閉じられる迄ドアの外を睨んでいた。


「あいつらは一体何なんだ?」


 夫の声には優しさも余裕もない。

 結婚した時も、子供が生まれた時も、夫はこんなに感じの悪い男ではなかった。口の悪さは多少あったが、今はかなり酷い。視力を失ってからは夫婦としての会話も殆ど無くなり、夫が自分の視力を回復させる為に奔走している事は知っていたが、自分にできる事は何もなく、身のまわりの世話をする者も、いつの間にか娘一人に成っていた事に気が付くまでにかなり時間が掛かった。


「ミハエル。」


 妻が夫の名を呼んだ。

 それは二人きりの時だけ使っていたが、今は娘が居る。娘が居るのを知っていてそう呼んだ。その娘は壁際の椅子に座って下を向いて目を閉じた。当り前だが寝ている訳では無く、邪魔をしない意思表示だ。


「ミュー、済まない。どうしても俺の力で解決したかったんだ。」


 先ほどと同一人物とは思えないほど、声質は低い。


「知ってます。あなたがどんな想いだったかも、分かっているつもりです。」

「うむ。」


 夫はホッと息を吐き出した。


「でも、それはアナタがどんな事をしているか知らなかったからです。他人(ひと)を困らせるような事をしていると分かっていたら、止めました。」

「・・・。」

「視力を失う前から、良くない噂も知っていました。でも、私の・・・いえ、家族の為に働いているのなら仕方の無い事も有るでしょう。それでも、他人を悲しませて得たお金に喜びは有りません。」


 妻の言葉は重く、ここまで強く言うのも、娘にとっては初めてだった。今まで夫婦喧嘩など見た事が無く、常に母が引く立場だった事もあって、両親の会話を耳にして少し怖くなった。

 このままみんなバラバラになってしまうのではないかという、恐怖を感じたのだ。


「今まで動けなかった事、メリッサに何もしてあげられなかった事、私にも色々とあります。だから、これから・・・これから・・・。」


 母の声が震えている。

 心配になって見上げると、立ち上がろうとして少しふらついていて、直ぐに母の身体を支える為に飛び付いた。


「お母様・・・。」

「大丈夫よ。えぇ、大丈夫。」


 その言葉は自分に言い聞かせるように少し強く言った。


「また明日も来ます。これから、ずっと毎日。」


 毎日来たとしても必ず面会が許されるとは限らない。それでも、毎日通うと心に決めて、夫に一礼し、娘の手を握って外へ出た。その後ろ姿を見てすごく後悔したが、もう何も出来ない。

 ただ見送る事しか出来ない。

 この牢からいつ出られるのか分からないまま、看守に連れ出されるまでその場に座っていた。






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