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第193話 開店と驚き

 ピカピカの綺麗な浴室に目を輝かせている。

もちろん、ピカピカになるまで綺麗にしたのはスーの功績でフーリンは何もしていない。そして、その浴槽に水は入っていない。


「コンくらいかな・・・。」


 太郎が大きな水玉を作って温める。浴槽に落とし込めば一瞬で満水になった。


「えっ?えっ?!」

「私は太郎と入るからスーに任せるわね。」

「えー、ずるいですよー。」

「ポチの身体も洗わないとならないし。」

「むー。」


 スーが拗ねている。


「あ、あのっ、私は、お母様と入りたいです。」

「ですよねー!」


 スーが笑顔になった。

 分かり易いのは良いけど、後で俺が絞られるんだよなあ・・・。


「遠慮する事ないわ、綺麗にするのも嗜みでしょ?」


 そう言いながら現れたのはフーリンで、その後ろにはメリッサの母親もいる。


「お母様と入る日が来ると信じてずっと大事にしていたモノが有るんです。ちょっと取りに行って来ても良いですか?」

「え?」

「じゃあ子供一人では危ないんで私が付いていきますよー。」




 戻って来た二人が袋から取り出したのは石鹸だった。それも見事なほどのバラの香りがする。ちょっと強過ぎかもしれない・・・。


「こんな石鹸って存在してたんだ?」

「私も知らなかったですー。」

「結婚する前とか特別な記念日に使うように言われてたんですけど、今日って記念日になりますよね?」

「そうねぇ、アナタがそう思うのなら記念日になるし、今日を大事にしたいと思うのならその石鹸を使った事によって記念日になるわ。」


 フーリンが母親の言うべき言葉を言ってしまった気がする。


「そう・・・ね。こんなに幸せな事は無いと思うわ。今日は私達の記念日。再出発をするにも、あの人の為にも・・・。」


 寡黙というにはどこか違う母親が、再び黙ってしまった。

 そして、深々と頭を下げる。

 母娘の邪魔をしようとはだれも思わず、スーが用意した寝間着をメリッサが受け取ると、親子水入らずの入浴となった。




 楽しい入浴は久しぶりにスーとマナが大暴れして終わっていて、順番としてはミューとメリッサの母娘の後にフーリンが一人で入り、太郎達がワイワイと入っていく。結局は母娘は寝室まで用意して貰い、断る事の方が申し訳なくなるほどの高待遇に、頭を下げっぱなしだった。

 それでも、大きくて暖かいベッドに二人で寝るのは久しぶりで、いろいろな事が有り過ぎた今日は、疲れも有ってぐっすりと寝た。

 それとは別に大きなベットで身を寄せ合っている者達は、夜明け前までイチャイチャしていて、太郎はぐっすりとはいかなかったが、夜が明けてしまえばいつも通りに目が覚める。それは、太郎が異世界に来る前の生活で身に付けた習慣で、夜更かししても仕事には行かなければならないのだ。

 そんな生活とは無縁となった今でも、朝が来れば目が覚める。


「今日は忙しくなりそうですねー。」

「村に帰らなくていいの?」

「ダンダイルさんの方にも関わっちゃったしなあ・・・。」


 シルバを使ってエカテリーナと連絡を取る。

 もう少し帰れない事を伝えると寂しそうな声が返って来たが、そのあとに気丈な声で返答をして、太郎には逆に寂しい事が強く伝わった。


「・・・今夜には帰ろうかな。」


 と、太郎は呟いた。

 とりあえずの商品としてはフーリンの店に並んでいるモノの中で安い物を順番に運び出す事になった。いきなり高級品ばかり並んでいても、買うモノも困るし、犯罪者に狙われる危険が有るというのがスーの意見で、それは太郎も同意見だ。


「回復薬とか置いても良いよね?」

「安い物ならどこでも売ってますからねー。」


 袋から取り出したモノは太郎が手に入れたポーションで、消費期限が無いのか不思議に思ったが、数百年前のモノでも変わらず使えるとの事だ。

 あとはフーリンの家の中庭で採れた果物が店の一番見え易い棚に並べられる。一番安価で一番売りたいものだ。

 実は他の商人に売って貰えないか交渉された事も有るのだが、その時は断っている。季節に関係なく林檎と梨が店先に並べられるというのがとても不思議な筈なのだが、太郎の世界では値段が変わるだけで無い事も無く、これから定期的に売るという事でマナによって毎日実が成るようにしてもらった。薬草類も加工前のモノが売られるという事で、乾燥させてから売るという事は彼女達に任せた。そのくらいの事は在庫として保管していれば乾燥も兼ねるというのが理由だが、保管場所は中庭で、毎日行くのだから、自然とそうなるだろう。

 

「雑貨屋にしては商品が少ないよね?」

「雑貨屋にしてもどちらに傾くかにもよりますがー・・・。」

「どういう事?」

「日常品としての雑貨屋か、冒険者用の雑貨屋かですー。」

「あー、なるほど。」

「あんまり目立たないモノを売りたいのですが。」

「目立たないモノ?」


 スーが少し考えると、一つの提案が出た。


「村で作ってモノで余っているモノをここで売ればいいんじゃないですかね?」

「勿論それもアリだけど、定期的に運ぶって事に成ると、それなりの運搬手段も考えないとなあ。」


 作って、運んで、売る。

 基本的な事と言われればその通りだが、いざ自分達でやると考えると意外と難しい。


「とりあえず、宣伝はしなくて良いですし、この林檎と梨の価格が一つ20銅貨1枚は安すぎませんかねー?」

「俺の世界ではそんなもんだけどねえ・・・。流石に1銀貨じゃ高すぎるし。」

「一度安い価格にすると値上げした時の反感が凄いので、30銅貨ぐらいにしておきませんか?」


 メリッサの子供らしからぬ発言は、商人の子供らしい発言でもある。


「ですねー・・・。」

「それに毎日こんな量は売れないですよね?」

「足りなければもっと増やせるわよ。」

「えっ?!」

「マナ様ですからねー。」

「私達って凄すぎる人に助けられたんですね・・・。」


 フーリンがいない事も有って少し緊張が解けているのか、母親のミューは少し喋るようになった。


「もっと感謝しても良いわよ!」


 マナがこんなんだから、凄いって感じが全くしない。


「このポーションでしたら素材があれば私でも作れます。」

「素材なら中庭でも採れたよね?」

「あー、あの薬草畑ね、後で増やしておくわね。」

「あのー・・・増やすってそんなに簡単にできるモノなんですか?」

「普通は出来ないけど、マナだからね。」

「マナ様と呼んで宜しいですか?」

「別に改まらなくても好きに呼んで構わないわよ。」

「・・・世界樹様って呼んだらいけないような感じが致しましたので・・・。」

「私もマナ様って呼んでますからねー。それで良いと思いますよー。」

「ではマナ様、改めてよろしくお願いします。」


 母娘が丁寧にお辞儀をする相手は娘より小さい女の子の姿をしている。それでもその偉大さを肌で感じているし、あの元魔王ですら、その言葉使いに言及しないのだから。




 朝早くから作業をしていて、周囲の家の者達も不思議そうに店を眺めている。それもそのはずで、この家には母親と娘が貧乏暮らしをしているという噂話は広まっていて、気に成ったからと言って関わるほど余裕のない家庭ばかりである。

 殆どが働きに出ているので、昼間は閑静な住宅街。夜は寝るだけのベッドタウンとなっている。


「結局、昼までかかっちゃいましたねー。」

「お釣り用にこんなにお金が・・・なんか見てるだけで気分が悪くなりそうです。」

「お釣りが足りなくなるって事は無いだろうね。」


 銅貨と銀貨がざるに山積みにされている。

 勿論店内から見える位置には配置しておらず、カウンターの裏側に隠すように配置してあるのだ。


「とりあえず初日だから私が夜まで残りますねー。」

「商売ならスーの特技だもんな。」

「お任せをー。」


 と、胸を叩いた。

 ただ、残念な事にその日は客はあまり入らなかった。当然の事だが、閉店していると思われていて、見向きもされないのが当たり前だったからだ。それでも数人の客が店内を覗き込んでいる様子が分かり、太郎とマナは邪魔になっても困るという事で、フーリンの家に帰った。ポチは中庭で一日中昼寝をするという暇な一日が終わる。

 陽が落ちてから帰ってきたスーは、売れ残った林檎と梨をハコに詰めて帰って来たが、その中身は意外にも少なかった。


「一人が入ってきて売れた所で、どんどん入ってきましたねー。」

「店は閉じたんだよね?」

「初日なんでさすがにもう来ないと思いますよー。」

「それで残った林檎と梨はそれだけ?」

「一人でたくさん買った客がいましてねー、その人は明日も来ると思いますよー。」

「なんで分かるの?」

「母娘にデレデレしてた上に、明日も店は開くのか確認してましたからねー。」

「固定客が出来るのは良い事だね。」

「明日も早くに取りに来るので、今日は寝ますかー。」

「今日は無しで頼むよ。」

「んふふー。」


 妙な笑い方をするスーがちょっと怖い。




 その日の深夜。

 その店に一人の男が訊ねていた。

 店の裏口から入ると、二人が寝ているのを確認して何事も無かったように帰ろうとするのだが、店内を見て声を出さずに驚いている。

 綺麗に整えられた商品と、大量のお金。


「これだけ有れば足りるな・・・。」


 金をすべて持ち出すと、男は店を出て行く。

 もちろんだが、その姿はトヒラ達の部下によってしっかりと捉えられていたが、直ぐに捕縛とはいかなかった。証拠は有るし、捕まえる罪状もはっきりしているが、当然だが彼一人に全てが実行できるはずもない。協力者が必ずいるという事で、見逃されたのだ。お金を奪われている事までは気が付かず、翌朝に母娘の絶望した姿をスーが見つけるまで店から出れなかった。






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