番外 スーの生い立ち
番外編です
故郷を旅立ち3年半。やっとアンサンブルに辿り着いた。ここに着くまでに色々有ったが、生まれたばかりのケルベロスの子供を見つけて撫でようとしたところを、勘違いした親に襲われて逃げたのは思い出したくない。
旅の支度金も底を尽き、久しぶりに冒険者ギルドで仕事をすることにした。裏ギルドに行って身体で稼ぐこともできる。最初こそ一人を相手に上手くあしらっていたが、3人の人間に身体中を舐められた挙句、顔に白くてドロドロしたものをたっぷりかけられて、もう二度とやりたくないと思った。確かにお金は沢山貰えましたけど。
田舎町に住んでいた私にとってこの町はパラダイスだった。お金さえあれば美味しい物が食べられるし、泊まる宿のベッドもふかふかだ。ギルドの仕事もそんなに難しい依頼はない。町外れの遺跡に棲みついた巨大蜘蛛退治なんて一日で終わったのに報酬が凄い良かった。信じられないぐらい貰えたのは、この国の人達が裕福だからだろう。小さな町の現地の依頼は少額で危険な仕事が多すぎる。
出身地ギンギールは大昔に国として栄えていたが、何かの異変によって崩壊している。それが天変地異なのか、戦争なのか、資料が無い為にはっきりしない。多くの遺跡があちこちに点在していて、アンサンブルから一獲千金を夢見た冒険者が来ることもあり、その冒険者達の話し相手をしているうちに、自分も冒険者に憧れ、アンサンブルを目指すことになったのだ。
出発した当時は一人ではなかった。アンサンブル出身の冒険者と、駆け落ちするように町を出た。男二人女一人の小パーティは半年経たずに分裂した。スーを取り合って喧嘩をし、最終的に殺し合いになった。負けた方は血飛沫を上げて死んで、勝った方は血だまりに沈んで、数時間後に死んだ。スーは一人になった。
どうにか辿り着いた町で、スーは剣術の訓練を始めた。それまでは完全な町娘で、小さな町の小さな酒場の看板娘で、自分を取り合って喧嘩するなんて日常茶飯事だったので気にもしていなかったのが、冒険をしていた仲の良い二人までも喧嘩してしまったことはショックだった。身を守る為もあるが、喧嘩を止めるぐらいの強さは必要だと思い、1年かけてじっくり剣術を習うと、猫獣人である脚力と素早さを生かした連続攻撃を体得し、気が付けば町で一番の女剣士になっていた。
ギルドでは彼女を直接指名するぐらいの人気があり、人望もあった。しかし、やはりこの町は田舎町で、アンサンブルから来る冒険者を羨望の眼差しで見ていた。
資金も潤沢に有り、長旅をする為の信用できる仲間も見つけた。男二人女二人のパーティは順調に旅を続け、大小様々な魔物に襲われつつも、アンサンブルまであと少しの距離まで来たのだが、ケルベロスに襲われてバラバラに散ってしまった。お金の殆どを男が持っていたので、スーは無一文とは言わないが、安宿に一泊する程度の金しかなく、料理も食糧も、もう一人の女性に任せきりだったことが祟って、食べるものも殆ど無かった。
三日ほどの飲まず食わずと徹夜は辛かったが、アンサンブルに到着すると身体中から元気が湧いてきた。安い酒と不味い肉をおいしそうに食べて、一泊すると無一文になった。前日のハイテンションも金が無いことにはどうしようもない。
最初は酒場で働こうとしたが断られた。得意の色気で迫っても駄目だった。お尻まで撫でさせたのに銀貨の一枚もくれなかった。すでに看板娘がいるのね。早く言ってくれれば触らせなんてしなかったのに。
仕方なく身に付けていた防具を売った。旅に使った物なのでかなり安くされたが、それでもそこそこのお金になった。流石に剣は売らなかったが。
「その剣の方なら高く買うよ。」
って言われて悩んだ。攻撃は当たらなければどうという事もないが、武器が無いと魔物を斃せないから困る。素手で殴って倒せる魔物なんてタカが知れてる。頬にキスをして少し色を付けさせる程度にした。
スーは自分の強さをちゃんと心得ていたので、いくら高額でも無理な依頼はしなかった。確実にそつなく依頼をこなし、冒険者カードはグリーンになった。それも、魔物退治だけで。唯一の失敗は勇者の撃退という公認依頼だ。100人ほどが集まって一人の勇者相手に勝てなかった。あれは化け物だと思った。人間の皮を被った悪魔だ。だがそんな化け物を退治したという噂がギルドで流れた。依頼が取り下げられたからだ。
ギルドでもそこそこ有名なスーは、退治した人を知りたかったが、女性という事以外は秘密と言われた。魔王が緘口令を出したという噂も広まり、その女性はますます謎の人となった。自分の力の無さを感じ落ち込む日が続いた。
スーは暫くして酒を飲むようになった。元々酒は嗜む方だったが、飲み過ぎる日が続いた。そして、そんな彼女を腐らせてしまったのが、ギャンブルである。
ルーレットにスロット、モンスターレースなど、毎日遊んでは酒を飲む日々が続いた。当然、いつまでも続けられる筈もなく、ほどなくしてスーの所持金はすっからかんになった。腕に自信は有ったから、魔物退治を再開したが、数か月のブランクは彼女にとって致命的な結果となり、命からがら魔物から逃げて帰ると、ギルドで築き上げた地位も一気に下がった。冒険者カードはグリーンを示しているが、今ではゴミクズ同然の価値しかなかった。買い戻した防具どころか武器も売り払い、身体を売る日々が続いた。
美人の女剣士で猫獣人。そんな彼女の身体はかなり高額で、闇ギルドでの彼女は大評判だった。しかし、彼女への報酬額と彼女の価格に大きな差が出ると、少なすぎる報酬に怒りを覚えたが、ギャンブルの借金が嵩み、彼女個人では重すぎる金額になった。そして、ついに奴隷に落ちた。全ての借金の返済をする代わりに、貴族のドラ息子の玩具となる。
この国では奴隷制度が一部では認められているが、それもちゃんと認可が必要で、性奴隷や拷問など、人格を無視した使用は禁止されている。しかし、隅々まで目が行き届くはずもなく、美女は高額奴隷として取引されている。
「奴隷の正しい利用法なんて労働力以外ないじゃない。さっさと制度を廃止すればいいのに・・・。」
傾いた国の財政を安定させるのに必要として長く利用された制度は、なかなか変更できないのは重々承知している。だからこそ、気に食わない。その為に不幸になった女性をたくさん知っているが、助ける事も出来なかった。一人ひとりを買い取って、身請けして、面倒を見て、一人前に戻す・・・。
しかし、その日はそんな事を思う彼女にとって、最も気に食わない日だった。深夜の裏街道を、全裸に首輪を付けられた二足歩行の猫獣人を四足で歩かせ、多くの男達に見せびらかせている。涙を流し、涎を垂らし、小便まで漏らしているのに、男達がこぞって性器を擦り付ける。・・・キモチワルイ。
ドーゴルとダンダイルの二人に、奴隷について文句を言っていた帰り道に見た光景だ。その娘が女奴隷の末路を身体で語っている。リードを持っている男はこの国でも貴族の息子としてそこそこの地位にある男だった。後ろに人がいるのに全く気が付かず、その行為を眺めていた。
腹が立ったなんてもんじゃない。その場にいた10人以上の男達を風の魔法でまとめて吹き飛ばすと、貴族のドラ息子と猫獣人だけが残った。男達は吹き飛ばされただけなので大したダメージはなく、快楽の突然の中断を強制され、怒りに満ちていた。
男達は吹き飛ばした相手が女だと知るとすぐに襲い掛かった。それに対して女は、一人ずつ丁寧に叩き潰した。即死したかと思うぐらい、石畳の道路が凹んだ。再び貴族の男と猫獣人だけが残る。辺りは血の匂いが広がり、だれ一人として起き上がらない。
「お前、俺に手を出したら親父がだまっ・・・。」
最後まで言わせはしない。こんな時に虚勢を張る言葉なんて聞く価値もなく、一撃で殺した。本来、奴隷に対する扱いがひどい場合は罰金刑であるが、この男は過去に何度も見逃されている事も知っている。金に苦労すると国でさえ良い事など無い。
正気に戻らない娘を肩に担ぐと、すぐにドーゴルのところへ向かった。もう寝ているかもしれないが、そんなことはどうでもいい。少しやり過ぎた事にも僅かながら後悔したが、それ以上の怒りが彼女の身体から放たれている。
翌日、魔王ドーゴルの公布によって貴族の地位を剥奪し一家を処刑した事が伝えられた。有力貴族で国庫の一部を担っていたと言われていた者が、一夜にして消えたのである。あの裏街道は何一つ証拠が残らなかった。誰にも気付かれないうちに全てを片付けさせたのだ。
何も知らない娘は道具屋の二階で寝ていた。目を覚ました時あまりにも柔らかいベッドだったので飛び起きた。服を着ている事に気が付いてすぐに脱いだ。身体がきれいに磨かれていたのですぐに・・・。
奴隷として数年を過ごした彼女の悲しい反応だった。しかも、気が付いた時に絶望を感じる。陽が差して明るく奇麗すぎる部屋。整った調度品。窓にカーテンまでもある。
「また捨てられたの・・・?」
彼女にとって知らない景色は、新しい身請け人という事であり、ご主人様であり、絶対服従の相手だ。まだ見ぬ姿を想像するよりも早く、自分の身体を弄り始めた。それは男に気に入られるための彼女の方法だった。
そこに現れた新しいご主人様にいきなり抱きしめられた。
「なんでもしますから・・・。」
悲愴めいて聞こえる声を無視し、優しすぎる声で命令する。
「何でもするのね。じゃあまずは服を着なさい。そして皿を洗うこと。逆らったら・・・そうね、ご飯を死ぬほど食べさせるから覚悟しなさい。」
「ご、ごめんなさ・・・い・・・。」
意味を理解する事が出来ないほど思考能力の低下がみられた。この状態から元に戻すのに何日必要になるのか。やってしまった事を反省してはいない。一時の感情に身を任せた事は失敗だと分かっている。だが、やったのだから彼女に対して責任を持つつもりだった。ドーゴル相手ならグーパン一発で許すとしても、この娘に対して暴力は一切使えない。それが何年かかろうとも、だ。
スーは予想よりも早く立ち直った。しかし最初の頃はすぐに服を脱ぐ癖が抜けなかった。やっと治ったと思ったので道具屋で店番をさせたら、男を見ると服を脱いでしまう。ここまでで3か月。ギンギール出身の猫獣人であることはギルドに調べさせたらすぐに分かったので、故郷の料理を食べさせると、強い反応が有った。昔を思い出して泣いているようだった。普通の生活と男を見ても媚びないようになるまで1年以上かかった。あれ、この猫獣人、男に対してはなんか反応が変なんだけど。
これもまたギルドで調べさせると、かなりのお調子者で、胸チラパンチラ投げキッスは日常茶飯事で、仕事に対して誠実なのが不思議なくらいだった。男を食い物にする癖は元々だったのであきらめたが、ギャンブルでボロボロになってまた売られそうになった時は強く叱りつけた。お金欲しさに身を売ろうとするとトラウマが有ってできないらしく、なんとかお金が欲しくてギャンブルをしてしまうという言い訳まで言えるようになった。もう完治したと思う。
道具屋で働くことと、たくさん売ったらたくさん給料を渡すという歩合制を示すことで仕事への意欲を持たせた。
「スーちゃん意外と稼ぐわね。」
「売るのは得意なんです。任せてください!」
ギャンブルをする癖は今でも抜けていないが、一人で経営していた時よりも収益が上がったのは間違いない。道具屋の看板娘として日々働いていると、かなり余裕が出来たのか、一人で剣を振るようにもなっていた。そこそこ強いことは聞いていたが、かなり腕が落ちているのは彼女の無駄な数年間が証明している。素質は有ったので、軽く鍛えてあげるとすぐに昔の勘を取り戻したようだった。
「フーリン様ってすごく強いのにギルドの仕事しないんですか?」
「私がするのは気が向いた時だけよ。」
「そんな・・・もったしないです。」
「そうかしら?」
「フーリン様なら勇者も倒せるんじゃないですか?」
「そう見える?」
「見えます。何か凄いオーラが・・・。」
鍛えた成果なのか、彼女の本来の能力なのか、フーリンはこの時は正体を明かさなかったが、ほどなくしてバレてしまった。
「スーちゃん本気で目指してみる?私にここまでの力を出させたならいけると思うけど。」
「無理ですよぅ。ケルベロスに勝てる気がしないんですから。」
「流石に基礎能力が違い過ぎるわ。それでも負けはしないでしょう?」
「逃げたら負けちゃうじゃないですか。」
「逃げるのは負けじゃないわよ。それだって生き残る戦術なんだから。死んだら意味ないの。」
「それはその通りです。でも悔しいじゃないですか。」
竜人族と出会ったとき友好的だったので見逃してもらえたが、そうでなければ死んでいたという過去を話した。そこで気が付いたのだ。フーリンの凄さを目の当たりにした時に感じたモノは、竜人族と出会ったときそっくりだと。
「あら、気が付いちゃった?」
「ほ、本当に?」
「ええ、本当よ。でも秘密だからね。誰かに喋ったら・・・。」
その時に凄い殺気を全身で受け止めたスーは泡を吹いて倒れた。目を覚ますのに半日かかった上に少しトラウマが残った。少しずつ克服し、普通の生活として感じるようになると、ギャンブルをやって失敗するという日を何度か繰り返していた。
「賭け事をするなとは言わないけど、節度を守ってちょうだい。変な男達に店が荒らされたら困るでしょう。」
実際に店を荒らされたことはない。店内に突撃してきた男はフーリン直々に地の底へ埋められている。借金の取り立てに来るような輩は碌でもない生き物なので容赦はしなかった。それを見たスーはギャンブルを控えるようにはなったが、今でもたまにインチキに騙されて帰って来る事が有る。ギャンブル好きは辞められないらしい。
ダンダイルという名の魔族の男が来て、不正ギャンブル一掃作戦が展開されたときにスーも参加していた。そして、フーリンが竜人族だというのを確信したのだった。魔族なのに、フーリン様に丁寧な言葉を使うからだ。態々ここにきてその作戦を行うことを報告に来ること自体がおかしいという事に気が付けば、もっと早く答えが出ただろう。
ダンダイルが元魔王だと知ったときは喉から心臓が飛び出るかと思った。フーリン様には逆らえないと確信して、その上で、今日もギャンブルをする為の小遣い稼ぎに精を出すスーであった。
「出張アイテム販売ですよー。今なら美少女スーちゃんのパンチラ付き♪」
その日は一つのアイテムも売れる事は無かった。




