第188話 土地の権利書
移住希望者が来た。
それも魔王国の住人ではなく、ハンハルトやガーデンブルク、はたまた、他の遠くの土地からはるばる旅して来た者、55家族でおよそ100人程。
彼らは土地の権利書と建築許可証を持ち、その権利書を確認したカール隊長が困った表情で現れたのが昼食前。
「移住希望者なんて募ってないですけど?」
「土地は魔王国が管理はしていますが、販売する権利は無い筈ですし、そもそも今は管理していませんし。」
「ダンダイルさんは?」
「今は城で公務中かと。」
太郎が何やらぼそぼそと喋っている。
相手はカールではない。
スルスル―っとした風が巻き起こると、目の前に上司が現れた。
「うわっ?!」
驚いたカールが二度ほど瞬きをしてから敬礼をする。
「食事前の休憩中だから構わないが、急用とは?」
慌てて差し出された一枚の紙を受け取ったダンダイルが、その内容を見て驚く。
「これは間違いなく偽物だ。」
「刻印は本物と思われますが、それでも・・・ですか?」
「これは誰が所持していたのだね?」
「旅商人や冒険者達です。一般人も混じっているようですが、おそらくその家族や親類でしょう。」
「ふむ。太郎君、昼食は期待しているよ。」
「エカテリーナに言っときます。」
二人はすぐにこの紙の持ち主の所へ向かった。
「本来は私の仕事ではないのだが、調査報告書を作るという意味では適任者がいたな。確か今はこっちに居るはずだが、何処にいる?」
「トヒラ閣下なら鉱山に視察に出ております・・・いえ、たった今戻ってまいりました。」
二人の視線の先には猛ダッシュで向かってくる姿が見え、ダンダイルの目の前でピタッと止まった。
「こちらに来るのは三日後と聞いていましたが、こんなに早く来ていただけるなんて。あ、報告書はあと一日待ってください、徹夜で仕上げますので。」
言いながらも少し頬が赤いが、これは走った所為ではない。
「徹夜などせんで良い、部下にも無理をさせなくていい。」
「あ、はい!」
「それよりこの紙の内容を見てどう思う?」
トヒラはココで初めて内容を知る。
「こ・・・これは・・・偽物?しかし刻印は本物となると、そこそこ名の知れた商人が作成したモノになります。しかし、こんなにすぐにバレると思うようなモノを作ったのでしょう?」
トヒラがカールに視線を向けると、無言の返答があった。
「まずはこの書類を持っている者達に会いに行こう。」
100名程の移住希望者達は、村の入口を警備する兵士によって止められていて、不平不満をぶつけられていた。それに加えて食糧の要求も有り、旅をするのも大変だったであろう子供はお腹を空かせて泣いていた。
「隊長が来るまで待て!」
「おにぃ!あくまぁ!ひとでなしぃ!」
子供達がそう言って兵士を困らせる。
鬼人族でも、悪魔族でも、普人でもない、犬獣人の兵士が苦渋をベロベロ舐めまわしながらも、救援に駆けつけてくれた兵士がパンを持ってきてくれたことで少し収まった。
「こんな土地に来たがる奴らは何処で知ったんだろうな?」
「蜂蜜の噂はかなり広まっていると聞いたぞ。」
「そうか、アンナのが手に入るって事は裕福だと思われても仕方ないのか・・・ドラゴンや魔女が住み着いていて危険な村なんだけどなぁ・・・。」
そう言う兵士はそれほど危機感がない。
「ご苦労、彼らが移住希望者かね?」
隊長が来ると思っていたら、ダンダイルが来た事で飛び上がって驚いた。
「あああ、ははは、はいっ!」
一般兵士にしてみればダンダイルほどの人物に声を掛けられることは滅多に無い。しかも辺境に居ればなおさらである。ただ、この村は少し特殊で、重要人物がウロチョロしていると言う噂だけは蔓延しているので、門番をしていれば、いつか自分の所にも誰か来るのではないかと思ってはいたが、流石に来るのが早過ぎた。
「あああ、だっだっだ・・・でっでいう!」
カールが呆れた顔で見ているが、彼は一般兵士で、しかも必修訓練課程を終えたばかりの新兵である。新兵がこの土地に来るのは珍しい事ではなく、この土地に来る事で兵士達の能力の向上を図る目的が有るのだ。
救援にパンを持ってきてくれた同僚がこちらでも助け舟を出す。
「移住希望者はこちらで待機させていますので全員です。」
「そうか、ではとりあえず兵舎の方に来てもらうとするか。」
「許可するのですか?」
カールの質問の言葉には驚きが含まれている。
「太郎君はダメとは言わないだろうが、我々の不手際で無節操に住人を増やす訳にもいかない、少なくとも事情くらいは聞いておかねばならん。」
「事情聴取は手分けますか?」
「そうだな、トヒラとカールは別室でそれぞれ三分の一を担当してくれ。」
カールとトヒラが敬礼で応えた。
聴取が始まり、各部屋に集められた者達が一人ずつ質問に答えている。
「旅商人を引退してどこかに家を持とうと思っていたところで紹介されたんです。」
「冒険家業の拠点にしようと思いまして。」
「家族で住むに、城下では土地や家賃が高いので安いのを選んだ結果です。」
「酒場で金持ちそうな商人と話をしたら買わないかと勧められました。」
「推薦状が有るから問題は無いと言われて少し高いけど我慢して買ったんです。」
「これから高騰するから買わないかと言われて。」
「噂の蜂蜜が食べ放題だと聞いたので。」
「常に兵士がいるから魔物や戦争の心配が無いと言われました。」
「世界樹様にお会いしたくて買いました。」
半分を終えた所で休憩する。ダンダイルは既に予定時間をオーバーしているのだが、それどころではない。犯罪の可能性が十分に有っては無視できなかった。
休憩と遅くなった昼食を兼ねたうえで、二人の報告を聞く。トヒラもカールも書類片手にパンをかじりながら説明している。
普通なら上司を前にこんな態度の悪い事は無いのだが、ダンダイルも時間が惜しいので二人にも食べながら話を進めるように促したのだ。
「で、二人の方はどうだ?」
「権利書は間違いなく魔王国で発行されてますね。エクス・ガリバー将軍のサインも有ります。筆跡鑑定をすれば本人だと分かるでしょう。」
「字は間違いないのですが・・・。」
トヒラが書面を睨み付けるように見ている。
「気に成る事なら何でも良い。」
「はい。この字なんですが、少し薄くないですか?」
良く見ると少しかすれている部分があり、文字の始まりと終わりには均一の濃さが感じられない。
「ほう、これはよく気が付いたな・・・なるほど確かに、こっちの書類の方はもっと薄い。」
「これは刻印とサインだけを先に書いて、後から書面を書いたと思われます。」
「しかし、白紙に刻印を押すという事が?将軍ほどの人物なのに?」
カールの言葉は少し冷たい。
「私も将軍なのだけど?」
「ではそんな事が有るのですか?」
「実は、過去に何度か白紙に判を押してしまった事がある。書面を確認しないで捲って押してサインを繰り返しているうちに、紙の上の方に短い文章だけのモノも幾つか有ったので、そのままやってしまった事が。」
「白紙だったと後で気が付いた訳だな。」
「そうなんです。最後に確認していなかったら、悪事に利用されてしまうほどの危険な紙が出来上がるところでした。」
将軍のサインは基本的に書面の内容を許可した事となる。白紙に刻印とサインが有れば、後からそこに何を書かれても確認が出来ないのだが、とんでもない不祥事になりかねない。
「どのくらい古いモノか・・・までは流石に分からないか。」
「それは流石に無理です。」
「土地の権利とは大蔵省の管轄だったか?」
「直接的には違いますが、土地家屋の管理をする部署も有りますので、全く無いとは言えません。ただ、どの将軍の配下にも一時的に土地を預かったり買い上げたりする部署が有るので、どういった経緯でこの権利書が出来たのかはわかりません。」
「そう言われれば、修繕が必要な一般家屋を改装目的で買い占めた事が有ったな。幾つもの家屋が破壊されて直すのに日数が掛かるという事で、いっそのことなら魔王国の責任で直した後に返せば良いと・・・。」
そういう話をダンダイルの口から聞くと、カールはこの男が優秀なだけではなく、優しさも持ち合わせている事を知って少し安心する。国に捨てられる国民の話は山の様に有るが、国に助けられた国民の話はとても少ない。せっかく軍人になったのだから上司は優しい方が良い。優秀過ぎるのは少し困るが。
トヒラが思い出すように返答をする。
「確か・・・当時は購入してしまった方が手続きが簡略化できたんですよね。」
「次の魔王の代で廃止されてしまったがな。」
腕組みをして当時を思い出そうとする動作を途中でキャンセルして元に戻すと、トヒラがそれを確認してから問う。
「ガリバー将軍がいつ土地の権利書を作成したか調べましょうか?」
「ああ、直ぐに魔王国に向かって・・・そうだ、魔女を先にココに呼んでくれ。」
「はっ。・・・え?」
食事が終わる前にマリアはやって来た。ダンダイルに直接用事で呼ばれるという事は今回が初めてだが、自分を呼ぶのだから何かあるだろうと思っている。
満面の笑顔でダンダイルの前に現れると、嬉しそうに言った。
「さて、私を呼び付けるぐらいだから、普通じゃないわよねー?」
「無論だ、必要なら報酬も払う。」
「高いわよー?」
「魔導書の写しでどうだ?」
「欲しいようで要らないような本ねー?」
「過去に転移魔法について研究した事を記録した書物だ。もちろんだが失敗しか載っていない。」
マリアは何故となく納得して了承した。
こんな本を欲しがる理由がトヒラとカールには分からない。
「では、この腕章を付けてくれ。」
渡されたのは特殊対策任務と書かれた腕章で、過去にも実際に使われた事が有る代物だ。特に冒険者や軍人以外が使う事で知られているのだが、知られているだけで実際に使われるのは数十年ぶりだった。
「後はトヒラの指示に従ってくれ。」
「りょーかーいー。」
ワザとらしく敬礼して見せたマリアに困り顔のトヒラが、まず城に帰還すると言うと、二人の目の前から突然消えるのではなく、外に出てから消えた。
「転移では無いってこういう意味だったのか・・・?」
カールにはまだ理解に及ばなかった。
「ついたわよー。」
「本当に一瞬で・・・凄い魔法・・・こんなのが誰でも使えるように成ったらとんでもない事になるんじゃない?」
「最低条件で九尾レベルの魔法力と魔力が必要だけどねー。」
「あっ・・・普通に無理。」
二人はすぐに移動し、トヒラは部下を集めて指示を出す。
今回の目標は書類であって書類の制作者ではない。
各部署で手続の終えた商人達の書類を再チェックさせ、結果が来るまでの間に、別にもう一つの指示を出す。それは、あの村にやって来た彼らが手に入れた方法をについて裏付けを取る事であり、根気の必要な作業だった。
「わたしはなにをすればいいのー?」
「今は何も。」
「魔力を回復する為に休んでいーいー?」
「寝ても良いですけど、必要な時に起こしますからね。」
マリアはトヒラの執務室にある来客用のソファーに腰掛けると、眠っているかのように瞼を下ろした。
トヒラが部屋を出て行ったことを気にもせず、マリアは本当にのんびりしていた。
「あの人は一体?」
部下に問われると、特務の腕章付きで臨時の部下と答えて納得させた。
「それより、確認する場所は何ヵ所か有るので、これも手分けします。」
「何を確認するので?」
「新地を販売する業者を捜すのと、売られている土地の権利書を手に入れる事です。代金は請求されても少しごねて安くしてください。」
「どうしてですか?」
トヒラは渋い表情になった。
「・・・予算が足りないので。」
部下達はもっと渋い表情になったが、それでもそれなりの資金を渡され、各所に散った。トヒラ自身は将軍という事もあり有名で、顔が割れているので、割れていても問題の無い酒場へ向かった。
酒場につくとマスターが出迎えた。将軍級の人物が一人で来るのは珍しい事だが、全く無いという訳でもなく、お忍びで来る者もいる。酒場というのは情報の交差点の様なもので、真偽はともかく、ありとあらゆる話題で盛り上がっている。
「二階席は空いてる?」
「有ります。」
二階にある小さなテーブル席に座ると、一階で騒いでいる者達を見下ろす。何を言っているのか分からないのだが、重要な情報を扱う者は、可能な限り隅に寄り、小さな声で会話する。そういう者だけを見ればいいのだ。
早速、そのような者が三ヵ所、8人程いる。
テーブルにはビールとつまみが置かれたのを確認する事も無く、フードをかぶって直ぐに下へ降りると、冒険者と商人らしき男達の後ろに背を向けて立つ。
「・・・貴族との繋がりが欲しいんだ、アンタ知り合いなんだろ?」
「知っているが依頼を受けた程度だぞ。」
「その依頼は・・・。」
トヒラは聞くだけ無駄と思い次の候補へ移動する。
こちらは3人程で全員が商人の様だ。
「・・・蜂蜜が手に入るという話を聞いたが本当か?」
「貴族様が食べたと自慢していてな、それを手に入れる為に美術品を俺に買わないかという話を持ち掛けられたんだ。」
「あの貴族って、そんなに良い美術品なんて持ってたか?」
「800年前の青銅の鏡で、魔法陣が埋め込まれているモノだったが、なんに使うモノかは分からないそうだ。」
「それならいっそ、蜂蜜が手に入る土地に行った方が楽じゃないか?」
「そうなんだが、どこの土地かは分からないんだ。」
「魔王国内の土地ならどうにかすれば買えそうなんだがなあ・・・。」
「そう言えばその土地に引っ越すとか言っていた家族と話をしたな。」
「それ、嘘くさくないか?」
「魔王国で商売している不動産を扱う商人なら買わないだろうな。」
「そうだよな・・・何の保証もないのによく買う気になったな?」
「何でも権利書に魔王国の証明付きだという話だ。」
「それ、本物なら絶対に高くなるぞ?」
「そんな話をするという事は・・・。」
「怖いから誰か試しに買ってみて欲しいって事だな。俺は嫌だぞ、そんな金を沼地に捨てるような事。」
トヒラは途中まで聞き耳を強くしていたが、肩を落として終わった。そして最後の候補の所へ移動しようと思い、視線を向けるとその者達は既にいなかった。
居なくなった者達の席で酒を呑み始めた者に訊ねる。
「済まないが、ココに先ほどまでいた者がどこへ行ったか知らないか?約束していたんだが遅刻してしまってね。」
「ん?あー、丁度席が空いたから座っただけで、店から出た姿しか見てないぞ。」
「ああ、ありがとう。」
トヒラが慌てて外へ出ると、その者達は店の外で建物の裏口に回ろうとしていた。慌てて追いかけると、建物と建物の間の隙間に空いた小さな扉の前で、そこには先ほどいなかった小さな娘が引き渡されていて、非合法の奴隷売買の現場だった。それを見てしまったトヒラは襲われたが、返り討ちにした上に、数発余計に殴った。
トヒラの欲しかった情報ではなかった事で少しイラついた結果だったが、奴隷売買をした商人と、受け取る予定だった若い貴族が牢屋に放り込まれる事となった。
小さな娘は無事だったが、この子の親に返す手続きは他の者に任せる事が出来ず、無駄な時間を費やす事となった。




