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第187話 何も変わらない世界

 天使との話し合いというより、ミカエル個人の話だったと、太郎はそのような印象しか持ち得なかった。彼らにとってミカエルは、母親であり、父親であり、そして種族の代表だからだ。

もちろん天使というのは彼らが自称しているだけで、翼を持つ人というだけであり、天からの使いではない。彼らが信仰するのは唯一の本当の神だけであり、その神という存在も、彼らにとっては未だに想像でしかない。

神が地上に現れたのは世界樹のある場所だけで、それもとても短い時間であったことから、神が降臨したという事実は広まっていない。

世界樹であるマナと、異世界からやってきた鈴木太郎は、神の存在を知っていて、ハーフドラゴンのフーリンも、今となっては夢かもしれないと思う事が有るくらいだが、生きている者の中で、世界でたった三人だけがその事実を知っているのだ。

 天使と悪魔という関係も、古代人が作り上げた世界で起きた現象の結果であって、善意も悪意も、全ての人の心に眠る一部に過ぎない。

 ではなぜ、種族が沢山増えて、他人の姿に似た異形の存在が数多に現れたのか・・・今となってはその原因を探ろうとする者はいない。

 8万年生きているトレントのうどんだけが、その原因を知っているのかもしれないが、うどんはその事についてあまり語っていないし、誰も聞こうとはしない。

 なぜなら、他種族人種が当たり前すぎて考える必要が無いからである。


「自分の地位や名誉を守ろうと考えると碌な事無いからなあ。」


 帰っていく天使を見上げながら呟いた太郎は、今後の世界の動向なんてどうでもいい話だと、心の底から思っていた。

 世界を救世する勇者に成りたいなんて一度も思った事は無い。

 子供の頃にヒーローに憧れた事は有るが、それは地域を守れればいいし、家族や好きな人を守る力が欲しいと思ったぐらいで、そんな夢はすぐに消えていたのだから。


「世界樹を育てる事が平和に繋がるんなら、それで良かったんだよな。」

「それは間違ってないと思うわー。」

「それでも、何かを守ろうとする者は居るのじゃ。わらわもそうであるようにな。」

「何を守っているのかでプライドにも関わってくるのは良いんだけど、それで他人を巻き込んでほしくないんだよなあ。」

「それは仕方ないと思うけど・・・何しろ世界樹様が一番影響力が大きいのだから。」

「それはそうね。」

「マナはそれで良いのか?」

「ダメって言われても困るわね。」

「それもそうか。」

「太郎ちゃんが自分から言ったのだからー、特に結果を急ぐ必要も無いわー。」

「うん・・・そうだね。俺の責任で守らなきゃならないモノも増えてるわけだし。」


 それは兎獣人の事なのだが、キラービーも守る対象には入っている。そして一番は子供達だ。太郎にとっては嫁と呼ぶには少し抵抗のある相手だが、それでも無関係だと言う気にもなれない。

 特にウルクの子供は母親を失っている。


「なんだかんだ言っても、結局、関わっちゃうのが太郎だもんね。」

「マナに言われたら言い返す気にもならないよ。」

「ちゃんと守ってくれるんでしょ?」

「それはもちろん。」

「もう私なんかよりよっぽどこの世界の守護者って感じがするんだけどね。」

「それは遠慮したい。」


 太郎は本気で嫌がったが、周りには半分冗談に聞こえたのだろうか、笑い声で応じられ、太郎も釣られて笑ってしまった。

 これはもう、本当に笑うしかない。

 笑いが収まって暫く休んだ後に解散となり、夜も更けたその日は、子供達を寝室に集めてみんなで寝た。ベッドではなく床に敷き詰めた敷布団の上で、ゴロゴロと。

 一人に一つずつに枕を渡したが、朝になったら子供達は太郎の身体を枕にして寝ていた。マナが仰向けで寝ている太郎の頭を自分の膝にのせていた事に気が付いたのは、目が覚めたからで、何時からマナはそうしていたのか分からない。

 目が合ったマナに太郎は言った。


「おはよう。」




 それから数ヶ月。

 平和な日々が続いた。

 平和と言っても定期的にやってくるピュールはとにかく面倒だった。

 直ぐに太郎に勝負を挑み、フーリンが居ればその場で叩かれるが、それでも懲りずにやってくる。

 周りの者達も同じ光景を見慣れてしまっていて、ピュールが純血のドラゴンだと知っても、それほど態度は変わらなかった。

 それよりも、エカテリーナに怒られている印象が強い。

 ピュールはココでの料理をすごく気に入っていて、平気で食事だけして帰っていく事も有る。相手がドラゴンと言う事も有って、流石のナナハルもあまり言わない。愚痴はこぼすが、それでも直接言う事は無い。


「子供達に悪影響が無ければ、ドラゴンなんぞ放置で良い。」


 変に関われば別のドラゴンがやってくる可能性もある。


「そんな事よりも何故ツクモが定期的にやってくるのじゃ!」

「だって美味しいじゃない。」

「牛を連れてきたことは太郎も感謝しておるし、わらわも褒めるところじゃが、それにしても10日に一度は来るではないか。」


 魔女のマリアがミルクを定期的に運ぼうと考えていたが、それならばいっそのこと牛を飼えば良いと言ったのはツクモで、ツクモには牛を手に入れるアテが有るから大丈夫だと言って、連れて来たのは何と水牛だった。


「畑を耕す予定が無くなって余ったらしいのよ。」

「へー、こんなに大きくて大人しいなんて凄いな。」


 太郎がペタペタと水牛の身体を触っていると、何故かポチが睨んでいた。


「田んぼも拡張するんでしょ?」

「まあね、ちゃんと農耕を発展させないと、独立できないから。」

「独立するつもりなの?」

「独立というのは経済的にって意味だよ。本当に独立したらどこが困るんだろう?」

「太郎ちゃんがそれを言うとドキッとする人達がいるからねー。」

「それもそうか、この話題は止めておこう。」


 水牛達にはちゃんと牛舎を建てて、その管理は子供達がやっている。最初はエルフ達がやっていたが、子供達はそれを見て覚えたので仕事を引き継いだ。

 なぜ子供達がやったのかというと、少し前に、久しぶりに姿を見せたグルさんの事だった。

 グルさんは鉱山で生活していて、ほとんど姿を見せない。久しぶりに来たかと思うとフーリンさんかダンダイルさんと話をして直ぐに帰ってしまう。

 太郎と会話した内容は凄く短い。


「困っている事は有りませんか?」

「快適過ぎて困っとるよ。」


 と、これだけ。

 鉱物についてはザクザクと掘られているようで、その仕事にエルフ達も参加している。採掘量はある程度制限しているらしく、それよりも鉱山から兵舎までを繋ぐレールを作っていて、大量に鉄を使う事から、殆どがこの建設の資材になっている・・・らしい。

 というのも、太郎は殆どノータッチで、たまに報告を聞くぐらいだからだ。

 太郎の日課は畑仕事が殆どで、その内容は世界樹の苗木の量産、果樹園、カラー達に纏わり付かれた後に、キラービーと少し会話をして、余裕が有れば兎獣人の集落に顔を見せに行く。子育て期間も終わり、最初の頃、ククルとルルクは太郎と一緒に行っていたが、今は二人で集落に行き、自分達よりも年下にいろいろと教えていた。純血では無い事でこの二人には発情期が来ていない。だが、いずれは太郎の子供を産みたいと考えているようで、二人にお願いされた時に太郎は断る自信が無い事も十分にわかっている。

 子供なのに、自分の子供が父親の子供を産みたいと思うのは異常だと思う。という常識が通用しないことも承知しているので、太郎はその日が来ない事を祈っている。

 誰に祈っているのかなんてどうでもいい。


「毎日が平和に過ごせるのが一番だよ。」

「太郎はそれでいいかもしれないけど、私は暇なのよね。」

「マナが暇なのはいつもの事じゃん。」

「太郎さんも暇なら剣術をですねー・・・あ、なんで二人して逃げるんですかー!」


 太郎の剣術の腕はアレ以来上がっていない。むしろ下がっているかもしれない。ただ、世界でも有数の人物と対等に話せるだけの度胸は上がっていて、たまにお忍びでやってくる現魔王のドーゴルとはお茶を飲んで対等に話していた。


「あんまり安定供給すると価値が下がるので困るんですよ。」

「あー、蜂蜜ねぇ・・・ハンハルトにも売るようにしたんでしたっけ?」

「ええ。実はガーデンブルクにも売ろうかと考えています。」

「なるほど、経済力であの国を攻めるという事ですね。」

「なんで、それだけでそこまでの考えに至るのですか?」

「だって、そんな高級蜂蜜なんか取り扱ってたら、あっという間に金が無くなるんじゃないですかね?・・・でもやめた方が良いです。」

「議会でも良い考えだって話でしたが・・・?」

「魔女が金持ちなんであの人が全部買っちゃうと思います。」

「そんなに金持ちなんですか?」

「一人で戦争する資金が有るらしいです。トヒラさんから聞いてませんか?」

「魔女に関する情報は極端に少ないんですよ。」

「あの魔女・・・マチルダの方は聞いたら教えてくれますよ。それに、これは予想ですけどその内あの国から出て行くかも知れませんが。」

「なぜです?」

「たまにここに来るんですよ。」

「え・・・えー?!」


 この会話の後、秘密裏に計画されていた事がすべて中止になったのは太郎の知るところではない。計画に反対していたダンダイルにはあまり権限がなく、止められなかった事がくるっと方向転換して中止に成った事で大いに驚いていたが、この会話の事を知って納得したらしい。

 暫くしていつものようにやって来たダンダイルが、太郎との昼食の際にこの話題を持ち出したのだが・・・。


「太郎君は古代の元老院の様な存在になってもらいたいものだ。」


 そう言って太郎を困らせていた。

 勿論そんなつもりは無いし、そんな結果に成った事も知らなかったので、ドーゴルが来た時にする会話で政治的なことは出来るだけしないようにしようと心に誓うのだった。




 しばらくして急ピッチで建設されたトロッコの駅で除幕式が開催されたが、太郎は遠くから一般人として参加しただけで、貴賓席まで用意されたのをすべて蹴った。


「まー、あいつならそーだろうな。」


 グルさんは納得していて、それを理由に太郎の隣で一緒に眺めていた。結局、貴賓席に座ったのはダンダイルだけで、太郎が座らないという理由で他の者達も断ったのだ。そして同時に、助かったと思っていた。

 あんな意味もない式典に出席する理由は無かったのだが、村の発展を祝うのは権力者や責任者としては当然の行事なのだ。その責任者が逃げているのだから、それ以下の者達が座る訳にはいかない。


「太郎殿は権力に全く興味を示さないな。」

「示していたら今頃ここは魔王国と対等の国になっただろう。」

「1年そこそこでこんなに大きな・・・いや、凝縮された国など見た事は無いし、あれほど優しい国王もいなかっただろうに、残念だ。」


 勝手な事を言っている二人を無視して、太郎は式典が終わる前にこっそりと抜け出し、静かな食堂でエカテリーナと昼食を楽しんでいた。

 式典のおかげで暇になったエカテリーナは久しぶりに二人で食事を楽しむという、望外の幸運を味わっていて、太郎の子供達も自分の仕事で忙しい時に、二人でベッドに潜り込むという事までやっていた。


「出来ちゃいますかね?」


 困るとは言えないし、困らない訳でもない。返答に困っていると、少しむくれてしまったので、更に困ってしまって、逆に笑われてしまった。




 夕食を作る準備を始める前に風呂に入る。この風呂は未だに変わらないが、しばらくしたらこの風呂場ともお別れだ。

 現在、大きく成った子供達の為に部屋を増やした家を建設中で、それが将来の太郎の家となる。これは太郎がお願いして建築を始めたのではなく、子供達が魔王国の建築設計者に頼み込んだことで始まった事だ。

 太郎は子供達が作ると言ったのでいいよと言ってしまったが、まさかここまで大規模になるとは思っていなかった。

 3階建てで30室。広いキッチンルームとバスルーム。トイレは各階に2ヵ所。屋上には水槽を設置して、太郎が水を注ぐと思っていたら、最新式のポンプが設置されていて、マリアが考案した技術がフンダンに使われていた。水道管も露出しないように設計されているおかげで、通路に配管が見えるような事は無いが、その配管の為の裏通路まで作られている。蛇口のレバーを動かせばいつでも水が出るというのは凄い事なのだ。トイレが太郎の注文通りの水洗便座式になっていたのは感動した。感動し過ぎて周りから何をしているのか不思議に思われるくらいだ。

 ただ、風呂場のお湯までは無理なので、そこだけは配管が繋がっているだけで、今も太郎が魔法でお湯を出している。

 1階には専用の勉強部屋が有って、読み書き計算が定期的に授業として行われる。地下室には専用の食材の保管庫や倉庫が作られる。少し広めに設計されているのは、いずれグリフォンがここに棲むだろうと思っていて、世界樹の根元にある倉庫は今や魔王国から運ばれてくる荷物でいつもいっぱいだからだ。別に専用の倉庫も建設が進んでいて、村に必要なありとあらゆる物資が保管されている。特に重要な施設なので、エルフ達が専属で24時間警備を行い、真夜中でも灯りが絶えない。


「凄い豪邸になっちゃったなあ。」

「これでも小さいくらいです。」

「エルフの国だともっと大きい建物に普通に住んでたの?」

「・・・村の責任者としては小さいと思います。」

「・・・じゃあ良いか。」


 太郎は何かを諦めた。


「なんか凄く色々と変わったけどさ、何にも変わってないんだよなあ。」

「村は十分に変わったと思いますが、何か足りないモノでも?」

「・・・この世界に影響は無いよね?」

「ありません。」

「なんか、こう・・・もっとつつましく生活するつもりだったんだけどなあ。」


 気が付けば建築に大量の木材を使った事で、森の一部が綺麗に消失していた。そこには新しく苗木を植えて、森を戻すという事が太郎の手によって行われたが、これはマナの力を借りずに自然に戻るまで待つ事にしている。


「失われた森を戻すのは大変なことだと認識して欲しいんだよ。」


 という太郎の言葉に同意した者は殆どいない。

 そして、太郎は建築資材を作る作業について暫くやらないと明言し、村の発展は停滞する事となる。






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