第184話 見下ろした景色
「この村は何でも揃っているように見えるが、季節感というモノをまるで感じないな。畑は小さいし、どうやってこれだけの頭を支えているのだ・・・?」
ミカエルの感想は他の天使達も同感だった。
「あの魔女の言う事が本当なら、この村は放置した方が宜しいのでは?」
「確かに・・・な。しかし世界樹を復活させたのなら、同じ問題が発生するのではないのか?」
「世界樹を燃やしたのは世界を守る為と言う話でしたが。」
「中庸の存在・・・か。」
手を握った時の感触を思い出す。
それは何かとてつもなく大きなものに包まれていくような不思議な感覚で、恐怖を感じる者もいるだろうが、それ以上に別の何かを感じさせた。
それが何であるのかが分からず、ミカエルは少し苛立ちを覚えた。
「それではまるで神のようではないか・・・。」
それは呟くように小さな声だった為、周りの者には聞こえなかった。
「いまなにか・・・?」
「いや、何でもない。それよりもう少しあの男を見定める必要が有るな。」
「見定めると言いますと?」
「トリソロエルは私と一緒にこい。」
「はい。」
「カネキエルとトトノエルは皆を率いて持ち場に戻ってくれ。」
「了解しました。」
ミカエルは空から鈴木太郎を無言で見詰めた。ここからでは特別な何かを感じるような事が全く無い事が、逆に不安になる。
「魔女の事を気にしているのですか?」
「あの魔女は私と比べればかなり若いが、それでも人としてはかなりの年齢だろう。そういう者の言葉は気にしておく方が良いぞ。例え嘘だとしても、嘘を言う理由が必ずあるのだから。」
「そういうものですか?」
「そういうものだ。」
地上ではナナハルとマリアが空を見上げていた。
「面倒な者が居るの。」
「多分ずっと見てるわねー。」
「何を言ったのじゃ?」
「太郎ちゃんの事を少しねー。」
「ふむ。」
「嘘は言ってないわー。」
「別に疑ってはおらんぞ。それよりも瞬間移動の魔法を教えてはくれぬか?」
「構わないけどー・・・失敗すると周囲を破壊する事になるわー。」
「失敗したんじゃな?」
上を見続けていて疲れたので、首を撫でながら地面に視線を落とす。
「まーねー・・・。」
「周囲を破壊したのじゃな。」
「障壁魔法で守ってなかったら身体がバラバラになったかもねー。」
「・・・自分で実験するのも魔女ならではじゃな。」
「魔法自体はそんなに難しくないわー、ただしとんでもない量のマナが減って、しばらく動けなくなるわねー。」
「お主は何度使えるのじゃ?」
「距離によるわー。」
「・・・近距離で練習しておこうかの。」
「太郎ちゃんみたいに何人も同時に運ぶのは絶対やめた方が良いわー。」
「何故じゃ?」
「失敗すると何処へ飛んで行くか分からないのよねー。他人の身体まで制御して運ぶなんて異常過ぎる魔法よー?」
「確かにそうじゃな。」
「近距離過ぎても駄目だからねー。」
「・・・少し詳しく頼む。」
「見返りは貰うからねー。」
「無論そのつもりじゃ。」
二人は再び空を見上げた。
急ピッチで作業をしている森は、迷いの森と言われているのだが、その中の一ヵ所だけがどう見ても迷いようがないほど開拓されていた。
一軒は扉がちゃんと付いている3階建で、屋上は見張り台になっている。マリアの魔法で兎獣人だけが入れないように結界を張ってもらう予定だ。
風呂場だけは誰でも入れるようにするつもりで、欲情してれば浴場に入る事は無いだろうという、理由の無い太郎の根拠だ。
そのマリアがまだ来ないので待っていたのだが、建物もベッドも十分に整ったところで少しずつ暇になっていた。
「なんなのよー、あいつー。」
マナがブツクサ言いながら怒っている。
可愛さ120%で憎たらしく感じるくらいだけど、今は関係ない。
「なんか凄い睨まれたような・・・。」
「ずーっと太郎を見てるのよ、イヤらしいわねぇ。」
「う、うーーん。」
現場監督のように腕を組んで立っているだけで、何もする事が無くなってしまった太郎が見上げると、もちろん何も見えない。
綺麗な青空が見えるだけだ。
するるっと、周囲に風が流れる。
半透明で上半身だけの姿が目の前に現れる。
「帰るように言いましょうか?」
「別に見られて困るような事をしている訳じゃないんだけどね。あれじゃあ、観察と言うより監視だよ。」
「力でねじ伏せるという手段はお好みじゃありませんよね。」
「必要なら仕方がないけど、天使達って敵じゃないよね?」
「ドラゴンと仲があんまりよくないって・・・噂なら有ったわね。」
「噂なんだ?」
「フーリンもあんまり詳しく知らないみたいだから。」
その名前を聞いて思い出したかのように言う。
「ハーフドラゴンだけど、魔女の子孫で、俺と同じ系統のどこかに居るって事は、フーリンさんって俺の遠い親戚になるんだよね?」
「バカ女の方じゃなくて良かったわね。」
「あー、うん、うーん?」
「太郎様は魔女がお嫌いですか?」
「そんな事ないよ。でも、あの人は好きになれないなぁ。」
「そりゃそうよ、敵だったんだから。」
魔女と戦った経験の有る太郎は、その魔女から敵対視されていた筈なのだが、別の魔女が現れてから、敵対関係は無くなったようにも感じる。その魔女に仕えているあの男は少し違うが。
「太郎殿、完成間近になりましたがどうしますか?」
オリビアがキリッとした表情でそばに立っていたのに気が付かなかった。
「え、あ、うん。じゃあ・・・連れてこよっか。」
「始めますか?」
「頼むよ。」
魔法自体は太郎が使う訳では無く、シルバによるものだが、その魔法を使う為のマナは太郎から使用される。
瞬間移動する前に確認してからダンダイルに挨拶をし、兎獣人達を連れて再び魔法で移動する。本当は太郎とシルバだけいれば用は足りるのだが、頭にしがみ付いていたマナも一緒に移動した。
「本当に太郎殿は凄いな。」
一分も経過しないうちに、目の前には兎獣人達がきょとんとした顔で周囲からの視線を浴びている。突然の美女軍団に男どもの視線は釘付けだ。
「男には辛い光景だな。」
オリビアの視線がきつい。
兵士達が慌てて太郎の前に整列して、敬礼する。
「それでは我々は失礼します。」
「ごくろーさん!」
言ったのはマナだ。
太郎は何も言っていない。
列を乱すことなく、兵士達は去っていく。
エルフ達も男は解散し、女性はオリビアの周囲に集まった。
「3人ほど残して暫く此処で生活させます。」
「男は役に立たないもんね。」
「俺も役に立たないから、すみませんが頼みます。」
「うむ、任せてくれ。」
太郎の周りに集まって来た兎獣人達が、じーっと見詰めている。
『どれでも好きな家でいいよ?』
『・・・。』
『私でしょうかね?』
『シルバさまー・・・。』
子供を抱いている者もシルバに向かって頭を下げている。
信仰心は健在のようだ。
「なんか・・・仕方が無いですけども。」
「いいんじゃない?」
「いいんですかね?」
「おれだってシルバが居なかったら出来なかったんだから、それで良いんだよ。」
「そんなものですか?」
「そんなものだよ。」
家はどれも同じで、ドアは無いが、視界を遮るように垂れ幕は張ってあるし、中に入ると意外にも温かい。妊娠している者は、中に入ると直ぐにベッドで横になり、子供を抱えている者は、ベッドの上で子供に母乳を与えている。
「風呂にも入ってもらいたいんだけど、入ってくれるかな?」
「言えば入るんじゃないの?」
「後で試してみよう。」
マリアがナナハルと一緒に歩いてやってきた。
歩いて森の中を移動したのは、ミカエルの視線が気になるからだ。
「太郎ちゃん、そろそろ結界はっちゃうけど、どうするー?」
「うん、やっちゃって。」
マリアが何やら空中に魔法陣を指で書いている。
下書きをなぞるように正確に動く指の先から、光の線が発生していて、ナナハルが真剣な表情で眺めていた。
「流石は魔女ねぇ。」
「魔法陣って・・・あーやって書くものなんだ?」
「普通に紙や木板、壁とかにも有るけど、空中に書くのはかなり高度だったはず。」
「そうじゃ、あれほど見事な魔法陣はなかなか見れないのじゃ。」
「そーなんだ。」
気が付いたらスーとエカテリーナも見ていた。こちらは珍しいモノを見ているような感動した視線だ。
きっと夜に見たら輝いて綺麗なんだろうと思う。
「これで周囲の人には森のように見えるわー。」
「普通に家が見えるけど?」
「もう少し離れて見てねー。」
言われた通りに森の中の集落から少し離れてから振り返ってみる。
「あれ・・・森に見える。」
「人の姿も見えないでしょー?」
「うん・・・凄いなあ・・・。」
「私には効果が無いみたいだけど?」
「えー、なんでー?」
「マナはそのままに見えるの?」
「さぁ・・・私の見え方が普通の人と違うんじゃないかな?」
「ちょっとごめんねー?」
マリアが太郎の頭の上に座っているマナに何かをしたいようなので、太郎がしゃがんで姿勢を下げる。
「変な事しないでよ?」
「しないわー・・・魔法学的興味なだけだからー。」
マリアがマナの顔を撫でまわすように触っている。
「なるほどねー。」
「わかるの?」
「何も解らないことが分かったわー。」
「なによ、それ。」
「研究や勉強は、わからない事からはじまるのよー?」
「それは、そう。」
「でも私を研究する意味有るの?」
「世界樹が育つ事に効果が有るなら良いんじゃないかな。」
「役に立つの?」
「さぁー?」
いつまでも森の中から戻ってこない三人に、ナナハルが結界の中から出てきた。なにも無い所から突然現れてきたように見えるから、ちょっと怖い。
「何をしておるのじゃ?」
「結界の効果がねー。」
簡単に説明すると、どういう理由か分らない驚き方をした。
「マナの塊の様な存在なのじゃから、不思議な事の方が普通ではないのか。」
「あー、そういう考え方も有るわねー。」
「そんな事より早く戻らないか?あの視線が気になるのじゃ。」
太郎が空を見上げると、やっぱり何も見えない。
「一旦、家に行こう。」
太郎が歩き出せば二人は付いてくる。
マナは太郎の頭に座りながら、纏わり付くような視線に少しイライラしていた。




