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第178話 ウルクの人生 (1)

 よろよろとしているウルクは疲労が溜まっている様子だったので、客室のベッドに寝かせる。付いて来たのは子供二人と、マナとうどんとマリアだ。


「それ・・・本当なの?」


 太郎はウルクの言葉を聞いて愕然としている。子供達は二人して母親の手を握って離さないし、今にも泣きだしそうだ。

 

「元々そういう種族なのよ。」

「そうだけど、なんか急に言われると辛いな。」


 苦しそうな表情もなく、いつの間にかウルクは寝息をたてている。


「予兆とか無いのか?」

「本人曰く、結構前からあったらしいわよ。でも、見た目はぜんぜん変わらないからねぇ。」

「髪の毛が白髪に成るとか、肌がしわに成るとか、老化するとかの前に・・・。」

「蜂蜜を毎日食べていたから長生きできたらしいのよね。」

「あ、あー、なる・・・ほど。」


 キラービーの蜂蜜には美容効果が有る。というか、ほぼ大抵のマイナスをプラスに変えてしまう力がある。それを毎日食べていたのだから、老衰で明日死ぬ筈だった者が数年は生き長らえるという事もあり得るだろう。


「ママ・・・どうなっちゃうの?」


 子供が太郎に問い掛ける。

 病気ではない。

 見た目は若い。

 だが寿命は極端に短い種族だ。

 ウルクの寝ている姿は普段と何ら変わらない。

 もしかしたらこのまま起きない可能性も有るのだと、マリアが子供に聞こえないようにこっそり教えてくれた。

 現実が待ってくれる事は無く、ウルク自身は知っていて黙っていたから、気が付いたら道端で死んでいてもおかしくなかったのだ。


「・・・あ。」


 開いた目は、最初に太郎に向けられた。


「大丈夫?」


 その言葉に反応して、凄く嬉しそうにな表情で涙を流した。


『私の村ではこんなふうに看取ってもらえるなんて事は無かったです。』

『ずっといてあげるよ。』

『そうですか。もう知ってるんですね。』

『うん。』


 二人にしか分からない言葉で会話している。

 子供達は少しだけ解るが、ワルジャウ語を使う方が多いので、殆ど覚えていないだろう。


『もっと子供達が大きく成るまで見ていたかったです。』

『長生きしたいのなら、何らかの方法が無いか探すよ。』

『私の為にそんな事は言わなくて良いのです。』


 視線だけを子供に向け、左手を握られているので右手で子供の頭を順に撫でる。


『私がこの村に来ることを決めたのは太郎様に会いたかったのも有りますが、実はもう一つあるんです。』

『なに?』

『あの村を守る方法です。』

『村を守るって、あの村は危ないの?』

『兎獣人が純血を保っていられるのは排他的だからです。そうでなければ私のように発情して、どんな男かもわからない子供を産み続けます。』


 太郎もその一人なので何も言えない。


『ですが、私の子供は生まれた時から少し違いました。』

『なんか困った事でも?』

『なんて言うか、頭が良すぎるんです。正直、兎獣人は知能があまり高くありません。男の方が少し優れていますが、その程度です。女は常に男を楽しませる為に育ちます。寿命が短いのでそう言う事だというのは、最近教えて貰いました。』


 さて、教えたのは誰だろう?


『言葉はすぐ覚えました。子供達はよく遊びました。もうそれだけで違います。』

『産まれてすぐから違うって事は、ハーフだからじゃないの?』

『もちろんそれも有ると思いますけど、村から出た事が無かったので他の兎獣人達がどうやって育っているのかは知りません。聞いた話では、発情時期が極端に短くなったり、他の獣人と同じような成長をするようですが。』


 もぞもぞと動き出し、起き上がりたそうにしていたので太郎が補助をする。


『最近、凄く心配になっているんです。』

『あの村の事が?』

『はい。』

『あの村に男が行くと問題が起きない?』

『太郎様なら力で剥がせば良いと思います。』


 なんか凄い言い方だけど実際そうなんだろう。

 子供が抱き付き、母親らしい笑顔を向ける。


『あの村に帰りたいのです。そしてあの村に埋めてください。』


 太郎は力無く頷いた。




 望郷の念と言うのは誰にも有るモノで、太郎も日本に居た頃の夢を見ると、少し帰りたくなる。この世界に来た最初の頃はマナに甘えていたが、今は子供達が居るおかげで、だいぶ和らいでいる。いわゆる第二の故郷が太郎の中で形成されているからだ。


「ちゃんと説明しなさいよ。」

「あの言語を普通に喋る人を初めて見たわー。」

「あー、うん。簡単に言うと、村に帰りたいって。」

「行くの?」

「見捨てる事が出来ると思う?」

「無理ね。」


 それが太郎である所以なのだ。


「あの二人は帰った?」

「どうせまた来るのよねー。」

「面倒な事が起きないようにして欲しいんだけどなあ。」

「引っ越してくる可能性も有るけどねー。」


 勘弁願いたいものだ。


「まあ、次は今回みたいにはならないとは思うけど。」


 太郎との会話の後のウルクは、子供達と寝ている。

 温かくてフカフカの母親は、甘えてくる事を拒んだ事は無い。

 少し悩んでいるといつも通りにうどんが胸を押し付けてくる。

 しかし、太郎は珍しく拒否しないで受け入れていた。


「太郎?」

「よし、ウルク達が起きたら直ぐ出発できるように準備するか。」


 うどんを力で引き離し、その豊満な身体を椅子に押し付ける。


「私も行っていいかしらー?」

「私も当然付いてくけど。」

「マナは良いけどマリアは自力で飛んでね?」

「えー、一緒に運んでー。」

「スーとポチも連れて行く予定は無いから。」

「あら、珍しいわね?」

「ウルクの事だから、出来る限り俺の責任で終わらせてあげたいんだ。」

「あー、そういう事情ならお邪魔になるわねー。」

「何で付いて来たかったの?」

「どうやって行くのかなーって。」

「飛んで行くよ。」

「・・・太郎ちゃんなら可能なのねー。」

「いや、可能な限り早く移動するつもりだから。」


 マナとマリアが不思議そうに太郎を見ると、二人の目の前にスルっと現れる。


「事情は分かりました。」

「見てたの?」

「はい。」

「じゃあ移動はシルバに頼んでいいよね?」

「お任せください。」

「精霊を顎で使う人も初めて見たわぁ。」


 びっくりし過ぎて変な声が出たマリアだった。




 ダンダイルとフーリンに事情を話し、暫く不在にする事を告げる。スーとポチは何となく納得していなかったが「今度ハンハルトに行くときには連れて行く。」という固い約束をして引き下がった。

 太郎がハンハルトに行く予定が有るという事に驚いたが、その内容についてはまだ明かされていない。

 世界樹がらみだろうという予測は付くが。


「太郎殿はどうやって移動するのです?」


 不思議に思ったトヒラが素直に質問すると真っ直ぐの回答を得た。


「飛んで行く。」


 準備を終えた太郎達の見送りに立ったのはナナハルと子供達。もちろんスーとポチもグリフォンも居るが、今回は太郎とウルクの問題なのだ。

 そういう理由を察してか、ダンダイルとフーリンは見送りに来ていない。トヒラとカールも見ているだけで、何かする事は無い。

 オリビアはその移動方法に興味を示していたが、理由を知れば引き下がる。


「じゃあちょっと留守にするね。」


 慌ててやってきたエカテリーナが大きく手を振って、子供達も真似をした。


「いってらっしゃいませー!」


 振り返した太郎達の身体が宙に浮くと、一瞬にして消えた。


「もういないんですけどー・・・。」


 残されて者達は暫く太郎の姿が有った場所を意味もなく眺めていた。


 

 


 「こんなに寂れてたっけ・・・?」


 陽は傾き、辺りはぼんやりと暗くなり始めている。文明というモノがまるで存在していない村に街灯なんて有る筈もない。畑は荒れ果てていて、僅かに残ったマンドラゴラは萎れている。

 太郎は有る事に気が付いて呼び出す。


「シルバ?」

「・・・はい。」

「この村から信仰を貰っていたんじゃないのか?」


 マナが太郎の口調に吃驚する。

 明らかに怒っているのだ。


「貰ってはいますが・・・村の荒廃についてまで何かをする訳では無いです。」

「知ってはいたんだろ?」

「知りませんでした。」

「知らなかった?」

「・・・調べて参りますので少々お待ちください。」


 シルバの口調も堅い。

 ウルクとその子供達も、生まれ故郷を楽しむ雰囲気に無い。

 何しろ人の気配すらしないのだ。


「太郎、怒るのは分かるけど、シルバは多分、何も知らないと思うわよ。」

「知っていて黙っていたとしても、本当に知らなかったとしても、俺達が行く事は事前に知っていたんだから、シルバなら行き先について調べるだろ。それに、シルバはここに居たんだぞ。ここで信仰を貰って細々と存在していたのに、知らぬ存ぜぬなんて許せないからね。」


 スッと太郎の前に現れたシルバの表情に無機質を感じた。

 何か問い掛ける前にシルバが説明を始める。


「この村は数日前に襲われたようです。まだ野盗が近くに残っていて、誰も住んでいない元のエルフの村を目指しているようです。」

「あそこってまだクルミがぽろぽろ落ちてたわよね?」

「野盗たちは奇跡のクルミと呼んでいるみたいです。」

「と、言う事はそのまま放棄してエルフ達は来たって事か。」

「壊す必要も無いもんね。」

「この村で生き残っている人は・・・。」


 周囲には壊れた家のようなテントのような、ボロボロの建物とも言えないようなものがある。兎獣人の姿はない。


「野盗に連れてかれてます。奴隷目的に使われるのは間違いないでしょう。」

「男も?」

「男は一人も残っていません・・・。」


 子供達が母親の悲しさを感じ取って泣き出した。大きな声で泣くので周囲に響き渡り、立っているのもやっとの状態で二人を抱きしめる。こんな悲しい事が待っていたなんて、予想できるはずもなかったウルクも涙を流した。


「どうするの、出直す?」

「・・・野党は何人くらい?」

「83名と、捕まっているのが22名で、その全員が妊娠しています。」


 マナが太郎の耳を引っ張った。

 痛くはない。


「・・・ちょっと、太郎だけで何とかするつもりじゃないわよね?」

「野盗ってどんな奴?」

「元ワンゴの手下だった者達です。」


 ボスであるワンゴが脱獄した情報はまだ広範囲に流れていないだろうから、手下たちも知らず、勝手にやっているという事だろう。


「俺達を運んだように兎獣人だけをここに連れてくることは出来る?」

「出来ます。」


 太郎は兎獣人全員を保護して連れて帰ろうかと考えたが、そんな事をしたら大変な事になってしまう。保護するにも覚悟が必要で、敵の野盗も数が多い。今ここで全てを解決する事は不可能ではないだろうが、助ける以上は今後の事も考えなければならない。

 太郎は悩んだ。

 一時の感情に任せて、強引に解決させることは不可能じゃないと思えるのも、太郎は少し自分が強くなっているのを自覚しているからだろう。

 勿論、戦わなくて済むのならそうしたいところだが。


「もう少し情報が必要だな。」


 それは考える時間も欲しいという事で、いきなりの事に太郎も戸惑っている。

 ウルクにとっては仲間が一人もいない事の寂しさや悲しさが爆発していて、その場から動けずにいる。

 こんな姿を見たら何とかしてやりたくなるのが人情なのだが、異世界育ちの太郎は、そう思うような事件を見たとしても自分で何かをする必要が全く無く、誰かがどこかでいつの間にか解決に向けて奔走しているのだ。

 警察、NPO、保護団体、何らかの組織が活動している世界に、太郎は不要だ。

 だが、今は違う。

 太郎が助けなければ兎獣人は全員が奴隷となってしまう。

 決断を迫られる太郎に時間は無かった。






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