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第176話 輝く原石

 息の詰まった話し合いから数分後、休憩となった事でマチルダとグレッグが食堂を出た。当然だが、まだ帰る予定はない。

九尾の子供達が来客を物珍しそうに見ているが、魔女と勇者と言うコンビに、母親が近づけさせようとはしない。


「どう?」

「え、は、なんでしょう?」


 グレッグは周囲の状況に気が付かず、何かを考えているようだった。


「アナタと手合わせしたい者達がいるわよ。」

「勇者だと知っているのにヤッてみたいと思うバカな連中さ。」


 発言者のピュールの他に、スーとカールがグレッグを睨むように見ている。


「俺はあの男とならやりたいんですけど。」

「相手にその気が無いから無理ね。」


 グレッグが溜息を吐いたのは、どの意味を込めてのモノなのか、流石の魔女も解らない。


「太郎さんは剣より鍬の方が興味が有るようなんですよー。」

「もったいないとは思うけどな。」

「本当に勇者だというのなら、私も手合わせ願いたい。」


 珍しくやる気を見せるのはオリビアで、銀髪の志士としての実力は魔女も知るところである。


「そうね、グレッグの相手に相応しそう。」


 スー、カール、オリビアの三人を並べた時に、一番相応しいと感じた理由は、一番弱いからである。スーもカールも剣の修業は常に続けているが、オリビアは他に忙しく、あまり剣に触れていない。


「我も相手してもらいたいぞ。」

「グリフォンね・・・流石に最後にしてもらえるかしら?」

「どうせ死なないのだろ?」

「そうなのだけど、何事にも手順というモノが有るわ。」

「なんか、みんな意欲的だなあ・・・。」


 他人事ひとごとの様に太郎は言っているが、みんなが最終目標としているのは太郎なのであって、それ以外は前座に過ぎない。本命と過不足なく戦える程度は強くなりたいのだ。

 のしのしと、地面を踏みしめるのに力を込めてやってきたポチも、気合は十分だ。


「グリフォンとケルベロスの相手は無理そうね。」

「どういう意味だ?」

「アナタたち噛むでしょう?」

「当り前だ。」

「そういう戦い方は教えていないのよ。魔物退治にしてもケルベロスなんていなかったし。」

「・・・相手にならないという意味か。」

「そうなるわね。」


 あまりにもはっきりと言われてしまうと、ポチは飲み込まざるを得ない。だが諦めたわけではなく、何時でも狙っているという態度を見せ付けている。それはこの村にとっての客ではなく異分子なのだから。


「やるのは構わないけど畑を壊さないでね。」

「太郎さんはどうするんですー?」

「子供達と見学する。」


 戦闘訓練用の武舞台は兵士宿舎の方に作られているので、そちらへ移動する事になったのだが、何故か戦わない者達も沢山集まってきて、珍しく兵士宿舎に兵士以外の者達で賑わい始めていた。


「まるでお祭りだな。」

「そうですね・・・って、グルさん。」

「なんか久しぶりに穴から出てみたら、何の騒ぎだ。」

「勇者と手合わせするっていうんで、野次馬が集まっているんです。」

「おめーは・・・まぁ、言うだけ無駄か。」


 何かの言葉を飲み込んで、本来言うべき言葉を吐き出す。


「ここで話して良いか分からんから、こっちへ来てくれ。」


 ダンダイルとトヒラの姿を見付けると、視線を送っただけで気が付いた二人が太郎達に近寄る。


「ダンダイル様にも聞いてもらいたい。」

「そうか、トヒラはちゃんと見ておけ。」

「わかりました。」


 一つ敬礼をしてトヒラは武舞台の方へ向かい、残った三人は兵舎の方の食堂に入った。来客用の談話室が作られていないのでここしかないのだ。

 外は騒がしいが、中はそれなりに静かで、テーブルに付くと給仕がコーヒーを運んでくる。


「で、どうですか?」

「快適過ぎて何も言う事は無い。病気も無ければ事故もない、報告するのは採掘量くらいで、こんな鉱山は初めてだ。」

「なら、兵士達を増やそうか?」

「ベテランよりも半人前を連れてきてここで働かせた方が良いと思いますよ。」


 それは安全性がはっきりとしていて、本来は過酷である筈の鉱山労働が、休暇バカンスの様にのんびりとしているので、サボる者が増えてきて困っているという事だ。


「採掘ペースに問題は有りません。無理して掘らないようにも言っているので。」

「ダリスで働かせた方が良いという事だな。」

「はい。」

「サボるとはどういうことだ?」

「すぐ風呂に入りたがってなかなか出てこないんです。」

「そういえばお湯が流れてたね。」

「水のある洞窟なので生活環境も最低限と言いたいところなんですが、良すぎて困ってます。それで、ココから本題なのですが・・・。」


 声が細くなる。


「補強する為の素材が必要なんですが、俺からじゃ言い辛くて。」

「補強に使った石ならこの土地から剥がした奴でもいいでしょ?」

「形を整えてもらわないとならねーんだ。」


 黒ずんだ硬い土をまともに加工できるのは太郎だけである。

 そしてその石は街道の補強に使われていて、実際問題としてはもっと剥がさないと不足気味になっていた。


「地面に使うには形に合わせれば良いが壁の補強に使うとなれば加工は必要か。」

「そうなんです。」


 太郎やフーリンに頼むとなれば、太郎の場合はまだ言えるがフーリン相手に言えるはずがない。そこで相談しに来たのだ。


「採掘量のペースは減らしても構わない。補強用の石に関してはフーリン様だからなあ・・・。」


 流石の元魔王でも言い難い内容である。


「石が欲しいから土を焼いてって言うだけなのに、相手が相手だから。」

「おめーなら言えるだろ。」

「あ、うん。言ってみるよ。」

「他に報告は有るかね?」

「・・・兵士達で食事が不味くなったとブツクサいってるやつらがいるんだが、アレはどーゆ―ことだ?」


 言葉使いが違うという事は、話す相手が違うからだ。


「提供元がエカテリーナじゃなくなったからじゃないかな。」

「なんだ、そーゆーことか。じゃあそれはそのままでいい、あいつらは贅沢言い過ぎだ。」

「私が中に入ろう。」

「え、良いんですかい?」

「構わない。兵士達のやる気にも関わってくるのなら私が行くのが一番だろう。それにしても補強が必要という事は掘り進んでいるのだな。」

「蟻の巣のように掘っているつもりですが、なにぶん土の中なんで方向性を見失う事も有ります。」

「下に掘ってるって事?」

「正確には真下掘りじゃなく螺旋状に下へ掘っている。そして途中から横に掘り進むって訳だ。」

「ブランチマイニングみたいだな。」

「おめーは変な事言うな。」

「変ですか?」

「そこまで丁寧に掘らなくても湧くように出てくるからな。今は次に掘る場所を作っているところだ。」

「なるほど。」

「最初にしっかりと固めておかないと崩落するからな。」


 急に外が騒がしくなった。

 誰かが戦い始めたという事だろう。


「おめー、アレが見たいんだろ?」

「わかります?」

「後の事は俺とダンダイル様がやるから、おめーはいってこい。」


 サラッとダンダイルを巻き込んでおいて、太郎を自由にさせるのはグルさんの良いところかもしれない。


「じゃあお言葉に甘えますね。」

「おう、また蜂蜜持ってきてくれよ。」


 要求を忘れないのも流石だ。


「わかりました。」




 武舞台では剣と剣の衝撃音が響き渡る。

 太郎は武舞台を見上げている一団に近づくと、歓声が響き渡った。


「あー・・・やっぱり無理か。」

「遊ばれてましたねー。」


 武舞台にはグレッグが立っていて、挑戦者の兵士が仰向けに倒れていた。太郎も見覚えのある兵士で、魔物退治では活躍していた力自慢の男だ。


「魔物と人では違いますからー。」


 仲間の兵士に助けられながら武舞台を降りると、待っていたマチルダが回復魔法で怪我を治す。マリアも使えるようだが、この世界では回復魔法を使える人が貴重で、それが魔女で、二人もいるので、無茶する者が出ないか心配である。


「無茶をさせる以前に、兵士の弱さが露呈する方が怖いな。」

「ここに居る兵士って半数は熟練兵ですよね?」

「もちろんだ。だが殆どが対人経験はない。一応鍛えては有るが魔物に対抗する事が前提なんでな。」

「よーし、あの鼻を叩き折ってきますかー!」

「スーが行くの?」

「太郎さん、見ててくださいねー。」


 舞台に上がる前に模擬戦闘用の木剣を受け取り、階段に足を乗せたかと思うと、思いっきりジャンプして、空中でくるっと二回転ほどしてから着地する。

 立ち上がって剣を横に振ると、たっぷりの胸が揺れる。


「いいぞー!」

「やっちまえー!」


 誰に対して声援を送っているのか、丸分かりで、グレッグが呆れるほどである。


「ドラゴンなんかよりも勝ち目は有りますから・・・ねっ!」


 舌なめずりするスーは久しぶりに見る。


「一介の冒険者に負けるつもりはない。」


 グレッグの言葉に太郎は疑問を覚える。


「俺も一介の冒険者なんだけど・・・。」

「それは違うだろ。」


 カールがあっさりと否定して、太郎は返事に困窮した。

 歓声が静まると、舞台に立つ二人に注目が集まる。子供達も、大人達も、どちらが強いか予想がつかない。それは、グレッグの剣術レベルが不明だからで、スーの強さは兵士達にもエルフ達にも周知の事実だ。


「勝てそうに見えるんだけどなあ。」

「だよねー。」

「魔力もあんまり感じないし・・・。」

「あ、でも勇者なんだっけ?」

「なんか強そうだよね。」


 子供達の会話を聞いていると、スーには勝てるような雰囲気だ。

 それを聞いていた母親が窘める。


「おぬしら、よく見ておけよ。」


「「「はーーーい!」」」


 返事は凄く良い。

 重い鉄の鍋を叩いた音が響くと、それが戦闘開始の合図となり、対峙している二人は剣を構えた。

 響き渡る鈍い音は、剣と剣がぶつかる音で、余裕が有るのか無いのか分からないが、スーもグレッグもまだ表情に笑みが有る。


「ここから見てると分かり難いが、払いと突きのタイミングが良いの。」

「うーん、分からん。」


 スーの攻撃は素早さを活かした連続攻撃だが、全て防がれている。勝敗は、剣を落とすか場外に落とされるかで、いくら身体に攻撃が当たっても、耐えられるのなら問題はない。


「降参するのもアリだよね?」

「もちろんじゃが、剣士としての誇りが有るのなら降参など言う訳がない。」

「あー、誇りかぁ・・・。」


 圧し続けるスーの攻撃は、ことごとく防がれていて、回り込んでも、フェイントをかけても、グレッグは冷静だ。


「太郎は奴を倒したんじゃろ?」

「ま、まぁ・・・仲間がいたからね。」

「太郎君はどっちが強いと思う?」


 フーリンはピュールの頭に手を乗せたまま舞台を見詰めている。


「スピードはスーの方が勝っているように見えるんですけど、技術はグレッグの方が上みたいですね。」

「あいつはまだ手を抜いてるぞ。」

「そうなんだ?」

「周りの歓声がうるさいから少し長引かせているだけで、初撃で終わっていた筈だ。」

「そんなに差が有るんだ?」

「実戦と試合は違うのよ。明らかに試合慣れしてるわ。」

「スーの方が実戦に慣れていると?」

「殺すつもりなら・・・。」


 太郎はスーが不利には見えないが、確かに攻め手を失って困っている雰囲気が見える。グレッグが動きを変化させたような感じを見て、思わず叫んだ。


「スー!」


 スーは攻め手を止めて引いた。声が届いた時に一度だけ太郎を見て、その目に何かを感じ取っていた。


「・・・今のなに?」

「強く言っただけなんだけど、強敵と戦った時の気持ちを取り戻してくれれば。」

「俺と戦った時はもっと果敢に攻めてきてたな。」

「そうそう、なんか必死さがね。」

「死ぬかもしれないと思えば少しは違うだろうな。」


 剣を握り直して、グレッグを睨み付ける。相手は世界樹の敵で、仲良くしている今の状況が不思議でならない。考えれば考えるほど腹が立つのが正直な気持ちだ。しかし、それをはねのけるだけの実力が無ければ何も言えない。弱肉強食が常の世界で生きてきたのだから、それがスーの常識なのだ。

 だから勝ちたい。

 あの男に勝てない悔しさも、この男に手も足も出ない悔しさも、スーにとって同じだから。


「あ、あれは・・・。」


 スーは足を小刻みに足踏みし、左右に揺れるように動き出した。正面から見たグレッグには、一瞬だけスーがブレて見えたが、本当に一瞬だけだった。

 それはスーが見様見真似でやっただけで、体得した技ではなかった事が原因だが、攻撃をすると見せかけた動きそのものがフェイントだったのだ。


 避け切れずに受け止めたグレッグの木剣が激突し、その衝撃に耐えられず折れたが、試合は続行している。

 外野から木剣が投げ込まれると、グレッグが受け取るまでスーは待っている。

 拾って構え直すと同時に、スーは容赦なく攻め込んだ。受け止めてはまた折れてしまうので払い除けているが、手数が多く、避けるのも受けるのも限界を迎えた。グレッグの表情に焦りは無く、瞬間、笑みが見えた。


「もう限界ね。」

「じゃのう。」


 どちらの事か訊ねる前に勝敗は決した。

 防戦一方だったグレッグは、常に反撃のチャンスを見逃していただけで、何回も有ったと言う。木剣が折れるのは想定外だし、それだけ激しい攻撃だった事の証明だが、折れただけでしっかり防いでいるのだから、その時点でグレックの技量が上なのは証明されていた。本来ならそのまま攻撃が当たっていた筈なのだから。


「うぎゃううんんっ!!」


 スーの変な悲鳴が聞こえた。

 グレッグの木剣がスーの腹をえぐるように突き刺さり、そのまま吹き飛ばされて場外に落ちたのだ。

 直ぐにマリアが治療して、スーはむくっと起き上がったが、表情を酷く歪ませていて、今にも泣きそうだ。

 もちろん、泣いたりはしない。

 ぐっと抑え込んで、抑え切れない力で木剣を折った。

 太郎が肩を叩くと抱き付いて来たので、周りの兵士達に羨ましそうな目で見られてしまった。


「もう少しだったね。」

「・・・そんな事ないです。ずっと遊ばれていたのは分かってました。その程度は分かってますから。」

「・・・。」

「試合中に太郎さんの声で少し取り戻せたんですけど、どうも駄目なんですよねー。」

「スーちゃんは格上だとダメね。」

「フーリン様に鍛えてもらった時からそうなんですよー。」

「強い相手に極端に弱くなってしまう癖が付いちゃったのよね。太郎君みたいに成れとは言わないけど、もう少し無茶でもいいかもしれないわね。」


 再び歓声が上がる。

 今度は他の者が挑戦するようだが、相手はグレッグではない。スーに勝った後に異常な疲労感を感じて辞退したのだ。


「スーちゃんはまだまだ磨けば光る素質を持っているから。」

「そーなんですかー?」

「磨けば光る原石って事じゃな。」

「スーは結構強いと思うけど、まだまだ強くなるって事なんだ・・・。」

「太郎さんが一番強いじゃないですかー・・・。」

「えー・・・。」


 何となく納得できない太郎を見てスーはくすくすと笑った。






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