第175話 大集結の結論
フーリンに腕を掴まれて、委縮するピュール。
落ち込んでいるグリフォンを宥めるナナハル。
ダンダイルとカールが食堂の出入口付近に立ち、うどんとエカテリーナが厨房で作業をしていて、マチルダとマリアは椅子に座ったまま、その後ろにグレッグが立つ。
太郎とマナが魔女達の正面に座っていて、スーとポチが太郎の傍に立つ。
少し遅れてやってきたオリビアが息を切らして周囲を見渡す。
「なんでこんなに集まっているのだ・・・?」
「さーてね。」
「世界樹様が集めたのですか?」
「私の知名度と言うより、太郎の所為だと思うけどね。」
「太郎殿の・・・。」
「これだけ集まると、何か企んでると思われても仕方ないのう。」
厨房から出てきたうどんとエカテリーナが何かの飲み物を配っていて、ホンノリ温かい。兵士達は別の食堂に居るが、エルフ達はこの食堂を利用する者が多いので、この異様な光景の所為で食欲が減退している。
食べ残しをするとエカテリーナがとても悲しい表情をするで、最後の一粒まで綺麗に食べるのが慣例と成っていた。
しかし、この状況では食べるのに苦労しているようだ。
「お婆様の隣に居るの・・・見覚えが有るような?」
フーリンが朧げな記憶を捜索しながら、受け取った飲み物に口を付ける。
「・・・不思議な味ね?」
「口に合いませんでしたか?」
「これ、私が研究で使った葉っぱの余りねー。」
「はい、世界樹様の葉っぱです。」
驚いて吹き零しそうになった者が数名。
その貴重な飲み物を口から零さまいと慌てて口を手で塞ぐ。
「そんな研究してたんだね。」
「太郎ちゃんが持って来たモノの余りでも有るのよー。」
マチルダが、血は繋がらないが姉さんと呼ぶ相手をジッと見詰めた。
「・・・ずいぶん親しい呼び方ですね。」
「可能なら呼び方だけじゃなくて、もっと親密になりたいのだけどねー。」
俺を見てにっこりと微笑むのやめてもらえませんか。
スーにお尻を抓られて、マナに頭をペシペシと叩かれるんですよ。
「あー、世界樹の葉を研究した時に一緒だったマチルダね?!」
貴重な飲み物を惜しげもなく飲み干してからマチルダは応えた。
「・・・そうよ。」
グレッグは上官がマチルダと呼ばれる事に違和感が有る。周囲の状況から、まず間違いなく魔女であり、自分の上司として、憧れの存在として見ていた女性の秘密を知ってから、少なからず困惑している。しかしながら、部下と言う立場を考慮すれば、違和感など無視できる。
無視できるはずだった・・・。
「魔女が二人とは・・・。」
「元魔王としては恐ろしいかしらねー?」
「からかわんで下さい。ここに居るだけでも緊張しているというのに。」
「その飲物を飲むと良いわよー。」
言われてから飲むと、明らかにダンダイルは平静を取り戻したように見える。
「凄いでしょー?」
「凄く落ち着きますな。」
「ただのお茶よりも少し味が薄くて、苦みが少なく、うっすらと甘みを感じる。これには特別な効果が?」
オリビアが詳しく論評してから問うと、マリアはくすっと笑う。
「ただのお茶よ。何の効果もないわ。」
「全く無い訳じゃいとも思うけど。」
マリアが付け加える。
「僅かだけどマナの含有量が多いわ。飲み続ければ差が出るとは思うけど・・・。」
「それなら葉っぱをそのまま食べた方が効果有るんじゃないの?」
「世界樹様の言う通りねー。」
「貴重なだけか。」
「葉っぱの無駄使いともいうわー。」
「で、それだけの為にこれだけの人を集めたの?」
太郎の問いは周囲に緊張を走らせる。
太郎自身は面倒な事が起きる前に解散して欲しいという気持ちが有るだけなのだが。
「自然に集まったと言う方が正しいわね。」
「特にピュールなんか何の関係も無いのに来てるじゃない。」
ピュールはフーリンの横に立たされていて、カップを両手で抱えたまま微動だにしない。恐くて動けないのだ。
これなら、鳥達と一緒にどこかへ雲隠れしたナナハルの妹の方が賢いとも思える。
「何か有る訳でもないのに、これだけの大物が集まるとは恐ろしいですねー。」
スーの感想は一般の冒険者の意見だ。
そして太郎も同意見だ。
「元魔王と魔女二人に勇者ってだけでもおかしいのに、更にドラゴンが二人、グリフォンに九尾に、その子供達・・・。」
「太郎とうどんと私もいるよ!」
「俺も含めるの?」
「とーぜんですねー。」
当然なんだ。
「ケルベロスは従順だし、キラービーも懐いてるし、アナタがおかしすぎるのよ。」
「んー・・・久しぶりだけど呼んだら来るかな?」
するするー・・・ぽん!
「お呼びですか?」
「呼ぶ前に来るんだね。」
「異常なほどのマナが集まっていたので監視してました。」
「誰が一番異常なの?」
「もちろん太郎様です。」
一同の視線が集まる。
「シルヴァニード・・・。」
「太郎ちゃんに従属してるって事なのねー・・・。」
「これだけ集まっていても太郎様が一番なのは変わりませんから。」
「やはり太郎殿だな。」
俺、何かしちゃいま・・・?
そんな事ないよな。
「・・・俺、何にもしてないよ?」
「何もしていないのに影響力だけは凄いんだから、私の存在が霞むのよね。」
「だからこそ、この結果なんだろう。」
ダンダイルは額から流れ落ちる汗をぬぐう余裕も無いくらいに緊張している。汗が出るほど暑い環境でもないのだが。
「集まったのに、何かするワケでもないんだよな。何かされても困るんだけど。」
「訊きたい事や知りたい事は山の様に有るのだが・・・な、どうせ答えてもらえんだろう。」
ダンダイルの呟きに対してマリアは、笑顔で応じる。
「そんな事ないと思うわよー?」
その笑顔には何か含む所でも有るような感じを受けたのは、ダンダイルだけじゃないだろう。
「何が知りたいのー?」
最初に誰が質問をするのか、周りで視線を交差させていて、最終的には一ヵ所に集まった。
「俺、特に訊きたい事は今のところないんだけど。まぁ、後で知りたくなったらその時に訊くよ。」
「そう?じゃー、ほかにいるー?」
「何でも答えてくれるのだよな、ならば魔女の目的を知りたい。」
「目的?」
「そうだ、最終目標とか、どういう世界に変えたいとか、何か有るのだろう?」
ダンダイルの視線が熱い。
「私は無いわー・・・と、言うか無くなったというのが正しいかしらー。マチルダはー?」
「魔女の地位向上。」
「それは無いわねー。」
魔女が魔女を否定している。
「アナタがどれくらい捜したのか知らないけど、今のところ私とあなた以外に魔女は存在していないのよー?」
「嘘じゃないわ。少なくともこの世界に貢献した割合は他のどの種族と比べても魔女が一番の筈、それにしては魔女が悪として世界に浸透しているのはちょっとおかしいんじゃない?」
「それは・・・良い事より悪い事の方が広がり易いからでは?」
オリビアの指摘は複数人を肯けさせた。太郎もその一人である。
「魔女の所為で何か有ったんなら、何か事件が起きるたびに魔女の所為と言っていればいいからね。悪名は簡単に響くもんだよ。」
「そう言われると、否定できないのがね・・・。」
「最終目的って言うから答えにくいのよー。」
「確かに質問が悪いかも。」
「太郎君ならどうやって訊くのだね?」
「え、あー・・・今何やってるの?で、良いんじゃないかな。」
「答えてもらえるのかね?」
「私はー・・・太郎ちゃんの子供を産むことー!」
満面の笑みで応じるマリアに、静かに太郎に寄って行くエカテリーナ。
「今、やらないで下さいね。」
「え、あ、うん・・・もちろんよねー。」
エカテリーナって戦闘経験ないけど、なんか強い時が有るんだよな。
何故だろう?
「まぁ、そっちは冗談としてー、魔女としてやらなきゃならない事は無いわねー。」
「個人的にやりたい事が?」
「個人的に言うと本当に神がいるかどうかって事かしらー?」
「あんた、アンナのに会いたいの?」
マナが言うと神様でもアンナの扱いだ。
「え?」
「神様はいるけど、今も見てるだけじゃないかな。」
「は?」
「世界樹様と太郎君が言うと、そんな感じに扱われてますが、もの凄く恐ろしい存在ですよ?」
「ホントにいるのー?」
「いる。」
「いるわよ。」
「います。」
魔女が二人して顔を見合わせている。
「本当にいるんだったら、魔女なんて存在を許した理由が知りたいわね。」
「魔女が魔女を否定してどうする。」
「お前ら何言ってんだ・・・神がいるんならもっと平和だろ。」
何故そう思うのか知りたいところで、その発言者がピュールだった事に驚いた。
「・・・神はいるわ。」
フーリンにそう言われると黙るしかないのがピュールの立場だ。
だが、魔女は違う。
「神はこの世界に何を求めてるの?」
「さーね。少なくとも、破壊されるのは望んで無いわよ。何しろ私がいるんだから。」
「世界樹様をこの世界に根付かせたのは神ですからね。」
「そうそう。」
マリアがいつになく真剣な表情に変わった。
「なら、世界樹は存在し続けないといけないって事よね?」
口調が重く、堅く、苦しい。
「そうなるわね。」
「世界の均衡は世界樹だけでは保てないのを知っている筈なのに?」
「ソコまでは知ってるかは知らないわ。」
「マナの正と負についても知らない筈は無いという事は・・・。」
負が集まればそこに悪しき知恵と悪しき力を持った強力な何かが生まれる。
それは仮説でしかないマリアの結論だ。
「うどんはその辺の事で何か知らない?」
「全く知りません。」
「シルバは?」
「私もそれほどは・・・。」
「この世界が出来た頃からいるんでしょ?」
「それはそうなんですが、どちらかと言うとマナに依存して生きてますので。」
任務を終えて戻って来たトヒラが異様な空気を感じ、こっそりとダンダイルに近づく。結果的に無意味な行動で、気配を消した程度では存在を隠せない。
気付かれていないと思っているトヒラが、ひそひそと伝える。
「(ダンダイル様・・・これは一体何の会議ですか?)」
「(何でもない、ただの茶飲み話だ。)」
「(それにしては・・・あの二人って魔女ですか?)」
「(そうだ。二度と見られん光景かもしれんぞ。)」
「ちょっとー、コソコソしないでくれるー?」
「ヒィィ?!」
視線がトヒラに集まる。
トヒラ以外に誰も驚かないのは、最初から分かっていたからだ。
「なんだコイツ。」
「アナタよりちゃんとしている娘よ。」
「俺はちゃんとした純血ドラゴンだぞ?」
「へっぴりの癖に何言ってるの。」
「へっ・・・ぐっ・・・。」
何か言い返そうとするだけでも頑張っていると思う。
ただ、ココの空気感は重いが、何故か和やかなところもある。
それが太郎の所為だとは本人が一番自覚していない。
世界樹の影響力よりも、太郎の人柄としての好感の方が強いというのも有って、グレッグとマチルダも、影響は受けている。
「どどどど、どうも・・・。」
トヒラが緊張した表情でダンダイルの後ろに立った。
ハッキリと怯えてるのが解るが、少しずつ冷静さを取り戻していく。
「これだけ凄い人が居るんなら、協力すれば世界が平和になるんじゃないの。」
太郎の発言は協力するという発想が無い者にとって、驚愕を持って迎えられた。
「確かにそうかもしれないけどー・・・平和を喜ぶ国だけが存在している訳じゃないからー。」
「他の国の情勢って解るんですか?」
「国家機密に属するから答えにくいな。」
「他国の事でしょ、別に良いんじゃない?」
「マリア様、流石に不味いのでは・・・。」
「必要でしたら調べましょうか?」
「そっか、シルバに頼んでいいんだ?」
「・・・シルヴァニードなら国家機密もバレバレじゃない。」
「もしかしてワンゴの居場所も解りますか?」
トヒラがそう言うと、シルバは頷いた。
「私の苦労は一体・・・。」
「解りますけど、太郎様の指示でなければ何もしませんよ。」
「トヒラはよくやっている。」
「うー・・・。」
ダンダイルに慰められているが、それでもトヒラのプライドは回復していない。
「俺は戦争したくないし、可能なら戦わない方法を選択するし。」
「これだけの戦力が有るのに?」
「太郎はね、私を守るのが目的で強くなったんだからね。」
「それはそう。」
「お前バカか?世界樹を守るつもりならドラゴンより強くなるって事だぞ。」
純血のドラゴンはハーフドラゴンに睨まれて身を縮めた。
「ドラゴンに限らないけど、長生きする事は知識を蓄える訳だから、損得勘定だって出来るから、戦う事による不利益が大きいのなら話に応じてくれるはず。」
「それが可能って事は、知識で数千年生きてる相手に交渉を持ちかけるつもりなの?」
「太郎君は・・・数百年生きている者に匹敵する知識があるように感じる。」
「ダンダイルさんの評価は嬉しいですけど、俺の個人的な知識じゃないですから。」
「書物でもたくさん読んだのかしらー?」
「まあ・・・そんな感じで。」
太郎が生きていたあの世界では、過去の記録の殆どは一般に公開されている。もちろん闇に包まれたまま謎になっている黒歴史も有るが、公開されている歴史だけでもかなりの量なのだ。
この世界では記録は僅かだし、保存されている可能性も低い。特に長寿の生物が多い所為で知識は財宝と同等に取引される事も有る。
他人より多く知るという事は、それだけで他人の上に立てるのだから。
「アナタに魔力は負けても知識では負けたくないわね。」
「あー、余裕で勝てないし、勝つつもりもないです。」
「分からない事は聞けばいいんですよ。」
「普通はそう簡単に教えてくれないモノなのよ。」
「トレントが人型だというだけでもとてつもない価値が有るのよねー。」
「そうよ、どうなってるのよこの村。」
「うん?」
「これだけの人数を支えるには足りな過ぎる畑でどうしてるの?」
「それはですねー、この道具でも可能なんですよー。」
スーが自慢気に魔法袋を見せる。
「買うにしても・・・キラービーの蜂蜜が有ったわね。あれだけ有ったら価値が下がりそうだけど。」
「その分は食べちゃえばいいんですよー。」
「じゃあ、資金が無制限に湧いてくるようなもんじゃない。」
「そーですねー・・・それは太郎さんのおかげなんですけど。」
実際はうどんとマナの魔法で植物は無制限に育てられるのだが、それを教える必要は無いというのをスーが示した形になる。
太郎はそれに気が付いた訳では無かったが、スーがそう言って説明した事で、純粋に答える必要が無くなったので黙っていた。
「なんとも、話し始めると気が付く事が多い。知りたい事、気になる事が多過ぎるのだな。」
オリビアがそう評して冷めきった世界樹の葉のお茶を飲む。
そう言われると気に成る事が増えた所為で、今度はどれから聞くべきか悩んでしまう。そこに立場と言う無意味な足枷が混じってしまい、余計に話しにくい。
訊くという事は、相手に対して応じなければならないのだ。その上、集まった人物の肩書に対しての情報量が多過ぎて、余計に難しくしていた。
「結論なんて求めちゃダメなんだなあ・・・。」
そういう結論になって、しばらく休憩するという受け入れ易い提案が採用された。
要するに気疲れしたのだった。




