第174話 蜂蜜と談話
食堂では当然の様に注目の的となる魔女。
とにかく周囲に集まっているのだが、近付いてくる訳ではない。テーブルにはマナと太郎、マリアとマチルダが座っていて、出入口のところにスーとカールが立って様子を見ている。マチルダの横には当然の様にグレッグが立っていて、マチルダに指示されなければずっとそこに立っていただろう。
カールとグレッグは目を合わせるたびに火花がトブくらい睨み合っているが、どちらも手は出さない。
いちいちバチバチするので鳥達は既に避難している。
「手合わせくらいなら良いわよね?」
「それは俺に訊かないで本人に確かめてください。」
太郎の発言でカールとグレッグは心おきなく殴り合える事にはなったのだが、グリフォンとポチも狙っていて、子供達も戦いたそうにしていた。
「おぬしらには無理じゃ。」
母親に言われては諦めるしかなかったが、観戦するのは推奨している。
「ア奴には妙な感じがするの・・・。」
「・・・あいつは勇者ですよ。」
「本当か、スーよ。」
「死んでも死なないバケモノです。」
スーの口調がガチガチに堅苦しい。
「ぜったいに勝てないではないか。」
「えぇ・・・太郎さんが真っ二つにしたのに生きてますから。」
「ん・・・?・・・太郎がか!」
「あの時の太郎さん・・・怖いくらい素敵でしたね。」
「それは見てみたかったのう。」
「ドラゴンと戦った時も凄かったですよ。」
「ほう。」
スーが太郎の活躍を話し始めると、子供達も興味を示す。
カールはグレッグから目を離さない様に監視しているから、スーの話の内容に興味はあったが、監視を続ける事にした。
こんな重要な事を下っ端の兵士には任せられないのだ。
食堂のテーブルに座る魔女が、目の前に出されたモノに驚愕を隠せない。
「これ・・・キラービーの蜂蜜よね?」
「そうよー。」
「・・・こんなもので懐柔はされないから。」
「別に食べたくなければ食べなくても良いのよ。」
「そんくらいで懐柔できたら安いもんだよ。」
「そ、そんくらいって・・・。」
「いつでも貰えるからね。」
スプーンでつついてから掬って食べる。
希少性と貴重なモノだという事は熟知している。魔女であってもなかなか食べる機会の無いモノだ。
甘いものに対する時の女性に年齢は関係ない。
口の中で溶けて広がる蜂蜜に頬が紅く染まる。
「こんなに濃厚で甘いなんて・・・。」
「毎日食べられるのよ。しかも良質なマナもたっぷり含まれているわー。これでポーションを作ったらとんでもない物が出来るわねー。」
「ポーションの容器にガラス瓶も作ってるから、そのうち量産する予定だけどね。」
「あんたって・・・そんなに重要な事をペラペラ喋って良いの?」
太郎の疑問。
「どこが重要?」
「ポーションを大量に作るって、普通は戦争を考える筈だけど。」
「・・・あー、ココの偵察に来たのが目的だったんだよな。」
「まぁ、バカ女だからね。」
それは理由じゃないぞ。
「真正面から来るとは思わなかったけど、ね。」
「意外と大胆だったわね。もっとこっそり来ると思ったんだけどー。」
「こっそりするつもりだったんだけど・・・それより!」
魔女がテーブルを叩いてから魔女を指さす。
「何で急に現れたと思ったらここに居るの?!」
「あははー・・・。」
マリアの説明はのんびりと伝えられ、その間に食事も済ませる。
スーとカールがグレッグにも食事の用意している事を疑問に思っているが、太郎がそうするように言えば誰も文句は言わない。エカテリーナはいつも通りで、特に知らされていないから、ただの客だと思って接している。
余計な事を教えて不安にさせる理由はない。
「・・・竜血樹が生えてるなんてね。」
「そのおかげで助かったのだから、ある意味この土地のおかげでも有るのよねー。」
「ドラゴンの方も無傷じゃなかったという事ね。」
「ドラゴンに燃やされた話は聞いたのだけれどー・・・。」
マナをじーっと見詰める。
「あによ?」
食べながら返事しないで。
「世界樹がこれほど自由に動き回ったり会話が出来るのなら、もっと他にも方法はあったでしょうね。」
「燃やしたのは間違いだったと?」
「正解でも不正解でもないわ。正しかったかどうかなんて誰にも解らないしー。」
「私はいろいろなモノを失ったけどね。」
「それにしては得たモノが大き過ぎない?」
「どーゆー意味?」
純粋に考えれば、燃やされる前の世界樹周辺はのんびりとしていた。
今ほど兵士はいないし、エルフが住んでいる事も無かった。
「そこの男が意味不明過ぎるのよ。」
「・・・俺か。」
太郎は溜息を吐いた。
確かに意味不明だろう。
何しろこの世界の住人では無かったのだから。
しかし、太郎自身も元を辿ればこの世界の住人であって、違和感を感じるのは異世界から来たからではないだろう。
「その魔力量、尋常じゃないわ。」
「別に不思議じゃないわー。」
マリアが言うとマチルダが問う。
「こんな違和感だらけの男の存在が異常だと思わないの?」
酷い言われ方をしている気がするんだが?
「この世界と、この時代に、必要だから現れたのよー。」
その答えにはマチルダどころか、マナも太郎も意味が分からない。
「私達魔女が現れた時、世界から求められた。でも、数が多くなり過ぎて、その脅威に気が付いた者達と戦争になり、魔女はその数を減らした。」
少なくとも認知されている魔女の全てが太郎の目の前に居る事の方が驚異のような気がする。
「スズキタロウがこの世界に必要とされている最初の一人なのかもね。」
「それは凄く嫌だな。」
「でしょー?」
ん?
「どうしたのー?」
「ちゃんと喋れるんだったら、その、のんびりと間延びした喋り方やめて欲しいんだけど。」
「んー・・・疲れちゃったー。」
「マリア姉さん、以前はそんな喋り方じゃなかったわよね?」
「疲労軽減状態なのよー。」
「逆に疲れるような気がする。」
聞く方はもっと疲れる。
「あなた達の方が不思議な事が有るんだけどねー。」
「今度は何?」
「あなた達敵対してるんでしょ?そんな殺し合った相手と普通に会話しているように見えるんだけどー?」
「う、うーん・・・思い出したくない事が幾つも有るんだよなあ・・・。」
「私は特に気にしてないけど、グレッグがね。」
「凄く気にして欲しいんだけどね!」
燃え尽きそうになったマナの発言は、その通りとしか言えない。
マチルダはチラッとだけ太郎を見て、少しだけ通る声で言った。
「あなた達に壊された砦の修理費知りたい?」
「全壊しても良かったんだけど?」
太郎とマチルダはしばらく見詰め合っていたところに、グレッグが現れる。
「何を見てるんだ!」
勘だけは鋭い勇者だな。
「別に。」
「マリア様、何時までここに居るんですか?」
「マリアは私だけどー?」
「え?」
「マチルダが何で私の名前なのー?」
「それはちょっと事情が有ってね。」
その事情と言うのは、マチルダが行っていた魔女捜しと、魔女の存在をアピールする為に使っていた名前である。
「どうでも良いんだけど、帰るならサッサと帰ってもらえる?」
「もうちょっと知りたい事が有るんだけど。」
「私の事で十分でしょー?」
「まぁ、だいたい解ったけど・・・。」
「食事のお礼くらいして欲しいわね。」
マナの言う通りだ。
「ええ、美味しかったわ。驚くほどね。・・・で、なんかメンドクサイのがやってくるんだけど、なんであの子が???」
「あの子?」
「ピュールがあと少しでやって来るわ。」
「あらー、産まれたばかりのドラゴンみたいねー。」
何故、解るんだろ?
「流石マリア姉さんね。」
「なんか凄いやる気に満ちてるんだけど、この村襲われないのー?」
「あー、あの生意気な子供ね。」
「素直なイイコって言ってなかったっけ?」
「そーゆ―ことも有るわね。」
マナの発言には気を付けよう。
うん。
うん?
ドアが大きな音を立てて開かれると、同時にグリフォンが入って来た。
「おい、タロー!」
「ピュールが来た?」
「誰だそれ???そんな事より、よく分からないけどドラゴンが来たんだ!」
マチルダとグレッグは少し気まずい雰囲気になった。何しろピュールを使って太郎達どころかハンハルトに大事件を起こさせた扇動者なのだから。
「あー、そういえば魔女に唆されてたんだよな。あんたが犯人で間違いないよね?」
「・・・。」
「あんた達そんな事までやってたのー?」
太郎は少し考えて思い出した事を言葉にする。
「オマエノカーチャンデーベーソー!!」
「ちょっ!・・・って、あ、あー・・・。」
太郎がにんまりと笑っている。
とても珍しい光景だ。
「詠唱魔法だよね?」
「えぇ、そーよ。」
「ずいぶん危険な魔法を復活させたわねー。どうせ使えないけどー。」
「ピュールは使ってたわよ?」
「ふーん・・・マチルダにはちょっと説教が必要ね。」
「ね、姉さんまで・・・。」
「あー、・・・フーリンとダンダイルがこっちに向かっているみたい。」
「ホントに?じゃあ心配ないかな。」
「タロー、我じゃ安心できないか?」
今まで役に立った記憶がないグリフォンが、凄く悲しい表情で太郎を見る。
「そんな事ないよ、居てくれるだけでも大事なんだから。」
「置物と同じかぁ・・・。」
グリフォンを慰める言葉を考えている太郎は、困り果ててグリフォンの頭を撫でていたが、今回の元凶がやってくると、考える余裕が無くなった。
一度は開かれて閉じられた扉が、今度は吹き飛んでいった。
「来てやったz・・・?!」
マナが入って来たピュールの頭をぺちっと叩いた。
「な、なにを・・・。」
「扉を壊さないでくれる?」
「そんな事より、タロー、勝負しろ!」
「・・・扉を直してくれたらね。」
「フーリンとダンダイルが来るわよ。」
「帰るわ。」
スッと外に出ようとするところをスーが立ち塞がった。
「扉を直してからですよー!」
「猫娘風情が邪魔を・・・あっ?!?!」
ピュールは今になってやっと気が付いた。
その場にマリアとグレッグが居る事を。
「お前達はなんでこんなところに居るんだ?!」
「こんな所で悪かったわね。」
マナに言われると妙に焦るピュールが可愛いぞ。
「ピュールこそ、何でここに来たのかしら?」
「俺はタローと勝負がしたかっただけだ。面倒なヤツが来るなら帰r・・・。」
外に出ようとスーを押し退けると、その先に立っていたのはフーリンだ。
「何の用?」
フーリンさんが怖い。
直ぐにダンダイルも降りて来て、周辺国の脅威が勢ぞろいしたような威圧感だ。
そう考えるとハンハルトって弱いな。
「この状況は・・・。」
ダンダイルがカールに視線を向けると、慌てて寄ってきて耳打ちする。
状況を説明し終えると、ダンダイルの顔が青ざめる。
「これ以上ややこしい状況になる前に何とかしないとな。」
「何とか出来るんですか?」
「・・・太郎君に頑張ってもらうしか・・・。」
「・・・ですよね。」
「トヒラはまだ戻ってきていないのか?」
「ワンゴの痕跡を見付けたらしくて、追跡をすると言ってました。」
「ふむ・・・。」
二人は暫く考え込んでいたが、自分達の無力さを噛みしめるだけで、ピュールの腕を掴んで食堂に入っていくフーリンを無言で見送っていた。




