表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/402

第173話 忘れてしまった魔女

 夜が明けると、二人ですぐに行動を開始した。

エルフ達が居るのも少し面倒だが、兵士の数が尋常じゃない。一人でも負けるような相手ではないが、それ以上に注意しなければならない相手がいる。

慎重に歩みをすすめ、小さな魔物の気配を僅かに感じる程度で、森を抜けるまでは安心だと思い込んでしまったのが間違いだった。

 森を出る直前、キラービーの群れと遭遇してしまい、その群れは危険信号を発するようにして一ヵ所にかたまると、一部がどこかへ飛んで行く。

 マリアが溜息を吐いた。


「こんな所まで来ていたとはね。失敗したわ。」

「どうしますか?」

「ここまで来ちゃったし、こうなったら堂々と行きましょ。」

「あれが雄殺し・・・?」


 グレッグの呟きは小さく、マリアが何も気にしていないようなので、グレッグも気にしないことにした。本来なら危険魔物に指定されていて、近付くには相当数の熟練兵が必要であるはずだ。

 マリアはグレッグを一瞥しただけで、別の事を考えていた。

 失敗の原因が横に居るのは分かっている。

 あえてその事は言わない。


「襲ってこないのは良いとして、この蜂は飼われているのかしらね?」


 こちらの呟きも相手の耳には届かず、マリアは怯む事なくキラービーの群れを横目に通過し、キラービー達はその姿に警戒はしたが、恐怖に負けてしまって動くことは出来なかった。

 しかし、この場合は攻撃しなくて正解だった事を後で知る事になる。




 キラービーが慌ててやってくるのを、定期的に行っている周辺警戒をしていた兵士とエルフの混成部隊が迎えた。その後ろから堂々とこちらに向かって来る2人組に不思議に思いながらも、上から降ってくるように大量に現れたキラービーに驚いてしまった。

 流石に慣れたとはいえ、大量に現れると少し怖いのだ。


「なんか凄い慌てているようだが・・・。」

「何を言いたいのか・・・わからないな。」

「太郎殿しか分からないようだし。困ったな。」


 異変を察知して吠えながらポチが現れた。

 この時、来るのを最初から分かっていたのは太郎の傍に居る魔女だけで、現れた女性に対して警戒していた者は誰もいない。マナなら気が付きそうなものなのだが、ナナハルやグリフォン、それにフーリンやダンダイルが居ては、探知能力も鈍ってしまうし、魔女が傍に居るというのが一番の問題だった。魔女が二人いるという状況は初めてだったし、向かって来る魔女も、滞在している魔女も、その魔力は酷似していて、区別するのは難しかった。

 ポチはどうしようか悩んでいる者達に叫んだ。


「あいつは魔女だ、早く太郎を呼んで来い。」

「え?魔女?あれが?」

「匂いで分かるから間違いない。さっさといけ。」


 ケルベロスの嗅覚が優れているのは周知の事実なので、疑う事なく兵士が太郎の家へ走って行った。残されたエルフとポチが二人の行く手を阻んだ。


「・・・あなた達は何者?」


 問いには答えない。


「番犬かしらね?」

「ソコソコ大きいですが、恐くは無いですね。」

「そうよね・・・牙を抜かれてるわ。」


 ポチが唸った。

 隣に立っているエルフが怖がるぐらいの威圧感があったのに、対面の二人は平然としている。


「最初から正面突破で良かったんじゃないですか・・・?」

「警戒態勢がココまで厳重だと思わなかった私達の失敗なのよ。」

「やはり、何か重要な村なんですね。」


 いつまでも無視する二人にポチの怒りが増幅される。


「ケルベロスがこんなに自由にいられる村ってダケで特殊だわ。」


 エルフが武器を構えた。

 それでも怯まない。


「殺意は十分・・・。」

「あの犬には嫌な思い出が有るんですけど。」

「前哨戦にするつもりは無いのよ。戦うつもりもないけど。」


 ポチが大きく吠えた。

 傍に居ると耳が痛いくらいの凄い声で。


「ちょっとうるさいから黙らせようかしら。」


 怒りを溜めたポチが突進した。

 剣を抜こうとしたタイミングを見極めての事で、本当なら太郎が来るのを待つべきであったが、二人を知っているポチとしては、太郎の為に役に立ちたいという気持ちと、あの二人に対する憎悪が絡み、僅かに憎悪が勝ってしまった。


「速いわね。」


 僅かに身体を動かして攻撃を避ける魔女と、その攻撃を真正面から受け止めた男。弾き返されたポチは大きく口を開けて飛び込む。その寸前、魔法障壁が男とポチの間に作られ、攻撃を阻まれる。左右に身体を揺らしてから右回りのステップで壁の内側に潜り込むと、男の足に噛み付いた。


「なかなかね。」


 冷静な口調でそう言うと、噛み付いたはずのポチの身体が動かなくなった。

 牙が太ももに突き刺さる直前に動きを止めたのだ。


「うががががが・・・。」


 ポチと魔女では力の差が有り過ぎて、赤子の手をひねるよりも簡単に、ポチの身体がひっくり返された。仰向けになったポチは動きたくても動けず、唸り声を上げながらもがいている。


「何をしている!」


 異変を感じ、急いで駆けつけ、目の前の状況を何も知らないため、ポチが戦っているのを見たグリフォンは、相手の返答など待たずに、無慈悲な炎を吐き出した。

 驚いた所為で、自由を奪っていた魔法が解かれ、動けるようになったポチが、その炎から逃げた。一応ポチに配慮して吐き出された炎は目標に向かっていたが、周囲を焦がすほどの高温で、ポチの尻尾から煙が出た。


「凄い炎だ・・・。」


 逃げてきたポチに駆け寄った兵士が、焦げた尻尾を撫でると少し熱い。


「俺まで燃やす気か!」

「そんなことしたらタローに怒られるから、しないぞ。」


 炎が消えると、周囲の木と地面を焦がして煙が立ち昇ったが、二人は平然と立っていた。


「なんだコイツら?!」

「魔女だ。」

「魔女?!」


 流石のグリフォンも驚くと、相手の男を完全に無視して、女を睨み付けた。


「今のはちょっと油断してたわ。吐かせる前におさえ付けるべきだったわね。」


 身体が小さく子供の様な姿をしているグリフォンは、本来の能力は発揮できない。元の姿に戻る事も可能だが、太郎から普段は元に戻らないように言われているので、その約束を守っているのだ。


「直撃した筈だぞ。」

「一応ひっくり返しておくわね。」


 そういうのが早いか、グリフォンの身体は先ほどのポチと同じようにひっくり返されてしまった。


「うがーーーー!」


 今度はエルフが弓を構え、魔女を狙って矢を放ったが、直進する矢は魔女の目の前でピタリと止まり、推進力を失ってそのまま真下に落下した。

 驚く者を完全に無視して腕を組む。


「そろそろ来る頃かしらね?」

「あの男が一番に来ると思っていましたが。」

「次はグレッグのご期待に沿えるようね。」


 矢を放った目の前のエルフから視線を上に向けると、キラービーに周りを囲まれながら、他数人を連れて現れる。

 着地すると、太郎よりも早く指を差して叫んだ。


「あーーーー!バカ女!」


 ポチとグリフォンが太郎に駆け寄る。


「大丈夫?」

「あ、あぁ。」


 怒られると思ったポチの身体がビクッと震える。

 そんなポチの気持ちを察してか、頭を撫でる。そこにもう一人、グリフォンが申し訳なさそうに俯いて目の前に立っているので、こちらも頭を撫でておく。


「無茶しちゃダメって言ってあるんだから。」

「我の炎が全く効かないとは思わなかったんだ。」

「魔女だからなあ・・・。」


 付いて来たのはマナとナナハルとスーで、ダンダイルとフーリンは不在だった。遅れてやってきたもう一人の魔女が太郎の傍に着地すると、のんびり過ぎる口調で言った。


「あー・・・もうすぐ来るって言うの忘れてたー。」

「そういう肝心な事は忘れないで欲しいんだけど。」

「えへへー。」


 悪気が感じられないのも困る。


「そんな事より、どうするのじゃ?」

「やっちゃいますかー?」


 太郎は魔女を睨むと、許しがたい数々の事柄を思い出す。もしかしたらこの世からマナが、世界樹が消えていたかもしれないのだから、許せるはずもない。


「マチルダは私に用が有るのよねー?」

「マリア姉さんがそこに居る理由を詳しく知りたいのよ。」

「マチルダ?」

「あの子の名前よー。」

「ややこしいからバカ女で良いじゃん。」


 魔女同士でも呼び方一つで力関係が解る。少なくともこちらの魔女の方が格上という事だろう。既に一戦交えていて、多少の距離感を感じながらも、グリフォンとポチは戦う気満々だ。

 もちろん、太郎にも少なからずの戦意が有って、今は抑えるのに必死だ。必死過ぎて妙な違和感を感じたマナが太郎の頭をペチペチと叩く。


「太郎?」

「マナ、何も言わなくて良いから。分かってるから。」


 そう言って深呼吸をする。

 やはり、相手から戦意は感じられない。

 魔女と言う存在がどれだけ面倒なのかよくわかる。

 戦えば世界でも指折りの魔法使いなのだ。

 太郎を心配そうに見ているメンバーの他に、周囲で浮いているキラービー達には解散してもらい、改めて対峙する。


「あえて聞くけど、戦いに来た訳じゃないよね?」

「そのつもりよ。」


 そのつもり・・・という事は、戦う予定が無いというだけだ。必要性が出てくれば戦う事になる。誰にとっても嬉しい話ではない。


「用が有るのは誰?」

「マリア姉さん。」

「あー・・・。」

「そいつらは世界樹を守る以上、私達とは敵になる存在なのに、何でそちら側に居るの?」

「世界樹の危険性を理解しているのなら、そうなるわよねー。」


 マナの正負の事だろう。負のマナが一ヵ所に集まった時、何かが起こるのだが、何が起こるのかまでは解明されていない。今までにそんな事に成った事が、有るのか無いのかどうかも分からない。

 危険性について、マチルダが言った。


「世界樹が発生させる波動の所為で世界が平和に・・・。」

「あらら・・・これじゃダメねー。」

「間違ってるの?」

「正解に辿り着く過程と言ったところねー。」

「どういう事?」


 説明するには話が長くなるし、話す内容も全て根拠が有る訳では無い。

 どうしようか悩んでいると太郎が提案する。


「どうせ戦えばココが壊滅するんでしょ。なら、どこで話しても同じだろうから、休めるところにしない?」


 それは大胆過ぎる提案だが、魔女が一人居れば国だって亡ぶのだ。その存在が二人いれば、逃げても隠れても無駄だろう。


「大胆な提案だけど、いいのかしらー?」

「俺達がココに集まった方がみんなに迷惑になるから。」


 太郎が心配しているのは、他の兵士やエルフ達が普段通りの活動が出来なくて困る。そういう理由で言っている事に、純粋に驚いている。


「俺はお前と決着を・・・。」


 グレッグが呟くと、二人の魔女に睨まれた。恐さが倍増しただけではなく、何故か気恥ずかしさも倍増している。空気の読めないやつだと思われているだろう。


「俺はお前なんかの相手にしたくてここに来た訳じゃないから。」


 太郎が憮然としながら言う。


「それはその通りね。」

「ねー。」


 魔女に同意されると、空気が抜けるような感覚がある。


「本当に面倒な奴らじゃの。」

「九尾に言われてもねぇ・・・。」

「そういう言い方が面倒なのじゃ、判れ。」


 グレッグが決着を付けたい相手は、畑仕事の途中だった所為で、鍬しか持ってない。


「戦士と農民が戦うなんてなんとも情けない。」

「そういう意味でもないんだけど。」

「それよりもあなた達は立場を理解した方が良いわよー。」


 マリアに言われてマチルダが太郎を睨み付ける。


「ほら、もっと、ちゃんと、よーく、見るのよー。」


 まるで見透かされているような、不思議な視線を浴びた太郎に危険性を感じたポチとグリフォンが、ぴったりと太郎にくっつく。無論ただの気の所為であって、ココが特に違和感の塊が集まり過ぎているだけなのだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・。」


 マリアがくすっと笑った。

 それはマチルダの表情が絶望に変わっているからだ。


「マリア様、どうしました?」

「あ゛ーあ゛ーあー・・・。」


 両手で頭を抱えていて、こんな姿の女性はあんまり見たくない。


「あいつ・・・太郎の魔力探ったわね。」

「そういうことねー。」


 マナとマリアが納得していて、ナナハルが笑っている。


「のう、太郎。」

「うん?」

「魔力の器と言うのは大きい程強い。」

「う、うん?」

「じゃが、太郎の強さは魔力量では測れんのじゃ。」

「確かに最近は、魔力が減ったという感覚は無いけど。」

「お主の魔力量と、想像力。それらが合わさり、魔法が正確に操作されれば・・・。」

「・・・どうなるの?」

「普通ならだれも太郎に戦いを挑もうとは思わんだろうな。」

「えー・・・俺、普通に負けるよ?」

「剣術だけならポチさんでも勝てますよー。」


 スーは、もっとちゃんと剣術の修業をしてもらいたいようだ。実はあんまり相手にしてもらっていないので寂しいという気持ちも隠れているが、そこには誰も気が付かない。


「今の世は剣だけで戦う者はだいぶ少ないからの。」


 スーが明らかにガッカリしている。


「さて。」


 マナの冷めた視線とナナハルの生温かい視線が向けられる。


「そっちの二人はどうするのじゃ?」

「うー・・・わかったわ。」

「マリア様、いいんですか?!」

「こんなバケモノ相手にするほど馬鹿じゃないわ。」

「バカ女にバカって言われたくないわね。」

「ちょっと前までは脅威にも思わなかったのに・・・なぜ?」

「・・・さあ?」


 その理由は誰にもわからない。


「我の強さは何だったんだろうな・・・。」

「グリフォンはそのままで十分強いよ。」

「納得できないなぁ。」


 落ち着いてしまった空気感に、いまさらながら遅れてやってきた兵士達は、太郎達を見て何も出来ず、その場で即時解散する事になった。一同を見渡し、隊長であるカールは頭痛の種が増えた事を確信していた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ