第172話 酒と味噌と醤油
田んぼを眺めていると、カラー達が楽しそうに水浴びをしていた。
子供達はダメ。
もう田植えは終わってるからダメ。
我慢も必要だからね?
と、父親らしく振舞ってみる。
その田んぼでは米がとれる。当り前の事だが、米が有るなら味噌も欲しい。
そういう訳で味噌を求めるなら大豆からだ。
ついでにダイコンとゴボウも無いかな?
「わらわの所にあるの。」
視線が向けられた。
もちろん太郎ではないし子供達でもない。
「えー・・・また私が行くの?」
「そろそろ家がどちらか、ちゃんと認識すべきだと思うが?」
「いってきますよーっ。」
「ついでに掃除もしてくるのじゃぞ。不在の家と言うのは直ぐにダメになってしまうからの。」
「厳しい姉君で。」
「普通じゃ。」
妹が不貞腐れている。
「太郎の所望じゃ、ダイコンとゴボウも持ってくるのじゃぞ。」
「ダイコンとゴボウは久しく食べてないな。頑張って畑拡張するかな。」
初めてこの世界に来た時にダイコンは食べたのだが、もう種が無い。
食べられないと思うと食べたくなるのは人の常で、太郎も例外ではないのだ。
「ナナハルは食べたいモノってないの?」
「わらわ自然薯が好物なんじゃが流石に育てられないんで山で探すしかないのじゃ。」
「あー、ちゃんと育て方あるし、山で掘るよりも簡単に収穫も出来るから。」
「ほう?」
「筒を使えばいいんだ。」
竹を半分に割り、筒の様にするために節をとる。
こうすれば半分に割れた筒と同じだ。
水が通り易いように穴をあければいい。
種芋さえあれば増やせるので・・・うどんに増やしてもらえばいいか。
「確かにそうすれば掘り返すときに芋が折れる心配も無いの。」
「直接芋を触る訳じゃないからね。」
「して、竹は?」
「竹林は・・・無いか・・・丸太を加工して作ってもいいかな。」
竹は地下茎だから有るところには有るけど、無い所には全く無い。探す必要も無かったが、竹は有ればあったでそれなりに使える。
「さしすせそを揃えたいな。」
「さしすせそ?」
「さとう、しお、す、しょうゆ、みそ。」
「酢なら米から作れるでないか。醤油と味噌も大豆が有れば問題ない。」
「麹からして作り方を知らないからナナハルに頼んでいいかな?」
「うむ、任せよ。」
ナナハルが嬉しそうに胸を叩いた。
と、何かを思い付く。
「酒も作って良いか?」
「お任せします。」
任せるにしても、米を加工する為の専用の建屋も必要になるし、畑の拡張も必要になる。暫くは忙しくなるが、忙しい事が意外にも楽しい。
欲しいと思えばなんでも買える世界ではないのを太郎は改めて痛感していた。
「たろーさーん、剣の稽古を・・・また畑ですかー・・・。」
スーはちょっと寂し気だった。
数日後、大豆の畑が出来た。
収穫に問題は無いが加工は大変のようだ。
その加工をする為に建築中となっている新しい建屋。
エルフ達が総出で建築してくれるので形だけはあっという間だ。
骨組みが有るだけでそれっぽく見える・・・それにしてもデカいな。
倉庫のすぐ横に建築されていて、必要な素材の確保も、完成品の保管も、ほぼカンペキだ。
ほぼ・・・。
現場ではナナハルが監督のように指示を飛ばしている。
「作ってから運ぶのでは大変じゃろ。」
「何の話?」
「桶じゃよ。大きさが尋常ではないのでな。」
「運び出すときはどうするのですか?」
「運び出す事は無い。」
「おぬしらにも教えるゆえ、興味のあるやつは来るといい。」
エルフ達がお互いの顔を見合わせて相談している。
参加を表明したのは殆どが女性で、ナナハルは表情が渋い。
「力仕事なのでな、男も欲しい所じゃ。」
ナナハルのは自分の身長よりも長い巨大な櫂のようなモノを持っていて、これでかき回すのだろう。
折角だし、滅多に使う事の無かったノートと鉛筆を出す。
魔女の作った道具でノートのように使えるモノも有るのだが、やはり紙に書いてこそだと思う。
俺だけかな?
受け取ったオリビアがまじまじと見ている。
「このケシゴムで書いた文字が消せるのは便利で良いな。」
「消耗品だし、この世界には無いものだけどね。」
「そんな大事なモノを使っても良いのか?」
「使わなきゃ、ガラクタと同じだからね。」
「そうか・・・太郎殿、有り難く使わせていただく。」
ナナハルの指導の下、製造方法が口頭で伝えられたのを書き記す。
陽が落ちる寸前まで行われる作業は、完成するまで続けられた。
森の中を歩く二人。
迷子になりそうな森の中を黙々と進む。
二人の視線の先には小さな家が有り、その家の周りには男達が立っていた。
「あいつら、こんな森の中で何を?」
「ああ、ワンゴ一味のようね。」
「捕まったという、あの男の?」
「まあ、どうせすぐ脱獄するとは思っていたのだけど、魔王国もだらしがないわね。」
会話の後、男達がこちらに気が付いた。
剣を抜いて威嚇をしているようだが、戦闘になる雰囲気ではなかった。
「交戦しますか?」
「あいつらに戦意は無いわ。もう少し状況を把握する力を身に付けて欲しいモノね。」
「え、でも、あいつら・・・。」
家の中から更に男が出てくると、男達は抜いていた剣を鞘に納めた。
「ワンゴ本人ね。」
のしのしと近付いてきた男が、優しくも無い視線を向けている。
「あー、マリアさんですかい。」
「そうよ、私の家で何をしているのかしら?」
「何時でも使って良いと言ったのはそっちですぜ。」
グレッグは驚いている。
驚いているが邪魔はしない。
「もちろん、何時使っても良いけど、私が使う時は遠慮して欲しいわ。」
「当分使わないと言っていたのでは?」
「あの村は見ていないの?」
ワンゴは腕を組んで渋い表情をする。
「妙に強い奴らが揃ってはいたが・・・。」
「世界樹は見てないの?」
「世界樹?・・・あれが?」
「そうよ。」
「そうか、それであんなに強くなったという訳か・・・。」
スーの強さは詳しく知っていて、強くなっているのも解る。ただ、まだまだ格下なので、気にするほどでは無い。しかし、あの男には妙な感じを覚える。
広範囲に火を吐くバケモノも居たし、腕の立つ傭兵も居た。
兵士の方が弱すぎて役に立たないくらいだ。
「手持ちも部下も少ないんでな、森を抜けるぐらいの食糧を集めたら出て行く。」
「あとどのくらい?」
「ここじゃ食糧の入手も難しいんでな、10日は掛かる。」
「乾燥肉なら床下にあったでしょう?」
「・・・そんなところにあったのか。」
「好きなだけ持って行っていいから、帰ってくれる?」
男達が家に入って確認するが床下が見つけられないようだ。
マリアが溜息を吐いてズカズカと家に入る。
自分の家なのだから誰にも遠慮する事は無いが、ワンゴを圧し退けて入る度胸は、普通の女性には無い。
そのマリアは普通の女性ではないのだから、何の問題も無いし、ワンゴも逆らうツモリは無い。
「あー、ベッドの足が邪魔になっているわね。誰が動かしたの。ほら、ここよ。」
「・・・何年前の?」
「さぁ?」
乾燥しきっていて腐っている様子は無いし、変な匂いもしないのを確認すると、口に含んでみる。硬いが食べられるのを確認すると、リュックにブロック肉を詰め込む。
「マリアさんは子守が大変なようで。」
「余計なお世話よ。」
「そうですかい。」
「さあ、さっさと出て行って。」
「じゃあ、いつものトコロに帰るんで、用が有る時はまた呼んで下さいよ。そのガキよりは役に立ってあげますから。」
グレッグがムッとしたが、軽く威圧されただけで怯んでしまった。
「グレッグはまだこれからよ。」
「ほぅ。」
「必要な事が有ったらまた頼るわ。」
「そうですか、では失礼。」
ワンゴは部下を率いて森の中へと姿を消した。
グレッグはその背を、マリアに肩を叩かれるまで見詰めていた。
「さて、今日はココに泊まるから。」
「ちょっと臭くないですか?」
「残念だけど窓は無いのよ。」
「じゃあドア開けときますね。」
「臭いなんて消せばいいのよ。」
生活魔法は便利だが、グレッグは使えない。使う素質が無い訳では無く、覚える気が無いだけだ。グレッグなら簡単に覚えられる筈なのだから。
マリアが魔法で臭いを消すと、今度はふんわりとしたマリアの匂いが充満する。いつもの執務室の匂いと同じだ。
「それにしても、あいつらと知り合いだったんですね。」
「まぁね。ちょっと助けられた事が有ってね。」
ワンゴは普通の女性を助けたつもりだったのが魔女だったという驚愕に満ちた体験だったが、マリアにしてみれば偶然でも自分を恐れずに助けるような奴が居る事に吃驚したという、小さな事件だ。
「マリア様が助けられるような事が?」
「そりゃあ、私だって以前はね。」
それが何年前の事なのか、詳しくは言わなかったが、少なくとも軍人と成る前の事だろう。
「昔の話より今の話。」
マリアがベットに腰を掛けると、グレッグに椅子に座るように勧める。
「あの村の危険性は理解したわよね。」
「ワンゴが”妙に強い奴ら”と言ってました。」
「ワンゴは今のグレッグじゃ勝てる相手じゃないのも解るわよね?」
「・・・解ります。」
「悔しかったら強くなりなさい。今のあなたなら上限なんて無いから。」
「勇者の能力ですか?」
「それは切っ掛けに過ぎないわ。強さに上限があるなんて思っているのは弱い奴の勝手な思い込みだからね。」
「・・・頑張ります。」
更に何かを言おうとしたマリアは、ボロボロの紙に新しいインクで書かれたモノを見付けた。そこには村の状況が詳しく記されていて、地図は無いが、兵士の数や建物の数が書かれていて、毎日コツコツと何かを運んでいる事も書かれている。
残念な事に何を運んでいるかまでは書かれていないが、間違いなく村として機能するだけではなく、兵士を集めて何かを企んでいるようにしか感じないほどの流入人数で、ただ世界樹だけの為の村とは思えないほどだった。
「マリア様?」
「何か色々と作っているようね。アナタもこれを見ておきなさい。私は少し寝るわ。」
紙を渡すと、無造作にベッドに横たわり、そのままスースーと寝息をたてて寝てしまった。ベッドは意外にも大きく、二人が寝るスペースは十分に有るが、グレッグは椅子に座ったまま腕を組んで寝る事にした。




