第19話 魔法とマナ
マナ・・・マナの木ではなく、魔法の方のマナは、この大地のあらゆるところに漂っていて、直接目で見ることは出来ないが感じることは可能だ。マナが薄い地域では魔法力が後退し、自然力が強まる。この自然力というのは魔法が発見されてから対と成る存在として命名された力で、この力を実際に行使できる者は精霊しかおらず、その精霊達はマナの安定があって初めて共存できるという存在だった。なので自然力が強くなり過ぎると暴走し、大地を揺らし、山が火を噴き、海が津波となって襲う。僅かな変化であれば、その地域特有の植物が異常繁殖する程度だ。
逆にマナが強すぎると自然力が弱まり、大地は荒れ果て、山は実肌を崩し、海は水を失う。強いマナに自然力が支配されると、マナを消耗して異形の者を多く生み出し、ともに混乱を生み、多くの生物の心をかどわかす。
局地的にマナの濃くなる地域が有り、マナの木の力でも防ぎきれない事が有ると天使達が集まってマナを拡散して安定させた。連携しているように見えて、マナの木はこの事を知らないし、天使達は自分達こそが世界を守っていると自負していた。
マナについて研究する者達がいた。魔女という存在が現れる以前の事で、魔法の研究を進めることによって世界には多くのマナで溢れている事を知ったのだ。だがマナはどこへ消えてゆくのか現在でも分かっていない。それは研究するだけの資金も時間も技術も、全てが戦争によって奪われたのである。結果として、草木が自分達の成長にマナを消費している・・・という仮説が立てられただけで終わっているのだった。
マナと魔法の関係性は小一時間の説明で何とか理解した。というかそう思うしかない。この世界の理であり、否定する意味なんてないのだから。
長い解説が終わり、怯えつつも動けるようになった猫と犬は、3人が座るテーブルの傍までやって来た。
「そっちの猫獣人が怯えている理由は解るけど、ポチはなぜ怯えてるんだ?」
「あー・・・本能じゃないかな。」
「本能?」
「そう。だってフーリンは世界でも最強と言われるドラゴン一族で、竜人族とも呼ばれているドラゴンと人間のハーフなのよ。ドラゴン一族はスズキタ一族と同じ血統種なんだけど、純粋なドラゴンはもう殆どいないの。世界でも30・・・20くらい?」
「なんでそんなに減ったんだ?」
「もともと少ない種族だったけどその強大な力の所為で勇者に退治されたのよ。」
「なるほど。」
「でもそんな中で竜と共存する人間もいて、凄く信頼していたら・・・。」
「私みたいのが生まれちゃったってわけ。もう数も減って区別する必要もないから、ドラゴン一族でも竜人族でも、同じ一族の扱いになってしまったわ。なんか私達からすれば純粋なドラゴンの方が格は上なんだけどね。」
他の種族からすれば、竜が強すぎるからどっちでも結果は変わらないという意味な気がする。
「それにしてもマナと仲が良いんですね。」
「まあ、ちょいちょい遊びに来たドラゴンってフーリンぐらいだったし、フーリンはあれでしょ。マナの研究まだしてるの?」
「500年ぐらい前に諦めたわ。」
マナの木が燃やされたころかな?
「じゃあ、またする?」
「そうね・・・太郎君を貸してもらってもいいかしら?」
マナが少し考えてから返事をする。
「昼間だけならいいわよ。」
「夜の担当が世界樹様なんですか?!」
「太郎のベッドは譲らないからっ。」
すごく変な目で見られた。でもマナが俺に抱き付いているし、それが仲の良い兄妹にも見えるのでそれ以上突っ込んでこない。助かった。
「・・・折角ですし暫く此処に留まって頂ければ、太郎君を一人前の魔法剣士ぐらいには育てますよ。」
「剣術も指導してくれるの?」
「人間レベルの剣術はうちのスーちゃんで十分です。あの子を軽くあしらう程度になれば一人前でしょう。」
そんなに強いのにケルベロスに怯えてるんだ・・・。俺がポチの方に視線を向けると、すでに窶れ始めている。猫のスーの方も同様だ。
「うちのポチに怯えるって事は・・・。」
「ちょっと昔にケルベロスにちょっかいだして噛まれた事が有る所為もあるんだけど、幼体でもケルベロスの方がかなり強いわ。スーちゃんじゃ実力出し切っても尻尾を噛まれるでしょうね。」
そのケルベロスのポチはフーリンに怯えている。
「大人になっても竜人族に勝つなんて考えるケルベロスはいないわね。相当な数を集めたら別でしょうけど。それでも飛んでいたら一方的にやられるだけだわ。」
「ポチも一緒にいたら強くなるかしらね?」
「ケルベロスは賢いと言いますし、このポチちゃん、私の言葉を理解しているようですし、放っておいても見ている事が刺激になって良い勉強になるでしょう。」
しかし、この町の中にドラゴンがいるって町の人は知っているのだろうか?場合によってはケルベロスでさえパニックに成るというのだから。
「ああ、もちろん町の人には内緒にしているわ。知っているのは当代の魔王と幹部の数人、あと9代目魔王のダンダイルちゃんかしら。」
「あー、あの頭のいい人ね。」
ちょっと待って。魔王がちゃん付で呼ばれてるんだが。
「ダンダイルはね、私のところに遊びに来た唯一の魔王なのよ。それも魔王やっている時にね。勇者達のあしらい方も巧かったわー。見習いたいくらいに。」
「そうですね、ドーゴルちゃんはダンダイルちゃんと比べるとかなり質が落ちますし。」
「ドーゴルってのが現魔王って事で?」
「うん。」
「マナが長生きなのはわかるけどフーリンさんは一体・・・。」
「一応、私よりは年下よ。500年位しか違わないけど。」
それでも8000年くらい生きているのか・・・なんというか、この感覚にはついていけない。見た目は妖艶なお姉さん。美人という言葉がぴったりだ。それが8000歳だなんて言われても信じられない。
ともかく、俺を鍛えてもらえるのは有り難い。何しろ一度死んでいてもう一度死ぬような事には成りたくは無いからな。基本は逃げるが、逃げられない事なんてこれから何度でもあるだろうし。・・・死んだことを隠す必要も、そういう相手でもないので言ってみた。流石にちょっと驚く。
「太郎君一度死んでるの?それであの神に生き返らせてもらったの・・・ふーん。」
何か深く考えようとしているが、その思考の奥に何やらあるのだろう。俺に解るはずもないが。それにしてもこの世界の神さまって、なんか好感度低いな。
「とりあえず、神から貰ったんでしょう、その武具は使用禁止ね。真に強い武具は使う者も強くないと、武具に頼ってしまって身を亡ぼす原因になるから。」
俺をじっと見ている。
「世界樹様のお力もここではナシね。」
「なんか心安らぐやつですか?」
「そう。あれが有るとあなたの本来の力が測れないから。」
「それならこの町に来てから、使ってないわよ。」
フーリンが僅かに表情を変えた。
「じゃあ、もう一度試してみますね。」
「え?」
強い視線が俺を襲う。フーリンは椅子に座っているだけで何もしていないが凄い殺気だ。ポチとスーが泡を吹いて倒れた。俺の背筋がぞくぞくする。
「さっきは世界樹様がいるからだと思ったけど、これなら期待できるわね。」
「太郎も心が少しは強くなったみたいね。ポチのおかげもあるかも?」
「あの神が何かしたかもしれませんね。」
いったい何のテストだったんだろう。倒れたポチを起こすと目を覚ました。スーの方はフーリンに起こされている。
「只の殺気ですよ。世界樹様には通用しませんけどね。」
「フーリンの殺気でそのぐらい耐えられるほどに成ってたんだ。太郎凄い!」
実感が無いので良く分からないが、俺より強いポチとスーが恐怖でガタガタ震えているのだから、相当なモノなんだろう。ポチの方は俺が頭を撫でているとすぐに冷静さを取り戻した。ポチの方も慣れてきたみたいだ。
『殺気だけでこんな・・・俺も太郎と一緒に鍛えてもらう。』
『あなたはおまけよ。』
マナがフーリンを見た。この竜はケルベロスの言葉が理解できるのか。
『身体能力だけでは守れないわ。誰かを助けるつもりなら助けを乞うのではなく、あなたが生命を捨てる覚悟を持つのよ。』
『俺が死んだら意味がないだろ。太郎を助けて俺も生き残る。それがベストだ。』
『・・・そうね。わかったわ。スーちゃんでは無理だから私が直接指導するわね。』
ポチの全身の毛が逆立った。あの視線にやられてもなんとか耐えているようだ。だが、数秒でダウンした。
「相変わらずの厳しい指導ね。」
マナがそう言うと、フーリンはさっきまでの険しい表情から一転、優しい笑顔になった。
「世界樹様を守るなら本当は私がついて行きたいくらいですけど、私では目立ちすぎますので・・・。それに、世界樹様もまだその身を隠しておきたいのでしょう?」
「そうねー。なんか成長しなくて困ってるんだけど、成長しなくてもいいかなーって思いもどこかにあるのよね。」
「成長しない・・・のですか?」
「うん。最初は順調に大きくなったんだけどね。マナの流れも保有量にもそんなに問題はないはずなんだけど。」
8000年生きた者同士でも分からない事はあるのだろう。しばらく考え込んでいたフーリンであったが、未だ朝食を食べていない事に気が付き、お昼に近くなってしまったことで、先に食事となった。ここの料理担当はスーではなく、フーリンで、すごく美味しかったという記憶だけが残った。
太郎とポチはその日の午後から、死に物狂いで訓練に励むのだった。
ややこしいけど世界観って必要なんだよね。
この世界の常識って、まあ、大きな誤差は無いんですけども。