第168話 魔王がやって来た
今日はとてもいい天気で、畑日和だとナナハルは言う。
「いつでも畑日和な気がする。」
ちらっとマナを見ると今日も畑の作物を爆発させている。
うどんもやっているが、この集落の人口が増えてから毎日不足気味だ。鉱山に運ぶ分の食糧も必要だから、肉は更に不足している。
「狩りつくしてしまいそうで困るんですよね。」
兵士がそう言って狩りに出かけて行った。
事実不足分は商人達から買う訳だが、街道整備の進捗状況はまだまだで、運ぶ量にも限界が有るから、今の状況では大量運搬は不可能だ。兵士達の不足分は太郎の畑から収穫したモノを購入するという事になっているから、結局はマナとうどんに頼り切っている。
「田んぼくらいちゃんと作りたいよね。」
という訳で、今日からナナハル指導の下、田んぼ作りが始まった。
予定地は既に決まっているので、区画を決める為、畔を作る。
「少し段差が有ると良いのじゃ。」
「高低差を付けて水を流れやすくする為?」
「うむ。」
川から取り込んでいる給水路と繋げ、川上から川下に向かって僅かな段差が出来るように地面を掘った。まだ水が入ると困るので仕切り板でおさえておく。
もう黒ずんだ土の無い場所なので子供でも掘れる。
グルさんに作って貰った農具を子供達に配って皆でやる。
サクサク掘れる。
グリフォンはなんで素手でやってるのかな・・・。
「飽きたー!」
子供の一人が叫んで、地面に座り込む。
「ダメじゃ、まだ始めたばかりじゃぞ。」
兵士達にもエルフ達にも手伝うと言われたが、断っている。それほど広い土地でもないし、慌てて完成させるモノでもない。人数が多過ぎても困る事が有るのだ。
今日はダンダイルもフーリンも不在で、魔女のマリアとナナハルの妹のツクモが、畑の作物を勝手に食べながら、太郎達の作業を眺めている。
「休憩はしていいよね?」
「むむ・・・あ奴らの所為じゃな。」
魔女と妹をひとくくりにして睨み付けたのだが、睨まれた方は平然と手を振って応じた。九尾の子供達がサボり始めても、真面目に働いてるのはグリフォンとククルとルルクで、子供達の中でも特に非力で小さい存在の二人が、グリフォンにくっついてせっせと作業を続けている。
マナ、スー、エカテリーナ、うどんの四人が揃って田んぼの予定地にやってくると、子供達のサボり具合を見て、案の定という表情をしている。
マナがナナハルに作業について何をするのか質問する。
「これ、どーすんの?」
「耕すと言っても石をとにかく取り除くのが最初じゃ。」
「雑草は?」
「全部抜いて、最終的には泥のようにするのじゃが・・・。」
太郎が気が付く。
「俺の魔法で泥を出せば解決だよね?」
「その通りと言うか、そのつもりじゃ。その為に石なんかは邪魔になるからの。」
ある程度の予想図が太郎の頭の中で完成すると、サボる子供達を放置して作業を続ける。みんなが真面目に作業するのを見ていれば、子供達も作業に戻る。
ただし、長続きはしない。
「足腰を鍛えるのも修行の一環ですよー。」
スーが遊んでる子供達にそう言うと、渋々と再開する。
「おとーさんの作業が早い。」
「あのくらい普通に出来るように成らんと、いつまでも父親のようにはなれんぞ。」
俺は一体・・・。
石や雑草を取り除けば、そんなこんなで枠は完成し、それなりの広さの六枚の田んぼに泥を入れるだけとなった。
ドバドバドバ・・・。
子供達が俺の掌から出てくる泥をじーっと見詰めている。
楽しいの・・・かな?
「もう少し水分が多くても良いぞ。」
ナナハルの指示に従って水分量を増やすと、泥が効率よく広がる。
まんべんなく広がったら次。
それを計六回。
耕す必要が無いな。
給水路との仕切りを外せば水が流れ込む。
ササガキも入って来たけど、いいのかな?
「ササガキが水を浄化してくれるのじゃ。」
「虫とかはどうするの?」
「あそこにいる連中が太郎の許可を待っておるぞ。」
気が付くとずらーと並んでいるカラー達。
ササガキは食べず、虫や雑草だけを食べるという固い約束をしたが、田植えにはまだ早い。
「本当は必要な作業が有るのじゃが、太郎の泥は質が良いでな、代掻きの必要がないのじゃ。苗は作っておいたから、明日にでも田植えは出来るぞ。」
まだ水を張っただけの田んぼにカラー達がバシャバシャと水浴びをしている。
楽しそうに見えるが子供達はやっちゃダメだ。
ダメだぞ。
子供達の忍耐力に期待しておこう。
ちなみに、その日の夜はみんなで風呂に入る事になったのは言うまでもない。
翌日。
予定通り田植えをする為に早起きをしたら、ダンダイルさんが空から降ってきた。
「太郎君、丁度良かった。」
続いてフーリンさんも降ってきた。
と、もう一人。
誰だろう?
「はじめまして、魔王のドーゴルです。」
「あ、はい。はじめまし・・・魔王?」
「そうです、魔王です。」
太郎と魔王はしばらく見つめ合っていたが、トキメキ展開なんて有る訳がない。
「どうかしましたか?」
さわやか好青年風の男が太郎に問う。
「あ、いや、あの、突然魔王と言われても、何も用意してませんよ。」
「お忍びで来たので他の者達に気が付かれないように朝に来たのです。」
「いや、既に気が付かれてますけど。」
太郎が居たのは食堂の前で、いつもより人が集まっているのは、流石に田植えには人が沢山必要になるという事で手伝いの兵士やエルフも集まっていたのだ。
「ま・・・魔王様だ・・・。」
「アレが魔王・・・。」
直接面識の有るエルフはオリビアだけなので、そのオリビアが教えていた。
もう全然お忍びじゃなくなっていて、溜息を吐いたのがダンダイルである。
「だからちゃんと準備しましょうって。」
「色々と隠しておきたい事も有ったのだ。」
「諦めなさい。」
そう言ってひょっこり現れたマナが魔王の頭の上に着地する。
そこから肩に腰を下ろし、頭をペシペシと。
「ま、魔王様の頭を・・・!!!」
マナには何を言っても無駄なので、させたいようにさせているが、魔王の方も気が付いたようである。
「アナタが世界樹様ですか。」
「そーよー。」
髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
周囲からざわつく声が広がる。
「なんか凄い魔力を感じますね。」
「それはあっち。」
「え?」
太郎の周りには魔女も居るしグリフォンも居る。
「あの辺りの魔力が凄いんですけど、乱れないのですね。」
「それは太郎君の存在のおかげかしらね。」
「話だけだと実感がありませんでしたが、ダンダイルさんが言う通り、凄い人なんですね。」
周りに集まって来たのは人だけではなく、キラービーもやって来た。キラービーにとってはいつも通りの行動なので気にする事も無い。魔王達の真上を通過して、太郎の所へ蜂蜜を持ってやってくる。
『今日は早いね?』
『子供達がだいぶ大きく成ったので作業が早くなったんです。』
『あー、もう竜血樹だけじゃ足りない感じ?』
『トレントの花が咲けばいいのですけど。』
『いろいろあって忘れてたなあ・・・。』
『なんです?』
『果樹園。』
『それは楽しみですねぇ。』
羽根のパタパタが嬉しさを表しているのだろう。
すっごい動いてる気がする。
横で聞いている魔女が、流石に表情を歪める。
「ん、なにこれ・・・耳が・・・。」
「慣れないですねー。」
「はは、すまんすまん。」
キラービー達から蜂蜜を受け取って、手を振って見送る。キラービー達が森に帰るのを魔王達も眺めていた。
「・・・これが普通なんですか?」
「普通だな。」
「普通って何だったんですかね・・・。」
魔王の口が開きっぱなしで、この村に来た時点で常識は投げ棄てるモノになっているようだ。
「ああ、済みません。お待たせしてしまったようで。」
「気にしなくて良いですよ、予定も言わずに突然来ているのですから。」
マナは新しい人が来ると、その人の頭を触るのだが、アレは何かの洗礼かな?
されてる人がいつも気にしていない事が気になる。
「ってか、こいつが魔王なの?」
「魔王らしくない。とはいつも言われてますね。」
「ふーん。」
魔王はマナを頭に載せたまま周囲を見渡す。
兵士達は動けなくなってしまったが、エルフ達はナナハルの作った稲の苗を田んぼに運ぶ作業を開始した。
「なんか朝から忙しそうですね?」
「田植えをするので。」
「田植え・・・?」
「えぇ、やっと出来るんですよ、米作り。」
魔王は田植えを知らないようだ。
「アンタもやる?」
マナの発言は周囲を驚かせたが、言われた方は嬉しそうだ。
「いいんですか?」
「別に問題ないわよ。」
マナの一言で決定してしまったのだが、こういう時は何故か太郎に確認を取る事は無い。マナが良いと言ってしまえば太郎が反対する事は滅多に無いからだ。
ダンダイルがカールに視線を送ると、それを受けて兵士達がキビキビと動き出す。トヒラはたまたま不在で、溜まった報告書を城でまとめている頃だった。
「魔王が田植えをするとは奇妙な時代になったモノじゃ。」
「ですねー。」
サボり魔女とサボり九尾が目を逸らした。
「人手は多い方が良いけど・・・。」
「これだけの良い土壌じゃからな、太郎の水と合わせれば旨い酒も出来る筈じゃ。」
酒に反応したのは妹の方だ。
酒を造るにしても完成までにずっと先だから、その頃にはいないんじゃないかな。
というか、この人と言うか、この九尾はいつまでここに居るんだろう・・・。
楽しそうに準備する魔王は、汚れてもいい服を持っていないので太郎の服を着てもらう事になった。
なんと、ジャージが有ったという奇跡的?な事件も起きたわけだが、本当にこの袋に何を入れたのか覚えていない。しかも新品だった。
ビニール袋から出した時に不思議そうに見られたけど、服を見た時はもっと不思議そうな顔になっていた。
汚れるよりマシという事よりも、服に興味があったらしく、嬉々として着替える魔王の姿には太郎も吃驚している。
「変わった服ですね。」
「ちょっと短いけどいい服が汚れるよりは。」
屈伸運動をして服の伸縮性を確かめている魔王の姿は、やっぱり魔王らしくない。
「そういえばキラービーと話をしていたように見えたんですけど?」
「してましたよ。果樹園を作る予定だったのを忘れてまして。」
「果樹園・・・こんな場所で育つのですか?」
「私とうどんがいるから問題ないわよ。」
「うどん?」
悩んでいる表情をしている魔王に後ろからガバッと。
「えっ?!」
「お困りですね?」
「気配を全く感じなかったんですけど・・・。」
「元々ありませんので。」
「気配が・・・無い?」
「うどんの事は気にしないで下さい。」
「この人がうどん・・・?」
「トレントなんですけど。」
「人型のトレントって凄く珍しくないですか?」
「世界でもココでしか見れないでしょうね。」
「何で抱き付かれているのか良く分からないんですけど。」
「困ってる人を見ると癒したくなるそうです。」
「はぁ~・・・。」
兵士達とエルフ達が小分けにした苗を分配して、魔王と太郎も受け取ると、いざ泥の田んぼの中へ。
指導及び監督のナナハルは、胡坐をかいたまま田んぼの上で宙に浮いている。
梯子みたいな道具を使って均一に苗を植えていき、一列が終わると後ろに下がって梯子の様な木枠を手前に返す。
足腰への負荷が凄いけど、魔王が凄い楽しそうだ。
他の田んぼでも同じように行われていて、田んぼの半分くらい終わった頃にはへとへとになっていた。
元気なのは太郎とマナぐらいなもので、魔王も額に汗を流している。凄い笑顔だ。
「交代しますか?」
「いや、最後までやりたい!」
ダンダイルもフーリンも参加していないのに、魔王がやっているというのも異様な光景だ。
しかし、異様だと思っているのは兵士達くらいなもので、エルフには関係ない。
作業は順調に進み、一日かかる予定が昼前に終わってしまった。
泥だらけになったので今日は昼食前に参加者全員が風呂に入る。
「え、一人で用意するんですか?」
「女子の方は私がやっとくわねー。」
魔女がサラッと言う。
「結構な量なんですけど・・・。」
「以前は俺一人だったんですけど、最近はマリアもやってくれるんで。」
この時に限っては、魔女を呼び捨てで呼んでいる事に驚いたのだが、太郎はお湯を出している事に驚いていると解釈している。
「なんか色々凄いですね。」
「あんまり、そう言われるとテレますね。」
「実際凄いんだよ、太郎君は。」
ダンダイルまでにそう言われてしまい、太郎はテレながらお湯を出した。




