第160話 求められない者達
順調に建設が進む兵舎。兵士達の出入りが思ったよりも多く、毎日知らない人を見かけるようになった。そんな中に混じって商人が数人訪れていて、あちこちを見て回っている。
後で聞いた話だが、魔王国のお抱え商人で他言無用を厳しく言われているらしい。
ただ、この商人達は、キラービーを見て驚き、ポチ達を見て悲鳴を上げ、うどんを見て癒された挙句に連れて行こうとしていたので、スーがボコボコにしていた。
「私の事を金さえ払えばさせてもらえる女だと思った事が間違いですねー。」
「連れてくるのはまだ早いと言ったのだが、俺の権限じゃ何も出来なくてね。」
「どういう理由で来たんです?」
「どこかのバカがあの蜂蜜の事を商人達に喋ったらしい。それで取引の権限を持ちだして無理矢理ついて来たんだ。」
「ダンダイルさんには?」
「もちろん報告はしたが、ダンダイル様も何も出来ないそうだ。何でも部局が違うとかなんとか。」
面倒な話である。
「蜂蜜をかなり欲しがっている様子でしたけど、あんな奴らには渡しませんよねー?」
「もし欲しがってもあいつらの財産じゃ足りないだろうな。」
「少量で買うんじゃないですか?」
「それじゃ商売にならん・・・いや、家宝にするかもしれないか。」
急にバタバタと後ろが騒がしくなったと思ったら、飛び込むようにやって来たエカテリーナが太郎に抱き付いた。
「た、助けてください・・・。」
「え、なにがあった・・・?」
エカテリーナを追いかけるようにやって来たのは訪れた商人達の一人だ。
「あんなに珍しい料理ならやっていけるし、資金も出すからうちではたらッグ?!」
途中で喋れなくなったのはスーが商人の顔に近くに置いてあったトレイを投げつけたからだ。
「あんた誰だい?」
太郎がエカテリーナを抱き寄せてから問う。
「悪いが交渉したいのはアンタじゃなくてそっちの子なんだが?」
トレイが当たってもメゲナイ男に太郎は強くも無く普通の声で言い放った。
「よし分かった。帰れ、二度と来んな。」
男が吃驚した声を出す。
だが諦めた様子はない。
傍に居る男を見知っている事と、逆らえない事を知っていて、妙な声を出す。
「カールさーん。」
助けを求めてきた男をカールはあえて無視をする。
「良いんですかー?」
一部始終を黙って見ていたスーの眼光が鋭くなった。
その瞳には"気に食わない"と表示されているのが良く分かる。
「何です、こいつ。」
マナやグリフォンはこの場にはいない。子供達と遊んでいるのだが、面倒な事に巻き込まれないように二人に頼んだのだ。うどんは止められないので仕方がない。
「・・・商人だ。」
「ずいぶんと態度が悪い様に見えますけどねー?」
「こいつらは特に軍人に強いんだ。基本的に商売の交渉に関して俺達は口を挟めない事になっているからな。」
商人達に与えられた特権の一つに、交渉は自由というモノがある。当然の事ながら相手を選ぶし、商人達もあまりにも無茶苦茶な事はしない。ただし、それは魔王国内での場合であり、それ以外は自由だ。それ以外の相手はエルフ達が該当する。
「なるほど、じゃあただ追い出すのもつまらないんで取引禁止にしよっか。」
カールは太郎の言葉に満面の笑みを浮かべ、商人の男に見せ付けるよう、わざとらしく深々と頭を下げる。
「承知いたしました。」
商人の方は意味が分からない。苦労してここまで来て、エルフ達相手の交渉は上手く立ち回れたというのに、変な男の所為で邪魔されたくはない。
しかし、何で邪魔をするんだ?
「お前は軍人でもないのに何の権限でそんな事を言うんだ?!」
「説明しないと分からないなんて洞察力の無い人だね。」
太郎は心の中で[勝利確定]を知っていて、エカテリーナを困らせた相手を懲らしめようとしていた。
「俺は魔王国内での特級商の権限を持っているんだぞ!」
なにそれ、そんなの知らない。
「ココって魔王国内なんですか?」
「一応そうなっているが、それを言うと何処までが範囲になるかは不明ですな。」
「おれ、魔王国の国民になったつもりも無いんですけど。」
「希望を言うと国民であって欲しいでしょうね。」
ダンダイルさんならそう言うだろう。
「ココは魔王国内と聞いているから来たんだが?」
商人の男の発言は当然と言えば当然だ。でなければこんな危険な場所に来たりはしないだろう。しかし、スーがボコボコにした商人がいるだろうに、気が付かないという事は・・・。
「物理的に懲らしめて良いですかー?」
スーが指をポキポキと鳴らした。そんなならず者みたいな事をしなくても良いと思うんだけどなぁ。
「とりあえずこれだけは聞いておきたいんだけど、ココに来る前に何か言われてないの?」
「そう言えば村の外に出るなとは言われているが、他には言われてないぞ。」
ダンダイルさんが言える限界なのだろう。
この男の態度は確かに悪いが、村に対する認識も甘いと言わざるを得ない。
「兵士やエルフの人達が頑張って守ってくれてるというのに・・・。」
言葉を続けようとする前に横から声を掛けられた。
「タロウ殿、丁度良かった・・・あ、お前さっきの!」
現れたのはオリビアだった。
「なんだ、ちゃんと交渉したのに文句があるのか?」
「何を言うか、私が来たら逃げた癖に。事情は聴いたから、取引はナシだ。」
「そんな無茶苦茶な事が通用すると思っているのか?」
この男はあちこちで何をしているんだ。
「そっちでは何をしたんです?」
オリビアは深い溜息を吐いてから説明してくれた。
「ここの鍋釜や武器、いわゆる鉄製品だが、殆どはグル・ポン・ダイエの作った物なのだ。あの人は作るモノに手を抜かないが、売る相手はタロウ殿の様に信用できないと売らないんだ。」
「それを買い取ろうとした?」
「それだけならまだ良い・・・いや、良くない。買い叩いた上に、金は後日払うと言ったんだ。」
「殆ど詐欺じゃないか。」
「詐欺とは人聞きが悪い。今は持ち合わせが足りなかっただけだ。」
「そんな事を言って、次にいつ来るんだ。その金を受け取った我々は何処で使えば良いのだ?」
確かにこの村では貨幣の意味が無い。何しろ店なんて無いのだから。
「グルさんの作ったモノってそんなに高いんですね?」
「紹介状が無かったら帰れって言われるだけですよー。」
「それじゃあ、ココって宝の山だらけじゃん・・・もうしばらく安定するまでは来てもらっても困るね。」
「タロウ殿が呼んだのではなかったので?」
「そんな事を言った覚えはないね。」
「この男は取引に必要だから呼ばれたと言っていたのだが・・・。」
商人はカールを見る。やはりそっぽを向いた。
「そんな態度だと後で軍法会議に・・・ぐほっ!」
突然現れたエルフの男が商人を殴り飛ばした。オリビアは殴った男の手を掴んでそれ以上の行為を止めた。流石にカールが小さくも無い声をあげた。
「なにをするか!おい、こいつを捕まえろ!」
商人が倒れたまま怒鳴り散らした。周囲に居る兵士達も気が付いてこちらを見るが近寄ってはこない。カールが手でジェスチャーをして近寄らせないようにしているからだ。
「お前らエルフの癖に魔王国でまともに歩けると思うなよ!」
商人が叫んだその言葉に、太郎は明らかに気分を害した。こういう奴がいるからどこでもいざこざが起きるし、差別なんてことが平気で行われるのだ。抱き付いているエカテリーナが違和感を感じる。見上げた時に、初めて見た太郎の表情は怖さよりも悲しさを感じて、自然と強く握った。
「・・・こんな奴ってどこにでもいるんだな。」
「タロウ・・・さま?」
やっと立ち上がって睨み付けたところで、異様な光景に目を大きく開いた。
「ひぃっ?!」
太郎の背後から何本もの蔓が伸びてきて、ゆっくりとその男に向かって行く。
「な、なにを!」
「すっきりしないけど、縛り付けて何も出来ないようにした方が良いかな。」
すると、蔓がさらに伸び、男の身体に纏わり付く。振り払おうとしても数が多過ぎて、身体中に巻き付いた。
「た、たすけろっ!」
誰も何もしない。異様な光景に目を奪われているのは周囲の者達も同じだった。
「マナ、そんくらいでいいよ。」
「ほいほい。」
いつの間にか太郎の後ろにはマナとグリフォンと子供達がいた。
「全然気が付きませんでしたー。」
スーが吃驚しているくらいで、カールも驚いていた。オリビアともう一人のエルフも太郎を見詰める。
「変な奴が来たわね。」
「何時から見てたの?」
「倒れたトコロかな。」
「じゃあ事情は知らないよね。」
「でもこうしたかったんでしょ?」
「それは、そう。」
子供達にはあまり見せたくない光景だし、こんな事件は何度も起きて欲しくない。しかも外から来た人に対して警戒心が強くなってしまうのも良くない。
「こいつ放り出すのか?」
「投げちゃダメだよ。」
「タローは優しすぎるな。こんな奴、死んでもいいのに。」
「利用価値があったとしても利用したくないね。」
「お、お前たち覚えてろよ!」
未だ虚勢を張っている男は、意外と根性だけは有るかもしれない。もしくは、自分の背後の力を過信しているのだろう。いつまで経っても助けない軍人に汚い言葉で罵声を飛ばしている。
そこへ近づいて来ようとする兵士にカールは視線を向けて追い返そうとしたが、あまりにも慌てた表情で意味の解らない身振り手振りに、近寄る。
「なんだ口をもごもごさせて、かまわんからそのまま言え。」
「あ、あの、商人が行方不明になっていたのですが、魔物に襲われで重症です。」
「なんだと!」
その場で起きている事件など投擲して、慌てて兵士に案内させる。走り去るカールと兵士達を見送った太郎は、蔓にくるまれたこの男をどうしようか悩んでいた。
森に向かって走りながら、確認する。
「さっきまで周りをウロウロしてたのはそういう事だったのか。」
「行方不明と報告したかったのですが、先ほど発見されまして。」
「重傷と言うとどのくらいだ?」
「魔物の爪で腹部をバッサリとやられているようで、多分助かりません。」
「マジか・・・参ったな。」
トヒラもダンダイルも不在であれば、責任者はカールしかいない。面倒な事件程度なら我慢しても、死んでしまっては困る。キラービーの巣に近くなるどころか、少し通り過ぎた。
「何で魔物が襲われるようなところに一人で行かせたんだ?!」
「勝手に行ってしまったんですよ。」
「アホか、監視を付けるように言っただろうが。」
「・・・。」
案内の男がバツが悪そうに無言になる。
「金でも貰ったか・・・それで監視も解いたか。この事件が終わって俺がこの任を解かれてなかったら・・・。」
「す、すみません。」
「謝るくらいならサッサと走れ。」
到着すると襲ったであろう魔物は既に倒されていて、倒れた男の傍には兵士の他に見慣れない女性の姿が有った。
「あの女は何だ?」
「タロウ殿のお知り合いではないので?」
倒れた男の服は血まみれだが、バッサリと斬られた筈の腹は傷一つなかった。
「こ、これはアンタがやったのか?」
「あーら・・・良かったわね、久しぶりに人を見たから助けちゃったのよねー。」
「助けた?どうやって・・・死ぬ寸前だと聞いたが。」
「回復魔法を知らないの?」
「回復魔法だと・・・すまないが、どこの所属だ?」
「所属ってー、いわれてもー・・・。」
こんな変な女性はきっと太郎殿の知り合いに違いない。それは兵士達が思った事と同じだ。太郎殿の周りには変な女性がいるという認識は間違っていると思わない。
「とにかく助けてくれてありがとう。」
「いえいえー。」
スッと立ち上がった女性は、こんな森の中だというのに軽装過ぎる。防具どころかドレス一枚だ。美人なのは認めるが異様過ぎる。
「こんな森でなんですから、村に来ませんか?」
「あー、こんな所に村なんてあるのーね?」
「知ってるのでは?」
「しらないわー・・・でも、あの木って・・・?」
「世界樹の事ですか?」
「そう、あれって世界樹だったの。ふーん。」
不思議な女性は驚いている様子も無く、周囲を見渡している。ふわふわと飛び回るキラービーを見ても驚かない。
「案内してもらっていいかしら~?」
少し躊躇ってから、カールは頷いた。




