第18話 道具屋
店の中に入ると優しい声が聞こえた。
「いらっしゃいませ。でもごめんなさいね、まだ店は開けてないのよ。」
「あんたんところの猫娘を連れてきてあげ・・・あげぇ?」
艶めかしさを醸し出すその女性を見て、マナが何かを思い出そうとしている。引っ張っていた腕を離すと、猫獣人はケルベロスに怯えてまた座り込んでしまった。ソンナニコワクナイヨ?
「うちのスーちゃんが、また何かやらかしてしまいましたか?」
日常茶飯事なのか・・・。
「フーリン様、怖いです。」
傍にケルベロスが居る状況を見て理解したようだ。ポチを見ても平然としてスーを軽々と持ち上げ、そのままカウンターの奥へ消えていった。奥の部屋で何か小さい声で会話しているようだが、ほとんど聞こえてこない。
戻ってきたその女性を指差して叫んだのはマナだ。
「あー!思い出したわ、フーリン!あなた、よく遊びに来ていたフーリンじゃない。久しぶりね~。」
キョトンとした表情をする女店主。すごく馴れ馴れしい言葉遣いなので、気が付くのが遅れた。と、この後の会話で釈明する事になる。今はたっぷり1分ほど見つめあっていた。
「え~、私のこと忘れちゃった?」
気が付いた時の彼女の動きの速さはとんでもなかった。目の前に俺とポチが居るなんて事すらすっかり忘れていて、マナの目の前でその大きな身長を縮ませている。僅かに震えているようだが、恐怖を感じたわけではないようだ。
「せ、世界樹様・・・生きていたんですね!」
マナがこれでもかってくらいの笑顔を作って応える。嬉しそうだ。
「フーリンがここ棲んでるとは思わなかったから、思い出すのに時間かかったわ。」
「あ、えぇ。まだここに来てから200年しか経っていませんけど。」
「200年かあ・・・。」
「それにしても、どうやってここに来られたのですか?あの神が色々やってくれたのですか?」
「まぁね、話すと長くなるけど。とりあえず私がこの世界に戻ってきた時はちょっとね、ドラゴンに見つかると面倒だったし。」
「でも世界樹様がご健在なら、マナの安定も安心・・・でもなさそうですね。そのお姿って事は。」
「そうなの。今はまだナイショなのよ。最盛期の10分の1の力も戻ってないし。」
「それはご苦労なさっている事でしょう。しばらくここにお泊りになっても構いませんが。」
俺の知らない世界で話が進んでいるようだ。暇なので並んでいる商品を見ているが、ポチの様子が変だ。こちらは明らかに身体が恐怖で震えている。マナの知り合いのようだし、声に出しても良いと伝えると、凄く小さな声が返ってきた。
『俺は犬でいい。』
そう言って硬直した。さっきの猫獣人の様に。マナの方は会話が弾んでいるようで、身長差が30センチ以上は確実にある相手なのに、なぜかマナの方が大きく見える。不思議だ。
「それで、今は太郎と一緒に旅をしてるの。これからスズキタ一族の住んでいた場所に行こうと思って。」
二人の視線がこちらに向く。
「あ、鈴木太郎です。」
と、向こうの世界の癖でフルネームで返事をする。それを聞いて納得したのが店主の女性だ。
「スズキタ一族の子孫なのね・・・なかなか良い資質が有るわ、能力的にはまだまだだけど。」
「念の為に言いますけど、スズキ・タロウであって、スズキタ・ロウではないですよ?」
区切りを、強く、しっかりと区切って発音する。
「あら。でも子孫なんでしょう?」
「マナが言うにはそうみたいですね。」
「マナ?なんの魔法かしら。」
「太郎が私の名前にしてくれたの。マナって言うの。」
「世界樹様の名前・・・?」
「マナの木とも呼ばれてたって言うんでマナって呼んでたんですけど。」
「この子は普通の人間ですよね?」
この子とは俺の事だろう。いったいこの人いくつなんだろう・・・。
「太郎は純血の人間よ。ちゃんとスズキタ一族の血を守ってたから間違いないわ。」
「今時、純血の人間なんて存在していたんですね。あの魔女達でさえ混血が進んでいるというのに。」
「あ、やっぱりまだ魔女って存在するんだ?」
「えぇ、今は勇者達を利用してあちこちで問題を起こしています。ダンダイルちゃんが魔王だった時からそうでしたが、最近は特に酷いですよ。」
俺はポチの頭と背中を優しく撫でる。少しは解れてきたようだ。てか、魔王だった人を子供を呼ぶような感覚が。気の所為かな。
「そういえばその犬はケルベロスですよね。世界樹様の?」
「うぅん。どちらかと言えば太郎の。」
「へー、太郎・・・様の。」
「俺の事は呼び捨てでもいいですよ。気にしませんので。」
マナが頷く。フーリンの名前の女店主が俺を見つめてきた。僅かに背筋が凍る感じがする。これは、恐怖だ。マナが傍に居るのにこれほどの強い殺意が俺の全神経を揺さぶる。ポチがまた硬直した。
「・・・世界樹様。」
「どーしたの?」
「その・・・太郎君。このままだとまだちょっと頼りなくはないですか?」
「そうなんだけど、私じゃ魔法を教えるぐらいしかできないから。」
「これからスズキタ一族のところへ行くにはケルベロスが居てもかなり厳しいですよ。確かガーデンブルクとの国境近くの村でしたよね?」
「詳しい場所は知らないけど、その辺りね。」
「あの辺りでは突発的な戦闘が日常的に発生していて、10年ほど前から勇者もどきと言いますか、自称勇者が国王軍と手を組んで魔王軍と戦っているのです。」
「あの国ってまだそんなに国力が有ったの?」
「・・・コルドー神教国という国が300年ほど前に建国されたのですが、どうやらその国と裏の関係が有るらしくて、噂では魔女達の隠れ蓑とも言われております。」
「はー、あいつらドラゴンより面倒だからなあ。」
「済みません・・・私たちの所為で。」
「あなたは最後まで味方だったじゃない。実は太郎がもう少し成長したら、探しに行くつもりだったのよ。もちろん頼る気満々で。」
「そうなんですか!それほど信頼していただけるとは・・・。」
「ドラゴンだって全てが敵ではないわけだし、たぶんもう少し魔法の勉強をすればドラゴンのブレスぐらいなら防げるわ。何しろ水魔法が得意みたいだし。あ、太郎ちょっとあのお水ちょうだい。」
あのお水とは味のする水の事だ。
「フーリンさんも飲みますか?」
「太郎のお水は美味しいのよ。」
「え?えぇ、いただくわ。」
袋からカップを三つ取り出しテーブルに置く。魔法で出した水を均等に分ける。少しは疲労しなくなってきたかな。良い感じに注げた。フーリンが驚いている。マナに笑顔で勧められて、恐る恐る飲む。
「なにこれ、すごく美味しい・・・。」
マナのドヤ顔が炸裂する。ポチは気を失う事に耐えるように動かない。心配しながらも自分の分を飲む。これは良い感じに少し濃くなった。自画自賛になってしまうが美味い。
「すごいでしょー。でもね、この魔法って何だったのか忘れちゃったから、ききたかったのょ。」
「世界樹様、これ神気魔法ですよ。世界でも使えるのは極僅かと言われる・・・。あの魔女達ですら研究し続けて未だに使えない究極の魔法。ただ、神でない者が使うと異常な疲労感に襲われるらしく、使用を控えることから、まずこの目で見る事が出来ないと。」
「そんなすごい魔法だっけ?」
「世界樹様は神と面識の有るお方ですから、それほど気にも留めないのでしょうけど、神気魔法を研究者達の様に言いますと、創造原理魔法と言いまして、無から有を生み出す魔法なのです。ここから先は・・・世界樹様より太郎君の方が重要な話になるから、しっかり聞いてちょうだい。」
マナと俺に椅子を勧める。二人が座ったところで彼女も座った。先ほどとは違う強い視線が俺に向けられた。
魔法とは、マナを利用した具現化する技術で、体内に蓄積されたマナをイメージコントロールして生み出す。例えば炎。マナが安定してコントロールと供給が可能な場合はいつまでも燃え続けることが可能だ。そのまま何かに着火してしまえば燃え広がり、マナの供給が無くても燃え続ける。それは普通に松明に火を点けたのと同じ。水魔法の場合、いかにコントロール供給されていても、それは供給されているマナが有る事で具現化しているので、マナが無くなれば消えてしまう。水をボールの様にして投げ飛ばすと一定時間後には消えるのだ。だが神気魔法は違う。創り出した水は永久に残り、世界の自然と一体化し、あたかもそこに元から存在していたかのような存在になる。カップに入れた魔法の水は川で汲んできた水と何ら変わる事はない。
「もし太郎君が疲労を感じることなく水を出し続けたら、世界は水没してしまうわ。土を降らせれば山が出来てしまうし、嵐を起こせば町なんて簡単に廃墟になる。本物の勇者が使う天候魔法は破壊する事しかできないけど、太郎君のは創る事が出来る。これがどれだけ恐ろしいことか理解できる?」
とてつもなく凄いことは解るが恐ろしいかどうかまでは実感がない。
「これはちゃんと教育もしないと・・・。これで世界樹様みたいにマナの吸収が可能だったら恐ろしいなんてものじゃなくなるわ・・・。」
「俺自身のマナの許容量とか保有量とかって他人に解るものなんですか?」
「解らないわ。それを調べる道具ならどこかにあると思うけど、世界樹様が傍に居る限りはあまり心配しなくてもいいわ。」
稀に有る事だが、マナを吸収して過剰保有してしまう事が有るらしく、限界を超えて溜めすぎると暴発し、それは周りだけでなく術者の肉体にも影響が出る。最悪の場合は死に至る事もあり、そうならないように安定させるのがマナの木の仕事だ。マナの木が存在する前は天使達がマナの安定を担っていたが、それは自主的な事で、神に求められたわけではなく、マナの木がこの世界に現れて以降も、天使達は変わらずその仕事をしている。ただ、マナの木が世界のほとんどを安定させてしまった頃は仕事が無くなって暇を持て余していたらしい。マナがどれだけこの世界の運命を握っているのか、強く語られることとなった。
予定よりも長くなってしまう…