第155話 生活環境の激変
早朝。
エカテリーナの戦いが始まる。
拡張された厨房。
グル・ボン・ダイエの弟子二人に作って貰った巨大な鍋三つがフル稼働する。
「それは左の鍋に入れてください。そっちは右の鍋です。真ん中は・・・・。」
と、手伝いに来てくれているエルフの女性に指示を与えている。本来は使われる方が楽だし、他人に指示を与えるなんてやりたくなかったが、膨大な量を作るのは一人では無理で、当番制で手伝う事になっていた。
太郎達のパーティメンバーや兵士の上官などの分はテーブルに並べてあるが、その他の人達は列に並んで受け取る。食器類の殆どは木製で、数合わせだけでも大変だった。その所為も有って一部は自分の家でも料理を作れるように竈を各家に設置してあるが、作れる者ばかりではないのと、エカテリーナの作る料理を真似出来る者はまだおらず、美味しさで差が有った。もちろん、他の人の作る料理が不味いのではない。エカテリーナの作る方が美味しいのだ。
「太郎様のレシピのおかげですよ。」
そう言っているエカテリーナは、作り方を教えたいのだが暇な時間が殆ど無く、たまには休んでも良いと伝えたのだが、働いている方が安心するという理由で、今日も陽が落ちるまで働いていた。
「川で洗濯するのにも、運ぶのが大変そうなんですけど、何故か楽しそうなんですよね。家事とか面倒だと思うのですが。」
「流石に全員の洗濯をする訳じゃないでしょ?」
「そうなのですけど、男どもが甘えに甘えきっていて・・・。」
洗濯物置き場と書かれた立札の前にタライを置くと、あっという間に積み上げられる。下着も平気で投げ入れる者がいるので、自分のモノと分かるように目印や名前を入れるようにしてある。流石に女性陣は自分で洗っているようだ。
「皿を洗うのも大変なんですけど・・・。」
「凄い量だからね。」
太郎は少し考えで、元の現代社会にあった食洗器を想像したのだが、どうしようか悩んでいると、うどんに抱き付かれた。
「お困りですか?」
「丁度いい所に!」
家の外にテーブルを設置し、食器を縦に並べられるように仕切りを付けて、テーブルの上に並べる。水流で吹き飛ばないように固定すると、うどんに調整して水を放出させる。と、同時に太郎も水を放つ。
「これは・・・何をやってるんだ?」
「お皿を洗っているようです。」
「こんな魔法の無駄使いみたいなの初めて見るわね。」
だが、効果はバッチリで一つずつ手で洗うよりも何倍も早い。
「専用の小屋を作って、ここに棚と皿を並べて・・・。」
太郎がぶつぶつと言っているのを他の者達は不思議そうに眺めていた。
食洗小屋が完成すると次の問題を考える。
洗濯物の山積み問題だ。
「そんくらい自分で洗えよ。」
という意見も有るのだが、戦闘で負傷して帰ってきた兵士にそこまで酷なことは出来ないし、洗濯をするという機会を与えないと、男どもは服を着替える事が殆ど無いのだ。
「え?三日前に洗ったばかりですよ?」
「まだ十日ですよ?」
そう言われてしまうのだから、しびれを切らした女性陣が服を引っぺがして持ってくる。そして洗おうとする者もいるのだが・・・とにかく汚い。
「効率よく洗えればいいのか。」
「そんな都合のいいモノってあるんですか?」
「無い事も無い。」
「?」
太郎が考えたのはドラム式洗濯機で、効率も考えて二槽式にした。もちろん電気なんて無いから回転させるのは手動だ。歯車はグルさんに作って貰い、箱としての形を作る。洗濯槽はどうしても水が隙間から漏れてしまうので、常に流し込む必要が有り、脱水槽は、遠心力で水分を飛ばすのだが、どうしても周囲に飛び散ってしまう。
「ここに洗濯ものを入れるんですか?」
「うん。」
「で、洗ったのをこちらに?」
「そうそう。」
「回転は我々にお任せを!」
屈強な兵士二人がドラムを回転させる為のペダルの漕ぎ手を買ってくれたのでお任せする。手で回すのではなく足で漕げるように作った。
少しは楽かもしれない。
「これなら私でも出来そうデス。」
漕ぐ方ではない。
「それはいいね、ウルクに任せようか。」
「ハイ、宜しくお願いします。」
こうして洗濯効率は段違いになった。トヒラがこっそりとメモをして、魔王国でも流行らせようと画策していたのは言うまでもない。
次に世界樹の木の根元にやってきた太郎とマナ。ここからでは大きな変化は分からないが、頂点の方ではのんびりと育っているそうだ。
「のんびりなんだね。」
「そうはいっても今までが早過ぎたくらいよ。」
「これでどのくらいの期間育ったのと同じなの?」
「ん~・・・500~1000年くらいかな。」
「凄い成長じゃ?」
「成長期の子供より伸びてるのは確かね。」
「比べた意味あるのか、それ。」
「ないわね。でも、九尾の子供達の成長速度も早いみたいね。」
「そうなんだよな、男の方なんかエカテリーナと身長がほとんど変わらない。もう少しで抜くんじゃないか?」
「一年くらいで成人と変わらない体躯になるって話だったわよね?」
「うん。」
「血の繋がった娘に欲情しないわよね?」
「流石にしないぞ。」キッパリ
「ずいぶんはっきり言うわね。近親相姦とかやってなかった?」
「なんでそういうゲームの事だけしっかり覚えてるんだよ・・・。」
「たまたまよ、たまたま。」
「それにしたってなんで俺がやってたゲームに詳しいんだ。」
「一番近い文字情報がそれしかないからよ。」
あの当時の部屋の配置を思い出すと、確かにそうなのは間違いない。
「こっちから取るとマナが分離するなんて・・・ね?」
話題を無理やり変えた。
「そーねぇ・・・、でもそれは、太郎がいたから可能だっただけで、大賢者のスズキタ一族でも魔力不足でしょうね。」
「賢者って・・・アカシックレコードみたいな知識と記憶の集合体みたいなイメージ有るけど、そんな事ないよね?」
「魔法に優れているっていう意味では、魔法の分野においての知識と記憶を有していると思うけど、魔女には勝てないみたいね。」
「この世界の魔女って、一歩間違えたら神にもなったんだなあ。」
「それは結構恐ろしい話ね。」
「全てを破壊して一から造り直せば神と変わらないからな。」
「流石にその発想は太郎の口からじゃないと出ないわね。」
「生物全てを駆逐破壊すれば、違う意味での神と同じなんだよね。」
「それは他の人には聞かせられないわね。」
「まあ、実行する気なんてサラサラないけどな。」
「・・・そんな気に成ったら私がぶん殴ってあげるね。」
何故か太郎は真面目に肯いたので、マナは無邪気に笑うのを止めた。
「そんな気になりそうだったの?」
「ないよ。でも、創るのと破壊するのって何が違うんだろうな?」
「全然違うと思うけど・・・。」
「創るって・・・無制限に創ったら他を侵食するんだよ。」
「侵食ねぇ・・・。」
「世界樹がマナの安定をするって事は、安定していない場所は悪化しないかな?」
「さぁね、そこまで考えた事は無いわ。」
「おい。太郎。」
ひょっこり現れたポチ。
「どうしたの?」
「あそこで猫が見てるぞ。」
スーも猫なのだが、スーの事はスーと呼ぶ。
では誰か?
「あの位置で隠れたつもりでいるなんてねぇ。」
「マナも最近油断が多いな。」
「大きく成り過ぎて細かいことに気が回らないのよ。」
「そーゆ―のは今回みたいにポチに期待してるから。」
ポチが凄い勢いで尻尾を振っているが表情は変わらない。
「ポチも、もう少し素直になったら?」
「・・・うるさい。」
視線を向けた先ではまだこちらを見ている。
そこ世界樹の木の傍にある倉庫の屋根だからね。
マナが何かしたんだろうと思う。というか、他にできる者はいない。蔓が絡み付き、ぐるぐる巻きにした後、その蔓がグーンと伸びてマナの目の前まで来る。絡めれた者は暴れているが抜け出せるはずがない。
「うへぇぇぇぇ・・・。」
「こんにちは?」
「何も言わないので許してください・・・。」
震えすぎだろ。
「さっきの話を聞いてたのね?」
涙目で俺の顔を見ないでくれるかな。
「どうするんだ?」
「コソコソする奴はあんまり好きじゃないのよね。」
「将軍だぞ。」
遂に震えた声を絞り出す。
「たろうどの~~・・・。」
「別に聞かれて困る話でもないしいいんじゃないの?」
「た、たろうどのー!」
蔓が解けると、太郎に抱き付き、将軍とは思えない程に泣いた。凄い恐怖を感じたんだろうけど、威圧なんかして・・・ないよね?
マナに視線を向けると目を逸らした。
「まあ、せっかくだし手伝ってもらうか。」
「は、はい。ナンデモシマス。」
ポチの背にマナが乗り、世界樹の苗木があるところに向かう。トヒラが俺の手を握って後ろを付いてくるので、途中で現れたスーに変な目で見られたが、ポチが説明してくれた。
タスカル。
そのスーは兵士達と外周の狩りから帰って来たばかりで疲れているという理由で同行せず、食堂へ。
「沢山増やしたわねー。」
そういうマナの目の前には16本の小さな世界樹が有る。
「増やしたら、いろんなところに植えよう。」
「じゃあ旅に出るの?」
「そーだね、今度はしっかり準備して・・・いや、あの時もしっかり準備したんだけど色々あったからなあ。」
トヒラは両手で耳を抑えている。
いや、別に聞いてもいいのに。
「まともな旅が出来ると良いんだけど。」
「この村はどうするの?」
「へ?」
「子供達は?」
「あー・・・さすがに今すぐ旅に出る訳じゃないし、その時になってから考えたらいいんじゃない?」
「それもそうね。」
「俺は連れて行ってくれるだろう?」
「ポチを置いて行く理由はないよ。」
また尻尾を振ってる。
「あれ、なんか来るわ。」
そう言ってからマナが空を見上げた。
「誰が来るの?」
「フーリンとダンダイルね。」
トヒラが「失礼します!」と、強い口調で言い放つと足早に立ち去った。
耳塞いでたのはポーズだけか。
「ちゃんと聞いてるじゃない。油断できないわねー。」
暫く空を見上げて待っていると、太郎の目の前に降りてきた。
「太郎君、元気でやってるかね?」
「私の心配は?」
「世界樹様はいつもお元気そうで。」
「もちろんよー。」
「・・・これは何?」
フーリンが周囲に異変を感じたようだ。
「フーリンさんの持っていた苗と同じやつですよ。」
「増やし過ぎじゃないかしら?」
ダンダイルが腕組みをして仁王立ちをしている。
「ここに居ると何時でもとんでもない光景が見れるな。」
世界樹が沢山ならんでいるのを何かの冗談かと思いたいのかもしれない。
「本当にこの苗木を世界中に植えるのね?」
「その予定です。」
「凄い計画を考えるというか、実行できるのは太郎君ぐらいなモノだろうな。」
「他に居ても困るわ。」
「・・・確かに。」
トヒラが兵士を幾人か連れて戻ってきた。敬礼する姿に目をやって答礼する。
「報告する事が沢山ありまして、少々お時間をいただきますが宜しいですか?」
頷きはせず太郎に目を向ける。
向けられた太郎はトヒラとダンダイルを等分に見て腕を組んだ。
「最近、色々と環境が変わったから、色々と話し合いの場を設けないと拙いとは思っていたんですよ。」
「どういうことだね?」
兵士達が迷惑をかけているとしたら、それはダンダイルの立場として是正したいところだろう。
「全員が全員を一度は顔を合わせているような状況なので、大きな事件になるとは思いませんけど、小さなイザコザはいっぱいあると思いますよ。」
「太郎に逆らう人はいないけどね。」
「そーゆー言い方されると、なんか俺が悪い人になった気がして嫌だな。」
「その考え方からすると私はかなりの悪人なのかな?」
ダンダイルが苦虫を噛み潰した笑いを見せる。
「俺の場合ですよ。ダンダイルさんはそのままで十分上司に見えるので問題は無いです。」
「太郎ッて上司っぽくないよね。」
「平社員だったからねぇ。」
フーリンがしゃがんで世界樹の苗木をじーっと見詰めている。
「庭に植えてもらえましたか?」
「えぇ、植えたけどそんなに直ぐに変化はないわね。」
「ないわよ。」
マナのお墨付きだ。
立ち上がって周りを見ると、続々と人が集まってくる。
「とりあえず食堂に行きますか!」
太郎の提案は自然に受け入れられた。