第153話 マナとマナの木
空からフーリンと一緒に地上へと戻ると、ジェームス達が帰る支度をしていた。
「空から降りて来るのを待つのは貴重な体験だな。」
「そう・・・ね、あっ・・・。」
太郎の傍にフーリンの姿を確認した所為で、フレアリスが急にしおらしくなる。ちょっと見慣れない姿なので変な感じだ。でも、やっぱり鬼人族と呼ばれても女の人は女の人なんだと思う。
まごまごしているフレアリスを無視してジェームスが声を掛けてきた。
「明日か明後日には帰る予定だが、食糧を分けてもらって構わないか?」
「それは構わないですよ。」
「それで、干し肉を作ってるとカラーが寄ってきて困るんだが・・・。」
「言えばいいんじゃないですか?」
「それはそうなんだがなあ・・・何となく。」
確かに鳥が近くにいるのは気に成る。
でもあいつ等は言葉が通じるという希少な存在で、言えば良いというのも変な話だが、それで問題ない。
「まあ、鳥ですからね。綺麗なイメージは無いですねぇ。」
とはいえ、水浴びもするし、毛づくろいもする。意外と綺麗好きかもしれない。
「失礼な、ちゃんと綺麗ですよ!」
いきなり頭の上から声がした。
頭の上に居るのはマナだけで十分だ。
羽をパタパタさせてホバリングしてるんだが、鳥ってそんな事出来たんだ?
「いや、じーっと見詰めるのはやめとくれ。」
「虫が寄るのを防いでるんですよ!」
「それが本当なら良い事なんだけどね。」
「本当なんだけどなあ・・・。」
信用が無いのは鳥頭と言うイメージが払拭出来ないのと、コロコロと立場を変える軽さがそうさせている。
そんな話をしていると、フーリンが懐から種とを取り出した。何種類かあるようだ。
「これ、綿花の種。」
「ありがとうございます。」
その他はリンゴとミカンとクルミの種だ。
「苗だと運ぶのが面倒だったから、これでもいいでしょう?」
「マナが育てるんで大丈夫です。」
「一応言っておくけど、世界樹様だからね?」
「え?」
「二人が仲が良いのは分かるけど・・・。」
そこで異変に気が付く。
「・・・世界樹様が二人いるような気がするんだけど・・・。」
「あ~、それ、あの木。私だけど私じゃないから。」
「え、はい・・・?」
まだ小さい木だが、その傍まで近寄って食い入るように見ている。
「どうやって?」
「根の方から生えてる枝を切り取って植えたんです。」
「・・・そんな方法で増えるはずないのだけど?」
「試した事が有るんですか?」
「葉が異常なほど枯れないから試した事は有るわ。数百年経過しても変化しなかったけど、どうして?」
「わたしは無理だったけどうどんがね。」
そのうどんは今ここにはいない。
「それにしても根が出るだけの魔力量は何処から・・・いえ、無駄な質問だったわ。」
マナとフーリンが俺を見詰める。何故か納得したフーリンが言った。
「増やしてどうするのかしら?」
「増やして世界中に植えればマナが燃やされる心配も減るんじゃないですかね?」
「確かにそうだけど、こんな簡単に増えるなんて思わなかったわ。」
「わたしも無理だと思ってたけど、出来ちゃったからね。わたしが二人になってちょっと面倒だったのよ。」
「世界樹様が二人になったんですか?!」
「まぁ、驚くわよね。」
この驚き方はちょっと違う。
面倒な存在が増えると困るといった迷惑そうな驚き方だが、これに気が付く人はいないだろう。
「でも今は私の中に取り込んだから。」
「世界樹様を増やしたら、あちこちに世界樹様が・・・?」
「それは大丈夫よ、もうこの木の中に移動する私はいないから。」
なんともややこしい話だ。
「この木がもう少し成長したら同じように増やす予定なんですよ。」
「太郎君の発想には恐れ入るわ。」
肩をすくめるという珍しい動作をしたフーリンは、マナに確認してから葉っぱを一枚採ってそのまま食べた。
味合うようにじっくりと噛んでから飲み込む。
「これ、増やせるんだったら私の家にも置いていいかしら?」
「あー、元々そのつもりで相談しようと思ってたんで。」
「あら、そうなの?」
「今は他に頼める人がいないので・・・。」
「そこに居るじゃない。」
それまで黙ってこちらを見ていたフレアリスが吃驚した声を上げた。まるでマギのように。
「へ、え、わたしですか?!」
「あなたなら問題ないでしょう?」
「じゃあ、もう一本作ろっか。」
「そんな簡単に作れるのものなの?」
「もう少し育てば・・・、いや思ったよりも成長が早かったからもう少し魔力を注げば・・・。」
太郎がぶつぶつと言っていると、フラッと現れるうどん。
「お困りですか?」
「丁度良かった。」
「わたしですか、おっぱいですか?」
「その二択辞めてくれないかな・・・。」
「ああ、私の方ですか。最近ちっとも触ってくれないから寂しいです。」
フーリンさんの視線が痛いが、他の人はにはいつもの光景なのでもう気にもしない。
枝の一部を切って切り口に手を当てて魔力を注いでもらう。そこへ太郎がうどんを背中から抱き付いて魔力を送り込む。
眩しすぎる光が消え去ると苗が完成したが、妙に頭がくらくらする。
「太郎大丈夫?」
「う、うん・・・なんか久しぶりに魔力が減った気がする。」
「太郎様の魔力が急激に弱まってますね。」
そのままズルズルとへたり込んだ太郎を軽く持ち上げたうどんが食堂へと運ぶ。不思議な光景に何も言えなかった傍観者は、申し合わせる事も無く、自然とうどんに追随するように食堂へ入った。
どうにか椅子に座らせて、ぐったりとテーブルに伏せている太郎を知って、スーがマナポーションを持って駆けつけて来た。訓練を終えて事情を知らずにやって来た子供達やマギも、心配そうに見ている。太郎がここまで疲れ切っているのは初めてではないが、それを知っているのはポチとスーとマナだけで、ただ疲れているのならフーリンやダンダイルも知っている。ただし、ただの疲れ方にしてはぐったりし過ぎていた。
「おとーさん、だいじょうぶ?」
子供の声にも反応はない。
「口移ししてでも飲ませますか?」
「そうねぇ・・・。」
テーブルにマナポーションを置いて、誰が口移しの役をするのか・・・一瞬の間が空いた時、スッと現れたウルクがマナポーションを手に取った。
その場の全員の注目に動じることなく、事を完遂したのだ。
「流石兎獣人ですねー・・・恐るべし。」
その日の太郎はそのまま寝てしまい、目が覚めた時はベッドの上で、周りには子供達がびっしりと詰め込まれていて、寝苦しくて起き上がったのだ。
「この状況は一体・・・。」
太郎の記憶はうどんに魔力を送り込んだところで途切れていて、最後に「大丈夫」と言った事も思い出せない。
「あ、おとーさん・・・。」
心配そうに見つめてくる子供が見詰めてくるので頭を撫でると、ベッドから飛び出て叫びながら部屋を出て行く。
「おかーさん!おとーさん起きたよー!」
どのお母さんだ・・・。
現れたのはエカテリーナで、一緒にうどんもいる。
「おはようございます。お腹は空いてませんか?」
言われるとお腹が鳴った。
こんな偶然って何故かよく起きるんだよな。
「なんか途中から覚えてないんだけど・・・。」
「太郎様は心配される側なのでそんな顔されましても。」
「うーん・・・お腹が空いている以外に特に変化は無いな。なんかすっごい魔力が抜けた気がしたけど。」
「でしたら食事をしてもっと元気になりましょう。」
ベッドから出ると子供達も続々と起き上がり、太郎に体のあちこちにしがみ付く。重いけどなんか心地良い。歩みも重く、テーブルに着くと、そこは昨日と同じ席で、太郎はいつも同じ椅子に座っている。
「このポーションは?」
「スーさんが心配で持って来たんですよ。」
「そっか。」
一気に飲み干すと、身体がふわっとする。これ高級品じゃ・・・。
「なんか空腹感が凄い。」
「元気になった証拠ですねー。」
「あ、スー。」
「太郎さん元気になったようで良かったですー。」
スーが現れたかと思うと、他の者達もゾロゾロと入ってくる。いつもは中に入ってこないポチまで来たのだから、相当心配していたのだろう。
「知らなかったとはいえ無茶させたわね。」
「あ、あー、そうだ、フーリンさん来てたんだ。」
「・・・ホントに大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ、ちゃんと種を受け取ったのは覚えてます。」
「そ、それならいいわ。」
「マナは?」
「世界樹様ならあの木を見てるわ。」
「分身みたいの出てたしなあ。」
会話をしている間に、エカテリーナと子供達の手によって料理が次々と並べられていく。暫くしてトヒラが部下を率いてやってきた時には、太郎の朝食は終わっていた。太郎がマナの所へ向かった後、ひそひそと会話を始める二人がいた。
「フーリン様、おはようございます。」
「あら、今頃きたの?」
「チョット手間取りまして。」
「ワンゴが逃げたなんて、ダンダイルちゃんにどう報告するつもりだったのかしら。」
「それは・・・もともと逃げられるのも予定の内でしたので。」
「そう。わたしに言ってくれれば連れ戻したのに。」
「フーリン様だとワンゴが死んでしまいます。」
「そこまでバカじゃないわ。でも、ダンダイルちゃんが知っているのならそれでいいわ。」
「まだ報告は出来ていませんが、後日必ず。」
「・・・迷いの森に逃げ込んだら私でも探すのに苦労するから・・・。」
「マークはちゃんとしています。部下からの定時連絡に時間が掛かるのは森の中からだと思われますし。」
「あの森は広大と言うには少し狭いけど、不気味なほど深い。しかも森を抜けたらガーデンブルクしかあり得ないわ。」
二人のひそひそ会話は暫く続き、食事が終わって人影が少なくなっても続いていた。
マナがマナの木を見詰めている。ほぼ同じ大きさにまで育ったマナの木が二本。ただ黙って見詰めていたので、後ろから抱き寄せてから地面にそのまま胡坐をかく。そこへマナを座らせたが、驚いた様子はない。
「どんな感じ?」
「そうねぇ・・・別荘みたい。」
「という事は、あっちの木と同じように入れるんだ?」
「うん。」
「もう問題なく成長してる?」
「どーだろー・・・まだ大地からマナを吸収してるみたいね。葉の方の力はまだ弱いわ。太郎のマナを沢山吸ったんだからもう少し役に立って欲しいトコロね。」
「そうか、自分の意志じゃなくて吸われたんだ・・・それで、なるほどなあ。」
「ごめんねー・・・。」
マナが珍しく落ち込んでいる。マナの性格には似合わない。
「マナも自分の意志じゃないだろ、仕方が無いって。」
頭を撫でていると、マナが向きを変えて抱き付いてきた。無言で抱き返すと、そのまま数時間、二人は微動だにしなかった。




