第17話 王都アンサンブル
とてつもなく大きい正門前は、商人の受付、団体の受付、個人パーティの受付、傭兵の受付。他にも有るみたいだが、決まった列に並んでいないといつまで経っても入れそうもない。
列に並んで待つと、ケルベロスを見て驚いている人が数名ほどいた。もう、なんて言うか見慣れてしまったので気にならない。
時間帯が悪かったのだろうか、受付での冒険者カードの確認に意外なほど待たされ、昼前には到着したのに、町の中に入るころには夕方だった。宿を探す暇もない。人混みも激しく、はぐれない様に歩くのにも苦労して、なんとか人の減った場所まで移動した。しかし、このままだと路上で一晩過ごす事になりそうだ。
「そういえば・・・。」
ここで思い出したのは商人の町で貰った名刺だった。あの人、城下町って言ってたけどここの事でいいのかな?城下町を単純に城の周りの町だと思っている人は多いとおもう。事実、俺もそうだと思っていた。袋からその時に貰った名刺を取り出す。装飾と店の名前・・・裏を見ると、文字と記号が刻まれている。あの時はしっかりと読んでいなかったがちゃんと書いてあった。"城下町で2番目に大きな宿屋の隣"なるほど、これは地図だったのか。記号の殆どは意味が解らなかった。言語能力の対応外として諦めた。しかし、何となく道は分かる。その店の隣が宿屋なので、記号の一つは理解できたからだ。大通りを外れて、店が有るだろう方向へ向かうこと20分くらい。"服飾と仕立ての店[ポール・マッカル]"と書かれた看板の前に辿り着いた。隣の宿屋は・・・空き部屋が有る事を祈りつつ入った。
外は暗闇が半分ぐらいを侵食していて、宿のエントランスは人が少なかった。その事もあってポチについて言及されたのは受付カウンターの人だけで済んだ。しかし空き部屋については悲しい現実が待っていた。
「もう高級ルームしか残っていませんがよろしいですか?食事は別途料金で一泊20金貨1枚です。」
元の世界で金塊を買うのに500万。それが5個で、1個が200金塊。単純計算で20金貨は10万円となる。流石に高いって解るぞ。ポチはともかくマナに街中で・・・えっ?構わない?
金は有っても無駄に使う必要はなく、諦めて近くの川に向かった。遠くから見た時にこの辺りに公園があった気がしたからだ。暫く探したが公園に居た事に気が付かなかったぐらい大きな公園だった。すでにここが公園だったという事に気が付く方が難しい。普通に建物が有って人が住んでると思ったが、その建物は公園の管理施設で、小さなカフェが併設されていた。軽めの食事しかできなかったが、店の店員に公園内にテントを張ってもよいか訊ねると、問題ないと返ってきた。
「旅の人が宿屋に入りきれないなんていつもの事ですよ。ほら、あっちの方にお仲間が沢山いますよ。」
その方向を見るとテントがいくつか並んでいて、テントを設置する専用の広場になっていた。ここに人が居るという事は安宿も満室だと推測できる。店の軽食を購入し、持ち帰り用に紙袋に野菜と肉をパンで挟んだ食べ物を詰めた。と、いうか他に選べなかった。
「まさか公園で、しかもテントで一晩過ごすとは思わなかったなあ。」
とはいえ、今までの生活を考えれば、突然の魔物に襲われる心配のない街中での野宿は負担が少なくてとても良い。空いているスペースにテントを張ると、ささっと食事を済ませてさっさと寝る。焚火を囲んで会話を楽しんでいる者達もいたが、初対面の人にポチを説明するのが面倒だったので、ポチもテントの中で寝た。予想外に暑いとは言えなかったけども。
翌朝は思い掛けない出会いが有った。それは結果としてなのだが、野宿した人達に何やらアイテムを売り込んでいる猫耳の女の子がいたのだ。
「出張アイテム販売ですよー。今なら美少女スーちゃんのパンチラ付き♪」
耳をピコピコ動かしながら短いスカートを揺らす様にくるくる回っている、確かに可愛いくて巨乳な娘だけど、パンチラって・・・危ない道具屋だ。多数の視線を浴びているのは、ここに居るのがほとんど男だからだろう。マナがいる俺には関係のない話・・・こっち来た。
「おやおや、珍しいですねー、こんなところに女の子が!」
マナを見る目がなんかやばい。
「ふむー。装備品は安物ですねー、あんまり期待できないかー。」
いきなり失礼な事を言ったが、一般流通品だから当然だろ。マナが静かにキレた。
「なにこいつ、ぶん殴っていい?」
「んー・・・。」
あまり騒ぎになるのはよろしくない。マナから見たらかなり格下なんだろう。そういえばマナが直接戦っているのを見た事がない。猫獣人の方は商売にならないと思って諦めようとした時、俺が寝ていたテントの中から出ようとする何かを見て叫んだ。
「ひっ・・・ギャアアアアァァァ!!」
うるさい。あまりの叫び声に耳を塞いだ。マナも俺にしがみついている。そこへ現れたポチは、叫びが止んでその場に座り込んだうるさい生き物に口を大きく開いて威嚇する。猫娘は無言で硬直し、涙と鼻水をたらしながら仰向けに倒れた。パンモロだぞ。それにしてもパンツって存在したのか。国が違うだけじゃなくて町が違うだけでも何か色々変わるなあ。
ほんのりと獣臭が漂い、スーと自称した女の子は股間の下に水たまりを作っている。マナがそれに気付いて笑った。
「あーあ、びしょうじょがおもらししてるぅー。」
ゲスい笑い声が混ざる。俺はマナをこんな娘に育てた覚えはないぞ。しかし、女の子のおもらしシーンを最高の特等席で見ているが良い気分にはなれない。何しろ他の男達の視線も凄いからだ。ポチは我関せずと座り込んだ。
「あ、大丈夫ですよ、うちのポチは何もしませんから。」
ポチが欠伸をする。マナは猫娘に近づいて鼻を摘まみながら頬を叩いている。
「起きてくれないかしら、臭いんだけど。」
ポチに対して安心したのか、周りの男の一部も近づいて突いている。胸とかお腹とか太ももとか。こいつらもゲスいな!
「その子・・・一体何なんだ?」
突いている男達を止めに入った男が、俺の発言に気が付いて答えてくれた。
「こいつ、この近くの道具屋で働いているスーってやつなんだけど、貧乏人だと分かるとさっきみたいにバカにしてから他のところへ行くんだ。」
「商売人としては最低ですね。」
「そうなんだけど、この子の売っているアイテムはそれなりに高級品だったり、正規品だったりで、偽物や紛い物は一切ないんだ。」
「それじゃあ意外に売れてるんですか?」
「買える奴がいれば売れるよ。」
男が一人、その子に近づき、持っていた道具袋を広げようとする。肩掛けタイプのカバンで結構大きい。
「おい、触るな。盗むんだったら通報するぞ。」
「うるせー、俺もバカにされてんだよ。小娘の癖に生意気だろ。」
犬獣人と狼獣人が口論を始めた。耳がよく似ているけど、どっちが犬でどっちが狼なのか俺には区別できない。マナがこっそり教えてくれなければ、しばらく悩んだだろう。
「犬獣人と狼獣人って仲が悪いのよ。ちなみに小娘じゃないわよこの娘、180歳くらいね。・・・んー、猫獣人としては小娘なのかしら?」
突いていた男達もその行為を止めると、じわじわと人が集まってきた。あまり関わりたくなくなってきたので、テントを片付ける。暫くすると俺の周りではなく、口論していた男の周りに人だかりが出来ていた。正に一触即発である。
気を失っていた猫娘が目を覚ますと、起き上がるなり、自分が感じた恐怖とそれ以上の恥ずかしさでうずくまっている。周りの状況なんて見れそうもない。
喧嘩が始まって、男達が騒いでいる。何か言語を叫んでいるが、何を言っているかよく聞き取れない。巻き込まれる事を避けるようにして、ポチとマナと、その子の腕をを引っ張って川岸の少し休めるところまで移動した。何を勘違いしたのか、引っ張られた直後から目が死んでいるようだ。
「こんな奴、あの男達の餌にしてもよかったのに。」
「餌って・・・変な事ばかり覚えてるなあ。」
「太郎のやってた凌辱調教のゲームの所為ね。」
それを聞いて青ざめているのは、二度目のおもらしに耐えられなかったからだ。ポチに睨まれて泣きながら言った。
「ごめんなさい、なんでもするから・・・命だけは・・・まだ死にたくないよぉ・・・。」
ここまで来ると逆に可哀想に見えてくる。そんなことするつもりは全くない。
「そんな事しないよ。マナをバカにしたことを謝ってもらおうと思ったのと、あのままほっといたら何されたか分からないしね。」
「でも、やっぱり腹立つわね。」
マナはいきなり言われた事を思い出して、強い口調で言った。
「太郎に買ってもらった服なんだから私の宝物なのよ。値段なんて関係ないわ。」
マナにとって誰かに買ってもらった服というのは初体験らしく、確かにあの時は機嫌がよかったようにも思う。良く分からん、あの町でも買ったよね。しかし、大切に思ってくれているのならそれはそれで俺にも満足感がある。
それにしてもケルベロスに怯えまくっているが、トラウマでもあるのだろうか?
「なんか、面倒になったからこの子を送り届けて他のところに行こうか。」
「そうねー。」
震えて動けない猫娘にその道具屋はどこか訊くと、意外にもすぐ傍だった。ってか、公園の隣か。彼女の腕を引っ張って牽引するのはマナで、俺とポチは二人の後を続いた。その店は人通りの少ない交差点の角地にあり、半分レンガで半分木造の2階建てを無理やり増築したような大きな建物で、壁は蔓の植物が張り付いてる。なんとなく、古臭さを感じた店だった。
城下町と王都の違いって知らなかったよ\(^o^)/