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第145話 現れた悪夢 

「あ゛~~~~~~っ!」


 いつも通りの畑作業で背を曲げていたので、声を出しながら腰を伸ばしている。苦笑いしながら見ているスーは、たまには剣術の方もお願いしたいところだ。クワを持つのが嫌ではないが、やっぱり剣を持っている方が好きなのだ。


「お困りですか?」


 畑作業は何一つしてくれないが、作物を成長させてくれるので、太郎が畑にいるときはいつも近くにいてくれるのがうどんだ。マナだとどうしても成長させすぎてしまうので、倉庫に収まり切れないほど実ってしまうのも困るからだ。


「色んな意味で困ってるよ?」

「触っても良いんですよ?」


 スーがうどんと太郎の間にスルっと割り込む。悪気が無いのはわかっているが、無節操に触らせるうどんの行動についてはどうにかしたいと思っている。


「太郎さんの子供達には触らせてませんよね?」


 スーが細めた目でうどんを睨む。


「むしろ、そこまで興味は無いと思うがな。」

「太郎さんと同じレベルで考えないで下さいねー。」


 珍しく口調が厳しいスーだった。


「おとーさーん。」

「パパーッ。」


 子供達がそれぞの呼び方で俺を呼ぶ。なんでいつも統一されていないのかが謎だ。


「声は聞こえても姿が見えないな。」


 子供達はトウモロコシの向こう側にいる所為だ。それにしても相変わらず季節感が無い。今はまだ春の手前なのに、他にもキュウリ、ナス、トマトが実っている。朝は少し肌寒いのだが、陽が昇ればほんのり暖かくなる。その所為もあってあまり寒いとも思わない。本当にココは雪が降るのかね?

 それにしても"トウモロコシ"って言葉に違和感を覚えないのは何でだろう?


「あ、いたいた。なんか用かい?」

「おかーさんがねー、ドレッシングを作るんだってー。」


 おかーさんと呼んでいるが、エカテリーナの事だ。もう定着してしまっていていまさら訂正は不可能だろう。・・・まぁ、いいか。


「じゃあトマトが欲しいのかな?」

「うん!」

「好きなだけ持っていくといいよ。」

「はーい。」


 子供達は父親からハサミを受け取って楽しそうに収穫し始めた。夕方には新しい料理が出されるかもしれない。今から楽しみだ。




 楽しい夕食が終わり、シルバを呼んでフーリンと通話を始める。こちらから一方的にしか使えないので、忘れていると何日も連絡をする事は無い。むしろ、連絡を必要とする話も少ない。フーリンが聞きたがったので、近況を報告する。子供達やマナ、スーとエカテリーナも会話した後に太郎と話する。


「不思議なモノね。」


 フーリンは目の前の風の精霊に向かって話をしている。そして、返ってくる声は当然の様に太郎の声だ。違和感は既に無い。


「誰でもこうして遠方の人と会話できるようになったらとんでもない混乱を招きそうですけどね。」

「情報は鮮度が命ってね。で、今回はどんな情報が欲しいのかしら?」

「マナってあとどのくらい大きく成るんですか?」

「・・・今でも大きいと思っているようだけど、あんなもんじゃないわ。世界樹様はまだまだ更に大きくなるわ。」

「その大きさもそうですけど、そろそろ各地に世界樹が復活したって話が広がってませんかね?」

「・・・広がりつつは有ると思うけど、そっちの方は心配する意味は無いわね。そんなに気になるのかしら?」

「大きな木って人が集まりやすいんですよ。」

「集まるのは仕方が無いと思うけど・・・あの土地に行きたいと思う人はそれなりに自信があるか、事情を知っている人達くらいだわ。」

「自信?」

「自分の強さに自信が無いと、あんな魔物だらけの場所に行きたいなんて思わないわよ。」


 そう言われてみると、エルフ達が周囲を常に警戒している。それも昼夜問わず巡回しているくらいだから、確かに危険なんだろう。毎日のように魔物を退治している事も、ポチ達が活躍しているからだ。


「・・・あ、そっちで育てていた果樹の種ってありますかね?」

「実ならあるけど種はないわね。」

「実でも良いんでいくつか持ってきてもらえませんか?」

「そっちでも育てるの?」

「そのつもりです。」

「じゃあいくつか持って行くわね。ちょっと個人的に用事が有るから何日か後になるけど。」

「はい、待ってます。」


 暫く無言になる。どちらも待っていると変な間が生まれてしまうのが難点だ。


「・・・これって、いついなくなるの?」

「ああ、すみません。しつれいしまs」


 今度は最後まで言い切らないうちに途切れてしまった。しかし、それは太郎には分からない。フーリンは消えて姿が見えなくなった空間を見詰めて溜息を吐いた。果てしも無い疎外感に包まれて。




 その日は朝早くから蜂達がやって来て、エカテリーナの所に集まっていた。まだ朝食が始まるには早すぎる。エカテリーナが竈に火を入れる時はまだ夜が明けていないのだ。最初に異変に気が付いたのはカラーと呼ばれる鳥達だ。鳥が飛ぶのには早過ぎる事で、ジェームスが異変に気が付いて周囲を確認しに外へ出た時、鳥が集まってきて必死に何かを伝えようとしている。


「普通に話せよ。」

「ぴーちくぱーちく!」

「なんだそれは・・・?」

「あっ、いえいえ、そうじゃなくて!」

「なんでそんなに慌ててるんだ?」

「見回りのエルフの一人が捕まりまして。」

「捕まった・・・?」

「それで喋れない鳥のフリしてたんですけど!」

「あー、なるほどな。現場を見てしまったと。どこだ?」

「あいつらが知ってます!」


 羽をびしっと伸ばして向きを伝える。器用な鳥だな。


「キラービーが?」

「お前達も知ってるんだろ?」

「知ってますけども・・・。」

「場所さえ教えてくれれば逃げて良いから。」

「あー、そうですよね。ハイ、こっちです。」


 武器を手にして家を出ようとしたところに、二階から何かが降ってきた。


「面白そうね?」

「面白いかどうか確かめに行くんだ。」

「私を置いてくなんてツレナイわね?」

「なにも無ければ無駄足だからな。」


 鳥達が飛んで行くのを見て二人で追いかける。


「あー・・・行っちゃった。」


 二階の窓から飛び降りれなくて見送る女性が一人。慌てて着替えて装備を整えているが、一人だと焦ってなかなか準備が進まない。そんなこんなしているうちに、大あくびをしながら太郎が食堂に現れた。

 この時点で太郎は何も知らないが、その姿を見てキラービーとエカテリーナが近づいて来る。


「タロウ様!」

「ん、なんでそんなに慌てた顔してるの?」

「なにを言ってるのか解りません!」


 そしてキラービーに囲まれると目の前の蜂が喋った。


『エルフの女性が見た事の無い男達に捕まってます。』

『・・・見た事の無い男達?』


 この時点で太郎は兵士達が来たのかと思った。また、いきなり来る事が有っても驚かない。バタバタと慌てた様子で階段を下りて来る女性は、マギだった。


「おはよう?」

「あ、おはようございます!タロウさんも一緒に行きますか!?」

「完全武装だよね?」

「そうですよ、なんかあったみたいですから。ジェームスさんとフレアリスさんが向かっているようで、急いで着替えたんですけど間に合わなくて。」


 次にスーとポチがやって来た。慌てた様子で息を切らしているが、すでに起きていた太郎に少し驚いてから声を掛けた。


「気が付いていたんですねー。」

「いや、たまたま起きただけ。」

「のんびりしてるな、この匂いには覚えがあるぞ。」

「・・・武器持って来た方が良いかな?」

「あの二人が向かって行ったので準備するくらいは大丈夫ですよー。」


 人が集まってくるのでマナも気がついて寝室から出てきた。子供達はぐっすり寝ているのでエカテリーナに任せる事にして、全員が向かってしまうのも困るような気がする。


「こんな時間から騒がしいわね?」

「なに言ってんだ、マナも知っている奴らだぞ。」


 ポチは完全に思い出したらしい。


「どゆこと?」

「この匂いは街で戦った奴らだ、ワンゴという名前の。」


 スーの身体が急に震えたように見えた。髪の毛が逆立ったかと思うくらいに異様なオーラを発したかと思うと、両手で両頬を勢い良く叩くと、外へ走って行った。


「・・・マギにココ任せていいかな?」

「・・・は、はい・・・。」


 マギが凄く落ち込んで了承したのは、剣の腕を信用されていない事に気が付いたからだ。ただ、太郎からしてみれば誰か残って貰わないと困ると言う事も有ってマギを指名したのだが、マギがそういうふうに受け止めるだろう事を予想出来ても、ここで頼めるのはマギしかいない。


「グリフォンは?」

「あいつを連れてくと大変じゃないか?」

「連れて行かない方が大変な気がする。」

「それもそうか。」

「チーズ達にもここに居てくれるように伝えておいてもらえるかな?俺はグリフォンを呼んで・・・。」

「我ならもういるぞ。」

「流石に気が付いたか。」

「外が騒がしいからな。」


 外はどんどん明るくなり、夜は完全に明けると、あの鳥達が食堂の近くに集まっているのが分かる。なるほど確かに騒がしい。


「で、今回は思いっきりやって良いのか?」

「殺さない程度に。」

「太郎は甘いな、あいつらがここに居るって方が大問題だろう。」


 そうポチに言われたが、過剰戦力の様な気もする。


「言っとくがあいつ一人じゃないぞ、10人くらいいる。」

「・・・それはもっと早く言って欲しかったな。」


 マナがポチの背に乗ると直ぐに走り出し、太郎とグリフォンが追いかける。途中でチーズ達に伝え、走ると時間が掛かるので一気に飛んで行く。ポチが先導して飛んでいるが、ポチは森に入る手前で着地した。


「あいつら!」

「何でてめーらがいるんだ・・・。」


 相手の男の一人が何か言っているが、その声は太郎には届かない。既に戦闘をした形跡が有るが、あのフレアリスがジェームスの後ろに立って構えているだけだ。


「とりあえずあのエルフを助けるわね。」


 マナがそう言うと捕まえられているエルフの足元の草が伸びた。捕まえてナイフを向けている男を見事に避けてエルフだけを包む。そんな不思議な出来事に驚いてはいても、好機は逃さない。ジェームスが一気に間合いを詰めて剣を振り下ろす攻撃を余裕で受け止めた後、弾き返した。


「これは・・・またあの変な魔法か?!」

「太郎さん、マナ様。少し我儘させてもらいますよ!」


 スーが何か覚悟を決めたような表情で叫んだ。


「ワンゴ―!」


 ジェームスが吃驚する。名前は知っていたが見るのは初めてだったからで、恐い訳ではない。


「お前がワンゴか。」

「有名な奴なの?」

「知らないのか?」

「知っているような、知らないような・・・。」


 草に包まれたエルフの女性から男達が逃げるように離れると、直ぐに場所を確保する。ジェームスが草を斬って女性を助け出すと、泣き顔のままジェームスに抱き付いたので、フレアリスが引き離した。


「任せて良いのか?」

「これでも場数は踏みましたからね。」


 スーが剣を抜くと、ワンゴも合わせて抜く。

 暫く時が止まったかのように感じたが、後ろに控える男達がワンゴから離れると、一対一(タイマン)の形式が成立した。

 動かない二人に黙って見ているジェームスとフレアリスの所へ駆け寄る。


「動かないわね。」

「そうだな、ワンゴと言う男はかなり強かった筈だ。」

「私達が捕まえたのよね。」


 マナがサラッと言う。


「そうか、そうだな。」


 もう驚かない。


「でもあの時は、色々な偶然も重なったから。」

「どんな手段でも勝ちは勝ちだよ。」

「そうね。」

「さっさと飛びかかればいいのに。」


 グリフォンにとってはかなり格下に見えるのだろう。だが、スーにとっては因縁の相手だ。どうにかしてあの悪夢を取り除きたい。それも自分の力で。

 間合いを少しずつ詰めていくワンゴに、僅かに後ろに下がろうとした自分に気が付いて、意地で踏みとどまった。


「あんなに余裕が無いのは何でだ?」


 ドラゴンと戦った時はもっと果敢に攻めていた事を知っている。


「スーは自分の力だけで何とかしようとしてるから余裕が無いと思いますよ。」

「ああ、あの時は味方を頼れたが今は頼らないという事か。」

「そうですね。」

「捕まえたのにココに居るって事は脱獄したのか。なかなかすごい根性だな。魔王国の監獄から脱出した奴って聞いた事ないぞ・・・。」

「そんな厳しい環境なんですか?」

「ワンゴの犯罪から考えたら最下層の地下牢だろうな。入るのだって大変なところを出るっていうのは何倍も大変だからな。」


 まるで経験した事が有るような言い方だ。


「・・・もしかして他にも仲間がいるって事ないですよね?」

「わからん。少なくとも近くにはいない筈だ。ただ、あいつの部下があんな少ない事は無い。手練れなのも間違いは無いが・・・。」


 そう言ってからグリフォンを見る。


「我に勝てる筈がないだろう。」

「そうね。」

「フレアリスだけでも勝てるだろう。人質がいたから何もしなかったが・・・。」

「なんか一気に気が抜けた。」

「あ、あの、ありがとうございました。」


 助けられたエルフがお礼を言ったが、返事をする前に対峙する二人が動き出した。

 スーが全力で飛びかかったのだ。

 金属音が響き渡るが、弾き返されるたびに飛びかかる。


「力に差があり過ぎる、完全に舐められてるな。あのワンゴって男はかなり度胸があるな。これだけのメンバーに囲まれてたら逃げるのを選択すると思うが。」


 ジェームスとフレアリス、太郎、マナ、ポチ。そしてグリフォンがいる。これがかなりの過剰戦力だと思うが、グリフォンはまだ何もしていない。ただの子供だと思われている可能性も否定しない。


「スーじゃ勝てないですか?」

「まず腕力に差があり過ぎる。だが、無理という訳でもない。あのスピードを活かせれば・・・。」


 ジェームスが考えるように足元の地面を見つめる。それはマギの修業に良いヒントを得られるかもしれないと考えていて、再びスーとワンゴを等分に見る。先手必勝の如く攻撃を続けるスーは、その先手を失いかけていた。






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