第137話 人手が足りない
「なんであのフーリン様が素手で掃除してんだ・・・?」
と言うグルさんの質問には誰も答えず、子供達にも道具を渡しての大掃除となった。
「フーリン様だって掃除くらいしますよー?」
「イメージが思い浮かばないんだよ。」
「そんなもんですかねぇ?」
わちゃわちゃと掃除をしていると、のそのそと俺に近寄ってくる物体が・・・あ、ポチだ。
「なあ、太郎・・・。」
「あ、あぁ、すまん。忘れてたわけじゃなくてだな・・・。」
ポチが不思議そうな表情をする。
忘れられてたから不機嫌になってたわけじゃないのか・・・。
「役に立てないのは俺として悔しいのであって、太郎の所為じゃないぞ。そんな事よりなんか変な扉を見付けたんだが。」
「変な扉?」
掃除をサボっているグリフォンが欠伸しながら会話に入ってくる。
「そーじなんかめんどくさいぞ。その扉ってどこだ?」
「ちゃんとやりなさいよ。」
そう言っているマナも、何もしていない。
「こっちだ。」
ポチがのそのそとゆっくり歩くのは暗いからだろう。
「え、ここ?」
ガラクタと化した家財具が山となっている裏側だ。
「ちょっとマーキングをだな・・・。」
なるほど、おしっこをかけたのか。
壁の濡れた所だけ土が剥がれ、木材の破片が見える。
臭いも凄い。
「ココなら良いと思ったんだが・・・まさかこんな事になるとは。」
灯りを近づけるとポチが削って土が剥がれた所も木の板が顔を見せている。
確かに扉っぽいが、ただの木の壁にも見え無い事は無いのだが。
「この壁の向こうから僅かに匂うんだ。」
「匂いか・・・。」
太郎が木の壁を叩くと、音が響く。低い鈍い音ではなく、高い音だ。
「確かに向こう側が空洞っぽいけど、これ扉なの?」
「任せろ。」
グリフォンが木の壁に拳をぶつけると、ものすごい音が響いて壁が粉砕した。ついでに埃も凄くて目が開けられない程に広がる。
「ちょっとー、せっかく掃除したんですよー!」
スーが怒るのも無理はない。せっかく集めたゴミも半分ほど吹き飛んでしまった。
「子供達を避難させてー。」
「わかりましたよー。」
スーが子供を集めて地底湖の方に逃げる。空気の流れが弱いのでそれほど広がらなかったようだ。フーリンさんは魔法で障壁を作って埃が被らないようにしていた。
それ、いいな。
やってみよう。
「なんだこりゃ?」
「太郎の魔法よ。」
スーっと広がっていく風に埃を乗せて、纏めて一か所に集める。
くるくると回転させると渦が出来て周囲の埃を吸い取り始めた。
「小さな竜巻だな。」
「こんな器用な魔法の使い方は初めて見たわね。」
埃が見事なほどキレイに消えると集まった埃たちを地底湖の上に運んで落とした。
「俺もこんなに上手くいくとは思わなかったよ。」
「普通は竜巻なんて言ったら家が破壊されるレベルの威力で作るからな。」
思った以上に綺麗になったところで、俺に視線が集中する。
「え、なに?」
「その魔法でこのゴミを全部水に流してもらえないかしら?」
「なるほど。」
ここに有るモノはがらくたばかりで、軽い物しか移動しないから石は動かない。何とも都合のいい威力だ。
「私が同じことをやったら洞窟が壊れるかもしれないし。」
フーリンさんの魔法の威力って・・・。
「魔法なんて強ければ良いって事しか考えませんからねー。」
「そんな事より穴が続いてるぞ。」
グリフォンが言う通り、壊れた壁の向こうに更に洞窟が続いている。
「・・・奥に何かいるぞ。」
グリフォンは暗くても何か見えるらしい。ポチが先頭で穴に入っていくと、すぐに声だけが帰ってきた。
「大丈夫だ、死んでいる。」
穴はそれほど長くなく、ポチが気になっていた匂いの元でもあるようだった。その姿は確かに死んでいると言えば間違いではないが、ポチが咥えて持ってきたのは骨なので、白骨化しているという事だ。
しかし、それだと謎が残る。
「土で塞がっていた内側に居るって事は、この人は閉じ込められたのかな?」
ポチが咥えている骨も、太郎の目の前まで持ってきたところでボロボロに崩れた。
「もしかして、ドラゴンに燃やされた時にココに逃げ込んだ・・・にしては、外側から土で固められてるわけだからなぁ。」
「別に固められたわけじゃないと思うわ。何の理由でここで死んだのかは分からないけど、ポチちゃんのおしっこで剥がれる程度の土なわけだし、長い年月で塞がった様に見えただけじゃないかしら。」
洞窟内なので僅かながら土が降ってくるのは不思議な話ではないのだから、あり得ない事でもないと思う。何かミステリアスな事件でもあるのかと考えるのはテレビドラマを見ていた影響だろう。
あ、そんな影響は俺だけか。
「で、奥は行き止まりなだけ?まさかのトイレって事は無いよね?」
「ただの行き止まりだったぞ。」
一応、灯りを持って行き止まりまで進む。
艶々とした綺麗な壁が見える。表面は光を反射するが黒光りしている。
石炭かな?
「こりゃ・・・すげぇもん見ちまったな。」
「グルさん?」
何処から取り出したのだろうか、先の尖った小さなピッケルの様なモノで壁を叩いてる。少し強めに叩くと甲高い音と共に火花が散った。
「まさかここ全部か・・・。」
「グルさん?」
「なにここー?」
「ピカピカだー。」
「あ、おまえたちはもどっt・・・いや、一緒に戻ろう。」
入ってきてしまった子供達と引き返す。元の場所に戻るが、グルさんが一人だけ残って、まだ何かやっている。
「何だったんですかー?」
「艶々の黒光りした壁だった。」
「あら、石炭?」
「セキタンってナーニー?」
やばい。
石炭を触ったんなら真っ黒に・・・なってないな。子供達の手を見ても黒くはなっていない。
「違うのかな?」
「綺麗だよー。」
そう言って子供達はスーの周りに集まっていく。なんでだ?
「太郎さん、帰りますか?もう一晩ココに泊まりますか?」
「あー、どうしよっか・・・。」
フーリンさんもグリフォンもポチも俺を見る。
「明日の朝に帰るとしよっか。」
「おんせーん!」
「そうだな。風呂場つくろっか。」
「おふろー!」
お湯が流れる川を、道具を使って流れを変える。簡単に削れるのは道具のおかけであって俺の力じゃない。
「じゃあ竈がちゃんと使えるかどうか調べて料理でもしますかー。」
キャンプ用の椅子とテーブルを取り出し、キャンプの鉄板と言えば鉄板だ。
意味が分かるけど分かり難い。
「調味料も有るしキャンプっぽく焼いて食べよう。」
出した道具をスーに渡し、マナとグリフォンに相談しながら風呂の形を考える。地面を掘って周りを拾い集めた大きな石で囲めば立派な湯舟になる。
舟ではないが。
「寝るのはどうするの?」
「余ったベッド持って来たんで設置しますよ。」
それは魔王国の兵士達が使っていたベッドだが、みんな帰ってしまったので余りに余っている。それを分解して持って来たが、組み立てるには流石に時間が掛かる。
「いやー、すまんすまん、少し我を忘れてしまった。」
戻ってきたグルさんはそう言って石を俺に渡す。
「なんです、これ?」
「魔鉄鉱だ。」
「まてつこう?」
「魔素の含有量が高い天然の魔鉄鉱だぞ。ミスリルよりも価値が高い。強度だけならダマスカスには敵わないが、アレは加工品。こっちは天然物。正直言うとダマスカスは珍しいが技術が有れば作れる。この魔鉄鉱は作れない。」
「と、いう事は・・・。」
「正しく宝の山だな。」
「ホントに、あの子達って何者なのかね?」
「謎ばかり増えていきますね。」
楽しそうな声が聞こえたので振り返ると、子供達はいつの間にか完成したばかりの風呂に入って遊んでいた。
「着替えなんて持ってきてないぞ。まぁ、元々下着付けてないから平気か。」
「私達も入りますかー?」
「おめーらみんなで入るのか?!」
という訳でグルさんは最後に一人で入る事になった。他に選択肢は無いので当然の結果だ。
色々と作業をすれば腹が減る。洞窟内なので時間がさっぱり分からないが、お腹が空けば合図となる。
鉄板に食材をそのまま焼いて食べる。簡単で良いんだよ、簡単で。
しかし、それすらグルさんは驚いているた。
風呂から上がってポカポカな子供達が、火に注意しながら自分が食べたいモノを自分で焼いて食べている。肉ばっかりはダメだぞ、ちゃんと野菜も食べ・・・てるなあ。なんか俺が教える事は無さそうだ。スーがしっかりと教育しているようだし。
「あの魔鉄鉱は掘って良いのか?」
食べながら火の灯りで照らされた魔鉄鉱を指差す。竈はちゃんと使えるが鉄板焼きにしたので使っていない。みんなで鉄板を丸く囲っているので、自然と俺の隣はマナになるのだが、反対側はグルさんだ。
「それは構わないですけど一人で掘るんですか?」
「一応、弟子と三人でって思ったが、コイツ一個掘るだけで道具がダメになっちまった。まともに掘るにしても手が足らん。」
壁を叩いていた道具の先端が見事に丸くなっている。
「ダマスカスで道具を作るにしても、なんだ、おめーは凄い力持ちなのか?」
「普通じゃないですかね。」
「さっきサクサクと掘っていただろ。」
「あー、アレは道具の力であって、俺の能力じゃないですよ。」
「・・・あー、分かった言わなくていい。」
神様から貰った道具ってだけなんだけど、だけって言うのがなんだかなあ。
焼いた肉を一気に頬張り、もぐもぐと頬を膨らませたままグルさんは立ち上がって、魔鉄鉱の穴に向かって行った。何を調べているのか分からないが、ずっと壁を見詰めているようで、先に風呂に入ろうとすると、子供達がやって来た。さっき入ったばかりの子供達が服を脱ぎ捨てて飛び込んでくる。スーとグリフォンも入ってきて、ポチはマナに洗ってもらってから一緒に入る。
「・・・私、今回役に立ってないわね。」
そのフーリンの呟きは太郎達の耳に届く事は無く、並べて設置されたベッドに一人で寝転がった。




