第136話 宝の山
光るキノコを増やしながら廃坑の通路の奥に進む。
先程迄の坑道と違って、高さも幅も、どんどん狭くなってきた。
「行き止まりね。」
「チョット息苦しいな。」
マナとフーリンは平気だから、これこそ俺が来た本当の理由だ。
「戻ろう。」
元の分かれ道まで戻ってきた。
「ここは息苦しくないんだよな。」
「そうなんだ?」
風はあまり感じないが、フーリンさんの説明があった自然の洞窟と繋がっている通路を進む事にした。
「ココの通路って妙にあったかいのよ。」
「あったかい?」
少しずつ慎重に進むと、確かに温かみを感じる。
進むほどにじんわりと汗ばんでくるくらいだから、外と比べたらかなり気温が上がっているようだ。
「なんか嫌な予感がするんだけど。」
「えぇ・・・。」
フーリンさんと俺の予感はというと、この穴がドンドンと下に向かっている事に不安がある。土の中よりも、地面の下を歩いている。そんな感じだ。
「水の流れる音が・・・?」
辿り着いたのは大きな空洞。
それもかなりの広さで、天井は暗くてよく見えない。
「ここもキノコだらけにする?」
「いや・・・必要なさそうだ。」
ここで生活していたのだろう、朽ちたイスやテーブルが散乱していて、ベッドも辛うじて形を残していた。
「地底湖だったのね。でも、なんであったかいのかしら?」
フーリンさんの疑問を解決したのは地底湖の水に触れた時だ。
「あったかいわね、水がお湯になって湧いてる・・・温泉?」
「ホントだー!」
地底湖へ流れ込んでいる水を見るともっとあ・・・っちぃ!
「太郎、大丈夫?」
「あ、うん。これ、完全に温泉ですね。」
灯りを照らすと完全に湯気が出ている。他にも流れ込んでいる川があるようだが、地底湖の方が水温が低いのだからお湯が流れているのはココだけだろう。
魔物の気配は無さそうだが、足元をちょろちょろと動き回る何かはいる様だ。
「うわ・・・蜘蛛か。」
「・・・地中蜘蛛の子供かしら?」
「地底だし、薄暗いし、温かいし、昆虫ぐらいいるのは当り前かな。」
「地中蜘蛛だったら、大きく成ると数メートル以上の巨体になるのよ。」
「そんなのが地底に棲んでるんですか・・・。」
「空洞はココで行き止まりの様だから、大きな蜘蛛は入ってこれないでしょう。」
「まぁ、500年以上前とはいえ、ココに住んで生活していた跡も有るし。」
「ねー、太郎、この樽重いわ。」
何やってんだと思ってマナの持っている樽を見ると、中身は真っ白く糸状のモノが一本伸びている。
「でっかいロウソクだな。流石ロウだけあって今でも使えるか。」
糸に小さな火の魔法を使うと、少し焦げた臭いが立ちこめたが、すぐに火が灯った。
「こんなのが幾つか有るわよ。」
気が付いたらマナはあちこち動き回っていて、顔も服も蜘蛛の巣とホコリで真っ黒だった。
「ランプの灯りしかないのによくそんなに動き回れるな。」
地底湖の周囲にも光るキノコは存在していて、一部はぼんやりと明るいが、マナの歩き回る周りにはガラクタの山の様なものが転がっていて、木製の何かは、指先で触れると崩れる程脆い。
「フーリンは知らなかったのよね?」
「えぇ。」
「これアンタの爪じゃないの?」
「え?」
マナから受け取ったモノを見たフーリンは小声で、確かに。と呟いた。
「そう言われればかなり以前に私の不要になった爪が欲しいと言われた事が・・・。あー、確か、土を掘るのに鉄より硬い物を捜してるって言ったから、冗談で私の爪の方が硬いって言ったら是非欲しいって言われて。」
「上げたんだ?」
「はい。でもこんなところで使っていた事は知らないです。」
「ふーん。」
「あ、なんか冷たい反応が・・・。」
軽く落ちこんでいるフーリンを無視して、マナは更に何かを探しているようだ。俺はロウソクの樽に火を点けてあちこちに配置する。10個ぐらい点けたがまだ樽は何個もある。数えるのが面倒だけど、逆になんでこんなに有るんだ。
「なんか石がゴロゴロあるわよ。」
「石ならそこらにもあるじゃん。」
「これなら私も解るわ。」
「うん?」
マナがどこからか持ってきたのは天然のマナ石だ。不純物が混ざっているので精製する必要が有るが、純度は・・・高いらしい。
「食べて確認するのやめてくれないかな。」
「一番簡単に分かるのよ。」
その通りだと思うが、そのマナ石は吸収されているのでもう二度と取り出せない。
「それにしてもゴロゴロあるね。あり過ぎ。」
ロウソクの樽を抱えてマナの後を付いて行くと、崩れかけた小部屋の様だ。
こんな危ないところに居たのか。
「世界樹様、流石にココは危ないですよ。」
と、フーリンが当然の事を言う。
「本も有ったみたいだけど・・・どう見ても読めないわね。」
壊れた棚のようなところに本がびっしりと並べられているが、それは本であっただろうと思われるモノであって、既に文字も読めなければ紙もボロボロだ。
「ココは横穴を掘って部屋にしたのかな。」
「壁がブロックで固める様に詰めて有るわ。これなら崩れにくいでしょうけど、500年も経っているのに使えるって凄いわね。」
「流石スズキタ一族ってところでしょう。彼らの技術には偶に驚かされましたから。」
「フーリンでも驚く事あったんだ?」
「えぇ、それはモチロン。」
暖炉ではなく・・・竈も何か特別な石を使っているのだろう。これは素手で叩いてもビクともしない。あれ、この石?
「この石どこかで見た事あるんだけど、どこかって言うかあの、黒ずんだ土が固まった物によく似てる。」
フーリンがアーって叫んだ。
「今度はなーに?」
ロウソクの灯りしかないのでマナの表情は分かり難いが、ちょっと怖い。
「坑道内に入った事は無いんですけど、手伝った事が有りました。竈をや壁を補強するのに適した硬い石を用意するのに・・・。」
「フーリンが焼いて作ったのね?」
「はい・・・。」
「鉱山の入り口の場所は知ってたのよね?」
「は、はい・・・。でも、あれですよ、この鉱山の手伝いをしたのって数千年前ですよ・・・流石に覚えてないです。」
「そんな昔からあったんだ?!」
「えーっと・・・3・・・4000ねんまえ・・・ちがう・・・う、ううーん。」
マナが諦めたように言った。
「結局、安全だったって事ね。暗くて分かり難いけど、触るとどの壁も補強した跡が有るわ。」
「ホントだ・・・ガッチリしてる。」
強めに叩くと手が痛いくらいしっかりしている。ただし、この部屋の壁だけで、他はその壁すら詰め込んだ石がズレかけているものも有る。
「じゃあ、フーリンがちゃんと掃除しておくから太郎はみんなを呼んで来たら?」
フーリンに拒否権は無い。
「マナはココで待ってる?」
「うん。」
「じゃあちょっと行って来るよ。」
と言って太郎は来た道を戻ったが・・・一分も経たないうちにマナが追いかけて来た。
「か、身体が崩れる!」
叫びながらマナは太郎に飛び付いた。それはもうぴったりと。慌てて追いかけてきたフーリンもマナの姿を見て安心したように息を吐く。
「急に姿が崩れるからびっくりしました。太郎君、世界樹様とは少しの距離も離れないでね。」
「そうですね。ともかく俺が傍に居るからマナはその姿を保っていられるって事が証明されたって事かな。」
マナはいつものワンピースすら失っていて、裸で太郎に抱き付いている。しかも指先と足先が無くなっていた。
「魔素が急に身体から抜けていくのよ。世界樹に戻れれば治ると思うけど、今はちょっと無理ね。」
「マナのマナが無くなったらそれこそマナじゃないもんな。」
「うん。」
フーリンは残って掃除をする事になり、太郎は裸のままのマナを背に乗せて子供達が居る所まで戻った。
スーが吃驚して飛んできた。それはあの魔女との戦いの時に焼かれたマナの姿がに似ていたからかもしれない。
「マナ様大丈夫ですか?!」
「太郎の傍に居れば大丈夫だけど服を作る余裕が無いのよ。なんかない?」
最初は父親が戻ってきた事で嬉しそうに駆け寄ってきた子供達なのだが、マナの姿に驚いている。それもそのはずで、手先と足先が無くなっただけではなく、耳も顔も無くなっていたのだ。僅かに残った小さな口で喋っていて、マナが消えてしまったら今までの思い出とかはどうなるんだろうか・・・、少し不安になる。
「完全に本体と離れてしまっているから記憶の共有は無いわね。今の私が消えたら少し前の私が現れると思うけど。」
「また元のマナが現れる保証はないだろ?」
「・・・こんな事に成った事が無いから想像でしかないのよ。」
子供達と一緒に来ていたグリフォンがマナの顔を覗き込む。
「こんな弱々しいの、なんかお前じゃないみたいで怖いな。」
「アンタにまで心配されるとはねぇ。」
「なんか大変な事に成ってるな。とりあえずココじゃ寒いし、テントに入らんか?」
太郎はうなずき、全員でテントに戻る事にした。
「とりあえずお水ちょーだい。」
子供達の服の予備も無かったのでマナの身体を大きなバスタオルでくるんだ。
それからマナの口に指を突っ込んで神気魔法で創り出した水を飲ませる。すると、少しずつだが顔が膨らんできた。
「おー、凄い回復力だな。」
「水にしようと思ったけど、泥水の方が効果が高いと思って。」
マナの口の中では泥水がどんどん吸収されてマナに変化する。風船のように膨らむとマナは自分で立ち上がり、バスタオルがはだけて再び全裸になってしまったが魔法で創り出したワンピースがふわっと現れて身体を覆う。
手も足もしっかりとした形に戻ると、顔も現れていつものマナに戻った。
「もう大丈夫?」
「見た目だけは戻せたわ。魔法は一切使えないけどね。」
「戻れただけで十分だよ。」
太郎が安心したように笑顔を作ると、周りの空気も安堵が漂う。
「ところで、中はどうだったんだ?」
安心した太郎を見た子供達が騒ぎ出すその前に、話を進める。
「奥の方に地底湖があって、昔の一族はそこで生活しながら採掘していたみたいですね。温泉も有りました。」
「崩落の危険は無いのか?」
「途中の坑道なら崩れ無い事は無いと思いますけど、地底湖の方はちゃんと補強してあります。」
「・・・500年以上前だろ、そんなんで安心できんのか。」
「大丈夫よ。黒ずんだ土と同じモノで壁が作られてたから。」
「あー、あの硬い石か。あれなら確かに500年くらいモツか。」
「あの、フーリン様は?」
「フーリンは置いて来たわ。掃除させてるの。」
「じゃあ早く戻らないとフーリン様が寂しがらないですかー?」
「強いから大丈夫。」
そういう意味じゃないんだよなあ・・・。
「何かあった時の為に誰か残った方が良いんじゃないのか?」
「フーリンが居るから大丈夫よ。」
「そんなもんか。」
「そんなもんよ。」
テントを一気に片付け、今度はみんなでワイワイと坑道へ入っていく。子供達は「洞窟探検だー!」と、はしゃいでいるが、行先は決まっているから勝手に動き回らないでくれるかな。
そして、一人寂しく素手で掃除しているフーリンと再会するのは一時間後だった。
「道具くらい置いてってくれてもいいのに・・・。くすん。」




