第132話 新年のあいさつ
翌日に帰る筈だった兵士達は今日も魔王国迄の道を整備する作業に従事していた。かなりの距離が整備できたらしく、整備に使うあの黒ずんだ土を運ぶために大きな荷車まで作っていた。馬か牛に曳かせたいところだが、生憎とそんな家畜はいない。基本的に全て人力だ。
キラービーも鮮やかな色をした鳥達も、たまに突撃してくる魔獣に警戒しつつ、かなり平和な日々を過ごしている。
作業をして、食べて、寝る。とても充実した日々だったのだが、真昼間に平然と空からやって来た男によって、少なくとも兵士達の平日は終わりを告げた。
「元気でやってるかね?」
いきなり現れたのでキラービーの集団に囲まれたが、平然としていた。むしろキラービー達が怖がって逃げだすところだ。
「閣下!」
兵士達が作業を中断して集まってきた。その姿を見るまで気が付かなかったマナも吃驚しているようで、一緒に昼寝をしていたグリフォンもむくりと起き上がる。
「あら、ダンダイルじゃない。気配を消すの上手くなったわね?」
「こっそりと三日かけて飛んできましたから。」
「なんだコイツ?」
グリフォンが異様な気配に気が付いて睨み付けたが、ぺちんと叩かれた。
「何でもすぐ威圧するのやめなさい!」
「すぐ叩くな!」
少し戸惑った表情で二人の少女を眺めていると、慌てた様子でカールとルカが揃って現れ、目の前に立ち敬礼する。
返礼しながら話しかけた。
「太郎君は?」
「もうすぐこちらに来るかと。」
その太郎はダンダイルが来るなどつゆ知らず、のんびりと歩いてやってきた。ダンダイルの方から簡単に挨拶を交わすと、すぐに本題に入る・・・と、その前に周囲が気になったようだ。
「このキラービーの群れは?」
「周辺を警備して貰ってるんですよ。」
カラフルな鳥達は適当にあちこちでフラフラしている。チラチラっとこちらの様子を窺っているぐらいだから、近づいたら拙いとでも思っているのだろう。
「あの鳥達は見覚えがあるな・・・それにしても、太郎君は本当に不思議な普人だ。」
「キラービーの害は無いので大丈夫です。」
「雄殺しでは?」
その誤解は直ぐに溶けたが、どうしたらこんなに仲良くしているのか、その方が不思議である。キラービーの蜂蜜は高級品で、採りに行ったまま帰らなくなった者も多い。今度は大きく周囲を見渡し、建物を眺めた。
「もう村と呼んでも問題ないほどの規模になっていますな。」
「オリビアさん達の建築技術のおかげです。」
「ふむ。早速本題で申し訳ないが、明日の朝に兵士を連れていく。本当は少しぐらい残していこうかと思っていたのだが、心配無さそうで何よりだ。」
兵士達が全員帰還するのと、オリビアさんが同行する事、そのオリビアさんは新たな住人を連れてココに戻ってくる予定だ。急いでも3か月近くはかなりの人がいなくなる事になる。防衛力に不安を感じていたのだが・・・。
「ドラゴンじゃなければ我が何とかするぞ。」
その時にスッと現れるポチ達。
「ケルベロスも増えて・・・?」
「こっちの親子は森で死にそうになってたのを助けたんです。」
チーズとその子供のケロイチロウとケロジロウだが、ケロの部分は省かれて呼ばれる事が多い。
「なるほど・・・こっちの少女も異様な力を持ってるようで。」
視線を向けた時のダンダイルの瞳が僅かに光る。見た目は子供で少女だが、胸がデカくて中身はとんでもない存在だ。
「グリフォンです。」
「あぁ、これがあの話の。」
「・・・なんでこいつ驚かないんだ?」
「ダンダイルさんは元魔王だからね。」
「魔王って・・・。」
スッと太郎の後ろに隠れる。ポチは慣れているが、チーズ達には刺激が強いかもしれない。ポチより大きな身体のチーズがポチの後ろに頭だけ隠せば、その子供はさもありなん。
「タローが力関係を無くしたいって言う意味が解った気がする。」
「力関係を・・・それは理想ですなぁ。」
いつの間にかダンダイルの肩に座っているマナを気にする事も無く、集まってきた兵士が整列するのを待つ。時間が掛かったのはあちこちに散っていた所為で、エルフ達が集まるのは待っていないが、オリビアを筆頭にすでに集まっていた。
「これで全員かな?」
キラービーとカラフルな鳥達は少し離れた所でダンダイルを眺めていて、近付こうとはしない。スーとエカテリーナは食堂で片付けをしているのでこの場にはいない。鍛冶職人達にも関係ないので、チラッと見ただけだ。関わりたくないと顔に書いてあるのは言うまでもない。
「では、予定通りとはならなかったが明日の朝には出発しよう。トルチェ殿は本当に一人でよいのかね?」
「問題ありません。ただし・・・。」
「移動の日数については気にしなくていい。エルフと敵対する事は魔王国も望んでいない。気に入らない連中も居るだろうが、大丈夫、その程度は抑えられる。」
エルフに問題があるのか、エルフに対する諸外国に問題があるのか、微妙な関係である。エルフが大国だったのは過去の事で、滅んだ後に造られた国は一応の体裁は整っているが、国としての機能は無いに等しい。各地に散ってしまっている所為も有るが、奴隷問題も解決しておらず、有望な人達も、多くの国民も、国を去っているからである。現在はエルフが沢山集まっているだけの町に過ぎないのだ。
「それにしても、私達の事よりも新年早々でお忙しいのでは?」
新年?
今そんな時期なの?
冬って感じがしない・・・いや、季節は関係ないのか。
「今年は10年に一度の総合闘技大会が開催されるが、私は関係者ではないからな。推薦枠は持っているが、誰か出るかね?」
兵士達は隊長を含めて出場を志願しない。周囲を見渡すダンダイルの目は小さの少女の前で止まったが・・・流石にダメだと思ったのだろう。視線を横にずらした。
「出るかね?」
「俺ですか?俺なら、遠慮しますよ。」
「そう言うと思ったのだが、一応な。実力的には推薦しても恥はかかないくらいの能力は備えていると思っている。」
「高い評価は素直に嬉しいですけど、戦う為に来たわけじゃないので。」
「そういうところも高く評価している理由なのだよ。」
戦わない事を評価しているのではなく、戦う必要が無ければ戦わない事を高く評価している。勇者のように力を持った者は常に警戒すべき存在なのだから。
大会が開催されれば各地から猛者が集まり、勇者の様な存在も移動するだろう。そこで情報を収集したり、各地の戦力を調べたり、新たな存在が発掘されたりと、開催する側の利点もある。過去にはハンハルトやガーデンブルクでも開催されていた大会だったが、賞金額と規模が一番大きい魔王国だけが現在も開催している。
「ダンダイルさんは大丈夫なんですか?」
太郎の言葉には主語が無く、流石のダンダイルも解らない。何の事かと考えようとすると、言葉が続いた。
「兵士を引き揚げるのに特別な理由があるみたいですが・・・。」
二人の隊長に視線を向ける。
「ダンダイルさんほどの人が出向いてくるんだから、何かあったんでしょう?」
「二人が何を言ったか知らないが、ちょっと面倒な事になっていてな。」
長くなりそうな感じがした事で、太郎はダンダイルを食堂に案内した。兵士達もエルフ達もその場で解散になったが、二人の隊長は同行した。というか、付いて行くしか選択肢が無かったとも言える。
食堂では片付けを終わらせた二人のほかに、残飯処理をしているトレントもいた。初めて見た姿に警戒感は無く、笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「お困りな表情ですね、おっp・・・もごぐっ。」
スーが素早く口を塞いで厨房に引っ張り込む。
「今のは?」
「人の姿に成ったトレントです。」
表情には現れなかったが、内心かなり驚いている。驚き過ぎて表情に出なかっただけかもしれない。
「・・・それが事実だとここは聖地になりかねない。必ず秘密にしていただく。」
珍しく強過ぎる口調のダンダイルに、太郎は肯いた。しかし、秘密を守り切る自信は無い。
「ここは色々と問題が多過ぎますな。」
「世界樹だけでも大問題ですもんね。」
「その通り。グリフォンにシルヴァニードにトレント。これだけでも伝説になる。それに加えてキラービーが警戒心も無く周囲を飛んでいる。ケルベロスが飼われている。あの鳥達も・・・確かワルジャウ語どころか、かなりの言語能力があったような・・・。」
頭痛が痛いとはこの事かもしれない。
「もはや太郎殿以外がこの村を統治する事は不可能でしょう。」
「タローがいなかったら我もココには棲まないだろうしな。」
「グリフォンといえばかなり凶悪な魔物だと聞き及んでいる。魔力が凄いのは解るが、凶悪さは微塵にも感じられない。どういうことか、太郎君?」
「なんか、懐かれました。」
「太郎の魔力の所為でしょうね。」
「タローに抱かれれば解ると思うぞ。」
「太郎君?」
視線が。
「抱きしめたというより抱きしめられた方ですけどね。その言葉の通りで他に意味は無いですし。」
「いわれてみれば、世界樹様にも似たような感じが有りましたな。」
「まーねー。波動に対して素直な子ほど効果は高いわ。」
「それだと、やはり太郎君以外には無理という事が証明されてしまいますな。」
「世界樹・・・マナに対しての危機感ってなんですか?」
ここでやっとダンダイルは理解した。
「あぁ、その事でしたら、勇者や魔女以上に世界樹様の事でツイツイ熱が入ってしまって。」
魔王国にも議会が有って、そこには魔王国の重鎮達がずらーっと並んでいるが、その中でダンダイルは一度引退した身であって、戻って来るなど知らされていなかった。
それが最初の問題。
ただし、対勇者専門で対処するという事で一度は見逃してもらっている。
元魔王という立場は、現魔王に対して直接意見を言えるという事で、とにかく問題視されたが、ダンダイルは指名されない限り意見を述べる事は無かった。
軍に関係する事も、対勇者に特化して兵員や傭兵を募る事も、特別に承認された。
しかし、とある事件から彼の行動は一変した。それがワンゴという名の盗賊を生身で捕まえた事件以降であり、ダンダイルが望まないカタチで軍に現役復帰し、実権をある程度保有するようになると、その存在を気に入らない連中が監視するようになった。
監視される事には慣れていたので気にする事は無かったが、極一部しか知る筈の無い情報を手に入れようと自分の部下達を引き抜くためにアレコレと手を尽くして来るのは正直面倒だった。
これが二つ目の問題。
最後に独立した部隊を訓練目的で遠征させたのだが、運用するにあたって軍の予算を使った事が問題視され、更に特定の人物にまで目を付けられてしまった。
それが鈴木太郎と世界樹だ。
世界樹については隠す意味もなくなったので議会でも説明したが、殆どの者が信じなかった。鈴木太郎に付いてはワンゴを捕縛するに貢献した人物だと伝えたが、やはり信じられなかった。そして、そのどちらの事情にも証拠を提示しなかった事も問題視された。
更にエルフ達の国内通過や、最前線を無視してのハンハルトへの移動。一つ一つが事細かに調べられるのではなく、特別査問会議を臨時創設して、ダンダイルを詰問して取り調べた事で、立場は悪化していた。
国内の議会で最初から孤立していたが、ますます隅に追いやられているのだった。
しかし、対勇者対策についてこれほど強力な人物は存在せず、本気で追放するのではなく、元の特別顧問的な立場に戻そうとしていたのだが、それは現魔王が頑として拒んだ。魔王としては特権を行使しただけなので、嫌なら引退にしても構わないという態度なのだが、現状この国で魔王に成りたい者は存在せず、候補者もおらず、結果として微妙な状態が続いていた。
そして、軍の予算を対勇者対策以外で使用した事について糾弾され、今ある計画の大半をあきらめさせられたのだった。
「・・・そんなに大変だったんですね。」
ダンダイルの長い話に、聞き終えた太郎の一言は、ただの感想に等しい。
「もしかして、あの時の犯罪撲滅作戦って財源回復の為だったんですか?」
「ドーゴルに・・・いや、魔王様に迷惑をかけたんでな、罪滅ぼしの意味もある。太郎君達の事を説明しても、基本的には無視されてましてね。」
「俺達の事を?」
「いくらなんでも、魔王様に報告しない訳にはいかないのでな。ちなみに魔王様は私の言葉を信用はしているが、完全に納得している訳でもない。」
なんともややこしい事か。
「ここがあまり価値の高い村になると困る事も増えるのか・・・。」
「低ければ低い方が良いでしょうけど、もう無理じゃないかな?」
「マナがそれを言うかね。」
「まぁ、今後も太郎君次第という事で理解してくれ。我々に出来る事は殆ど無い。何か協力したくなるようなものがあればいいが・・・。」
「協力したくなるようなモノ・・・?」
一同の視線が一点に集中する。唯一動かなかったのはダンダイルだけだが、それは知らないからである。
「え、え?ええ~~~?!」
「スーがどうしたんだね?」
「蜂蜜ですよ。」
「キラービーの蜂蜜と言えばかなりの高級品、確かにこれを手に入れる為なら。」
ダンダイルが頭の中で色々計算をしているのだろう。すでに拒否権が消えたかもしれず、スーはかなり悲しい表情に変わった。何しろ蜂蜜を保管しているのはスーだけで、それも小さい樽で3個ほど持っている。
「一樽有れば十分だ。ハンハルトから仕入れている蜂蜜ですら一般人には高すぎる。」
「これ、いくらぐらいで取引されるんですか?」
「わからない。」
スーを見ると絶望してる。輝きを失った純白だ。
「わからないというのは・・・分らないくらい高いという事ですか?」
「そうなる。」
いったいいくらなんだろう?
流通量が殆ど無いという事は特産物として扱われる事になったらとんでもない事だ。
「この樽で家が建つとか?」
「魔王城ほどではないが小国の城なら建つな。」
「俺はそんなものを毎日食べてたんだ?」
「そーですよーーーー!!!」
高いとは思っていたけどそこまで高いと言われると食べにくくなるなぁ。
「定期的に手に入るのだね?」
「今は毎日持ってきてくれますね。」
「数が増えればもっと・・・。」
「キラービーの数を増やすのはちょっと問題が有るんですが。」
「問題?」
「雄殺しの事です。」
「あぁ・・・それなら、誰か罪人で良いではないかな。」
それは凄い罰だな・・・。
「ここまで連れて来るのに問題がありませんかね?」
罪人を運ぶのもかなりの手間の様な気がする。哺乳類であれば良いのだから、他の動物を・・・捕まえるのも面倒か。
「キラービーの蜂蜜が手に入るのならそのくらいすると思うが。」
あまりにも簡単に言われてしまうので、価値観が違い過ぎて理解を超えてしまう。
「まぁ、提供してもらえるという確約が可能なら、街道の整備に十分な仕官を出せるだろうし、兵士がここに居る理由も作り易い。まぁ、今回は無理だから一度は引き上げる事になるが。」
「それは仕方の無い事ですよ。今までだって色々としてもらってますし。」
「太郎君にそう言ってもらえるのなら助かる。」
スーが渋々ながらダンダイルに樽を渡す。流石に可哀想だから後で慰めてやろう。
樽を受け取ったダンダイルが部下二人を連れて外に出ると、再び兵士達を集めて何やら話をしている。世界樹がここに有る以上、以前のような大きな問題が再び発生しないようにしたいのだという事は理解できるが、ドラゴンの大群が来てしまえば集まっている方が危険だと思う。ハンハルトにピュールというドラゴンがたった一人で来たのにあの被害だからだ。
同日夜。
翌日の出発に備えて今夜の夜回りはエルフ達に任せて、兵士達はゆっくりと風呂に浸かり、ベッドに身体を沈める。
ダンダイルは改めて太郎の凄さを実感していて、これほどの湯量を安定して出せるのだから、これが攻撃に向いた時の恐ろしさと言ったら、元魔王と言えども恐怖を感じてしまう。それだけに、太郎殿にはこのままでいて欲しいモノだと常々思っている。
夕食も驚くほどの量が出ている。これだけの人数を満足させるだけの食材と言えばかなり大変な筈だ。畑の作物もそれほど簡単に作れるはずもない。
用意されたベッドに横たわり考える。
眠るタイミングを逃してしまい、いつまでも天井を見詰めていた。




