第15話 ダリスの町 (3)
宿屋はスムーズに泊まれた。見付けるのも苦労はしなかったし、宿代もそれほど高くない。なんといっても部屋にはランプが常設されていて使い放題。ベッドも二つあるし、食事はお金さえ払えばポチの分の生肉まで用意してくれた。ポチは好奇の目で見られる事に苦痛があったが、太郎に付いて行くと決めたからには覚悟の上だった。
風呂はマナと別々になったが、ポチを連れて入っても誰も怒らない。むしろ大人しい犬に周りの人達は興味津々である。ちゃんと首輪も付けているので、風呂でポチの体を洗っているだけで色々な人に話しかけられた。
奇麗に洗い流して、一緒に湯船に浸かる。毛は抜けてないな。よしよし。元にいた世界じゃこんなことできない。
『風呂というモノは気持ち良いんだな。』
大浴場の中で、周りに人がいなくなったのを確認してからポチと会話する。
『嫌いな奴は人間でも嫌いだぞ。』
『身体がポカポカすると眠くなる。まるで母親と一緒にいるような気持ちになるな。』
『まだ寂しいよな。』
『太郎は寂しくないのか?』
『俺は・・・そうだな。育てられたには違いないが、半分放置されていたから。母親とのいい思い出なんてないな。』
『それにしても本当に変な奴が多かった。もっと嫌われると思っていたのだが・・・。子供だからまだ相手にされていないだけなのか。』
『どうだろうな。この町は初めて来るがみんな心に余裕がある。話をしていて感じたことだが、人と人が殺し合いをしている世界という感じはしない。』
『よくわからない感覚だな。』
『俺は平和ボケした世界にいたからな。』
『世界・・・世界か。太郎は世界を知っているのか。』
『全部知っているわけじゃないが、経験はしてきたから。』
『太郎は本当に20歳なのか、何か違う気がする。』
『ポチは良い勘しているな。』
『俺はなんか凄く珍しい者と出会った気がする・・・。』
『凄くはないよ。凄くは・・・ね。珍しいのは確かだけども。』
風呂を出ると手拭いが用意されている。自由に何本も使える。ポチの体毛は水分を弾くわけではないが渇きは良いようだ。こらっ、ここで身体をプルプルすんな。
少し湿ったぐらいでも暖かい季節だからそれほど問題はない。部屋に戻ると食事とマナが待っていた。
「おそーい!」
風呂から出たのでいつものワンピース姿のマナだ。怒っているけど可愛いってずるいよな。ポチは知らんぷりして用意された生肉を食べている。こいつ理解しているなっ。マナは椅子が二つあるにもかかわらず俺と同じ椅子に座って食事をした。美味しい食事にマナの機嫌も戻り、明日の予定は町を散策することになった。ちなみにベッドの一つはポチが使った。
散策は町のメインストリートの角地にある公園から始まった。朝が早すぎてまだ周りの店も半分くらいしか開いていなかったからだ。ちなみに宿の朝食は無い。宿屋と冒険者ギルドと道具屋と酒場は併設されているが、ちゃんと門を通らないと宿屋には泊まれず、他の施設も壁で町の外と内と自由に通れないように遮られている。その全てがまだ開店前だった。辺りの人影もまばらだから、ポチも自由に話をしている。
「もう剣術の修行をしている者がいるな。」
「あ~、俺もやらないとな・・・ん?」
「ぇっ?」
「どうした?」
「もう言葉を覚えたのか?」
『そこのやつが言ったのを真似しただけだ。』
「お、おぅ・・・。」
それにしても流暢に話した。真似をするだけならそれほど難しくはないそうだ。ただ、意味は半分くらいしか分からないとも言っていた。だが、そこから考えて文章を組み立てなおせばいずれ分かると。賢すぎる・・・。
「って事は、私達の会話もそこそこ理解してるって事よね。」
「わたし・・・会話・・・理解・・・。」
ポチがマナの発言の一部を繰り返した。
『昨日の夜の睦言なら聞いてたぞ。睦言って解った時点で寝たけどな。』
マナが俺の服の袖を引っ張る。
「ポチは何て言ったの?」
「・・・睦言だってさ。」
マナは暫く考えたが解らなかったので聞き返す。
「睦言って何?」
そこか。そっちか。説明したくないなこれは。長く生きていても今まで関わった事の無い話題なら知らなくて当然か。
「とりあえず、町を散策しようか。この公園の噴水もすごいけど、鉱山が在るのに水がきれいなんだな。もっと汚れているかと思ったが。トイレもこれ汲み取り式だ。凄い。臭くない。」
誤魔化したが、凄いのは確かだ。汲み取り式って臭いはずなんだけどな。
町はいくつかの鉱山に向かって道が伸びている。メインストリートはここから見ても山の向こうに続いてるのが分かり、町自体が斜面に作られているようだ。切り拓かれているので森は遠くに見えるが、川というか水道がいくつもある。水源が豊富なのだろう。
鉱山のない反対側の斜面は農場になっている。どう見ても俺の知っている麦畑だ。牧場もある。レンガ造りの道路だが凸凹は少なく、馬車もそこそこの速さで移動している。
鉱物街道、物品街道、主要街道、飲食街道、生活街道。五つの道にはそのように名付けられていて、街道の始点に看板が立てられている。看板は俺の身長の倍以上も高く、街道に並ぶ店の名前とその店の主要商品が書かれていた。
「観光地でもここまで親切なところは少ないぞ。ちゃんとしてるなあ魔王国。」
昔の俺の中の魔王のイメージは悪そのものであったが、今やそんな欠片も感じない。そして、鉱山から延びる二本のレールのようなものに気が付く。いや、間違いなくレールだこれ。トロッコが山から下りて来るのが見えた。動力は何だろう・・・あ、手漕ぎだ。あんなの写真でも見た事なかったぞ。すごい二人で漕いでる。上るのは辛そうだ・・・。
トロッコをマナもポチも見た事がないので説明する。
「あのレールがもっと延びたら移動が楽できそう。」
「このご時世じゃ無理だな、絶対壊される。安全な町の中だから出来たんだろうけど、動力が開発されていないのかな?」
疑問は残るが、今日は町の散策で、必要な物が売られているだろう街道の店へ向かう。物品と生活の差異が分からなかったが、看板を見ると、物品は旅に必要な物。生活はそのままこの町で生活するのに必要な物だった。ただ、種類的には被っている品物もあるようだ。物品街道に入ると3番目の店が開いていたので入る。
"コリンヌの店"と看板に書かれていて、商品の殆どが衣服だ。少ないが靴もある。革製のブーツがいくつかある。選べるのが嬉しい。俺が物色していると、マナとポチがつまらなさそうにした。
「あのな、マナがいないと買い難いものも有るんだ。ポチはちょっと待ってて。」
マナを店内に引っ張ると、店の人が居た。当り前だけどね。
「すみませんがこの子に合う服と、肌着というか下着というか、インナーというか・・・。」
語尾の音量が小さくなる。
「あ、えぇ。分かりました。ご予算はどのくらいで・・・。」
俺は20金貨を1枚渡すと、全てを任せて店外にいるポチのところへ。
「ちょっと、太郎どこ行くの、一人にしないでよ。」
「ポチと大人しく待っているだけだよ。あの、お願いします。」
前半はマナへ、後半は店の人に言った。マナはむくれているが、苦笑いする店の人に引っ張られて店の奥へと入っていった。
暫く待っていると、このところ見なかったものを見た。今でもたまに無性に欲しくなるアレを咥えているおっさんがいる。鼻から煙を出した。
「紙巻煙草があるのか・・・。ちょっと欲しいぞ。」
俺はタバコが存在していても煙管だろうと思っていたので、意外なところで驚いた。しかもあれは葉巻ではない。紙巻が売っているとは。いや、あの人が偶々持っているだけかもしれない。俺はポチに鼻で突かれなかったらそのままおっさんに話しかける所だった。
『マナを待っているんだろう?』
『ああ、すまん。今のは俺が悪かった。』
まだ人通りが少ないので、ポチの声に気が付くものはいない。
『何か珍しい物でもあったのか?』
『タバコって知ってるか?乾燥した葉っぱ細かく刻んで薄い紙で丸めて、先端に火を点けたら反対側から煙を吸うやつ。』
『・・・知らないな。』
ですよね。おっさんはどこかへ行ってしまったが、その先には他にもタバコを吸っている者がいた。これは普通に売っている感じがする。嗜好品だから高そうだが・・・ぱっと見でいるんだから、そんなに高くないかも。
『これだけ人が少ないと、町がとてつもなく広く見えるな・・・。』
かなり広いと思う。一部は3階建てもあるし、通りに沿って建っている店の殆どが2階建てだ。屋上も作られているし、空中庭園っぽいのもある。そして鐘の音が聞こえ、教会もあるようだ。この世界の宗教ってどうなっているんだろう。
『空中庭園って子供のころ、本当に浮いてると思ってたんだよな。』
『浮いてる大地が有るのか?』
『どこかにありそうだよなー。』
意味の分からない会話になりつつあるが、そこへマナがやってきた。どうした?うん、可愛いぞ。俺の腕を引っ張って店内の奥に連行されると、そこには大量の紙袋が有る。あ・・・20金貨分って事か。よく見たら紙袋じゃない、紙袋が木箱に入ってる。これだけあったらファッションショーも出来るな。
「お客様が奮発されたのでちょっとサービス品も入ってます。」
小物のアクセサリーが・・・やっぱりこの世界の価値観がよく分からない。いきなりやらかした気もするけど、これが大賑わいの時じゃなくて良かったと思う。
「後で返しに来ますので何かカートとか台車みたいのってありますか?」
流石に木箱を二個持って歩けない。カートが有ったので借りて急いで宿屋の自分の部屋まで持って行く。3泊分借りててよかった。初日でこれだけの荷物になるなんて・・・。神さまの袋が無かったら持ち歩く量じゃないぞ。マナに木箱から紙袋を取り出してもらい、受け取ってさっさと袋に入れる。ポチが不思議そうに見ていた。
補足
OO街道 って名前が付けられているけど、実際はどこかの町に繋がるのではなく、
ただの OO通り という感覚と変わりません。
始点から扇状に道が伸びていて、終点は何かしらの施設です。
中央の主要街道がメインストリートで終点が王都です。
今のところそのままの名称です。
だめ・・・かなぁ?(´・ω・)`