第123話 浴場で欲情する
朝早くから畑に人が集まる。村と呼んでいいのか分からないが、現在ここに滞在する者達が全て集まって畑を眺めていた。
「じゃーいくわよー!」
マナがそう言うと、畑の土が僅かに動く。小さな芽が土から現れたと思うと、次の瞬間にはにょきにょきと伸び始めた。
たった数秒で、一面の土が一面の作物に変わった。
周囲からは唸るような感嘆の声が漏れる。
「これは何度見ても素晴らしいモノです。」
「まぁ、そんなに眺めている余裕もないんだけどね。」
オリビアが不思議そうな表情で太郎に問う。
「見事に生っているではありませんか?」
「だから急がないと。」
マナの頭を少しだけ撫でて、先日から用意していた収穫用の籠を持って走る。
「あ、作物の枝が曲がる?!」
キュウリとナスとトマト。
それらは見事な実が出来たと同時に、実が重過ぎて枝が耐えきれずに曲がってゆく。
「優先して採ってくださーい!」
太郎が叫ぶと慌てて他の者達も収穫を始めた。
収穫にはハサミで切り取るのだが、ハサミは人数分ない。無いのでどうしようかと思っていたのだが、魔法で切り取っていた。
生活魔法って便利だな。
もちろん全員が使える訳では無いので、現代から持ち込んだハサミを渡す。それでも全員分には届かない。面倒な場合はたわわに実った枝をそのまま籠に入れるくらいアバウトな収穫法で、とにかく集めた。
最初の籠がいっぱいに成るほどの量に、保存方法が困るモノばかりなので、食堂にある食材保管倉庫に直ぐに入れた。冷蔵庫なんてないが、氷魔法が使える者がいるのでそれを利用させてもらい、少しヒンヤリする程度の人の入れる大型の冷蔵庫は直ぐに満杯になった。
エカテリーナがぴょんぴょんと跳ねて嬉しそうだ。なにしろ、殆どが肉と芋しかなかった冷蔵庫に彩が加えられたのだから。
「これってすぐに使った方が良いんですよね?」
「うん。ナスはそのまま食べられないけど、トマトとキュウリはそのままでも良いよ。」
そう言って手に取ったトマトを齧る。
「うわ、ちょーうめー。」
何の加工もしていないトマトがこれほどおいしいとは、想像もしていなかった。
マナ様様だ。
他の者にもトマトを食べさせるとあまりの美味しさに笑顔になる。
「もっとかたくて酸っぱいモノだと思っていましたが、これほど甘いと感じるのは初めてです。」
他の者達からも感嘆の声が漏れるどころか溢れかえる。
たったこれだけの事だが、多くの者達にやる気を漲らせ、作業は一気に進んだ。
今回の収穫物は―――
人参
小麦
稲
トウモロコシ
タマネギ
ネギ
トマト
赤カブ
レタス
キュウリ
ナス
スイカ
カボチャ
なんと言うか、季節感を完全無視したラインナップだ。
以前に袋の中を見た時よりも種類が増えてるわけだが、しっかり探すとぽろっと出てくる。買った本人が把握していないのを何とかしないとな。
もうないよね?
うーん。
畑で稲ってなあ・・・なんか変な気分だ。
マナはドヤ顔で足を組んで椅子に座っている。
収穫中の休憩にスイカを振舞うと、汗を流して乾いた身体にかなりの潤いを与えたらしく、少量しか植えなかったので、あっという間になくなってしまった。種が回収できたので後日また作ろうと思う。
総量としては年が越せれば良い程度に作ったつもりだが、後はエカテリーナとスーに完全委託だ。足りなかったら調節してまた作る予定にする。
無駄にして腐らせるなんて事はしたくない。
「タロウ様~!」
「どしたん?」
「これってカレー作れますよね?」
それはスーが大量に買い込んだ調味料の中には香辛料も含まれていて、乾燥はさせてあるので日持ちはするが加工されていないモノも多い。
「作れるんじゃないかな。俺は本を見ないと分からないからアレだけど。でも、同じモノはこの世界にも有るんでしょ?」
「エルフさんたちは知っていたみたいですけど、食べた事はないそうです。」
「そうなんだ?」
「長い戦争の所為で他国からの流入物が減ったのが原因とか言っていました。」
「あ~、なるほど~。」
「このハンバーグってのも作ってみます!」
卵やパン粉はないけど、どうするんだろう?
「パン粉は残って硬くなってしまったパンを細かく砕いて代用します。卵はなんとかドリって言う鳥の巣から取って来たって兵士さん達が言ってましたので、それを。」
「ソースは?」
「タマネギとトマトが有りますのでそれをベースに。」
「そういや油って足りてるの?」
「オリーブオイルとココナッツオイルならまだたくさんあります。と、言うか殆ど使う機会が無かったので残ったままです。」
嬉しそうに、楽しそうに、会話するエカテリーナを見て一言。
「・・・なんか料理人みたいだ。」
「えっ、あ、なんか恥ずかしいです。」
照れるエカテリーナの頭を撫でると益々紅くなった。太郎が笑うと、周りで見ていた者達も釣られて笑う。
収穫作業は続いたが、とても素晴らしい平和な日だった。
カレーを作るのに未加工の香辛料を粉末に加工するのだが、すごい手間がかかるので、兵士達にお願いして細かく砕いてもらっていた。しかし、必要分作るのに数日かかってしまっていて、専用の道具もなく苦労の連続だった。
なので、すり鉢とすりこ木を渡したら、凄く真面目な表情で言った。
「薬剤の調合をしているような気分です。」
「半分正解のような気もする。」
小麦と米も同様に加工する。やっぱり、すごい手間がかかっている。こちらもちゃんとした道具が無いので、すべて手作業だからだ。
エルフ達が加工に必要な道具を作るところから始めていたから、何も考えずに作るモノではないと、少し後悔していたのだ。
「作業はやりがいを感じるモノなので、太郎殿が気にする事では無いですよ。」
「そう言ってもらえると助かります。」
「しかし、風呂場を建設するついでに、作業場も欲しいですね。」
「建設するのはお任せしますよ。」
「出来れば道具を作りやすい大きさに加工していただけると・・・。」
「もっと小さくした方が良いですか?」
「あー、そうそう、そんな感じでお願いします。」
脱穀機が完成した。
凄い。写真でしか見た事の無いモノが目の前に有るってなんか感動する。足でペダルを踏むとぐるぐると回るタイプで、作業効率は一気に上がった。
とはいえ、稲も麦も大量に有る訳ではないし、保管にも困るのだが・・・米樽には唐辛子と炭が入れられていた。湿気と虫から守ってくれるという事は、知っていたので伝えようとしたらすでにやっていたのだ。
「タロウ様から頂いた本に絵だけ有りまして、唐辛子は分かったのですが、炭はオリビアさんから教えていただきました。乾燥剤っていうモノが有るってタロウ様の本には有りましたが・・・。」
「ああ、そんなところまで書き写したんだったな。乾燥剤は今の俺には作れないし作り方も知らないし材料も知らない。なにしろ、当り前のように存在してたからなあ。」
「どちらにしても長期保管するのでしたら涼しくて乾燥した部屋が良いとありますので、冷蔵庫に置いておきます。」
「今のところ他にないもんな。」
俺が心配するようなことは既に知っているという事が意外にも多く、むしろ俺が知らない事も有る。時代によって保存の仕方が違うのは当然の事だが、俺は文明の利器に頼って生きていたという事を痛感している。
なので、食べ物の保管方法は俺が何か言うよりも、完全にお任せ状態にした方がみんなも安心するだろう。
浴場の建設。
大量の木材を必要とするかと思ったが、それよりも石の方が良く使うという現実に、石を探す事となった。
「加工が出来ればこの黒い土でも良いのですが、太郎殿にしか出来ないとなると申し訳なくて。」
普通の石よりも強度が有って、それでいて軽い。軽いと言っても普通の石よりも軽い程度で、道の補強に使いたいと言っていた理由も良く分かる。それを同じ大きさのブロック状に加工すれば、組み上げるのは誰でも出来る。一番の問題が加工なだけだ。
「そのくらいなら必要な個数を作るよ。畑の作業が終われば暫く俺のやる事は減るし、暇だからってゴロゴロしてるのも嫌だしなあ。」
圧倒的に女性が少ない現状だが、広さは男女平等とした。それは俺がそうするように言ったからで、最初は3:1ぐらいで、女性の方の浴場が狭い予定だったのだ。もちろん兵士達は文句を言わなかった。風呂に入れるという現状ですら格別の待遇なのに文句を言えるはずもないというのが彼らの理由だ。
水を溜めてお湯を沸かすという手間が全く無いというのは、風呂が好きな者に崇拝されるレベルで、排水も簡単にできるように溜め池へ流す水路を作った。水門の様に板を引き抜くだけで流れ出る仕組みだ。なので湯舟に張った湯は男女とも同じ湯で、仕切りが有るだけで天井も無い。覗こうと思えば簡単に覗ける構造だが、「覚悟が有れば好きにすればいい。」とオリビアが言った事で覗こうとする勇者は現れず、脱衣所は当たり前のように部屋を作り別々となった。
ペンション内にある風呂場は太郎達専用となり、ポチ達もこちらを利用する事となった。
ウルク親子は最初浴場を利用していたのだが、子供と一緒に入るのも親として必要だという事で、子供だけは太郎と一緒に入っていたから、寂しそうにしているウルクを見たスーが引っ張ってきて、結局みんな一緒に入る事になった。まだコミュニケーションが出来ていないのだから、仕方がない。
仕方がないんだ。
だから皆で入ると賑やかになる。
「パパー身体洗ってー。」
「はいはい。」
「ちちうえー身体洗ってー。」
「ほいほい。」
兎耳も狐耳も柔らかくてふにゃふにゃする。子供の身体ってなんでこんなに柔らかいんだろ。気が付けばいつも通り子供に囲まれて身体を洗っていた。なんでマナも混ざってんの。これもいつも通りだけど。
ポチの身体をスーが洗っていて、抜け毛か少ない時期なのでそれほど苦労しないようだ。ケロイチロウとケロジロウはまだ小さいので簡単に洗えるし、直ぐに身体をプルプルさせて逃げてしまう。チーズは身体が大きいので洗うのに苦労しているようだが、意外と大人しい。
「ママー身体洗ってー。」
九尾の子供達から、母上かママと呼ばれているのは、何故かエカテリーナだ。ご飯作ってくれるし、食事の補助もするし、そういう認識になるのは仕方が無いのだが、なんで誰も訂正しないの。俺が訂正する隙も無いぞ。
ウルクも自分の子供の身体を洗っているが、やっぱり正しい親子ってこんな感じなんだろうな。何か、おかしい感じがするのは俺の方なんだよね。
仕方ないよね。
「ナカナカ一苦労になりましたねー。」
自分の身体も洗い終えて湯舟に乳袋を浮かせているスーとウルク。湯舟では暴れないようにしっかりと教育したので、子供達も大人しい。が、直ぐに逃げるように出てしまった。
「あーつーいーよー。」
「あんた達、ちゃんと身体拭きなさいよー!」
身体を拭く専用の布は魔王国でも希少品だったが、スーが色々と買って帰ってきていたおかげで、こちらも助かっている。流石にタオルのような物は買ってこなかったので、代わりになるような柔らかい布を使っている。
子供達はバタバタと移動していき、ワーワーと騒ぎながら寝室へ走っていくのを追うように、マナとエカテリーナがポチ達を引き連れて脱衣所で身体を乾かしている。
残された大人達は湯舟でゆったり。
『ワルジャウ語は慣れた?』
『少しずつは。』
「二人して会話はずるいですよー。」
「が、がんばるます。」
「・・・。」
無言で見詰める先にはぷかぷかと浮かぶモノが。
「太郎さんさっきから見過ぎですよー?」
「最近ご無沙汰だから。」
「ウルクがいるのにするんですかー?」
「す・・・るのデスか?」
「さ、先っちょだけだからっ!」
スッと横に寄ってきたスーが、太郎の耳たぶを軽く噛みながらその先っちょを指先で突く。ぽっかぽかになった身体に抱きしめられる事でさらに興奮する。
それを見ていたウルクは困ったように笑っていた。




