第122話 迷いの森
俺がペンションの横に新しく建設された食堂へ向かうと、既に兵士達が集まって食事をしていた。エルフ達もやってくる。
鳥達もやってくる。
「なんでついて来るんだ?」
「子分ですから。」
鳥が人の居る場所に大挙として押し寄せて来るなんて、初めて見たのだが、流石に建物の中までは入ってこなかった。
「てか、お前達って何食べるの?」
「我々は葉っぱでも虫でも、何でも食べますよ。」
「芋かマンドラゴラしかないぞ。」
「芋の葉っぱを頂ければ。」
「・・・今まで何を食べて生きてたんだ?」
「迷いの森では虫を食べてましたね。」
「虫の方が良いなら、いい仕事が有るぞ。」
「ホントですか?!」
「あぁ、畑に湧いてくる害虫を駆除してくれるんなら、それは俺達も助かるから。」
「あー、ナルホドナルホド。」
俺と鳥の会話に興味を持った兵士達がやって来た。
「なんで鳥と喋ってるんですか?」
「ワルジャウ語だからみんな会話できるよ。」
ウルクが寂しそうだ。
「部屋に持って帰ってもいいんですかね?」
「飼うの?」
「俺、鳥好きなんですよ。」
「こいつらが拒否しないなら良いんじゃない?」
兵士は青い鳥を選び、三食昼寝付きという好条件に篭絡させた様だ。
「喋れるし籠に入れなくても良いし、面白い鳥ですね。よろしくな!」
「私を可愛がってね!」
「まかせとけ!」
人と鳥の会話とは思えないが、成立したのなら良いのかな。
常識と言うのが通用しない世界だしな。
「太郎殿も常識では測れませんけど。」
「・・・。」
昼食は芋と鹿肉だ。
スープは鹿の骨から取った出汁だそうでなかなか美味い。
食べながらスーとオリビアに相談する。
「キラービーって駆除しないと困る?」
「人里の近くでなければ基本は放置だ。この村を大きくするのであれば早めに駆除した方が良いだろう。」
「蜂蜜がハンハルトの特産品になった元となる蜂蜜ですよー。」
「ハンハルトでも売ってるんだ?」
「量産品とは比べ物にならないほどの甘さと美味しさらしいですー。」
「私も食した事は無いな。」
スーは蜂蜜の方に夢中で、駆除に対してなかなか意見を言わない。
そこへ眠そうな表情でグリフォンがフラフラとやって来て俺達に言った。
「なんか鳥がいっぱいいるんだけど食べて良い?」
「あ~!!俺達の安住の地を奪った宿敵!!」
鳥とグリフォンが睨み合いを・・・する訳もなく鳥の方がパタパタと倒れる。
「こいつら見た事あるの?」
「我の身体を突いてきたので食べたら美味かった。・・・ぐらいかな。」
弱肉強食の世界に生きているのだから仕方が無い事も有るだろう。だから、ここではちゃんと別に食べ物を用意するから。
いや、ちょっと待て。
この鳥達ってかなり優秀だよな、人の姿に変化していてもグリフォンだってすぐに認識しているようだし・・・。
「ここに居るといつも充足感が凄くてお腹が減らないんだ。」
「なんで鳥を食べようとしたんだよ。」
「生で食べて美味かったから。」
「食べるのは止めてあげて。」
「んー、タロウが言うなら止めとく。」
安心したのか鳥達が一斉に起き上がって、一目散に逃げた。まるで蜘蛛の子を散らすように。飛んで逃げないのか、鳥なのにね。
「駆除するならグリフォン殿にお願いをしたらどうです?」
「我?」
「キラービーの駆除に賛成していないスーの理由を知りたいゾ。」
「え、あっ・・・。」
「やっぱり理由が?」
「キラービーの蜂蜜は世界樹の葉の次に高価なモノなんですよぅ。」
「欲しいの?」
「可能なら欲しいですけど、流石に太郎さんを危険に晒して迄欲しい訳では無いですし、特にお金に困っている訳でもないですから。」
「自分が使う訳じゃないんだね。」
「そんなもったしない事出来ませんよー。」
自分の歯形の付いた世界樹の葉を大事に保管しているって言うくらいだし、スーのはコレクション的興味かな。
「あれ、そう言えばマナは?」
「うどんさんとお話ししているみたいですね。」
するするーっ・・・ぽん。
「呼んでないぞ?」
「・・・世界樹様は迷いの森に行けないので詰まらないのです。」
「あぁ、大きく成ると移動できないって言う制約か。」
「そうです。あまり遠くに行く話を太郎様が致しますと寂しがりますよ。」
腕を組んで考える太郎は、食堂の窓から僅かに見える世界樹を眺めた。マナの姿は見えなかったが、寂しそうにする姿を見たい訳でもなかった。さっさと昼食を済ませると椅子を蹴るように立ち上がって外に出る。急に動き出したのだから、畑を手伝う者達も慌てて食べて慌てて追いかける。
「マナ!」
「うん?」
何かを言おうとして、なにを言うつもりだったのか、その言葉を忘れてしまった。
するとマナの方から話し始めた。
「私よりうどんの方が詳しいから聞いてたのよ。」
「何を?」
「キラービーの事。」
うどんの話によると、キラービーは縄張り意識が強く、侵入者に対して攻撃的だが、近寄りさえしなければ大きな害は無いという。ただし、迷いの森に巣を作っているのは知らないとの事。
「魔物が棲息する地域で巣を作るのは危険なので、迷いの森に居るのが不思議なんですよ。500年以上前・・・この地がドラゴンに燃やされる以前はキラービーなんて近くに居ませんでした。」
「と、言う事はどこか別の所からやって来たって事か。」
「あー、もしかするとそれは我の所為かも。」
何故か鳥達を両肩どころか頭の上にも乗せてやってきたグリフォンの声だ。
「我の棲んでた森は特にたいした魔物はいなかったが、キラービーは我からすると歯牙にもかけない魔物だったから。」
「追いやって棲みついたんだ?」
「まぁ、そうなるな。」
「我々も追い出されたんですよ!」
「あーあー、悪かった悪かった。」
鳥に言われて困りながら謝ってるグリフォン。一人孤独に生きてきたのだから、仲間意識というモノが無いのは仕方の無い事だろう。
今は違うが。
「それで、なんで鳥たちが威張ってるんだ?」
「グリフォンの身体には沢山の虫がいて、我々はその虫を目当てに食べてたんですよ!それなのに我々の仲間は食べられたんですよ。・・・ところでなんで子供の姿なんで?」
「元の姿だと色々と面倒なだけだ。」
「虫、美味しいんですけど。」
「まあ、虫の事は置いといて。キラービーを駆除するだけならグリフォンに任せればいいか。」
「我が役に立てるか!」
「うん、今はまだ良いけどもう少ししたら頼むよ。」
「わかった、任せてくれ!」
グリフォンが凄く嬉しそうだ。頼られるって気持ちが良いんだろう。特にそういう理由で作られた人造魔物だしな。頭は・・・鳥が邪魔で撫でれなかった。
邪魔な鳥が・・・。
「どうしました?」
「無農薬栽培って大変だなって思ってな。」
「ムノウ・・・ヤク?」
「役に立たないという意味かな?」
「そういう意味じゃないけど・・・。」
余計な事を喋ると余計な誤解を生む。
「キラービーの事はひとまず置いといて、畑に植える作物を決めようか。」
エルフ達と耕した畑に種を蒔く。
俺は蒔き方が下手だったのでマンドラゴラの畑はモコモコになってしまったが、今度はマナに成長させてもらう事を前提に種を一粒置いて等間隔に配置する。
「これは、腰が痛くなるな。」
「そんなに痛いですか?」
「いや、今は全然痛くない。俺じゃなくて他の人がね。」
「確かに・・・少し辛いです。」
腰をトントンと叩きながら作業を続ける。
今回は頼る気満々で小麦と稲も畑に植えた。
稲って水田だよなーって、思いながらも蒔き続ける。
芋類とマンドラゴラは今回お休みだ。まだ倉庫に大量に眠っていて、使い切れない。総勢で50人以上が毎日3食食べているのにもかかわらず、だ。
ほぼ2時間ぐらい、黙々と作業をする。
「今成長させると夜に収穫する事になるな。」
「さすがにそんな時間にみんなで作業したく無いですねー。」
「同感だ。と言うか、植えた日と収穫する日が同じ日ってのもなんか変な気がする。」
「それは気にしなくてもいいんじゃない?」
「そうなんだけどねー。」
持っていた種もついに無くなった。
無くなったよな?
もう、袋の中には無いよな?
「太郎殿、終わりましたぞ。」
「ありがとう、今日はこれで終わって明日にしよう。今日は飯食って風呂入って寝ようか。」
「こちらこそありがとうございます。毎日風呂に入れるなんて高級宿に宿泊している気分ですよ。」
「まあ、ちょっと風呂場が狭いけどね。」
「新しく建てますか?」
「専用の風呂場を?」
「そうなりますな。」
エルフの建築技術の高さは証明されているので何の不安もなく任せる事が出来る。でも、何故エルフの技術が高いのか、その理由は知らない。
知っていても何も変わらないので気にもしていないが。
「それにしても、一粒で良いなんて不思議ですね。」
「まぁ、ある意味農業の神様がいるようなもんだからね。」
そう応じながらマナを見る。
「世界樹様って、とても恐れられていたという話はよく聞きましたけど、そんな感じが微塵も有りませんね。」
「それは良い事だね。」
その日の夜はいつもより早く寝る事にした。子供達が集まってきてベッドが占領されるが、程よく疲れた身体は周りを気にすることなく、ぐっすりと寝れたのだった。




