第118話 賢く、狡く
睨み続けて小一時間。
変化はない。
「子供達も走り回っていますね。」
「こっちに来ないから良いけど、面倒にならないうちに終わらせたいな。」
すでに面倒なのでは?
って表情で代理に見詰められた。
川を渡ってこないので、こちら側としても何も出来ない。
何も出来ないけど無視することも出来ない。
困っているだけで無駄に時間が過ぎていく。
他にやりたい事がいっぱい有るんだけどな。
「あのさ、ひょっとしてあの人達帰れないんじゃ?」
「さすがにそれは・・・いや、あり得ない話ではないですな。」
長旅で疲労しているだけではない、コルドーの兵士達の荷物が少な過ぎる。あの人数で山や森を越えて来るのなら日数が掛かる分、荷物も山盛りに・・・。
「道中で魔物に襲われているかもしれませんね。」
「それなら帰って貰う方法は一つ。」
「え?た、太郎殿?」
ペンションに戻り太郎専用の袋を持って戻る。中にはまだ保存食がそれなりにある筈。あ・・・スーが持って行ったんだ。
「何を取り出すのですか?」
「食べ物が無いかなーって。」
「我々が作った乾燥肉ならありますが・・・渡すおつもりですか?」
「そう。それ渡しちゃってもいいかな?」
「毎日食べる分とは別に作っているので構いませんが、泥棒に金を渡すような気分ですな。」
盗人に追い銭という言葉は無いのかもしれないが、そうでなくとも似たような気分なのだろう。太郎は更におまけも上乗せして帰ってくれるように頼みやすくする作戦に出た。少しでも確実性を持たせる為の作戦だが、俺や兵士達では強く警戒されるだろうし、相手も簡単に引き下がれない理由が有れば意固地になるだろうし、少し捻くれた思案を巡らして導き出した結果だ。
不在のスーはこの話を聞けば悔しがるだけではなく、怒るかもしれない。
その内容はと言うと・・・。
エカテリーナと俺の子供達に食糧とポーション。それと俺が書いた手紙が入っている木箱を持たせて川を渡らせた。木箱は2個になってしまって、持てるかどうかという不安も有ったが、それは姿の見えないシルバに頼んで子供でも手を添える程度で持ち上げられるようにしてもらった。出来るかどうか確認した時に出来るって言っていたからそういう魔法が有るんだと思う。
木箱を持って川を渡る子供達を不思議そうな表情で見ているコルドーの兵士達は、子供達が渡り切ると近寄ってきた。やはりこういう時の子供効果は凄い。父親に初の御遣いを頼まれた事で子供達のやる気は満々だ。
フンスー。
出来ればこんな作戦はしたく無いが、穏便に済ませるにはこの方法が一番最良だと、この時は思っている。他にも有ったかもしれないけど、俺はそこまで賢くない。
あとは結果だ。
エカテリーナにも子供達にも会話はしないで、とにかく無言を貫く事と、なにが有っても攻撃しない事を言ってある。なぜかって?
既に魔法が使えるみたいだから使っちゃダメと。
「・・・俺達に手紙か。」
エカテリーナの手によって差し出された手紙をコルドーの代表が舌打ちしながら受け取る。子供を使うという事は敵意が無い表明なのだから、無視すれば戦争の引き金にもなりかねない。要するに断らせない何かを託されてきたのだ。
その手紙は太郎の手書きだが、ワルジャウ語で書いたから伝わる筈だ。
間違ってないかもチェックしてもらったし、大丈夫。
「・・・どうやらお見通しらしい。あいつらの誰が考えたか知らんが遣いに子供をよこすとはな。」
「どうしますか?」
「木箱の中身は当面の食糧と・・・ポーションだとさ。」
子供が川に浮いた船を運ぶように持ってきたので、中身の量については期待していなかったのだが、予想は大外れした。
「これ・・・高級ポーションじゃないか!」
太郎の耳へ届いた声に驚く。
高級って聞こえたんだが。
中級を入れた筈なんだけどな。
「おまえらは・・・そうか、なにも喋らないか。」
この場面で子供に口頭で返答することも出来るが、正確に伝わらない可能性は十分にある。箱の中身には紙とペンも入っていたのだから、この時点で相手の手の上で踊らされている気分がする。なんで飴も入っているんだ?
「・・・返事を書くからその間これでも食って待ってろ。」
子供達が受け取った飴は太郎がこっそり手作りしたモノで、凄く苦労して作ったのだが、元々は子供達の為に作ったモノではない。
「隊長はそんなものを持っていたのですか?」
不思議に思った部下が訊ねたが、返事はなかった。
暫くして子供達が手ブラで帰ってきた。エカテリーナが飛び込んでくるよりも早く子供達が太郎に纏わり付いた。
子供の頭や首を撫でまわしていて、返事の書かれた手紙は受け取れなかったので代わりに代理が受け取る。
「読んでも構いませんか?」
「うん。」
内容としては凄く短く事務的に書かれていただけで、最後に焼却する事が書かれていた。それもちゃんと見えるように。
「施しを受けて撤退などという、汚点を残したくないでしょうからね。」
「なるほどね。」
読み終えた手紙を丸めて宙に投げると、火の魔法で焼いた。それはコルドーの兵士達への合図となり、彼らは大人しく引き下がっていった。
「調査に来たのは事実のようです。世界樹について、彼らは知っていたようですね。」
「もう知れ渡ってるのかな?」
「確かめに来たのですから、これから一気に広がるでしょう。そうでなくても数年内には多くの人に知れ渡りそうですけどね。」
世界樹の成長速度は異常で、目算だが50メートルを超えるほどの高さになっている。こんなに成長するのって俺の所為なのかな?
それにしたって早すぎる。
本人は全然成長していないというか、姿に変化は無いが。
え、俺の為にその姿なの?
「その・・・太郎殿の趣味には口を出すつもりはありませんが・・・。」
誤解だからね!
「それは横に置いといて、他にも色々と見られたんだろうけど、問題は?」
「それはもちろん有ると思います。」
兵士が常駐している事はかなり問題視されると思われるが、子供が意外にも多いことに驚いただろう。畑も有るし大きな建物も建設されている。それでいてこの真っ黒い土に覆われた異常な光景だ。
このまま報告されるとして、調査結果を報告する相手は何を求めているのだろう?
「それが一番謎ですね。コルドーがそんな情報を必要とする理由が解りませんし、なんで知っていて調査させたのかも解りません。」
「だよなぁ・・・。」
結局考えても何も解らないので、ここは解散となった。とりあえずグリフォンの存在が隠せただけでも良しとしよう。
子供達は九尾の子供だとは気付かれていないようだし。
今回の対応を終わらせると、その後の予定は全部狂ってしまったので、ペンションのテラスでコーヒーを飲みながら隊長代理と話をしている。
コーヒーは魔王国で仕入れたものだが実際はガーデーンブルク産だ。戦争をしている相手国からの商品とかなんか不思議な気がする。
「アレはひやひやしました。しかし、なぜ子供達を?」
「子供って言うのは平和の象徴なんだよ。少なくとも俺の居た世界ではね。」
代理の頭の上には見えないクエスチョンマークが幾つか浮かんでいるようだ。
「子供が戦場に居るというのは逃げ遅れたり、どうしても戦う者がいない時に大人の代わりに使われる事は有ります。」
太郎は楽しそうに駆け回る自分の子供達を見詰めているが、その瞳に映るモノとは違うモノを脳裏に浮かべている。
「子供はどの時代も、どの世界も、どの国でも宝だからね。」
「その宝を傷付けるような事は無いと?」
「それを逆手に取るような悲しい事件も有ったけどね・・・。」
太郎は昔の戦争の歴史を思い出していた。勿論この世界の住人には分からない。
「子供が戦争に利用されるような悲しい事は有ってはならないけど、この場面だけに限定すると相手を安心させる為だけなら俺達の誰が行っても警戒されるから。」
代理が腕を組んで考える。
「確かに、子供が来たのなら戦うとは思いませんね。」
「大人って信用ならないからね。スーが居たらものすごく反対したと思うけど。」
ものすごく、は言い過ぎかもしれないが、少なくとも反対したのは間違いないと思っている。
「もっとひどい事を言うと、子供で女の子が一番利用されやすいから。」
「太郎殿は時にエグイ事をさらっと言いますね。」
「美人局の成功の素を常に持っているとは限らないし、失敗したら手痛い目に合うけどね。」
「それでも有効な手段だと、理解できます。」
「それにしても予定が狂ったからなあ・・・。」
コーヒーを飲み干すと太郎が立ち上がった。
「外から人が来る事も考えて柵とか塀とか必要になるのかな?」
「あの川より向こうから人が来るルートがどれだけあるか調べておきますか?」
「今のところ渡った向こう岸で何かする事はないけど、来る人達に対して何らかの対応ができるようにする必要はあるかもね。」
「そうなると・・・やはり隊長が戻って来てからになりますね。」
代理もコーヒーを飲み干すと立ち上がる。他の兵士達も今回ばかりは狩りに行く時間も無いので、珍しく午睡を貪っている。
「たまには休息が有っても良いですけど、やはり何かをしていないと落ち着かないです。」
「そんなもんなの?」
「そんなもんです。」
「じゃあ・・・この黒い土を一気に剥がそうか!」
「承知いたしました。」
太郎が鍬を持って黒い土を丁寧に剥がし始める。全てを剥がすのに何日必要になるか分からないが、この土は見た目が悪すぎる。やる気が有る時に一気にやらないとなかなか進まない気もするので、こんな日にやってしまおう。
「我も手伝うぞ!」
暇を持て余して現れたグリフォンが、凄いパワフルにブルドーザーの如くバリバリと剥がしまくっている。しかし、直ぐに止まった。
「硬すぎィ!!」
両手から出ている爪に土がいっぱい付いたので引っ込めた。
「そんなに無理しなくても。」
「タローがそんな平気に剥がしているのに、我が出来ないのは悔しい。」
「道具使ってるんだから、そう言われてもな。」
「不思議な道具ですな・・・。」
その日は夕方までのんびりと作業をして、土だらけになって汚れた子供達と一緒に風呂に入って一日を終えた。
大変な事が起きた後でその日はぐっすりと寝れたのだった。
今回の太郎君の行動は、賛否ありそうですねー。
なにしろ、自分の子供達を使ったわけですから・・・。
ただ、穏便に終わって良かったね。
という結果だけが救いです。




