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第12話 ケルベロス

『すまない、何も取ってこれなかった。』


 昨日のお礼に朝食を用意しようと思って、あっちこっち見て回ったが全然見つからなかったらしい。たぶんマナの魔法のせいかな?


『そんなこと気にすることないのに。』


 マナが俺の顔をじーっと見る。いや、口元を見ているようだ。


『・・・食べないのか?』

『いや、いつもこんな感じ。朝飯なんて干し肉なら歩きながらでも食べれるから。それより傷は?』

『大丈夫だ。あのままだったら、誰かに狙われたかもしれないが、ゆっくり休めた。』


 幼体にしてはちゃんとした言葉を使うなあ。賢いんだろうな。


『俺たちは町に行くから、もう大丈夫なら気をつけてな。』

『あ、ま、待ってくれ。途中まででいいからついて行っていいか?』


 マナを見たが、マナは言葉が分からなかったので伝える。


「私は良いけど、町の中に入ったら大騒ぎになるわよ。幼体とはいえケルベロスだから、討伐対象にもなるだろうし。」


 マナの言葉はケルベロスには伝わらない。犬に向かって頷いて見せると近寄ってきた。意思疎通がここまでできるとちょっと楽しいな。


『そういえばあれって襲われてたのか?』

『昨日の事というか、実際に襲われたのは3日ぐらい前なんだ。』


 一匹と二人は歩きながら会話する。マナって一人って数えるよね?


『元々は、母親とこの辺りを移動しながら狩りの練習をしていたんだが、間違ってゴブリンの集落に入り込んでしまって・・・。』

『ゴブリンって縄張り意識強いんだ?』

『・・・知らないのか。あいつらは結構面倒だぞ。』


 話を聞くと、領域に侵入したことで全包囲され、母親が集中的に射抜かれたという。避けれただろうが自分を守ったので重傷を負い、動けなくなった。母親を見捨てて逃げたのではなく、反撃をしてゴブリン達に襲い掛かった。接近してしまえばゴブリンぐらいには負けない。だが、あまりにも数が多すぎた。何本かの矢を受けたが、速度を緩めることなく、次々と襲い掛かり、ゴブリン達を恐怖に陥れた。この時の親子を狙って放たれた矢には毒が塗られていて、それを察知して子供を守る盾になったのだが、子供の方は気が付いていない。ある程度追い払ったところで母親の元に戻ると、すでに息をしていなかった。

 怒り狂った。怒りに身を任せて追いかけた。そこから寝る暇も休む暇もなく、泥沼化していった。一方的に攻撃を受けることもあり、反撃に苦労することもあったが、追いかけて、追いかけて、疲労がたまると、少し冷静に考えるようになった。このままでは負けてしまう。今度は気が弱くなったところを悟られないようにする努力が必要になった。


『そうこうしているうちに、最後の力を振り絞って戦ったが、もう駄目だと思った時に、お前たちが現れたんだ。あれは本当に驚いた。俺たちの言語を使える人間なんて初めて見たから。』


 俺の左側を歩いている。マナは右側だ。街道が見えてくると、少しドキドキした。あの日の事を少し思い出したからで、少しの不安を感じてマナに話しかける。犬の方を無視したわけではない。


「ここからあとどのくらいだ?」

「そうねー、2.3日ってところかしら。今でもちゃんとあるといいんだけど。」


 城下町に繋がる街道の途中にある町は、山越えをする手前にあり、その町は鉱山の町として潤っていた。以前に訪れた町よりも人の多い町で、魔王軍の兵士が常駐している。


『・・・ここでお別れかな。』

『ふむ。』

「じゃあ太郎。行きましょ。」

『一つお願いしたいんだが、いいかな。』

『どうした?』

「ん?」

『俺の母親をちゃんと埋めておきたいんだ。あのままだと誰に食われるか分からないから。』

『埋める習慣ってあるんだ?』

『ない。ないが、それはちゃんと看取る事が出来た場合だ。もうゴブリン達はほとんどいないから危険はないと思う。』


 それをマナに通訳すると、マナはあんまりいい表情はしなかった。だが、ダメとは言わない。色々な場所を見てマナの流れを感じるのも、マナの木を育てるに相応しいか、候補になるかもしれないからだ。

 了承すると、辿り着いたばかりの街道を離れて、森の方へ進んでいく。マナと俺は辺りをキョロキョロとしながら、後ろをついて歩く。お昼になった頃にそこへたどり着いた。

『意外と近いね。』

『あぁ、匂いを辿ったらそれほど遠くなかったから。』


 森の中へと入っていくと、すぐに大きな犬の死体があった。3メートルは届かないがかなり大きい身体だ。これをゴブリン達が倒したのが信じられない。矢が数えきれないほど刺さっていて、全部抜くのにも苦労をした。


『動かせないから、ここに埋めちゃっていいかな?』

『たのむ。』


 結構な量が必要なので袋からスコップを取り出し、母親の死体のすぐ横を掘る。土が集まると、それをかける。一気に掘る。1時間ほどの作業で死体に土をかぶせる事が出来た。額から汗が出る。これ土魔法使ったら楽だったんじゃ・・・。


「埋めることは出来るけど、穴を掘ったりする土魔法ってやったことが無いから。」

「いや、試しに・・・。」


 マナは土魔法が得意だという話だが、イメージするモノにも得手不得手はあるのだろう。結局、二人とも魔法で掘ることが出来なかったので1時間は無駄にはならなかった。小腹が空いたので少し休憩をしている時に干し肉を食べた。マナも犬も。


『助けてもらったうえに、何も手伝えず、飯まで貰って、自分が情けない・・・。』

『まだ子供で、狩りの練習だったんだろ?俺だって強くないからもっと訓練しないとならないんだ。それに、これから自分を育てればいいんだよ。時間はあるんだから。』


 半分は自分に言い聞かせているが、それを聞いて同じ境遇だと思ったらしい。


『あんたも親がいないのか?』


 一度死んで50年経過している。生きている可能性の方が低い。それ以前にこの世界に来たことで両親の存在は消えていた。


『いないな。』

『苦労しなかったのか?』

『信じられるか?俺は一度死んでるんだ。』


 犬相手なら言ってもいいと思った。正確に伝わるとも思ってはいない。賢いなら賢いなりの解釈があるだろう。その返答を待つ。


『死んだ人間が生き返るのは常識なのか?』


 そのまま受け取ったようだ。


『普通は生き返らないな。ちょっと理由があってね。』

『訊いても?』

『仲間なら知るべきだろうよ。』


 マナがつまらなそうにこっちを見るので頭を撫でる。通訳していないので何の話をしているかは分からない。


『そっちの娘は知っているんだな。』

『もちろんだ。』

『しかし、その話をしたのはなんでだ?凄い秘密がありそうだが・・・。』

『そうだな・・・正直言うとこんな話をできる他人(?)がいないんだ。この子は・・・マナは基本的に俺の事をすべて知っているが、知らない人に話した時の反応を見たいという欲求もあった。だけど、それは俺にとって信じてもらえなくても危険な行為なんだよ。誰がどういう解釈をするか分からないからね。』

『俺ならいいのか?』

『人間と話が出来ないのもあるけど、この話を誰かに伝えたとして、信じると思う?』

『確かにな。』


 マナにこの話の内容を伝えると、ちょっと驚いたが、すぐに受け入れてくれた。秘密っていうのは厄介なものだと経験として知っているという。マナの存在が多くの人に知られていない時が正にそういう状態だ。スズキタ一族の存在が無かったら、もっと早い時期にマナの木は失われていたかもしれない。

 マナ以外とこれほど長い会話をするのが久しぶりで楽しい。何しろ人間の様に駆け引きをしなくてもいい。気も楽だし、人間の友人よりも友人らしく話せる。変な感覚だ。


『ケルベロスの幼体って今何歳なんだ?』

『人間の感覚でいうと、まだ6か月だ。大人になるにはまだ50年ぐらいかかる。』

『長生きだな。』

『まだ何も知らないから、これからたくさん知りたかった。母親が色々教えてくれたんだが・・・。』


 俺をじっと見る。暫くしてマナを見た。何か決心したようだ。表情のどこかに引き締まったものがある。


『たのむ。俺も連れて行ってくれないか。』


 流石に即答は出来なかった。昔は犬を飼ってみたいと思った事が有る。しかし、これは犬であって犬ではない。それにどこへ続くか分からない旅で、いつ死ぬかなんてもっとわからない。マナに伝えると、やはり反対した。


『ケルベロスとしての矜持で言えば、これほど助けられたのに何もできないのが悔しい・・・。しかし町に行けば俺が邪魔になるのも解っている。』

「私は旅に邪魔だからって理由じゃないわ。受け入れてくれる町なら問題ないのよ。実際にケルベロスを連れて私のところに来た人もいるしね。しっかり調教している曲芸団みたいな人達なら許可証を持って入れるっていうのは聞いた事が有るけど、許可の取り方までは知らないし、勘違いした人に襲われても文句言えないわ。幼体でも魔物で魔獣で恐れられているんだから。あとね・・・。」


 言いかけてやめると、ケルベロスを見ながら俺の腕にしがみつく。


「私に分からない言葉でしゃべられると寂しいんだから!」


 俺は苦笑いするしかなかった。どっちが勉強したらより早く覚えるのか、気になる部分でもある。それにしても、態々人間について回らなくても、なんというか同じ種族の居る所へ行った方が幸せじゃないかと思う。


『仲間はいない。母親は俺を一人前にするために、俺が生まれてすぐにこの土地にやってきたんだ。正直に言う。戻り方を知らないんだ。』


 故郷に帰れないという意味では俺も同じだ。マナも昔の場所へ今は戻れない。なんだこの根無し草の集まりは。

 マナが受け入れてくれる意思を持っているなら問題はない。俺も一緒に居て嫌な気分になっていない。ただ、出会いの順番がゴブリン達より先だったら殺されている可能性はある。そこの事についてはついて来るならという条件を付けることにした。







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