第102話 鍛冶屋
宿屋で一泊した翌日、太郎は元気に、スーはへにょへにょで歩いていた。疲れ切ったスーはせっかく太郎と二人きりの夜を過ごしたのに何も出来なかったのだから悔しくてたまらない。
天気は吃驚するほど良く、少し寝過ごしてしまった所為で町には人が溢れていた。
「あー、ココみたいたけど・・・?」
人混みを抜けて到着した店の前に立つ二人は、あまりのボロさに潰れていないのか心配になったが、店の奥を覗き込むとモソモソと動く人影が有った。
「すみませーん、グル・ボン・ダイエさんの店ってここでよろしいですかー?」
何故かスーっポイ喋り方になってしまったが、言った太郎は気が付いていない。影が声に反応して更に動く、少し明るいところまでその姿を現すと、お腹の大きい・・・この耳って狸なのか?
「新顔だな、何の用だ?」
その男は俺を見たというよりスーの持っている武器に目を奪われていた。目を大きく開いてびっくりした声を上げる。
「おめー、これダマスカスじゃねーか。どこで手に入れた?」
「あの、すみませんが先にこっちを読んでもらえませんか。その方が話が早いので。」
スッと紙を差し出すと、イヤイヤ受け取って読む。読み終えると紙を握りつぶしてからポケットにしまった。
「そーか、ダンダイル様の知り合いか。」
「打ち治してもらうのに必要な物は持ってます。」
袋から取り出した壺と、武器を渡す。受け取った方が少し手が震えているようだ。
「こんな事なら酒なんて呑むんじゃなかった。ちょっと待ってろ準備してくる。・・・あぁ、そこらへんの椅子に適当に座ってな。」
男はそう言って店の奥に消えて正確に10分後、再び現れた。頭にバンダナを巻いて耳は隠れてしまっているが、もじゃもじゃの髭は少し綺麗になっている。服装もくたびれた服ではなく、分厚い皮のような前掛けを身に付けていた。見た目で年齢の分からない世界ではあるが、どう見てもおじさんを何十年も繰り返していそうな顔付だ。
「すまんな。」
「いえいえ。」
「それにしても、お前らみたいなモンがこんなものを持ってるなんて、貴族の坊ちゃまか?」
そう言いながら柄の部分をバラバラにして折れた根本の刃を取り出す。
「そういう訳じゃないですけど、ダンダイルさんとフーリンさんからここでしか治せないだろうって聞きましたので。」
「そういうことを言っている訳じゃ・・・フーリン・・・さんだと?」
何故かスーの顔を見て深呼吸した。
「めんどくせー事情がありそうだな。ダンダイル様にフーリン様をそんな呼び方できる奴なんて見た事ねぇゾ。じゃあ、あんたがスーか。」
「そうですよー。」
「そうか、じゃあこれは城の宝剣って訳だ。」
「スーにあげたんで、今は俺のじゃないですけど。」
「は?」
「ドラゴンを斬ろうとしてぽっきり折れたんですよー。」
「・・・おめーら馬鹿か?」
酷い言い方だが、これが普通の反応ともいえる。伝説に近い価値を持つダマスカスをあげたとか、ドラゴンと戦って折ったとか、普通は信じられないだろう。
「こんなモンでドラゴンの鱗が斬れるわけないだろう・・・。というか、フーリン様と戦ったのか?!」
「いや、違うドラゴンです。」
狸獣人の男の顔が暫く固まったまま動かなかった。
「わかったわかった。もういい。これ以上聞くと俺の命があぶなそうだ。」
「引き籠ってるって聞きましたけど?」
「そういう問題じゃねーから。」
火の魔法を使って竈の奥に魔法を放つ。もの凄い炎が逆流してきたが男は意に介さず、竈の鉄戸を閉めた。
「腕はなまってねーから安心しろ。」
「それは心配してませんよー、そこに置いてある剣を見ましたけど、凄く綺麗な切っ先ですねー。」
「わかるか?アレは三日三晩寝ずに打ち込んだ、ただの鉄の剣だ。だが、そこらで売っている奴とは切れ味が違うぞ。」
「見ているだけで斬られそうな気がしますねー。」
「良い表現だな。」
男の口元が緩む。褒められ方にも色々あるがその言い方が気に入ったのだろう。
「まぁ、褒められても俺は値切り交渉は受け付けん。」
スーが小さく舌打ちしたのはを俺は見逃さない。
「一から打ちなおすのと変わらんからな、しかしあのお方の知り合いだし、100金で良いだろう。」
「は?!」
今度はスーが吃驚していた。100金も有れば普通の装備を一式購入してもおつりがくる。高すぎると思ったのもスーの感覚ならそうなのだろう。だが、俺は言われるがままに袋から取り出し、渡した。
「サラッと出すとなんか受け取り難いじゃねーか。」
「まぁ、気にせず。」
「・・・準備に半日以上かかる。完成は早くても三日後だ。」
「そんなに?」
「おめー、俺が打ったら強度が下がったなんて思われたくねーからじっくり打つぞ。見学したけりゃみててかまわねーが・・・それより希望はあるか?」
「希望?」
「こりゃ、細身の剣だ。ドラゴンを斬ってもポッキリ折れるようじゃ困るだろ?」
「どうする?」
「んー・・・私としては持ち歩きやすさも有るので細い方が良いのですけど。」
「女はその方が好むのは確かだな。しかし、壺の分も有るし、かなりガッチリ作れるぞ。」
「壺ですか?まだ何個も有りますけど。」
「・・・おめーら本当に何モンだ???」
「何個か置いていきましょうか?俺が持ってても役に立たないので。」
「馬鹿か、おめー、そんなことしたら店が盗賊に襲われるだけじゃすまねーぞ。持ってるなんて口外するモンじゃねーし。それよりどうする。」
「じゃあ、短剣をもう一本作ってもらえますか?」
「ダマスカスの短剣なんてなにに使うんだ?」
「野菜や肉を切ろうかと。」
「ぜーたくな話だな。まぁ、それで良いなら作ってやる。助っ人も必要だな・・・。」
「本当にそんな事に使うんですか?」
「いや、一本はエカテリーナの分も有るといいかなって。」
「あー、確かに必要かもですねー。」
「何だ子供用か?それなら身長に合わせて作ってやるぞ。」
「さっきの紙に身長も書いてあったんですけど。」
ポケットから取り出して丸めた紙を広げる。
「ダンダイル様の名前で見逃してたわ。分かった料金は同じで良い。こんなに打てるなんて久しぶり過ぎて嬉しさが止まんねーからな。ただし四日待ってくれ。あんたら金持ちだから平気だろ?」
太郎は頷き、細身の剣を一本。短剣を三本作ってもらえる事になった。彼は一人で作業するのではなく、別の場所で店を構えている弟子を呼んできてほしいと頼まれたので、そこへ行くことにした。
その店も当然鍛冶屋なのだが、夫婦で経営しているようだ・・・あれ、ここ来た事が有るぞ。確かフライパンを作ってたような。兵士用の装備と同じものが作れるというのは師匠が作っていたからだという。なるほどねー。
鍛冶屋の夫婦に、その師匠の事について話をしたが、俺の事は覚えていなかった。まぁ、一度しか会っていないし。しかし、ダマスカスの事を話すと慌てて店を閉めた。こんな好機滅多に無いという事を全身で表しながらお礼を言いつつ去っていった。
「暇になっちゃいましたねー。この町はカジノもないですし。」
「したいの?」
「じょ、冗談ですよー。やだなー、えへへ。」
「まぁ、カジノは無理でも散歩がてらあちこち店を見てみようか。」
「デートですねー。」
「それと、ギルドに行って少し遅くなるって伝えておかないと。」
ギルドの通信システムを利用して伝言を送る事が出来る。もちろんギルドの存在する町でなければ無理だが、手紙の配達などの仕事は子供にとって賃金が安いが簡単にできる仕事だ。もちろん信用度にも関わるので、将来冒険者を目指す子供にとって魔物と戦わなくて済む事から取り合いになるくらいの人気が有る。
それは手紙を配達している子供とぶつかりそうになったくらいだから、なかなか仕事も多いようだ。
ちなみに、ギルドの周辺をイチャイチャして歩いていたら、ガラの悪い男達に絡まれたが、スーが素手で3人をボコボコにしていた。スーだと知った時の3人の表情は怯えていたが、全く気にせず、金的キックをかましていた。邪魔されたのが腹に立ったからってやり過ぎ。
後日、手紙を受け取ったフーリンとマナの会話。
「太郎君から手紙みたいですね。」
「なんて?」
「ちょっと遅くなるそうです。」
「ふーん。」
少し不貞腐れたマナが思い出したように言う。
「あの町ってカジノ無かったわよね?」
「ありませんね。」
「じゃあずっとイチャイチャしてるんだろうなー。」
「たまにはいいんじゃないですか?」
「まぁ、帰ってきたらスーの目の前でイチャイチャしてやるから。」
「そんなこと宣言しなくても・・・。」
ポチは欠伸をし、エカテリーナはフーリンに教わっている料理に精を出していた。帰ってきたら太郎に食べてもらう為に一所懸命で、二人の会話は耳に入ってこなかった。
色々あって、予定通りの四日後の朝。へとへとの弟子夫婦と、ぴんぴんに元気な師匠が店で待っていた。鞘まで綺麗に作り直していて、合計4本のダマスカス製の剣がここに有る。通常これだけのモノが店に並ぶことは無く、少しだけだが店の壁に飾ってあった。俺達が来たからすぐに持ってきたのだが、狸獣人のグルさん・・・呼び捨てで良いと言われたけど、そう呼ぶことにした。グルさんはそれを眺めて酒を飲んでいた。
「久しぶりに良い仕事をした。あんたの仕事ならいつでも受けてやるから、また来いよ。」
「はい。ありがとうございました。」
「礼はこっちが言いたいくらいだ。」
「代金はまけなくても技術の方ではサービスしてくれるんですねー。」
「それがプロフェッショナルってモンだろ。」
「確かに、そうかも。」
スーは帯剣としてすぐに装備したが、他のモノは袋にしまった。しまった時に不思議そうに袋を見ていたけど、何も言ってはこなかった。もう、諦めたって感じだ。
ゆっくり話をしても良かったが、予定より少し遅れた分を取り戻す為にすぐに帰路へと発った。帰りの馬車を手配してくれていたようだが、風魔法で飛んで帰ると告げると、両手を挙げて降参したようなポーズを作った。もう何も言うまい。
見送りを受けつつ町の中で飛ぶのは止めておけと言われたので素直に従い、ダリスの町を少し離れてから空を飛んで移動する。
「飛んでるのって目立つのかな?」
「目立つのも有りますが、警備兵に通報されたりして面倒な事になりやすいんですよー。」
「なんで?」
「空を飛んで街から街へ移動するなんて魔女とか勇者くらいしかいませんから。それに、太郎さんが思っているほど空を飛ぶという行為は一般的じゃないんですよ。フーリン様だってあの姿のまま飛べるはずですけど見た事ないでしょう?」
「そう言われればそうだなぁ。」
往きよりも復りの方がスムーズに飛んでいられたのは、スーが少し慣れたかららしい。ただ、スーのマナ量は太郎と比べると圧倒的に少ないので、太郎に手助けをしてもらいながら飛んでいる。
夕日が沈む直前にフーリンの家に到着すると、最初にマナが突撃してきた。
「おかえりっ!」
その後は抱き付いて、無理矢理キスをしてきた。遅れてエカテリーナがやってくる。ポチは俺を一瞥しただけでそっぽを向いた。またいつもの事かという表情で。
「すぐお風呂に行きましょ。」
マナは俺の首筋の匂いを嗅いでいる。
「そんなに臭う?」
「いやらしい泥棒ネコの臭いがする。」
スーはほっこりと微笑んだ。これはやりきった女の余裕だ。
「夕飯は?」
「あの子がせっせと作ってるわ。太郎に食べて欲しくて必死なのよ。」
「それはたのっしみっ・・・あわぁ・・・。」
太郎は腕を引っ張られて風呂場に連れ込まれ、すぐに全裸になった。フーリンはエカテリーナの様子を見ていてこちらに気が付かなかったのか、いや、気が付いていないフリをして見逃したのだ。スーが俺の後を付いてきていて、結局三人で入った。こってり絞られたのは言うまでもない。




