第91話 詠唱魔法
(痛い・・・なんだ・・・身体があの時のように・・・動かない・・・あれ?)
正確に言うと、痛くて動けないのではなく、重くて動けなかった。圧し掛かる瓦礫に埋まってしまい、腹這いの状態のまま動けないのだ。
穴の開いた城壁の外側にはドラゴン。内側には突然の崩落に驚いた人達が遠くから眺めている。
「なんだ・・・?」
「壁が急に崩れたぞ。」
太郎はどうにか体を揺すって瓦礫を横にずらそうとしているが、なかなかうまくいかない。だが、離れて見ていた者の幾人かは瓦礫が変な動きをしている事に気が付いて、あの瓦礫の下に人がいるのではないか?と、思った者もいる。ただ、近づく事は出来なかった。
「あとはお前達だけだな。まぁ、ドラゴンと戦って生きていられる者がそう簡たn」
その時、突風が吹き抜けたかと思った。
最後まで言えなかったのは、突然殴られたからで、自分の意志とは無関係に体に回転が加わって地面に叩き付けられ、仰向けに倒れた腹にかかとが強く圧し込まれた。
「っ・・・!!」
腹を踏まれて声も出せないドラゴンを更に蹴り飛ばした。このまま遠くまで吹き飛ばそうと考えたが、それだと原因の究明に成らない事に気が付いて、攻撃を止める。太郎達が苦労して戦った相手があまりにもあっさりと倒された。
突然現れた姿に最初に反応したのはスーで、マナは近づいて来ることに気が付かなかった。魔法障壁を発動した所為で魔力が急激に減少してしまったからだ。
「あ・・・フーリンさまああぁぁ!!」
絶望を叩き込まれていたスーが驚愕混じりに名を叫んだ。嬉しさと安心感が混ざり合って安堵の吐息が漏れると、走り出して、涙と鼻水でべちょべちょの顔がフーリンに飛び付く。丁寧に顔を避けて受け止めると、スーを無視して求める姿を確認する。
「良かった。ご無事でしたか。」
マナの方も安心したようで、マギとマギの妹とエカテリーナの三人をその場に置いてフーリンに近づく。
残された三人は状況の理解が追い付かず、暫く呆然としていた。
「助かったわ。それにしても、よくここが分かったわね。」
「あそこで倒れているドラゴンを偶然見まして。」
自分が倒したことを何事もなかったかのように、短く簡潔にまとめて説明する。それを聞いたマナが忘れていた事を思い出して慌てて瓦礫に向かって指を差した。
「太郎が埋まってるのよ。」
「太郎君が?!」
泣いているスーを適当に突き放して瓦礫に近づく。かなり大きな瓦礫の塊も有って、普通の人なら動かせないだろう。それをフーリンは一つずつ丁寧に持ち上げて瓦礫の山を横へ移動させる途中に太郎が立ち上がった。
「あれ・・・?なんで、ここに・・・?」
そう言いながらふらふらしてゆっくりと崩れるように倒れた。スーより何倍も鄭重にその身体を受け止めると、妙なぬめりを感じ、手が赤く染まる。
「酷い出血ね・・・ポーションは有る?」
太郎の背に袋はなく、瓦礫の中から袋を覗かせているが、それを自分が扱えないのも知っている。振り向くと慌てて持ってきたスーの瓶を受け取り、気を失った太郎が自力で飲めないのを確認すると、自分で口に含んでから口移しで飲ませた。
自分がやりたかったとは言わないスーが太郎の顔を見詰めると、すぐに目を覚ました。あまりの早さにフーリンが驚く。
「これ高級ポーションなの?」
「いえ、中級ポーションです。一番良いのは太郎さんが持ってますから。」
鼻水をすすりながら返事をしたスーは、自分が泣いて涙と鼻水を流している事に気が付いて、太郎に見られない様に顔を綺麗な布で拭っている。その太郎は目を開いてはいるが、どこか虚ろで、フーリンの顔を見ていない。出血が酷かったはずだから、貧血になっているだろう。フーリンの服の一部が血に染まるくらいの量を出血している筈なのに、太郎は少しずつ自分を取り戻しているようだった。
「回復が早いわね・・・ちょっと異常なくらい。」
マナが近寄って心配そうに太郎の頭を触る。まだ血が滴っているが傷跡は確認できなかった。
「わたしにもちょっと分からないけど、凄い回復力なのは確かみたいね。」
「あのドラゴンの方はどうするんですか?」
倒れて動かなくなったドラゴンは人の姿から元のドラゴンの姿に戻っていて、仰向けのまま動かない。
「あんまり放置しておくと回復しそうね。」
「・・・死んでないんですね。」
「殺すと後が面倒だわ。」
そのやり取りを見ていたマギが慌てて走る。太郎の次はこっちも助けなければ危ない。黒焦げになって倒れている二人は、血が流れていないだけ太郎よりはマシな程度ではあるが、このまま放置すれば死ぬだろう。
「フレアリスさん!!」
その声が鼓膜を叩くと、意識は有るのに身体が上手く動かない太郎だが、二人がどうなったかを知っている。無理矢理身体を動かして袋に手を伸ばすと、止めようとしたフーリンをマナが制した。
「太郎にしか出来ないのよ。」
「それは解っていますけど。」
マナの目に負けてフーリンが瓦礫を退かすと、袋を手に取った太郎が中からポーションを何とか二つ取り出す。
そして、倒れた。
「黒焦げになったはずだ。」
「・・・そ、そうね。」
下着も黒く焦げていてギリギリ見えない程度に裸同然の二人は、太郎の取り出したポーションを口に宛がって貰い、なんとか自力で飲む事が出来た。身体は真っ黒に焦げたが、落下して地面と衝突する寸前に僅かに衝撃を弱める程度に魔法を使っていたのだ。
今はその黒焦げもない。二人は髪の毛の大半を失ってしまったが。
「二人が助かったのは太郎君のおかげよ。」
その声に反応したのはフレアリスだが、初対面なのでそれが誰なのか分からない。辺りを見回すと、傍に居るマギと二人の女の子、ポチを治療しているスーとマナ、太郎を抱きかかえてこちらに寄ってくる女性と、倒れて動かないドラゴンがいる。この女性が・・・?
「貴女が倒したの?」
「えぇ。」
「死んでるの?」
「太郎君は出血が酷くてね。でも、暫くすれば動けるわ。」
小さくホッとした息を吐く。
「・・・あっちは?」
「アレはあの程度では死なないわ。」
「強いのね。」
良く見れば武器の一つも持っていない。服装もちょっといい服を着ているくらいで戦士や冒険者には見えない。しかし、その落ち着き払った態度には、事態の収束を感じさせる。つい先ほどまで死を覚悟していた筈なのに、城が崩壊していなければ本当に何事もなかった事になったかもしれない。
「彼等とは知り合いの様だが・・・?」
「私が知っているのは、太郎君とポチちゃん。スーちゃんと・・・・・・マナ様だけよ。」
世界樹様と言いそうになって改めたが、その言い方はスーと同じだった。これほどの強さを持っている女性があの子供に様を付けるなんて可笑しい。
ドラゴンの炎を喰らってからの落下の衝撃で一時的に気を失っていた事も有り、スーがフーリン様と叫んだ事を知らない。しかもあのドラゴンをどうやって倒したのかも見ていない。だが、結論は出た。
「貴女がフレアリスの捜していたフーリン様ってわけか。」
ジェームスを睨み付けるように見詰めた後、恐る恐る目の前に立っている女性を見上げる。色々な感情が沸き起こったが、今は無理矢理噛殺した。しかし、身体が震えだすと止まらず。声も出ない。ジェームスが今まで見た事の無いフレアリスに多少の驚きは有ったが、優しく抱きしめると、フレアリスは何故か泣き出した。
事後処理に追われる兵士達が慌ただしく動き始める頃、太郎達は取り壊される予定のマギの家に集まった。ドラゴンは再び人の姿に成っていて、フーリンの横で無理矢理座らせられている。動けない様に巻き付けてあるのはただのロープではなく、とにかく簡単に引き千切れない縄が無いかと太郎に訊ねたところ、思い出したかのように取り出したワイヤーだった。鉄製の縄など見た事は無かったが、受け取ったフーリンは目を覚ましたドラゴンに人の姿に成るように命令した上で身体に巻き付けたのだ。
「こんな便利な物初めて見たわ。鎖より使いやすいわね。束ねてあるのに細いし長いし・・・凄い技術ね。」
「鉄をこんな方法で使う事は無いと思いますよ。鎖で十分ですしね。」
喋れるまでに回復した太郎だが、歩くにはスーの肩を借りて、やっとの思いでマギの家に辿り着いたほどで、回復力が早いとはいえ、貧血はなかなか治らず、太郎は壁を背もたれにし、足を延ばして座っている。
「怪我は治っても血の量は変わらないんだな。」
と、太郎は呟いている。その左右にはマナとスーがぴったりと座っていて、エカテリーナに入り込む余地はなかった。仕方がなくマギの横に居るが、そこにはマギの妹も居て、疎外感を感じている。
ジェームスとフレアリスは太郎の持っている服を貰い、既に着替えは済ましていた。
「このドラゴン、ピュールって言うのか。」
「バカ息子で十分よ。せっかくの純血なのに我儘が過ぎたわね。」
何も答えないピュールは悔しさで歯ぎしりしているが、フーリンの威圧にあっさり負けていて、暴れる元気もない。こちらは十分な回復力が有るので太郎ほどのダメージは既に無く、フーリンさえいなければまた暴れただろう。
「あの強力な魔法についても知りたいわね。」
マナが言うと、それを知らないフーリンが問う。
「どんな魔法を使ったんですか?」
「マナの流れが上手く感知できないから分からないけど、少なくともそのバカが持っている魔力量をはるかに超える威力の魔法だったのは間違いないわ。」
「そんな事が可能なはずないです。」
「だから聴きたいのよ。」
「それは、確かにそうですね。」
フーリンとマナの会話に割り込む度胸の有る者はいない。普通の感覚ならそうなのだが、太郎は違った。別に遠慮している訳でもない。
「なんか子供の頃に聞いた悪口を言ってたんだけど・・・。呪文ってあるんですか?」
「呪文?」
「魔法を使うのはイメージとマナのコントロールだというのは勉強しました。呪文はそれらを無視して特定の文字を唱えると使える・・・と、思うんだけど、ゲームの世界の話だからなあ。」
ピュールが驚いて太郎を睨んだ。変化する表情をいち早く読み取ったのはもう一人の男だ。
「・・・太郎君・・・でいいかな。どうやら当たっているようだ。」
「そうなんですか?」
「あぁ、その呪文って言うからには決まった文字が有るのだろう?」
「太郎はその呪文って聞いたの?なんて言ったの?」
渋いお茶を飲んだ時に似た表情の太郎が、躊躇いつつもピュールを見ながら、その時を思い出して正確に繰り返す。勿体ぶっているようにも思えるが太郎にそんなつもりはない。
「お前の母ちゃんデベソ・・・って言ったんですよ。」
太郎の言葉に耳を疑うどころか、耳がひくひく動いている。何か以前にも似たような事が有ったと思いつつも、ピュール以外の視線が自分に集まっている事に気が付いた。
なんか怖い。
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