第90話 一方的に
城の瓦礫に埋もれている者達は見えなかった。
それを助け出そうとしている兵士達は観戦する余裕などなかった。
港からは離れすぎていて見えず、街で恐怖に震えていた者達はドラゴンの姿が見えなくなって暫く経過したことで、少しずつだが周囲を警戒しつつ外に出ている。
「とにかく情報だ。ドラゴンがどこへ向かったか確認してくるのだ。」
国王の命令で兵士達が走り出す。町の外の城壁の外に在るあのボロ集落の近くにいるのは直ぐに分かったが、それがドラゴンの姿で飛び上がったところなので、兵士達だけではなく冒険者も町の人達も再び逃げ出した。
その所為で国王に報告されるまでにかなりの時間を要したのだが、それは太郎にとって運が良かった。
炎を吐き出そうとしているドラゴンを水魔法で包み込むと、吐き出した炎は外へ零れる事は無く、火球も爪で切り裂くのも、全て効果は無かった。
「太郎さんのマナがまた強くなってますねー・・・。」
ドラゴンは自分より更に上空から攻撃してくるなど考えもしなかったから、地上を睨んでいた。水魔法の術者を目で探したのだが、見当たらない。その時に左足に激痛が走った。見ると足がぱっくりと斬れ、血が滴り落ちる。自己治癒能力ですぐに傷は塞がったが、痛い事に変わりはない。
炎を吐いている時のドラゴンは絶望を感じるくらい強かったのだが、その炎を抑えてしまうと、攻撃手段が無いようにも見える。
直ぐに右足も斬りつけたが、数秒としない内に傷は塞がれる。
「お前か!」
吐き出そうと口を大きく開けたところに水泡が突っ込まれ、口の中で火球が消滅する。口の中を火傷したのか、鼻と耳の穴から黒い煙が出ていて、表情を歪ませている。しかし、やはり傷は直ぐに癒えてしまい、ダメージを与えているような感覚は無い。
「くそう・・・こんな奴がまだいるとはな。お前も勇者なのか?」
「・・・。」
太郎が宙に浮きながら魔法を扱い、見た事の無い白い剣でドラゴンを切り裂いている。それだけでもジェームスには信じられない。しかし、見たモノを直ぐに疑うような低レベルの冒険者でもない。見て分析し、経験と重ねて答えを導き出す。そして出た答えがこれだ。
「あいつは化け物か?」
「ジェームスよりは弱いと思うんだけど・・・。」
「・・・粗削りでまだ伸びしろが有るように見えるのは確かだが・・・風魔法を使っているのにあんな強力な水魔法を操るなんて尋常じゃないぞ。それに、あの剣は何だ?」
スーが爪で刺されたポチを治療しているところへマナが現れる。もちろんエカテリーナとマギも一緒だ。空の上では攻撃しても回復されてしまって困っている太郎と、攻撃する手段を失って困っているドラゴンが睨み合っている。
「多分あの炎なら喰らっても大丈夫じゃないかな。」
「そうなんですか?」
「太郎だからね。」
マギが返答に困っていると、治療を終えたポチが立ち上がって空を見上げる。
「出会った時は優しそうな感じしかしない男だったんだけどな。」
「そうね。」
同意する声には感嘆が混じる。
「ポチもフレアリスも酷いこと言うわね。」
「ドラゴンと戦える実力者なんて世界に数人しかいないわ。たとえそれが若いドラゴンだったとしても。」
「あー、でもあいつなんかよりグリフォンの方が強いんじゃないかな。」
フレアリスがその言葉で思い出す。
「グリフォンを倒したんだっけ?」
「倒してはいませんよー。」
「お前たちはいったい・・・?」
「世の中には知らない方が良かったと思う事も有るのよね。」
フレアリスが言うと重みがある。事実を知らないジェームスは、目の前で鬼人族相手に平然と喋っている幼女の姿が気になって仕方がない。どう見ても子供だ。子供なのに、この懐かしい感じは何だ!?
「あれ?あんた・・・太郎と似た感じがするわね。」
「・・・俺が?」
「だいぶ薄くなってるけど・・・うん、確かに感じるわ。スズキタ一族と・・・。」
ドラゴンが地上に降りて人の姿に成る。太郎もほぼ同時に降りてきた。諦めて帰ってくれればよいのだが、そうでもないようだ。太郎に向かって何やら叫んでいて、最後に叫んだ言葉はそこにいる全員にも聞こえたが、なにを言っているのか良く分からない。しかし、直後に出現した激しい炎は太郎の身体を一瞬にして飲み込み、周囲の小さな草花が一瞬にして灰に成った。
睨み続けていたドラゴンは、ある事を思い出した。それはあの魔女から教わった魔法で「魔法に自信がないあなたにピッタリよ。」と、言われて腹が立った思い出だが、その魔法は魔法操作力に関係なく一定の効果を発揮する特別なモノであるとも教わっていて、会得するのに100年かかった究極の魔法だった。
制約や発動条件も厳しく、古代の魔法言語を理解し、決められた文字を発言しなければならない。当時は呪文と呼ばれたが、あまりの効果に魔女達自身で封印したといわれている伝説まである。
その言葉をドラゴンは姿勢を整えて叫んだのだ。
【オマエノカーチャンデーベーソー!!】
直後、太郎の身体が炎に包まれた。自分で口から吐き出した炎の何倍もの侵食力で周囲を焼き尽くす。あまりにも低レベルな言葉に驚いた事で防御魔法を張るのが一瞬遅れた。その所為で衣服が焦げ、白い防具に黒いシミが付き、髪の毛からは白い煙が上がった。そして、太郎のマナがゴリゴリと削れたのだ。
炎がおさまった後に・・・太郎は立っていた。
「なんで立っている?!」
使用者もマナが削られたようで、連続で放ってはこない。もし、連続で放てるのなら燃え尽きるまで使えばいいのだから。
「え?なに、なんで・・・?凄く懐かしい言葉を聞いたんだけど。」
太郎は混乱していたが、確かに聞いた。
【お前の母ちゃんデベソ】
そうにしか聞こえない。言語の加護が無ければ違う言葉として聞こえた筈なのだろうが、魔法の呪文にこんな意味があるなんて誰も気が付かないだろう。・・・加護が有る者でも日本語に聞こえるのはこの世界で俺だけの筈だ。
俺以外に言語加護を持つ者も理解できるのだろうか・・・?
下を向いて考えこんでいるのを傍から見ると、ダメージを受けて動けなくなっているようにも見える。スーがマナとマギ、マギの妹とエカテリーナを自分の後ろに集めて、ドラゴンと太郎から少しずつ後退しながら離れる。フレアリスとジェームスが自然と寄り添っている。ポチはその場から動かず太郎を見詰めた。
「なんとなく、良い感じで戦えそうな気がする事もあるのだけど、やっぱりドラゴンなのね・・・。あんな魔法を隠し持っていたなんて。」
「あれが魔法なのか?」
ジェームスは何か違和感を覚えたが、それがなんであるのかハッキリせず、確信の無い直感的な危険を感じ取って、フレアリスの腕を掴み、ゆっくりと後退した。
自分達から離れて行く周囲の状況に先に気が付いたのはドラゴンで、逃げようとしている奴らにも魔法を放とうと向きを変え、叫んだ。
【バカッテイウヤツガバカナンダカラ!!】
ドラゴンの周囲の地面から湧き出るように大小無数の石が現れ、まるで大津波のようにスー達やフレアリス達になだれ込む。
フレアリスは再びジェームスに抱きかかえられ空中に飛び上がり、ポチは空高く跳んで逃げたが、スーは一人で逃げる訳にも行かず、防御魔法を張るために身構えると、マナがスーの前に出て大きな防御魔法で周囲を覆う。そして、砂利と呼ぶには大き過ぎる石の津波に飲み込まれた。
「見た事も無い魔法ね。」
驚きを通り越して呟くだけのフレアリスを、お姫様を扱う様に大事に抱え、空中から見下ろす。それほどの広範囲ではなかったが、空から見ると土石がうねうねと動いているように見えて、妙に気持ちが悪い。
「あいつら大丈夫なのか?」
その時、二人に向かってドラゴンが人の姿のまま炎を吐く。魔法ではないのだから、火球が連続で飛んで行き、口から吐き出された火球が徐々に大きくなる。宙に浮いている所為で反応が遅れ、逃げる事も避ける事も出来ない。
太郎が気が付いて水魔法を放とうと思ったがもう間に合わない。ドラゴンに接近して直接攻撃を仕掛けるが、既に気付かれている。火球が命中し、二人の身体が炎に包まれながら落下したのを確認する事も無く、ドラゴンが向きを変えた。接近する太郎にも火球を放ち、直撃したところを殴り飛ばそうと地を蹴って突撃する。太郎は水魔法で火球を防いだが、突進の威力を落とすことなく、火球が消えたところを狙っていたのだが、火球と障壁の衝突によってお互いの姿が見えなくなり、双方とも接近し過ぎた為、お互いの姿を視認した直後に顔と顔が真正面から接触し、衝撃の力を少しでも逸らそうと、僅かに横へとズレて転がった。
ポチが急降下して太郎に近寄ると、仰向けに倒れて顔を両手でおさえる太郎の服の襟を噛んで、少しでもドラゴンから離そうと引き摺る。その鼻と口からは血が滲み、苦痛の表情も見えた。
「太郎?!」
マナの叫びが響く中、ドラゴンと太郎はよろめきつつもほぼ同時に立ち上がったが、ダメージで言えば太郎の方が多い。握った剣を離さなかっただけの精神的な強さは成長の証しだが、ドラゴンの回復力に普人である太郎が対抗できるはずもなく、まだ少しふらついている。自分が有利だと確信すると、口元を僅かに緩ませて余計な一言と共に攻撃に転じた。
「サービスに一発殴ってやる!」
ポチが身体を張って守るよりも早く拳が太郎の腹に打ち込まれ、鈍い音と共に吹き飛ばされた。真っ直ぐ、信じられないほど一直線に太郎の身体が飛び、城壁に激突して、分厚い壁の一部がガラガラと崩落した。
一分ほどの時間が経過しただろうか。いきり立って襲いかかってくるケルベロスを蹴り飛ばし、燃えながら落下した二人を助ける者はおらず、マナはドラゴンを相手に戦えるほどの魔力量はなく、スーは一級品の武器を失っていた。最後に唯一戦えそうなのはマギだけだったが、戦闘能力で負ける以前に身体の震えが止まらない。今まで何度も死んだ経験が有るからと言って、勝てない相手と認識した時の恐怖感を拭い去る域にまで達していなかったからだ。
助けたくても動けないスーが悔しさに歯ぎしりをしていた。
正確な意味を必要とする言葉が魔法でなければならない理由はどこにもない。
発した言葉の並びに重点を置いているのなら、こんなのが有っても良いと思うけど・・・。
だけど・・・こんな呪文は嫌だな\(^o^)/




