表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/402

第88話 逃げられない

「ダンダイルさん、慌ててどうしたんですか?」

「さん付けはやめろといつも言ってるだろう・・・いや、そんな事よりもダリスの町に行きたい。」

「勇者と魔女に警戒してガーデンブルクに兵士を配置しているこの時期にですか?」

「そうだ。」


 ダンダイルは今朝のフーリンとの会話を丁寧に説明した。この部屋には二人しかおらず、周囲を気にする必要は無いが、相手は現魔王であり、立場は明確にする必要が有るという事も何度も説明している立場だからだ。


「・・・分かりました。しかし軍は動かせないというより動けません。兵数はそれなりにいますが前線に送れる程度に育った者と言うと1万もいないのが現状です。」


 長く戦争をし、傭兵冒険者の方が自由に動けるという事も有って、正規兵として入隊する希望者は年々減っている。首の皮一枚繋がっているという苦しい状態でガーデンブルクと戦争を続けていられるのは、近年の勇者騒動で、どの国も迷惑しているからだった。


「本格的に動かしたい訳ではない。世界樹様の事は報告しただろう?」

「・・・基本的には存在しない事を前提にしているのは仕方のない事です。」

「承知している。・・・それは俺が言った事だしな。世界樹様の存在は大きいが・・・今はまだその力も弱すぎる。これからの事を期待するにしても何百年先になるか分からない。」

「しかし、ハンハルトが襲われるかもしれないというのは証拠が有るのですか?」


 その問いに、はっきりとした口調で言った。


「ない。」

「なにもないのにダリスの町に将軍級が行くと、前線を護る兵士達が不安になりますよ。」

「だから少人数で行く。長くても一ヶ月以内には戻って来るだろう。」

「その間に攻めてくる可能性は?」

「ガーデンブルクに何度も戦争を起こすだけの資金は無いだろう。それに、これは逃げられんのだ。」

「逃げられない・・・とは?」

「ハンハルトが襲われれば三国のバランスが崩れる。ガーデンブルクにその好機をむざむざと渡すわけにもいかん。なにもなければそれで良いのだが・・・コルドーとの密約が有ると言う噂も警戒しなければならん。」

「ハンハルトが滅亡するとでも?」

「そこまでは流石に。しかし、大きなダメージは負うだろうな。」


 ドーゴルはダンダイルを数秒間見詰めた。悩んだ訳ではなく、その決意を確かめただけだ。


「分かりました。ダンダイル将軍にばかり頼るのも情けない話ですが、今は貴殿ほど頼りになる人は他にいない。」


 他にも存在する将軍達に説明をし、理解を得てもらわねばならない。実際、あの国境での防衛戦(たたかい)以降は静か過ぎるので、ダンダイルが直ぐに戻れない状況が発生しても困らないだろう。それも期限付きという事であれば、反対も少なく済む。


「出発は早くても明日の朝になりますがよろしいですか?」


 ダンダイルは頷いた。




 フーリンはあのドラゴンを追いかけているが、その姿を目視しながらではない。フーリン自身もドラゴン界隈では有名な存在なので、出来る限り歩いたり走ったりして移動している・・・その、走るという行為が常人の何倍も速い。街道を通らず、魔物や獣が生息するような森や山の近くを空を眺めながら。

 一見は魔物退治かアイテムを探している冒険者のような服装に着替えているが、その美しさは隠しきれない。こんな山奥に、こんな森の中に、美女が一人いるだけで異様な感じがする。ただ、その姿を誰かに見られる事は無かった。





 フレアリスの周囲は瓦礫で埋まり、立ち上がれる者はほぼ存在せず、将軍ですら動かずに倒れていて、被害は増すばかりだった。特にこの国を守りたいという理由でここに居るのではなく、マギを守る為だったのだが、結果的に一人で戦っている。

 離れた港では国王や将軍が何も出来ずに眺めているだけという状態で、組手魔法が破られてしまえば次の方法が無い。


「人海戦術を行う余裕なぞない・・・。」


 それがこの国の現状だった。正規の兵数は魔王国よりも少なく、ガーデンブルクと休戦していなければこの国は守れないだろう。コルドーは攻めてくる事は無いが、ガーデンブルクと協力している事は、証拠が無くてもそう思うに十分な状況を作っていた。

 不安要素を多く抱えているのはハンハルトだけではなく、魔王国も同様に抱えている。それだけに常に監視しておかねば成らない筈だったのだが、シードラゴンが現れて以降は多くの者達にやる気を失わせていて、キンダース商会の存在が無ければ本当に国は傾いたかもしれない。


「あの鬼人族(おんな)が1人で戦っているのか。」


 国王が苦悩と苦悶を混ぜ合わせた表情で唸るように言葉を吐く。 


「そうなります。」

「勝てるか?」

「ここから見ているだけでもあの大きな瓦礫を投げているようですし・・・勝てるかどうかは分かりませんが、かなりの抵抗をしているかと。」


 将軍の分析を聞いても安心する要素は一つもない。本来なら目の前の将軍達が戦わなければならない相手なのだから。戦いを忘れた戦士など、この程度の存在なのだ。

 国王は姿を失った城を虚しく睨んでいた。





「もうお前だけだぞ。」

「五月蠅い!」


 元は柱だった物体を投擲する。それをドラゴンが拳を向けて破壊する。そんな事が既に数十回繰り返されていた。周囲に生きている兵士がいたとしても恐怖で動けず、助けに来た兵士が現れても、二人の姿を視野に収めれば逃げてしまう。

 誰かに邪魔されるという事は起きる事が無く、力比べも殴り合いも、フレアリスが一方的に負けていた。鬼人族でなければ何回死んでいた事か。

 ドラゴンは平然と立っていて、戦いを楽しんでいるようにも見える。久しぶりに圧倒的な力の差を見せ付ける事が出来たので、本当に楽しかった。


「この国を亡ぼすつもりは無いから安心しろ。」


 そんな事を言われてもフレアリスには関係がない。マギが連れ去られてしまう事を考えれば逃げられる状況でもないのだ。

 体力だけなら常人の何倍も有り、腕力も岩を砕くと云われている鬼人族でも、ドラゴンに手も足も出ない。未だに立っていられるのは遊ばれているからだというのを理解できるだけに、自分に腹が立って仕方がなかった。


「今度は何をするんだ?魔法はあまり得意ではないんだがな。」


 フレアリスは魔法を使えない訳ではなかったが、魔力量が少なく、高火力の魔法は使えない。魔法を使って攻撃するなら殴った方が威力が高いのだから、それも仕方がない事だろう。足元に倒れている兵士の剣を抜くと、切先をドラゴンに向けた。手が震えているのは恐怖からではなく、単純に体力の限界が近いからだった。


「鬼人族が武器に頼るなんて滑稽な事だ。」


 余裕を見せるドラゴンに、剣が振り下ろされた。鈍い音が響き、衣服の一部を破る。突然の事に驚いたのはドラゴンだけではない。


「なんて硬さだ!」


 直ぐに飛び退いて、瓦礫を避けつつフレアリスの横に立つ。互いの視線はドラゴンに向けたまま、突然の来訪者に声を荒くした。


「ジェームス?!」

「久しぶりだな。」


 以前は牢屋で面会したのが最後だ。面会の時にいつも久しぶりと言うのが定番になっていた。


「あれがドラゴンか?」

「そうね。」

「思いっきり切ったのに俺の手が震えてやがる。」

「そうでしょうね。」

「世界樹って・・・?」

「生き残ったら教えてあげるわ。」

「じゃあ、生き残らないとな。」


 二人の会話はドラゴンの耳にも届く。


「普人程度で俺に攻撃しておいて生き残るだと?」


 服を切られて機嫌が悪くなったドラゴンがジェームスを睨む。ただそれだけで全身に震えが走った。


「残念だが俺は普人ではないぞ・・・見た目だけだ。」

「で、どうやって生き残ると?」

「こうするのさ!」


 手持ちの剣をドラゴンに向かって投げると、その剣に炎が纏った。だが、いとも簡単に受け止められてしまう。


「何だこの炎は?」


 この程度、と思った時その炎が更に激しく燃えた。ドラゴンの身体を包むのではなく上下に一本の筋を作るように燃えた。熱いとは思わなかったがその炎を見ていた隙に、二人が左右から襲い掛かってくる・・・と思ったら、そのままドラゴンの横を抜け、ジャンプしたフレアリスを下から持ち上げるようにして抱え、風魔法で城の外へ飛んで逃げた。


「なんだと?!」


 ドラゴンは人の姿を止めてドラゴンの姿に成る。そうしないと飛べないからだが、横を抜ける男が言った言葉に見事にかかっていたのだ。

 見下ろしたドラゴンがものすごい勢いで追って来るまでに、全力の風魔法で城外どころか、街の外迄飛び、地上に降り立つ。そこはマギ達のいる集落からそれほど離れていなかったのはただの偶然だ。


「なにを言ったの?」

「蟻を潰して楽しいか?って言っただけさ。」


 抱きかかえたフレアリスを優しくおろし、直ぐに空へ視線を向けると、追って来たドラゴンがそのまま火球を吐き出す。逃げられない攻撃は予想していた。

 二人に直撃すると炎が上がり、周囲の地面がえぐれた。ただし、二人はそのまま立っている。


「出来たらもう少しくっ付いてくれ。俺の魔法は二人を守るほど広範囲じゃないんだ。」


 水の魔法で二人の周りに薄い壁が出来ていて、フレアリスが素直にジェームスの背中に張り付いた。


「あんたに守ってもらうなんて思ってもいなかったわ。」


 ジェームスは何も応えず、破壊された防御魔法を今度は三重に重ねる。一つ、二つ、三つ・・・。火球が真っ直ぐ二人を狙って飛来する。全てを受け止めるのは無理だろう。それでも街への被害を減らす事と、城からドラゴンを引き離すことで、ハンハルトの兵士達が動くだろうと考えていた。

 前者については、街への被害を作るつもりが無かった事を知らなかったので仕方がないが、後者については予想通りに兵士達が動き出していた。ドラゴンの存在が消えた城跡では、生き残った兵士の救出が直ぐに始められている。すでに死亡した二名の将軍の事は知らない。


 火球が止むと、水魔法の壁も消えた。


「ギリギリだったな。」


 何度も吐き出せると言っても、そんなに連続で吐き出せば多少は疲れるのだから、挑発した効果はあっただろう。二人の周囲は驚くほど凹んでいて、立っている場所だけが僅かに残っていたが、攻撃が止んで数秒後に崩れた。

 崩れる前に移動し、少しでも城から離れた場所に立つが、ジェームスは剣を持っていない。急降下して来るドラゴンに対して、今度は土魔法を放つと、フレアリスが感心したように呟く。


「こんな上等な魔法なんて使えたの?」

「切り札ってのは常に隠しているから効果が有るんだ。」

「そうね。」


 ドラゴンに対して予想外に戦える男だったことに驚いたのはフレアリスだけでなく、それを見ていたマギも驚いている。更には彼を知っている傭兵冒険者達も、ドラゴンと戦う男女を見て興奮を隠せなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ