第10話 育てる
身体を鍛えることに加えて、魔法の訓練ではなく、実戦も必要だと思う。まだ人間を相手にする勇気はない。いや、修行場とか行けばいいんだろうけどさ。この辺りは魔物に襲われることがほとんどなく、森の中の奥に行けばそれなりに存在するのだろうが、マナの能力で近づいてこないようにしている。・・・いつの間に?
「この辺りの魔物って何が多いんだ?」
「熊って魔物に入るよね?」
「魔獣っていうんなら入るんじゃないかな・・・?」
「でっかい蜘蛛とか、でっかい蛇とか。まあ、太郎の居た世界の生物が巨大化しているって思えばいいかな。普通の虫もいるよ。マナを保有しているレア種もいるけどね。」
「見ないとわからないな。」
ここから少し離れた場所で熊と遭遇したことならある。あの時は怖いだけだったことしか記憶していない。今は戦えるかな?
「魔物に襲われるぐらいなら先に襲い掛かった方がいいのか。神さまから貰った剣の切れ味が凄いから、狙った位置さえ外さなければいけるはずなんだけど。」
首をスパッと一撃で終わる。
「家が壊されるのは困るから、範囲を狭くするぐらいにしてほしいかな。」
「りょーかい。」
マナの力の凄さが証明された。どんな魔法なのかは知らないが、以前より魔物が見える所に現れるようになった。昔は凄い魔法も使えたみたいだしなあ、もう天変地異レベルで。そんなマナでもドラゴンには怯えるんだから、俺はどんだけ強くなればいいんだろう・・・。ちなみに現在のマナ自身は自分の強さを上級魔導士のチョット下ぐらいと言っていたが、基準は分からない。
人型の魔物が近くに居ないのは気分的に助かった。角の生えたウサギを切り倒したことで、血の匂いで狼のような魔物なども現れた。襲い飛びかかる姿に一瞬怯えてしまったため、服が破れてしまう。一般人が異世界に来たからって、いきなり魔物を殺せる神経の持ち主は素直に凄いと思う。犬に吠えられて追い払おうとは思っても、殺そうという思考に直結することがなかったからだ。
次に現れた狼に火の魔法を試した。火の玉をイメージしてマナを両手に集める。火球はこぶしほどの大きさしか作れなかったが、野球の球を投げるようなフォームで放擲させ、命中させる事が出来た。魔物の身体が炎に包まれると、見事に丸焼けになった。焦げ臭い匂いが辺りを漂う。次の魔物には水の魔法を試したが、ホースから水が出るイメージが抜けきれず、水をまき散らしただけに終わった。やはりイメージの問題は大きい。消防士が消火の時に使うぐらいの水量と水流は出したかった。反撃を受けて腕から血が出る。この時は気が付かなかったが、傷は直ぐに塞がっていた。更に噛みつかれそうになる前に剣で真っ二つに斬った。見た目にもグロテスクな肉の塊から血が噴き出る。こんなのを見たら肉を食べたいなんて思えない。一息ついたところで、いつの間にか傍に居たマナに言われる。
「防具は使わないの?」
そんな発想ありませんでした。神さまから貰ったモノに、いくつかの防具がある。どう見てもこれは盾だとわかる。籠手、胸当て、ひざ、ひじ、すね・・・。
もちろん武器もある。剣、槍、弓矢、斧。斧は武器でいいよね。
道具というともっとある。大工道具や農業用具、左官道具もあるけど、名称は知らない。これ、コテだっけ?土を壁に塗り込むときに使うやつ。ハンマーは道具でいいよね?
これだけ見ると、自立生活が目指せそうだ。いや、村でも作らせる気なのだろうか。そんな事よりおうどん食べたい。お腹すいた。
魔物を相手にした戦闘を中断し、昼食にする。もう、麺類なんて食べてない。パンなんてないよ。芋と大根が今の主食だ。そろそろ蛇や蛙も食べる日が来そうだ。鶏肉食べたい。・・・昆虫はやめておこう。
「魔法で丸焼きにしたら食べれるかも?」
生の大根をそのままボリボリ食べる。可笑しな形だが意外とイケるから困る。もうまっすぐの大根なんて見てないな。芋は蒸かして塩を付けて食べる。塩がこれほど貴重とは。やはり大きい街に行かねばならないのか。
生のダイコンの葉っぱをむしゃむしゃ食べているマナが答える。食事の質素さには言及しない。毎日同じモノを食べてるとか言わないで、頼むから。
「出来るって言えば出来るけど、火力コントロールが凄く難しいわ。私がやったら丸焼けどころか、消し炭になっちゃう。」
そういえば魚も食べてないな。
「前の町とは別のところで、海に近くて人が少ない場所ってあるかな?」
「お金はあるんだから、素直に城下町に行こうよ。今度は私も気を付けるから。」
前の町でははしゃぎ過ぎた事も、目を付けられた理由の一つには違いないが・・・。事実を言えば俺も行きたい。ちゃんとこの世界に合った服装もしようと思う。その為にもマナを育てるより俺が育たねば。
数日が経過し、肉には困らなくなった。蛇やトカゲも食べた。何とかなるもんだ。しばらくそんな生活をしてすっかり忘れていたものがある。林檎、梨、蜜柑、葡萄、柚子の苗木。スイカやカボチャの種もあった。苗木に関しては多少枯れていてもマナが何とかしてくれると言ってくれたので信じる。胡椒、唐辛子、砂糖黍、玉蜀黍の種もあった。
植えてあった林檎はマナも存在を忘れていたので復活させた。食べて感動する。美味い。他の苗木も植えようかと思ったけど、移動の事を考えるとまだ使えない。より長く定住する場所で増やしたいという欲はある。
マナが林檎を復活させたのを見て、マナの育て方のマニュアルを作ってあればいいと思った。思ったけど作っているわけが・・・。
「スズキタ一族ってマナに関して何か書き残したものってないのか?」
「そういえばなんか書いてたわね。一部は太郎の居た世界に持ち込んでたから、太郎のおじいさんの家にならあるんじゃないかな。」
諦めよう。
「一部ってことは他はあるのか。」
「あると思うけど、ドラゴンに焼かれてだいぶ焼失したから、一族が元々住んでいた土地に行けば何かわかるかもしれないけど、歩いて行くなら半年は覚悟しないと。」
「場所分かるんだね。それならまだ希望はあるな。」
「正確な場所は知らないわよ。魔王国領の中でも山奥って言ってただけだし。だいたい、その辺り~ぐらいまでしか聞いてもいないし、特に興味もなかったから。」
国境周辺まで行くのも、正規ルートを通らなければかなりつらい行程らしい。そりゃ日本とは違う。コンクリートの道路なんて期待してはいないが。
「今から行けば寒くなる前には目的地に行けると思う。」
ドーゴル魔王国。魔王が君臨して統治をしている国だが、無法者で国が出来るはずがない。魔族といっても人間と似た生活をする。簡単に言えば、働いて飯食って寝る。それはどの種族もそれほど変わらない。多種族で多民族的な国を混乱なく統治するぐらいだから、魔王ってどっかの大統領よりすごいかもしれない。深くは言わない。言いたくない。
魔物をしっかり倒せるようになった。胸当てを付けて、剣を持って、袋を背負っていれば、駆け出しの冒険者っぽくは見えるだろう。マントは無かったから、厚手の風呂敷で代用する。唐草模様じゃなくてよかったと思う。マナのワンピース姿もしばらく拝めないが、服は買ったんだから着てもらう。所々を革で補強されたローブにフード付きのコートを着せる。コートは俺の世界で買った男物のハーフコートだが、鼠色で地味なので違和感はない。背も低いからいい感じだ。あの町には行かず、別の町を目指す。遠い旅になるのだから、芋とダイコンも沢山詰めておく。リンゴの木は大きくなり過ぎてしまったので、実を食べて種は保管する。種を見せるとマナは苗木にするならすぐできると言って、買ってきた当時の大きさの苗木を作ってくれた。マナを植物の王様と呼びたい。
「そんなに褒めても母乳は出ないわよ。」
「っく・・・なんで昔のゲームのセリフを知ってるんだ。」
「太郎が凝視するように見てたエッチなゲームじゃない。」
とりあえず正しい言葉を教えておく。しかし、油断は出来ないな。俺そんなに毎日ゲームばかり・・・・・・やってました。ハイ。恋人に振られたから寂しかったんだよっ。
準備に必要で最も重要な食料は確保した。肉はとにかく乾燥させた。燻製のやり方を知らないので、薄く切ってとにかく干した。塩胡椒で味付けして炙りはしてあるが、美味しいとは思えない。長持ちすれば良し。
大量の荷物も、神さまの袋は袋の口の大きさに収まれば何でも入る。人間も入りそうだけど実験はしたくない。それだけに袋から何かを出すときはこっそり、他人に見られないようにする。今はマナしかいないからいいけど。
建物はそのままにしておく。壊す必要もないし、誰かが雨風しのぎに使ってくれればいいと思う。風呂はそのままだが、トイレは残念だが壊した。理由は臭いから。頑張って土に埋めた。トイレの建物は残そうと思ったけど、バラバラにして薪にした。この世界のちゃんとしたトイレってあの町でも見なかったぞ。マナも知らないみたいだし。衛生管理はどうなっているんだろう・・・。
「流石に悪い事ばかり起こる事を警戒しても前に進まないからな。石橋を叩き過ぎて壊れたら意味ないし。」
独り言のように呟いたので、マナは言葉の意味を探ろうとしている。次こそは大ごとにならないように、なっても自力で逃げだせる事が出来るように・・・。
「そこは勝てるようになってもいいんじゃない?」
「が、がんばる。」
出来る限りの準備を終えた二人は、戻る予定のない我が家に別れを告げて旅立った。それは平和だった日常と決別する事と同義だった。