今、これから
「へぇ〜ココが陣の家なんだ。以外と俺んちから近いんだな」
俺の家に着くと、そんな事を言ってくる。
「近所かよ・・・」
軽く舌打ちをする。
「そこの路地入って2、3分歩いたとこだよ」
「ふう〜ん・・・」
別に興味が無かったので、俺は玄関の鍵を開けて中に入る。
「あッ待てよ!」
慌てて竜一も玄関に足を踏み入れる。
「お邪魔しまぁ〜す」
軽く会釈しながら入って来る。
親は二人共仕事だから誰も居ないけどね。
そして俺の部屋へと通す。
「・・・何かこざっぱりしてんな」
竜一が、俺の部屋を見回して一言。
「悪いか?」
俺の言葉に竜一は、首をブンブン左右に振る。
「いや、何かさぁ〜。俺の部屋が汚すぎなんかなぁ?」
そう言うと、何か目に付いたみたいで手を伸ばす。
「何だ。お前友達居るんじゃん」
ベッドの枕元に置いてある写真立てを見付けたのか、そう言ってくる。
「・・まぁな・・・」
正確には『居た』だけどな。
「遊びに行ったりとかしてんのか?」
まぁ事情を知らないからだろうけど、一番触れられたくない話題を振られて、つい思い出してしまう。
ふと涙が出そうになる。
「何か持って来る・・・」
堪えようとしたけど・・多分無理っぽい。
「ん?あぁ、別に気ぃ使わなくてもいいよ。無理矢理来たようなもんだし」
分かってんじゃん。
けど、今は・・・
「遠慮すんな」
今にも零れそうな涙が見付からない様に、竜一の方に振り向かず、そのまま部屋を出る。
台所へ行き、涙を拭う。
深呼吸をして、気を落ち着かせると、冷蔵庫を開けてオレンジジュースのボトルを取り出す。
お盆にコップ二つとボトルと適当な菓子を乗せて、部屋に戻る。
相変わらず落ち着かない様子でキョロキョロしている竜一に、コップを渡してオレンジジュースを注ぐ。
「陣って、サッカー好きなん?」
「ん?何で?」
菓子の袋を開きながら聞き返す。
「そこにボールがあるから、何となく」
竜一がコップに口を付けながら、ボールを指差す。
「・・昔な・・・」
「今はやんないんか?」
「まぁ相手居ねぇし・・・」
それに、サッカーなんかしたら、余計に思い出すし・・・。
竜一はコップを置くと、
「俺が相手じゃ嫌か?」
なんて聞いてきた。
「遠慮しとくよ。俺下手っぴだし」
嘘を付いた。本当は結構出来る自信があるんだけど、やりたく無かった。
「俺が教えてやるよ。だからやろーぜ?」
そうやってまた強引に・・・。
「サッカーはもう嫌いなんだ。だから、やんない」
突き放すように冷たく言う。
「ちぇッ!つまんねぇ〜の」
何か不貞腐れて、そっぽ向いてやんの。
そんな所も紅刃と似てる・・・。
駄目だ・・・思い出しちまう・・・。
「ぉ、おい。何泣いてんだよ?そんなに俺とサッカーやるのが嫌だったんか?」
やべ・・・勝手に・・・
「違う・・・勝手に・・・」
どんどん溢れてくる。止まらない。どうしよ・・・。
「もしかして、この写真の奴・・・」
1番触れられたく無い事。
「黙れ!」
怒りを篭めて言う。
けど、こんな醜態を他人に曝してる自分が情けなくて更に涙が出てくる。
「俺もな・・・」
竜一は、そんな俺に怯まず口を開く。
「俺も小学生ん時に、弟を亡くしてんだ・・・」
「・・・ぇ?」
竜一のその言葉に、俺は固まる。
「小児癌ってやつさ・・・。酷ぇもんだった・・・。薬漬けで、日に日に弱ってって、痩せてって・・・」
竜一も・・・?
しかも弟・・・。
淡々と話す竜一に、俺は言葉を失った。
目の前で日に日に弱っていく弟に何もしてやれないもどかしさ。それは、一瞬で失うより辛い筈。
なのに竜一はいつも笑顔でいる。
何でだよ・・・。
「最後は・・・全ての苦しみから解放された穏やかな顔してた・・・」
竜一が微笑む。悲しい筈なのに・・・。
「・・何で・・・?」
思わず口に出た言葉。
「ん?」
俺が呟いた言葉に、竜一は少しはにかんだ笑顔を向けてくる。
「それで何で毎日笑ってられんだよ・・・」
忘れられない、辛いはずの事なのに、何でそんなに明るく笑っていられるんだよ。
「俺も最初はお前みたいな感じだったよ。けど、そんな俺を見たら、アイツは悲しむだろうし・・・それに、俺の心の中に生きてる。笑った事、泣いた事、怒った事・・・全部、全部記憶として俺の中に生きてる。だから俺はアイツの分まで生きて、死んで向こうの世界に行ってアイツに会ったら、胸張って話せる様に精一杯生きてやるんだ」
凄い衝撃的だった。そんな考え、微塵も思い付かなかった。
途端に今までの自分が恥ずかしくなる。
今の自分を紅刃に見られたら・・・いや、既に見られているかもと考えてしまう。折角紅刃が自分の命と引き換えに守ってくれた命なのに、今の俺は死んでるも同然だ。
紅刃が見たら、助けるんじゃなかったと後悔させちまうかも・・・。
「・・・俺って馬鹿な奴だ・・・折角紅刃が守ってくれたのに・・・・無駄にしようとしてた・・・」
いつまでもこんなんじゃ絶対後悔させちまう・・・。いや、もう後悔させてるかも・・・。
「それに気付けたなら、もう大丈夫だな」
竜一のその時の笑顔は一生忘れない。
まるで太陽のようにキラキラと輝いていた。