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柿の種を鼻に突っ込んで

作者: 町野 交差点

あくまでフィクションです。

柿の種を鼻に突っ込んでみたら、取れなくなってしまった。

どれだけ小指で掻き出そうとしても、ピンセットで摘まみだそうとしても、奥へ奥へと押し込まれてゆくばかりで、どうにも手のほどこしようがない。どうして柿の種を鼻に入れるなどという無茶なことしてしまったのかと、今さらながらに己の行為を悔やんではみるが、悔やめば悔やむほど、今の己の滑稽極まる現状というものが言い知れぬ程の羞恥を伴って脳裏に想起され、これは何がなんでもこの柿の種を取り出さねばならぬと、力任せに小指を突っ込み無闇に掻き回せば、むしろそれは取り返しのつかないほどに奥へと引っ込んでしまう始末。

――こんなことで、病院へと行かねばならないのか。

医者に、柿の種が鼻に入り込んでしまった経緯を説明している己の姿を想像してみれば、やはりどうしようもなく恥ずかしく、全身をかきむしりたい程の後悔に苛まれる。

――いっそのこと、死んでやろうか。

自殺。この様に無様な姿を晒し、あげく他人にその経緯までをも逐一報告せねばならぬくらいならば、いっそ死んだ方がましなだという、柔弱な情動にすがってみたくもなる。しかし、このままで死ねば、結局は誰かにこの無様な己を晒してしまうことになるのだということに思い到れば、淡い希望もすぐに霧散してしまう。

――どうしたものか。

そもそも、最初はほんの出来心にすぎなかった。 一日の終わりに深夜番組を見ながら、柿ピーを食べる、その至福の時間にふと、これを鼻に突っ込んでみたらどのような気分になるのだろうかなどという、愚にもつかぬ想念に囚われた。我ながらに子供じみた馬鹿な考えだなどと自嘲しつつも、一度思いついたら実行しない訳にはいかない性分故、まずは小ぶりのピーナッツで試してみたが、どうにもしっくりとこない。その卵形の曲線は、確かに鼻にはフィットするものの、如何せん刺激に乏しかった。

ならば柿の種だ、と意気込み新たに袋から比較的小ぶりで形のよい柿の種を取り出しはしたが、何を血迷ったのか、普通の柿の種ではつまらない、などという訳のわからぬ勇猛心がめらめらと頭をもたげてくる。

――わさび味のストックがあったはずだ。

一度思いついたら止まらぬ性分、一散に菓子入れからそれを取り出して来るや否や、形の良いものを選び出し、何の躊躇もなく、鼻の穴へと押し込んだ。途端、鼻を突き刺すような痛みと共に、無性にくしゃみの欲求が沸き起こり、今にも決壊しそうな勢い。しかし、ここで誘惑に負けては男の恥などと、訳のわからぬ意地の為に、必死にくしゃみを押さえようと口を開けるが、どうにも堪えられない。あと十秒、あと十秒堪えられたなら終わりにしよう、その様な決意のもとにぐっと力をいれた拍子に、どういうわけだか、大きく深呼吸をしてしまった。当然、柿の種は鼻の奥へと姿を隠し、わさびの引き起こす激痛と共に、今現在までその存在を誇示し続けている。


もはや夜も明けつつある。結局、一睡も出来なかった。小鳥がまるで私を嘲笑うかのように囀ずっているのを聞いていると、また無性に腹が立ってくる。しかし、だからといって再び短気を起こし指を突っ込む訳にもゆかず、あるいは他に何か手立てがあるわけでもない。ただひたすらに、次から次へと打ち寄せてくる羞恥を堪えているしか、私には為す術がなかった。

あくまでフィクションなのです。いえ、本当にフィクションなのです。

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