ハロウィン
ハロウィンに、街が浮かれている。
ーーー俺が菓子をもらえた季節は、とっくに通り過ぎた。
道路を包む楽しげな奴らの喧騒を眺めながら、タバコの煙を吐く。
馬鹿騒ぎと言う名の甘い菓子は、さぞかし美味いのだろう。
小脇に抱えた、バイクのメットを飾り付けたカボチャ頭を撫でながら、俺はタバコをもたれた壁に押し付けた。
ポトリ、と吸い殻を落とすと、不意に声をかけられる。
「ポイ捨ては良くないな。後で街を掃除してくれる人々が拾うゴミが増える」
「俺からのプレゼントさ。街を守るヒーローたちにな」
苦言に対して軽口を叩きながら顔を上げると、そこにはピエロが立っていた。
おどけた剽軽な化粧。
ニコニコと笑っていながら、目の下には青い涙のメイク。
「ハロウィンの魔物が乱痴気騒ぎをした後、何事もなかったように掃除してくれるその行為には、頭が下がる」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、って?」
白いツナギで全身を着膨れした男は、血に似せた塗装をした牛刀を握った手を広げ、大げさに肩をすくめた。
「目立つ格好で現れて、菓子を脅し取るんだから悪辣だよな」
「それは同意だけど、今の僕らはむしろ目立たないと思うね。今日この場では、ビジネススーツ姿のリーマンの方がよっぽど目立つ」
どいつもこいつも仮装して騒いでいるのだから、ピエロの言う通りかもしれない。
俺はカボチャ頭を被ると、横に立てかけていた蛍光塗料を塗った大カナヅチを手に取った。
「さぁ、行くぞ。タバコの吸い殻なんか些細な汚れだ。……アスファルトに飛び散る血糊に比べればな」
今日この場で、俺は奴らを殺す。
前のハロウィンで路地裏に引きずり込んで俺を殴り倒し、目の前で彼女を犯した男ども。
彼女は自殺した。
友人だった彼女の兄と一緒に、俺は奴らを見つけ出した。
今日もこの場に、同じメンツで現れる。
「トリック・オア・トリート。ーーー俺が、奴らにそう問いかけることはない」
俺に甘美な時間をくれる女は、もう死んだのだから。